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「おはよう。よく眠れたかな?」
食堂に入ると、すでに食卓に座っていたエドリック卿が挨拶をしてきた。
ライラを椅子に降ろし、自らも食卓に着きながら返答する。
「おはよう。おかげさまで、とてもいい寝心地だったよ。ライラの服まで貰っちまって悪いね」
「なに、気にすることはない。いつまでもボロボロな恰好をさせておく方が気になるからね」
確かに、元々ただの村娘だから粗末な服を着ていたというのもあるし、襲撃時の転倒などで汚れたり穴が開いていたりもしていたからな。
そう納得していると、エドリック卿が「それに」と続けた。
「村を守ることができなかった詫びというのもある。この程度では到底償えないがね」
「それは……」
確かに領主としちゃ責任がないとは言わんが、現実には無理な話だっただろう。
そもそも村を丸々一つ襲われるなどというのは、それまでの事を考えれば想定外だったはずだ。仮に警戒のために領主軍の兵士が何人か詰めていたところで、村を囲めるほどの人数相手に何ができたかという話だ。
俺はたまたま色々と噛み合ってライラと二人でどうにか逃げる事ができたが、普通はあんな状況で生き残るなんて絶望的だ。
ライラもそれが分かっているのか、心苦しそうにエドリック卿を見つめている。もっと被害者らしく、泣き喚いて責め立てても許される立場だというのに、本当に強くていい子だ。
「そんな訳で、ライラ嬢への援助も、ケント君への協力も惜しまないよ。代わりと言ってはなんだが、タルヴィークの防衛は任せたよ。ライラ嬢の護衛もね」
「……あぁ、任された」
そう言われりゃ頑張らない訳にもいかないな。めんどくさいけど、ライラのためだ。
ライラは力強く言い切った俺の方に向きながら、「ケントさん……」と潤んだ眼で見つめてくる。とりあえず照れ隠しに撫でとく。
「さぁ、食事をしようではないか。食べ終わったら出立の準備をしてもらうよ。昼頃にはケント君の服も仕上がるだろうから、それを待って出発してくれたまえ」
「了解……と、出発前に少し試したい事があるんだが、いいか?」
「構わぬよ。何か用意する物はあるかね?」
「兵士と、木剣を一つ。それ以外は特にいらないし、時間も取らせない」
◇◇◇
ピカピカに洗濯してもらった警備員の制服で身を包み、用意されていた馬車の元へと向かう。荷物なども積み終わり、すでに馬車の準備は万端。タルヴィーク防衛の兵士達も出発を待っている状態だ。
エドリック卿も見送りに待機していて、その横にはジャンが木剣を持って立っていた。
他に兵士もいるし、口調には気を付けないとな。
「お待たせいたしました」
「うむ。それで、試したい事とはなんだね?」
「スキルの発動条件の詳細を検証したく思いまして」
「あぁ、例の装備が揃っていないと駄目かもしれないと言っていた……」
「正にそれです」
まぁまずはどんな攻撃で発動するかの検証も込みだけど。味方と認識してる相手からの非殺傷の攻撃でも発動するのかとか、攻撃前からガード体勢で確定ブロックな状態でも発動するのかとか。
それによって、例えば戦闘中、仲間にわざと俺を狙わせてスロー常時展開とかできなくも……自分で考えててさすがに無理な気がしてきた。
それでも検証大事。できないならできないで、できないという結果が知れるからそれで良い。
「それじゃジャン、この警棒に防がれるような軌道で、軽く攻撃してみてくれるか? 防御が無ければ俺に当たるくらいには深く踏み込んでくれ」
そう言って警棒を伸ばし、両端を持って目の前で真横に構える。
「分かった。落とすなよ」
「っ……!」
短く返答し、流れるような速度で近づいて、木剣を垂直に振り下ろすジャン。そのまま特にスローにならずに、強い衝撃が両手を打った。
いやいや、軽くって言ったじゃん!
普通に警棒取り落としそうになったわ!
「どうだ?」
「……駄目だな。何も発動しなかった」
木剣とはいえ、あの勢いで攻撃されてれば、当たれば怪我は免れないだろう。当たり方によっては普通に死ぬ。つまり攻撃ならなんでもかんでもスローになるわけではないということだ。
問題はガードしていたからか、味方だからか、そこの判別がしづら「オラァ!」「どわぁぁ!?」
あぶな!? 普通にぶっ叩かれる軌道で思い切り振ってきたんだけど!?
「なにすんだジャン!」
「お、よく避けたな。スキルは発動したか?」
「してねーよ! 避けれてなかったらどうしてたんだよ!」
「大丈夫だ。あそこなら当たってもアザになるだけだ」
そういうことじゃねーわ!
「だがこれで発動しないとなると、味方からの攻撃では発動しないんじゃないかな?」
「……まぁ、そうだな」
なんか納得はいかないが、これで不意打ちかつノーガード状態でも発動しない事が確認できた。当たればアザになる……明確に肉体に損傷が出るレベルの攻撃ですら発動しない。アザになるとわかっててやったならば害意ありとも言えるだろう。
ここから考えられる発動条件となれば、やはり敵からの攻撃というのが必須なのかもしれない。
まぁもっとハードな攻撃……それこそ真剣で死ぬかもしれない攻撃なら、という可能性も無くはないが、それはさすがに試すのも憚られる。
なんて考えていると、少し離れて見ていたエアドリック卿が片手を挙げ、その途端に世界が急にスローになる。
「!?」
攻撃指示。敵襲。敵対。罠。エアドリック卿はこちらを見ていない。どこを見ている。視線の先は。後ろ。振り向いて確認。茂みの中。弓を構えてる。敵。違う。周りにいる兵士と同じ格好。矢の先は布。袋。非殺傷。訓練用。……検証の一環?
ゆったりした時間の中で考えが駆け巡り、味方の兵士が訓練用の矢でこちらを狙っていると認識した瞬間、時間の流れが通常通りに戻った。
実際は一瞬の出来事だったが、急なスローのせいで呼吸が浅くなっているのを自覚し、深呼吸をして息を整える。
兵士は弓の構えを解き、茂みから出てくる。一礼し、そのまま兵士達の集団の中へ。
「悪かったねケント君。試すような真似をして」
「エアドリック卿……」
話ながら近づいてきたエアドリック卿へ、若干……いや、かなり恨みの篭った目を向ける。マジでビビったっつーの。
俺の目をそのまま受け止めて、鷹揚な態度で続ける。
「試したい事と聞いて、私も協力できるかと思ってね。検証としては成功したみたいでよかったよ」
「……えぇ、そうですね。できれば今後はこういう事はやめていただきたいですが。心臓に悪いです」
「はっはっは、事前に言ってしまっては意味がないだろう?」
そうだけどよ。それでも勘弁してほしいわ。
「それにしても、あそこまで素早く気付けるとは思わなかったよ。振り向く速度もすごかったね。確かにあれなら、正面切っての戦闘はそうそう負けないだろうね」
「えぇ、そうですね」
感謝はしたくないが、検証が進んだのは間違いないので、満足そうなエドリック卿を適当にあしらう。
今のスロー発動について考えを巡らせよう。相手は結果的に味方ではあったが、その時点ではその認識はなかった。そしてその存在すら認識外だった。つまり攻撃を仕掛けてくる相手の存在そのものを認識している必要はなく、ただ俺が味方だと思っている者以外から狙われ、攻撃を受ける一歩手前であればスローは発動するということだ。
単純に能力を考えるならかなり強いが……いや、杞憂か。そもそもスローになって悪いことはない。
あとはこれをどう活かすかだけだ。




