54.悪徳商人マニース・ウィンドルさん、哀れな末路を遂げる
「なぜだぁっ、どうしてバレている!? 何をした、くそメイドがぁああ!」
メイドたちが去った後、マニースは大声を張り上げる。
彼は実際、ほくそ笑んでいたのだ。
本当であればメイドを含めて四人の奴隷を手に入れられるはずだったのだ。
しかし、彼の罠は見破られ、あろうことか自分には奇天烈な魔法さえかけられていた。
嘘がつけないのである。
頭の中で思ったことを全部口に出してしまうのである。
商人とは決して本音を口にはしない。
そんなことをしたら商売にならないのだから。
さらに言うと、彼には絶対に本音で向き合いたくない人物がいた。
「だ、旦那様っ、ジュピター・ロンド伯爵様がいらっしゃっております!」
血相を変えて、メイドが執務室に駆け込んでくる。
それは招かざる客の来訪を告げるものだった。
ジュピター・ロンド、それは彼を超える本物の悪党。
可憐な容姿ながら、地位と権力に溺れ、さらには国家転覆さえも目論む邪悪な女である。
「私は会いたくありませんっ! あんな権力を鼻にかけたクソ女になど追い返しなさいっ! あぁ家具に頭をぶつけて死んでくれたらいいのに!」
ここでも本当のことを言ってしまう、マニースである。
彼の言葉を聞いたメイドは目を白黒させる。
まるで子どものような言動であり、いつもの鷹揚な態度が消えうせていたからだ。
「誰に会いたくないだと? わざわざ会いに来てやったのに、ずいぶんな物言いだな、マニース・ウィンドル?」
マニースの必死な声はむしろ逆効果だった。
なんとメイドの後ろにジュピターはついてきていたのだ。
これにはマニースも目を見開いてしまう。
「いやいや、それはその全部、本当のことなんです、伯爵様。私はあの男爵を自称する痛いメイドたちに会いまして、例の契約書を渡されました。すると、どうでしょう、本当のことしか言えなくなったのです、わかったか、このバカ伯爵! あわわわ、私は何を本当のことを!?」
マニースはおろおろしながら自分に起きたことを話し始める。
この混乱状態を理解してもらうしかないと判断したのだ。
しかし、ところどころに失礼な文言が並ぶ。
普段から思っていなければ、口をついて出てくることもないわけであり、ジュピターにとってはそれでもう十分だった。
「……マニース・ウィンドル。貴様はもう終わりよ! ウィンドル商会との取引は白紙に戻す! 二度とその汚い顔を見せないでちょうだい!」
ジュピター・ロンドはすぅっと息を吸いこんで、大声で怒鳴る。
彼女はマニースが失敗したことを許せなかった。
しかし、それ以上に自分をバカにしたことを許せなかったのだ。
「ひっ、ひぃいい、そんな、いくらなんでもあんまりですっ! 私があなたのためにどれだけ尽くしたのか、忘れてしまったのですか、このボケ伯爵が! ちょっと顔がいいからって図に乗るんじゃありませんよっ!」
もはや情緒不安定としか言えない言動をするマニースである。
議論にすらならない愚か者だとジュピターはため息をついて部屋を出る。
商売に長けた彼を失うことはもったいないが、自分に悪態をつく人間は許さない。
長年、儲けさせてもらった点を鑑みて、命だけは許してやったのはせめてもの情けだった。
◇
「ジュピター・ロンド伯爵、それでウィンドル商会のことは聞いているわよね? その商会の取引の仕方について知らないかしら?」
「ウィンドル商会ですかぁ?」
ここは王宮の謁見の間。
ロンド伯爵は女王シュトレインから尋問を受けていた。
数日前、メイド男爵ことサラ・クマサーン男爵の告発によりウィンドル商会の詐欺行為が発覚した。
男爵になりたてとはいえ、貴族を騙して領地を奪うための事件は国家の屋台骨を崩しかねない凶悪事件である。
女王が自ら率先して問題解決に動いたのだ。
その中で浮かび上がってきたのはロンド伯爵家だった。
何を隠そう、ロンド伯爵家こそウィンドル商会の最大の商売相手だったからだ。
ロンド伯爵家がウィンドル商会のバックアップをしているからこそ、横暴を繰り返したとも言える。
「えへへ、全く心当たりはありませんよぉ、女王陛下様ぁ。もし、その詐欺事件が本当なのでしたらぁ、由々しき事態ですわ! 我がロンド伯爵家も騙されているかもしれません! そう、私たちも被害者かも!」
ジュピター・ロンドは自分の身の潔白を主張する。
むしろ、自分たちこそ被害者の可能性があるとさえ言ってのけるのだった。
それもそのはず、危ない書類はすべて処分していたし、自分に火の粉がかからないことをジュピターは理解していた。
「女王陛下、誠に申し訳ございませんっ! 私の監督不届きですっ! どんな罰でもお与えください!」
ジュピターは目をうるうるさせて陳謝する。
もちろん、演技ではあるのだが美少女の涙に弱いものは多い。
「陛下、ロンド伯爵の仰る通りかもしれません」
「さようですな。提出していただいた書類にも問題はございませんでしたし」
女王の側近の何人かが、ロンド伯爵をかばうように耳打ちをする。
確かに書類上はロンド伯爵に何の問題もないことは分かっている。
だが、明らかに怪しい。
女王はそう思いながらも、疑わしきは罰せずの精神でロンド伯爵を不問に付すことにした。
ロンド伯爵家はトルカ王国を支える大貴族である。
その領地は広く、生産する農作物も収める税金もけた違いに大きい。
あまりしつこく詰問するわけにはいかない。
「まぁいいでしょう。ジュピター・ロンド伯爵、今後は取引相手を精査するように」
「ははっ、申し訳ございませんんっ!!」
ジュピターは平謝りの姿勢のまま退室をする。
普段の彼女の居丈高な態度を知っていれば失笑してしまうような光景である。
事実、アッシマ侯爵などは、がははと大きな声で笑っていたのが聞こえた。
「許さない、許さない、絶対に許さなぁあああああいっ!」
館に戻ったジュピターは机をどかんと蹴とばす。
もっとも重厚な机は彼女の蹴りで動くことはなく、彼女の足にじぃんとした痛みをもたらすだけだったが。
「あの女王、絶対に許さない! メイドともども絶対に殺してやる、絶望させてやるぅううう」
ジュピターはぎりぎりと歯噛みをして怒り狂う。
陥れようとしたメイドが逆襲を仕掛けてきて、あわやの事態になってしまったからだ。
貴族たちの面前で平謝りするのは彼女のプライドを大きく傷つけた。
何より、女王から憐れみをかけられたのが許せなかった。
メイド以上に腹を立てた相手が女王だったのだ。
そんな時である。
彼女のもとに部下が駆け込んでくる。
「伝言が入りましたっ! ミミン様が、例のものの準備ができたとのことっ!」
「その知らせを待っていたのよっ! 栄光国に行くわっ!」
その知らせを聞いたジュピターは怒りに歪めていた顔を一気に明るくする。
彼女の瞳には大きな野心が復活していた。
その野心の炎はトルカ王国を絶望に追い込むことになるのだった。
◇ 女王陛下、メイド男爵に期待する
「陛下、ウィンドル商会の件、お見事でした! これで少しは腐敗が減るでしょう」
ここはトルカ王国の女王の執務室だ。
重臣の一人が女王シュトレインに笑顔を見せる。
悪名名高いウィンドル商会を排除できたからだ。
「そうね。それもこれも、全部、サラ・クマサーン男爵のおかげだわ」
女王はふぅっと息を吐きながら背伸びをする。
ウィンドル商会を潰すのはなかなか骨の折れる仕事だったのだろう。
しかし、彼女の心は爽やかだった。
なぜなら、今回の事件の発端をメイド男爵ことサラ・クマサーンが切り開いてくれたからだ。
メイド男爵への好感度がさらにアップしていくのだった。
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