10 やはり怪しい女性たち
ナイフが飛んでくるって、恐ろしいな。
係長は飛んできたナイフを、包んであるハンカチから取り出した。
「このナイフが、我々目掛けて飛んできました」
酒木杏さんも含めてその場のクルー全員がそのナイフを見て驚いていた。
「えっと、ダンスショーでナイフ投げをしていましたよね。確か、お名前は……」
「はい、酒木杏と申します。ナイフ投げのパフォーマーをしております」
私が尋ねると、酒木さんはキリッとして答えた。
「申し訳ありませんが、ショーで使ったナイフを見せてもらえませんか?」
「刑事さん、杏ちゃんがショーで使ってるのは、もっと小型のナイフです」
私が尋ねると、野村さんがそう言った。
「はい、私が使ってるのは、そんなに大きなナイフではなくて小さいやつです」
「そうですか。でも一応念のために、確認させて下さい。お願いします」
「はい、それでは、お待ち下さい」
酒木さんはすぐにショー用のナイフを取りに行って戻って来た。それら10本のナイフは全て同じサイズ、同じ重さだった。小型で、思っていたよりも軽く、先端が尖っていなかった。
「このナイフ、あまり先が鋭くないですね」
「はい、万が一失敗することも考えられますので、軽くて、鋭くないナイフを使っています」
「このナイフ、こんなので壁に刺さるんでしょうか?」
「あ、はい、壁が、刺さりやすい材質でできてるんです」
酒木さんは私の質問にとても真面目に答えてくれた。
「なるほど。わかりました。ところで、酒木さん、なぜ、先ほど私たちがいたあの場所を通りかかったんですか?」
「はい、地下一階の自販機ルームでジュースを買って、地下二階へ戻ろうとしていたら、上の階からバタバタと足音がするのが聞こえてきたので、それで一階へ上がりました。そうしたら、皆さんの様子がどこか普通ではなかったので……」
他のスタッフの手前、酒木さんがウソをついているようには思えなかった。
「スタッフの方も自販機で何か買われるんですね」
「はい、乗客の皆様の邪魔にならないように、私たちクルーも利用しています。巡回や防犯の役割も果たせますので」
興梠さんがそう説明した。私は一応納得した。
「狙われたのは、我々警察でしょう。しかし、他のスタッフの方々も用心して下さい。歩き回る時は、必ず複数人で行動して下さい」
係長が言うと、みんな強張った表情で無言で首を縦に振った。
私たちは捜査会議をするために、警戒しながら、112号室へ向かった。私が部屋に入るためにドアを開けようとしていると、後ろの方でガチャッとドアが開く音がして、周囲に敏感になっていた私たちはドキッとした。ちょうど112号室の斜め前の108号室から女性が出てきたのだ。私は決して身長が低いほうではないのだが、その女性は私よりも背が高く見えた。しかも、シャツもズボンもオーバーサイズを着ているみたいで、大柄に見えた。それで思い出した。この女性は、自販機ルームで行政書士の滝田さんと美容師の山田さんと " ぴっぴ " のことを話していた時に、少し動揺して去っていった女性ではないかと。T県に住んでいると言って、大きなつばの紫の帽子をかぶっていた、あの女性ではないかと。この女性は、部屋のドアを閉め、私たちを意識して、中央階段へ歩きだそうとした。その時、中央階段真向かいの116号室から二人の女性が出てきた。なんと、滝田さんと山田さんだった。
「あら、あなたたち、すぐ近くの部屋だったのね」
山田さんが私たち三人に豪快に話しかけてきた。
「あらあら、あなたも。なんか、気分を悪くしたみたいで、どうしてるのか気になってたのよ」
山田さんは108号室から出てきた女性にも豪快に話しかけた。だが、その女性は無言で足早に中央階段を上って去っていった。
「あらら、やっぱり、嫌われてるのかしら」
山田さんは豪快に言った。
「私たち、二人でこの部屋を借りてますのよ」
滝田さんは上品に話した。
「あなたたち、三人で一部屋なの?」
「いえ、私たち姉妹と、この上司は部屋は別々です。これから仕事の打ち合わせをするんです」
「あら、そうなの。旅行中なのに大変ね。お仕事、頑張ってね。さっきの女の人、私らのこと、嫌ってるのかしらね。確か、T県に住んでるって言ってた人よね?」
「やっぱり、そうですよね。私もそうじゃないかなと思ったんです」
山田さんも同じことを思っていたので、私も確信した、大きなつばの帽子の女性だと。
「何か詮索されると困ることでもあるんでしょうかね。それでは、私たちはこれで」
滝田さんは上品にあいさつをして、山田さんと一緒に去っていった。滝田さんは海外ブランドのおしゃれなスウェット、山田さんはゼブラ柄のパジャマという対照的な装いが目立っていた。
私たちは部屋に入り、捜査会議を開始した。
「係長、さっきの108号室から出てきた無言の女性、自販機ルームで " ぴっぴ " のことを話していた時に、逃げ去っていった女性ですね。山田さんと滝田さんは116号室だった。108号室も116号室も、ナイフを投げた人物が逃げ込んだかもしれない部屋です」
「おう、くわしく話してくれ」
「私がナイフを投げた人物を追った時に、勢いよくドアを閉める音が聞こえてきました。なので、もし、その人物が地下か二階へ逃げずに、一階のどこかの部屋に逃げ込んだのなら、107、108、116、117号室、それか、111、113号室のどこかだと思われます」
私は、パンフレットの船内図の上で指を差しながら説明した。
「なるほどな。さっきの三人の女性が、108と116号室を使ってるってか。うーん、気になるな。みんな、 " ぴっぴ " について話をしていた場にいたからな。偶然なのか、そうじゃないのか。今のところ、全員を怪しむべきだろうな」
私も係長と同じことを思った。
ナイフが飛んできたすぐ後に現れた、酒木杏。
" ぴっぴ " の話をしていた時にいた、滝田、山田、そして謎の女性。
みんな怪しい。




