47.メイド男爵、スライムヒーリングの秘術に目を白黒させるも、金に目がくらむ
「スライムで人を回復させるなんてことができるの? うっそぉ?」
失礼だとはわかっているが、思わず首が傾いてしまう。
「噓じゃないですヨッ! スライムヒーリングとはピンタゲラな、ええと素晴らしい治療法なのですス! あまりにも奇跡みたいなので嘘みたいに聞こえるかもですけどモ! それじゃあ、やってみせますネ! ガザシーちゃん、出ておいデ!」
そういうと彼女はカバンをがばりと開く。
すると、にゅるりというか、どろりというか、とにかくそんな勢いで薄緑色のモンスターが地面に降り立った。
そう、スライムである。
緩慢にしか動けないので人を襲うことはあまりないが、それでもモンスターの一種。
血走った目玉にも関わらず、黒い瞳孔はニコニコしている。
どう考えてもお友達になりたくない類いの生き物だ。
「それじゃあ、よぉく見ててくださいヨ! ここに取り出したるハ、我が祖国であり先進医療で名高い、メルタタタ特製のしびれ薬! 指先一つで牛もしびれる劇薬ナリ!」
呆気にとられる私たちの傍ら、彼女は謎の口上をスタートさせる。
「それを舐めるはこの私! か弱き乙女のポイナ・ポポイポイ。さぁ、これを舐めたらどうなるのカナ? 知らざぁ言ってきかせやショウ! 蹴飛ばす、てめえのケツの方!」
言うなり彼女はそのしびれ薬とやらを指先につけて、ぺろりと舐める。
ひぃいい、大丈夫なの、それ。
もはやパフォーマンスのごとく、私たちの眼は彼女に釘付けだ。
それにしてもケツだなんてシスターにあるまじき下品な言葉。
「ぐ、ぐふぅ……、いい感じに痺れが回ってきタヨ、このままではポイナは危ないのカナ? どうすルノ? こうすルノ! ガザシーちゃん、後はお願イ!」
そうこうするうちに彼女の顔色は急激に悪化。
真っ白い肌が青黒く変色。
「あわわわ、無茶するからだよっ! ひぇ!?」
助けようかと思った矢先、彼女の足元にいたスライムが彼女の頭上にジャンプ!
そいつは彼女をきゅぽんと包み込んだのだ!
「ひ、ひぃいいい」
「うわ、やば」
「すごい体術!」
私、マツ、メイメイの三人はそれぞれに声をあげる。
メイメイは何かのショウだと思っているらしく、手を叩いて喜んでいるが。
「よぉく見ててくださいネ! ひへへへ、ほらぁ、スライムが私の毒を、毒素ぉ、ああン、吸い込んデ、うふ、あっ、あっ、あぁ、出ちゃう、漏れちゃうぅウウウウ」
スライムに身を包ませたポイナは身もだえしながら何かを言っている。
その顔は赤く上気し、明らかに子どもに見せちゃいけない顔である。
私は慌ててメイメイの目を隠す。
「顔色がよくなっていきますよ!? なんですかこれ、すっごいことですよ!」
代わりに驚きの声をあげるのがマツだった。
確かに彼女の言うとおり、ポイナはいつの間にか先ほどの美しい肌色に変化していた。
も、もしかして、今のがスライムヒーリング!?
「おうフ、うふっ、ひぃ、ヒィ、いいのが決まりましタァ。毒を耳の奥からちゅーっと吸い込まれるのが最高にエキセントリックでぇ、もう思い出しただけで涙が出ちゃウ、シスターだもン! ガザシーちゃん、サイコォ!」
ポイナは子どもには聞かせられないようなことを言いながら、足元のスライムを抱きしめる。
当然、ぐにゃりと変形するスライムだが、器用にピースサインを作ってそれに答える。
このスライム、憎めない、目はバキバキに充血してるけど。
「そんなわけでこの快感じゃなくテ、回復実験のために毒を探してるんでス! 世界中の毒や病を、スライムで治すのが私の夢デス! 病を根絶するのデス!」
ポイナは胸をででんと張って、さも崇高そうなことを言う。
しかし、どう考えても自分の快楽のために毒を利用しているだけだ、この女。
「へ、変態だ……」
当然、私は気づくのだった。
この女の子が混じりっけなしの変態だったってことに。
彼女は毒を服用してはスライムに治させるのが好きな変態なのである。
マツがやたらと警戒していたのは、同族嫌悪を無意識に発動していたのだ。
うわぁ、やだなぁ。
うちの砦には大きいもの中毒のマツと暴力中毒のメイメイもいるのだ。
いわば、変態の巣窟だ。
これ以上、変な領民に来てもらいたくない。
私の背中に嫌な汗が流れていくのを感じるのだった。
「どうですカ!? スライムヒーリングがあれバ、どんな毒でも症状でも一発ですヨ! 安全だシ、快適だシ、快感だシ、絶頂までぶっ飛ぶシ! 体の奥がじぃんと温かくなって涙がこぼれて絶頂するシ! 一発二発キメなきゃ寝られない体になりますヨ!」
ポイナは畳みかけるようにスライムヒーリングの素晴らしさを連呼。
すごい早口。
快感とか、ぶっ飛ぶとか、キメるとか、自分が途中からおかしいことを言っているという自覚すらないらしい。
子どもの前で絶頂って言葉を二回も言うな。
ひぃいい、変態に絡まれる、かわいそうなメイドの図だよね、これ。
「ほぉら、私の言った通りじゃないですか! まじもんのやつですよ、この女! 危ないですって! このままじゃ私の砦が変態の巣窟になります! まともなのが私しかいなくなる!」
マツは私に耳打ちしながらの猛抗議である。
こっちも気づいてるよ、この子が本物だって!
どうしよう? 走って逃げる?
あと、あの砦はあんたものんじゃないし、あんたが変態の筆頭だからね。
「男爵様、私、これまで色んな町でスライムヒーリングを広めてきたんですケド、相手にされなくテ! んふ、毒は売ってもらえないシ、気持ち悪いって言われるシ、お店に入るなって言われるシ……、おぅふ、それでも神様は私を見捨てなかっタ!」
ポイナはスライムに埋まったままの姿勢で祈りの姿勢を取り、遠くを見つめて目をうるうるさせる。
字面だけなら涙を誘う物語であるが、粘液まみれの絵面は最悪。
しかもよく見れば、こいつ、スライムに包まれてビクビク震えているのだ。
教育上よくないし、どの国に行っても排斥されること間違いなしである。
私の領地に無断で入って来たら石を投げる自信がある。
スライムシスターとかいう新手の魔物なんじゃないの、これ。
「だかラ、男爵様に来てくれないかって言われテ、すごくうれしかったんデス! 私、誰にも必要とされてないって思ってたかラ!」
それから彼女はすぶしゃあっとスライムから腕を伸ばし、私の手を握ってくる。
にゅりゅっという感触の握手は生まれて初めての感覚。
ひぃいい、ぬるぬるするよぉ。
こんな人、誰が必要とするっていうのさ!?
「あ、あははは、そ、ソウデスネ……」
私は本格的に後悔していた。
彼女をうちの領地に思いっきりスカウトしていたことを。
や、やばいよ、あの子、うちの砦に来るつもりじゃん!
いや、私が完全に悪いんだけど、最初はまともそうに見えたんだもん!
ここは一つ芝居を打って、あの子を諦めさせるしかないよ。
「悪いけど私の領地の砦は三人乗りなのよね」、この言い訳で諦めてもらおう。
マツも彼女のやばさに気づいているし、きっと協力してくれるはず。
喜ぶポイナを断るのは申し訳ないが、背に腹は代えられない。
領地の治安は私が守る!
「私、将来はこのガザシーちゃんを大きく育てテ、巨大プールに入れテ、それに病人や怪我人をぽいぽい投げ込む巨大スライム治療院を作りたいんデス! そして、人々は私に言うんデス! スライムヒーリングばんざイッ、ジャイアントスライムばんざいっテ!」
ポイナは目を潤ませながら狂った悪夢をのたまい続ける。
誰がスライムの中に飛び込みたいだろうか、いや、誰もいない。
口角泡を飛ばす美少女はむしろ恐怖の対象になりかけている。
メイメイは退屈なのか道端で腕立て伏せを始めた。
「おぉっ! いいですねぇ! 巨大なスライム! そういうの拙者も好きですよっ! それがしは、ふひっ、大きくて動くものが好きなんです! 巨大モンスターも大好物ですよっ!」
しかし、それに食いつくやつがいた。
私の隣に立つ、眼鏡女子のマツである。
しまったぁあ、この子、巨大なものが大好き症候群だったのだ。
同族嫌悪を通り越して、今では類は友を呼ぶ状態になってるじゃん!?
しかも、マツの一人称がなんだかすごく古臭い。
「えぇ、オタク、大きくて動くなんて、いい趣味なさってますナ! やっぱり夢は大きい方がいいですよネッ! ふひひひヒ」
巨大生物がどうのこうのなどと、よくわからない話題で盛り上がる二人。
数秒後、すっかり意気投合した二人は固い握手をかわすのだった。
やばいよ、マツとポイナの暗黒面が今まさしく交差しちゃったじゃん!?
「大きいと言えば、私たち、ドラゴンやっつけたんですよっ! すごぉく、大きかったです!」
しかも、驚いたことにメイメイもその輪に加わり、わいのわいの楽しそうにしている。
さっきまでポイナのことを「目がパキパキで不気味」と言っていたくせに。
どうしよう、彼女を断るのが難しい流れじゃん。
彼女を連れて行くのに何か一つでもメリットがあればいいんだけど。
このままじゃ変態ヒーリングの餌食にされるだけだ。
ドラゴンかぁ、ドラゴンねぇ。
そう言えば、先ほど冒険者ギルドではドラゴンの皮が毒で汚染されているから買い取り不可と言われたんだっけ。
あれが売れたら良かったんだけどなぁ。
ここで私はぴぃんと来るのだった。
「あ、あのぉ、ポイナ、このドラゴンの皮についた毒とかって取り除けないよね?」
私はそう言ってカバンの中から例の水玉模様の皮を取り出す。
「ぴぎぃッ!? そ、それは、それはマジもんの純度百の凄いモノ、なんて貴重なモノじゃないすカ! パネェすヨ、先輩、パネェすよぉおおオ!」
ポイナは目を丸くして、口元に狂気にも似た笑みを浮かべる。
口調は先ほどとは打って変わって、なんていうかヤバさに拍車がかかっている。
っていうか、私はコイツの先輩じゃない、断じて違う。
「くんくん、匂いからして特級毒物のレインボーテングタケですよネッ!? ガザシーちゃんなら、きっと取り除けますヨッ! その毒を頂けるんですカ!? 神様、ありがとうございますぅうウ、いい子にしていた甲斐がありましたぁアア!」
彼女は私の手からドラゴンの皮をひったくると、神様に祈り始める始末。
どっちかっていうと、私に感謝して欲しいところだけど、まぁいい。
そう、私には目的があったのだ。
毒で汚染されたドラゴンの皮から毒を抜いたら?
残るのはドラゴンの皮、すなわち、超高級素材が手に入るのだっ!
この際、変態でもいいや。
今の私たちには資金が必要なのだし、なりふりなんて構ってられない。
「よぉっしゃああ! これで億万長者の仲間入りだよ!」
「男爵、ナイスアイデアですよっ!」
私の狙いを理解したマツも大喜びだ。
正直言って、このポイナという子は危ない奴だと思う。
よい子にはお見せできないタイプという意味で。
だけど、邪悪な人間ではない。
人を癒すことにだって精通しているようだし、毒の目利きができるのも強い。
彼女の祈っている神様はひょっとしたら邪神なんじゃないかと思うけど、まぁ、勧誘してこないし、人がよさそうなら別に宗教は気にしない。
それに、彼女の言っていた「必要とされていない人」なんてこの世にはいないと思うのだ。
どんな人も良いところがあって、そこを伸ばせば誰かが拾ってくれると思うし。
「よぉし、それじゃあ、見せてあげまショウ! 特製のぉっスライムヒーリングをぉおおオオ! そして、毒を回収したら、ぬひひヒヒ、ピンタゲラ!」
ポイナはそう言うとスライムの中に大量のドラゴンの皮を投げ込むのだった。
目がぎんぎんに血走っていたけど、もはや何も言うまい。
彼女いわく、明日には毒が抜けているのではないかとのこと。
ぬひひひひ、明日がとっても楽しみだね。
だって、お金、お金、お金ちゃんが手に入るんだもん!
「お師匠様、あのスライムみたいに目がすごく血走ってますよ?」
私の顔を見たメイメイがぽつりとつぶやくのだった。
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