魔女の時計塔
放浪団が次にたどり着いたのは、《フローデル》という小さな村だった。
どこか空気が重い。不自然な静けさが漂っている。空には雲ひとつなく、風も吹かない。
「なに、この……止まった感じ」
セラが眉をひそめる。
「まるで……時間が、動いてないみたいだ」
フィリエルの言葉に、全員がうなずいた。
村の中心には、高くそびえる古びた時計塔。
だが、その時計の針は、12時を2分過ぎたところで完全に止まっていた。
「いつから止まってるんだろうな、これ」
悠真がつぶやいた瞬間、後ろから声がした。
「止まったのは、百年前よ」
その声の主は、黒いローブをまとった若い女性だった。銀髪に、赤紫の瞳。年齢不詳の気配を纏っている。
「……魔女だな」
ザイドが警戒心を露わにする。
「その呼び方、あまり好きじゃないのよ。でもまあ、外れではないわね」
彼女は静かに微笑んだ。
「わたしはレティシア。この塔の主よ。あなたたちは?」
「放浪団だ」
悠真は答えながら、彼女の目を見つめる。
どこか、何かを知っている者の目だと直感した。
「時計が止まった理由を、知ってるのか?」
「ええ。わたしが止めたの」
空気が凍る。
「時が止まれば、人は老いない。村は滅びない。でも、進まない。変わらない。だから守れた……ここだけは」
「でも、それは……生きてるって言えるの?」
フィリエルがぽつりと問う。
レティシアは目を伏せた。
「正直、もう分からないの。百年の間、村人たちは夢を見続けてる。永遠に同じ日を繰り返しながら」
「……この村は夢の中にあるのか?」
セラが問いかける。
レティシアは無言で、時計塔の階段を指さした。
「来なさい。あなたたちなら、真実に触れられるかもしれない」
塔の上階には、不思議な魔法陣が描かれていた。中心には砂時計が置かれている。
「これは時間の心臓。止めることも、動かすこともできる装置」
レティシアが指をかざすと、砂がわずかに震えた。
「……ただし、動かすには強い意志が要る。どこへ向かいたいか、何を願うか。その覚悟がなければ、ただ砂はこぼれ落ちるだけ」
悠真が砂時計を見つめた。
すると、不意に――視界が歪んだ。
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見覚えのない場所。
悠真の目の前に、研究所のような部屋が現れた。コンピュータ、ガラス管、白衣の人々。
「……これって、元の世界……?」
その中で、一人の少年がモニターを見つめている。自分と同じ顔をしていた。
「……俺?」
少年は言った。
「人間の可能性は、異世界にこそある。データも、因果律も、すべて壊せる場所だ」
背後から、誰かが声をかける。
「転移者プロジェクトの被験者、次は君だ」
世界が砕けた。
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「……悠真?」
誰かの声が聞こえてくる。気づけば、仲間たちが周囲にいた。
「ごめん……ちょっと変なもの見てた」
悠真は額の汗を拭った。
「転移者……?」
セラがつぶやく。
「何か思い出したの?」
「いや……全部じゃない。でも、たぶん俺は……実験体だった。どこかの誰かの」
レティシアが頷く。
「あなたのような来訪者が、この世界に痕跡を残すと、時間の流れさえ揺らぐの。あなたたちは、この世界の定義外なのよ」
「……それで、俺たちに何ができる?」
「それを決めるのはあなたたち。でも……この村に必要なのは、進む勇気よ」
悠真は、砂時計に手を伸ばした。
「俺たちは、止まっていた時間を――動かす」
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翌朝。
村の鐘が、百年ぶりに鳴り響いた。
止まっていた時計塔の針が、ゆっくりと、再び動き出す。
レティシアは微笑んでいた。
「ありがとう、放浪団。あなたたちは、時を越えてくれた」
悠真たちはまた歩き出す。
仲間たちの過去も、未来も――少しずつ明かされていく旅の中で。