包丁
「ねぎ刻んどいて」
「はーい」
早朝、ねぎを刻む包丁は鈍く銀に輝いて、まな板を楽器に軽い音を立てている。そのまな板から湯気昇る鍋の中へ、さーっとねぎを流し込み、また包丁は別の野菜——人参、キャベツ、レンコンへその刃を差し込んだ。
調理の終われば、流し台にて刀身は泡にまみれ——洗われる。そして、水滴の拭われた包丁はそっと仕舞われた。
昼、晩の食事時にまた包丁は駆り出される。肉の筋を断ち、にんにくを潰す。
それら食材は、人の口へ。
包丁は再度泡にまみれ、食器と共に洗われた。
ただその晩はそれだけではなかった。包丁は砥石に磨かれていた。
ジィー、ジィーと甲高くも重い音を鳴らして、切れ味を取り戻す。
木の柄から刃先までを真っすぐ黒の瞳が覗いた。他の暗く、頭上の白色照明だけが点き、包丁と青年を抜き出していた。
青年はしばらく刃を眺め、研ぎを繰り返し三十分程してコクリと頷いた。その間、彼は次第に呼吸を荒くしていた。
包丁を握る手に力が入る。
トン、トン‥‥‥、トン。
つま先から降ろすように、彼はゆっくりと真っ暗の廊下を歩いた。そして、足の向いた先は——。
「あああああっっ!!」
野太い男の叫びが、八畳間の和室に響く。隣の布団で眠る女は飛び上がって照明へ繋がる紐を下げた。
——カチッ。
乾いた音と共に点いた照明は赤を照らし出した。
「きゃああああっっ!!」
「ううっ」と男の絞り上げる呻きに女の悲鳴が重なった。
包丁の刃先から、ポタリと鮮血が滴り落ち畳に滲む。据わった青年の瞳は次に女へと向いた。
刃は彼女の臓物を突き破る。
女の膝から崩れ落ちたのを開ききった瞳孔に収めてから、青年は自身の腹へ包丁を突き立てた。




