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触れぬ雨

 仄暗い雲が今に泣きそうだ。アスファルトの湿った香り——たしかカビのものだと聞いた——が鼻を掠める。ふと遠くの山を眺めると、そこから雨のカーテンが迫り来ていた。傘は家。覚悟はできている。

 谷に並ぶ住宅が次第に雨へと飲み込まれ、もう私の前髪を濡らそうかというところ——。響く雨音。冷たい空気。しかし、鳥肌の立つ我が身の肌は濡れていない。

 思わず顔を上げた。相変わらず重たい雲が空に広がっていた。ただ雨は、直ぐ目の前で線を引く。境界か結界か。

 何カ月ぶりかに袖を通した制服が突然重くなった。筆箱だけの薄い鞄は私をその場に縛り付けた。

 腹の底からせり上がる息が喉奥につかえた。耐え切れず吐き出せば、細く震え——白い。指先までが強張り、関節が軋む。さっきよりも地面が近くなっていた。屈み込んでうずくまって、暗い。雨音は遠くに、呼吸と鼓動がうるさい——。

 嗚咽が漏れた。吐き気を覚えて口を押えた。胃液が食道を焼いて酸っぱ臭い。鞄に押しつぶされる。

 雨はまだ、私を濡らさない。

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