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スパイが恋愛リアリティショーに参加する物語  作者: もしものべりすと


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第21章「道具集め」

夜明けまでに澪は計画を組み上げた。


 守るための計画だ。これまでの計画とは向きが逆だった。誰かを欺くためではない。誰かを助けるために同じ技術を使う。


 まず必要なのは味方だった。ひとりでは動けない。彼女はこの数週間、屋敷の全員を駒として動かしてきた。今度はその駒たちに、駒ではなく人として、頼まねばならなかった。それは彼女が最も苦手とすることだった。頼ることは弱みを見せることだ。弱みを見せれば利用される。そう信じて生きてきた。


 だがもうその信条を捨てると決めていた。


 澪は桐谷涼香の部屋を訪ねた。


 扉を開けた桐谷は、澪の顔を見て、何かを察したらしかった。彼女は黙って澪を中へ通した。


「正直に話します」


 澪は言った。仮面を外した声だった。


「私はフラワーアーティストじゃない。ある組織から、七瀬さんに近づくために送り込まれた人間です。彼を騙していました。でも今は彼を常世から守りたい。そのために、力を貸してほしい」


 桐谷は、長いあいだ、澪を見ていた。値踏みの目だった。やがてふっと笑った。


「やっと、本当のこと言った」


 桐谷は、しばらく、澪の顔を見ていた。


 ずっとおかしいと思ってたのと彼女は言った。あなた、誰のことも、本気で好きになってないでしょ。なのに誰よりも上手に恋をしてみせる。あれは才能じゃない。技術よ。


 澪は否定しなかった。否定する気力ももうなかった。


 でもねと桐谷は続けた。七瀬くんを見るときだけ、あなたの目、ちょっと違うの。あれは技術じゃ出せない目。


 彼女はグラスを置いた。


「私もねただの参加者じゃないの。芸能の世界で長く生きてきた。人に見られる仕事。見せたい自分だけを見せる仕事。だから、あなたの隠し方が、素人じゃないってわかった」


 桐谷は、腕を組んだ。


「常世のやり方は前から気に入らなかった。あの会社は人を駒にして使い捨てる。七瀬くんみたいな、何も知らない人を巻き込むのは、見てられない」


 彼女は、澪に手を差し出した。


「でわたしたちは何を手伝えばいいの。スパイさん」


 澪はその手を握った。


 誰かの手を、利用するためでなく握ったのは、いつ以来だろうと思った。


 桐谷はほかの参加者にも声をかけてくれた。澪が動かしてきた人々が、今度は、自分の意思で集まった。よく笑う男も沈黙に強い女も。彼らは七瀬の人柄を知っていた。何も知らずに巻き込まれた男を、見過ごせなかった。


 そして、もうひとり、思いがけない協力者が現れた。


 鵜飼だった。


「言っておくが、俺はあんたの味方じゃない」


 彼は腕を組んで言った。


「だが常世の敵ではある。あの帳面が常世の手に渡れば、消される真実がある。それは俺の依頼主が世に出したい真実だ。だから、利害が一致する間だけ、手を貸す」


 鵜飼の申し出は、友情からではなかった。彼は最後まで自分の依頼主を明かさなかった。ただ、常世が消したい真実は、彼の依頼主が世に出したい真実でもある。利害が一瞬だけ重なった。それだけだった。


 だが今の澪にはそれで十分だった。かつての彼女なら、味方の動機を、隅々まで疑っただろう。裏を読み、弱みを探し、いつ裏切られるかを計算しただろう。今は違った。動機がどうであれ、差し出された手は、差し出された手だった。


 澪は頷いた。それで十分だった。


 盤面に駒が揃いはじめた。今度の駒は自分の足で立つ駒だった。


 桐谷だけではなかった。


 澪はよく笑う男にも正直に打ち明けた。自分が何者で七瀬に何が迫っているかを。男は最初信じられないという顔をした。だが七瀬の人柄を彼は知っていた。あの人は、誰も傷つけられない人だ、と男は言った。そんな人が巻き込まれるのはおかしい。男は協力を約束した。


 ひとりまたひとり。かつての彼女なら考えられないことだった。人を動かすのに嘘も計算も使わない。ただ本当のことを話し相手の良心に委ねる。それは彼女が生まれて初めて使う方法だった。そしていちばん心もとない方法だった。


 なのに人は集まった。


 彼女は窓辺の花を見た。四本の花が朝の光を浴びていた。


 彼女はその向きをすべてまっすぐ上に直した。中止でも順調でもない。新しい合図だった。これは自分のための合図だ。誰の指示でもなく自分で決めた一手だ。

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