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64.女王陛下、まさかの事態に直面する




「女王陛下、ばんざぁい!」


 生誕祭の日、女王シュトレイン・トルカは笑顔だった。

 国王の地位を引き継いでからというもの、今日の日ほど心から笑える日はないと彼女は思う。

 それもこれも彼女の兄のスウォルツを辺境へと追放したことが原因だろう。

 トルカ王国内のゴタゴタは結局のところ、彼の横暴さと野心によって生まれていたのだ。


 また、先日の悪商人マニース・ウィンドルを排除したのも大きかった。

 その結果、王都における商取引のトラブルは激減。

 裏社会の影響力も減少したように思える。

 

 その両方に繋がっているのが、辺境の砦を収めるメイド男爵、サラ・クマサーンだ。

 彼女の活躍によって王国の平和がもたらされたのだとシュトレインは噛みしめる。

 サラが王都にやってきたら、晩餐会に招待するつもりだ。

 あの可愛らしい少女とのおしゃべりが今からとっても楽しみである。


 シュトレインは民衆に手を振りながら、パレードへと参加するのだった。

 王都の市民はもとより、トルカ王国全土から国民が集まり、彼女の治世を祝福する。

 それは彼女の王位を揺るがぬものにするはずの貴重な式典のはずだった。



 しかし、突如として現れたのは巨大な竜。

 それも神話に出てくるような、二つ首の竜だった。


「国を乱すシュトレイン・トルカに天誅を!」


 禍々しい魔獣を指揮するのはトルカ王国の有力者、ジュピター・ロンド伯爵。

 彼女の操るドラゴンは都市を破壊し、駆け付けた騎士団を粉砕していく。

 祝福で沸く王都を悲鳴の渦へと引きずり込んでいくのだった。

 


「女王陛下、こちらへっ!」


 シュトレインは城へと避難していたものの、完全に虚脱している状態だった。

 ジュピター・ロンド伯爵が腹に一物を抱えていることは把握していた。

 しかし、まさか式典の日に反乱を起こすなど、想像もしていなかったのだ。


「ちぃっ、騎士団は何をしている!?」


「貴族の援軍はまだ来ないのか!?」


 特に痛いのが有力貴族の援軍が望めないということだ。

 式典の日ということもあり、多く貴族は王都に集まっており、彼らの手勢は地方に置いたままなのである。

 また、不確定情報ではあるが、ロンド伯爵家に協力する貴族も現れており、騎士団の多くが二の足を踏んでいた。

 平和ボケが蒔いた種ではあるが、これを予見できた人物など一人もいなかった。


「女王陛下、ロンド伯爵は二十四時間以内の王権の明け渡しを求めておりますっ!」


「に、二十四時間ですって!?」


 ジュピター・ロンドの言い分はしごく単純だった。

 もっとも強いものが国を治めるという、古来から最も使い古されてきた論理だ。


 そして、ジュピター・ロンドの手勢は圧倒的だった。

 誉れ高き王立騎士団はドラゴンに立ち向かうことさえできず、女王たちはただただ王城に避難することしかできなかった。


「ははっ、さもなければ、王都のことごとくを破壊すると宣言しています!」


 ジュピター・ロンドの出した提案は苛烈を極めるものだった。

 早い話が、王都の市民たちを人質にとっての提案なのである。


 これ以上の王都の破壊を防ぐためには降伏するしかないのではないか。

 重臣たちから、そんな意見がちらほらと上がり始めるのだった。


「女王陛下、栄光国から使者がきました! 謁見を求めております!」


 そんな時、シュトレインの顔を持ち上げる知らせが入る。


「すぐに通すのですっ!」

 

 貴族たちの援軍がすぐに望めない以上、軍を出してもらえるのは非常にありがたい。

 一国内で反乱がおき、それを王権が鎮められない場合には隣国の手を借りることはよくあることである。


 もっともそれは他国の影響力の拡大を許し、完全に歓迎できるものではない。

 多額の金銭や人質、あるいは領地の割譲など、様々なことを要求される可能性もある。


 だが、事態は背に腹は代えられない段階にまで来ていた。

 女王には王国の民を守る責任があるからだ。

 彼女は栄光国からの使者を謁見の間に通すのだった。




「ふふ。女王陛下、自らの出迎え、感謝する!」


 自信満々な顔をして謁見の間に現れたのは栄光国の国家戦略室の長官、ミミン・ミドガル・ミドガルド という女性だった。

 特注の軍服に身を包んだ彼女は今日もひときわ輝いていた。

 居並ぶ重臣たちも、ミミンの迫力に気圧されそうな雰囲気だ。


「形式的な挨拶はさておき、ミミン、あなたに単刀直入に尋ねます。今回の援軍によって、あなたは、いえ、栄光国は我々に何を求めているのですか?」


 女王はミミンの気迫に負けないように虚勢を張る。

 ここで気圧されてしまうわけにはいかない。

 彼女の決断に王国の未来がかかっているのだ。


「ふふふ、我々は金も領地も条約も求めないよ。安心してくれたまえ、女王陛下」


 領地の一部割譲さえも考えていた女王からすれば、ミミンの言葉は想定外のものだった。

 しかし、彼女の思考はミミンの次の言葉に凍り付くことになる。


「我々が望むことは一つだけだ。……我々の援軍が反乱を抑えた暁にはスウォルツ王兄閣下に王位についてもらう」


「なんですって!? 兄上を!?」


 これには女王も声をあげてしまうも、それ以上は言葉が続かない。

 まさしく想定していなかった「条件」だった。


「そう。あなたには反乱を抑え込めなかった責任をとってもらう。王兄閣下、来てくれたまえ」


「ふはははは! 憐れなものだなぁ、シュトレインよ。ロンド伯爵ごときを止められないとは残念な奴だ」


 ミミンが合図を送ると、栄光国の軍人に守られる形で王兄のスウォルツが謁見の間に現れる。

 本来であれば王都には入ってこれないはずの身分である。

 それがのこのこと現れるだけではなく、嫌みったらしい笑みを浮かべている。

 これは女王だけではなく、重臣たちの心証を著しく害するのだった。


「王兄様に王位を譲れだと!?」


「なんと不敬な!」


「しかし、このままでは王都が破壊され、我々も犬死にするぞ」


「それは分かっているが、しかし、外圧に負けて王位を退くなど」


 重臣たちはがやがやと騒ぎ立てる。

 女王の御前では本来であればそんなことは許されない。

 だが、国家の一大事を前にしては黙っていられるはずもない。


「くっ……」


 シュトレインは忌々しそうにミミンを睨み返す。


 彼女の兄、スウォルツはこれまでに散々問題行動を起こしてきた人物だ。

 彼がいなくなったことで王都の治安がだいぶ回復したのは記憶に新しい。


 そんなろくでなしを王位につけてしまったら、早かれ遅かれ国は亡ぶ。

 あるいは十中八九、栄光国、特にこのミミンと言う邪悪な女の傀儡になってしまうだろう。

 

 ジュピター・ロンド伯爵に王位を渡して国を亡ぼすか。

 兄のスウォルツに王位を渡して国を亡ぼすか。

  

 女王の前にはその二つの選択肢しか用意されていないように思える。

 どの選択肢であっても亡国への道であり、それを招いた自分自身を強く責めてしまう。


「……お父様、申し訳ございません」


 彼女は目を閉じて、父親の臨終のときを思い出す。

 震える手で自分の手を取り、「国を守れ」と伝えてきた父のことを。


「みなさん、よく聞いてください。私、トルカ王国の女王シュトレイン・トルカは……」


 シュトレインは唇をぎゅっと噛みしめ、民を守るための決断を伝えることにする。

 百年以上、国を平和に導いてきた王権がついに終わる。

 自分がふがいないばかりに。

 シュトレインの美しい瞳には大粒の涙が浮かんでいた。


「女王陛下! 援軍ですっ! 祭りの山車がジュピター・ロンド伯爵のドラゴンと戦っておりますっ!」


 しかし、突然飛び込んできた部下が彼女の言葉を遮る。

 それは耳を疑ってしまうような知らせだった。


「どういうことですか!? 山車が戦うなど!?」


 シュトレイン・トルカは窓から外を眺める。

 王城に迫りつつあった二首の竜が何かと交戦している様子が見に入る。


 それは砦のような形をした山車だった。

 奇妙なことに脚が四本生え、口が生え、上には大きなリボンなどの飾りが見える。

 そして、一番目立つのはメイドのつけるヘッドドレスだった。


「おぉおおっ! 押しているぞっ! 陛下、ここは男爵にかける他ございますまい!」


 外の戦闘を眺めていた大臣の一人が声を上げる。

 それに呼応するかのように、他の重臣たちもわぁっと声をあげる。


「砦……だと? まさか!? ちぃっ、女王よ、即答しなかったことを後悔させてやる!」


 ミミンは窓の外の様子を眺めると、奥歯をぎりりと鳴らす。

 そして、忌々しげな顔をして謁見の間から去っていくのだった。


「メイド男爵……」


 シュトレインの瞳から大粒の涙がこぼれる。

 トルカ王国の命運はメイド男爵ことサラ・クマサーンの両肩に乗せられたのだった。


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