48.メイド男爵、マツのやらかしに吠える
「できましタ! ほら、できましたヨォッ! 」
褐色金髪の変態、ポイナが駆け込んできたのは、朝の5時半のことである。
彼女はギンギンに目を血走らせて、できたできたとぴょんぴょん跳ねる。
その手に握られているのは、例のドラゴンの皮。
おぞましい水玉模様はすっかり消えて、私たちが遭遇した時と同じような赤くて美しいドラゴンの皮になっていた。
「うぉしゃあああ! ポイナ、よくやったよっ! 本当に偉い! 大好き!」
「よくやりましたねっ! あなた、すごいですよ! 尊敬します!」
私とマツはポイナに最大限の感謝を表す。
そう、彼女はやってくれたのだ。
あの売り物にならないと拒絶されたドラゴン皮から、毒を抜き取ってしまったのである。
「そこまで褒められるト、勘違いしちゃいますヨォ! ぬひヒ!」
彼女は謙遜するけれど、鼻高々である。
私は彼女の傍らにいる、例の一つ目スライム、ガザシーにも感謝を伝える。
いや、実際、毒抜き作業はこのスライムがやったのだ。
エライ、よく頑張った!
「ぐるぴぴぴぽ!?」
などと摩訶不思議な音を立てて、目を喜びマークにするスライム。
意思疎通ができているとは思わないけど、喜んでるのかな?
とりあえず触手を差し出してきたので、恐る恐る握手する。
ひんやりして、案外、気持ちよかった……。
「ふわぁあア、それジャ、私は寝まス! 朝ごはんになったら起こしてくださイ!」
ポイナは夜通し毒抜き作業をして疲れたのだろう。
このまま眠ってしまうとのこと。
「……ふぅうう、ガザシーちゃん、ピンタゲラァ」
彼女のためにベッドを用意していたのだが、なんと彼女はスライムに包まれたまま横になる。
半透明の液体に包まれて、ふよふよと漂いながら眠るのはかなり非現実的な光景だ。
なんとなく気持ちよさそうに思えるが、実際にはどろどろの粘液まみれなのである。
試すのは遠慮しておこうと心に決めるのだった。
◇
「……こりゃあ、上モノだ。なんだよ、これがあるんなら早く出してくれればいいのによ。ここでの買取なら全部合わせて一千万ゴールドだな。金は銀行に振り込んでおいてやるが、どうする?」
「も、も、も、もちろん、売る、売らせてくだされぇえい!」
ここは例の冒険者ギルド。
私は今、人生の絶頂にいた。
だって、ポイナが毒抜きしてくれたドラゴンの皮がものすごい高値で売れたのである。
実際にはオークションに出せばもっと高額になるというのだが、私には即金が必要なのであった。
このお金でうちの領地を宣伝すれば、けっこう有名になるんじゃないかしら。
それに家具とか色々なものを購入することができるよね。
まずはお洒落なソファにテーブル!
それに広めのベッドも欲しい!
かっこいいお掃除道具に調理器具だって必要だよねっ!
最新式のキッチン設備をがこんと入れちゃおうかしら、うふふふふ!
「よぉっしゃあああ! これであれもこれも可能ですね! 色んな装備を揃えたら、砦がもっと強くなりますよっ!」
私と同じように大喜びしているのがマツである。
そう言えば、彼女も砦をよくするための魔道具を購入したいと言っていたのだ。
武器や防具に詳しい彼女のことだ。
物品購入の権限を与えて、あの砦の防備を固めてもらうのもいいかもしれない。
「えぇっ!? いいんですか? 男爵の領民になってよかったと、心底思いますよっ! ひゃあっほぉおおおお!」
私が武器防具類の購入を許可すると、彼女は風のような勢いで走り去っていった。
うふふ、領民が輝いてるのを見るのは最高だね。
「メイメイ、それじゃ私たちは夜のパーティの準備をしようじゃないか!」
「はぁい、お師匠様! お祝いですねっ!」
私たちはほくほく顔で宿屋へと急ぐ。
うふふふ、ごちそうを食べまくるよっ!
ちなみに今回の殊勲賞のポイナはいくら起こしても朝起きてこず、夕食の際に起きてきた。
「メイド男爵様と、その領地の未来に乾杯!」
マツが夕方に戻ると、私たちの興奮は最高潮。
宿屋さんの一階にある酒場でお祝いをするのだった。
気が大きくなりすぎた私は料理屋にいたお客さんの分のお酒やお料理も出すと言ってしまう。
まぁ、別に大丈夫だよね。
そんなに高いお料理を頼んでるわけじゃないし。
今の私の資産はすごいことになっているのだ、うはは。
「わはははは、我が領土は永久に不滅だぁああ!」
私たちは夜通し、どんちゃん騒ぎをするのだった。
マツは大喜びで新品の魔導機械がどうとかわめきたて、メイメイはものすごい勢いで料理を平らげる。
「ぬはははハ! 私、いくらお酒を飲んでも平気なんですヨ! ガザシーちゃんが解毒してくれるからぁああア! ごぶごぶごブ」
心配になる勢いで浴びるほど酒を飲むポイナ。
普通であれば頭をひっぱたくところだが、今日の私は寛容なのだ。
彼女と肩を組んで、大笑いするのだった。
楽しかった。
ここ数年で一番といってもいいぐらいに。
そして、次の日。
悲劇は起こるのだった。
「それじゃ、お題は三十万ゴールドだよ。昨日のパーティはすごかったわね。またひいきにしてくださいよ」
宿屋のおかみさんは思わぬ上客の出現にほくほく顔である。
もちろん、私も笑顔を絶やさない。
だって、手元にはとんでもないお金があるのだ。
三十万なんざちょちょいのちょいである。
「あ……そうだった。ここの支払いがあるんでしたっけか」
私が財布を預けてあるマツを振り返ると、彼女はぽかんと口を開けていた。
「マツ、お財布がいるんだけど? どうかしたの?」
部屋に忘れ物でもしたのだろうか?
そんなことを思っていると、マツの口から衝撃的な言葉が飛び出す。
「あ、あのぉ、男爵、慌てずに聞いてくださいね。昨日までのお金、ぜんぶ、使いきっちゃいました。最新式の魔導機関が売ってたんで、つい、うっかり……。えへへへ」
マツはうすら笑いを浮かべるも、顔にだらだらと汗をかいていた。
その表情から私はすべてを察するのだった。
この女の話がマジであることを。
「ぜ、全部って何!? 全額ってこと!?」
「そうですっ! すごいのが売ってたんで、つい出来心で」
そういうとマツは購入確約書なるものを見せてくれる。
タイトルは「最新式魔導機関購入証明書」。
その文書の中には「ご返金には一切応じません」の文言も入っている。
背中にぶわっと冷や汗が流れ始める。
「な、な、なにやってんのよ!? そもそも詐欺だったらどうすんのよ!?」
「大丈夫ですっ! あのエンジニアの目は本気だったので! 私にはわかるんです!」
マツは自分の判断に相当自信があるらしく、ふんすと鼻を鳴らす。
こいつに何を言っても無駄という状態である。
どうしよう、まずいよ、このままじゃ男爵が宿屋の料金を支払えないという不名誉な噂が出回ってしまう。
「ん? 何かあったのかい? まさか払えないなんてことはないよねぇ?」
おかみさんは笑顔を崩さない。
だが、私は見逃さなかった。
彼女の額に青筋が浮かび上がっているのを。
やばいでしょ、これ。
名誉どころの問題じゃない。
ちょっと間違ったら命が危ない奴じゃん!
「ごめんなさぁあああい、下働きさせて下さいぃいいいい!」
即断即決!
私はその場で土下座をするのだった。
「へ? 男爵、何を!?」
「何をされてるんですカァ?」
私の早業にマツとポイナがすっとぼけた声をあげる。
「バカ、あんたも、謝るのっ! 大事になったらまずいでしょ! ポイナも、お酒をバカみたいに飲んだでしょうが!」
そんなわけで私たち三人は女将さんに土下座を敢行。
メイメイは子どもだということで勘弁してもらった。
おかみさんはなんとか許してくれて、しばらくの間、給仕をしてくれればいいとのこと。
首の皮一枚つながったとは思うけど、さすがに五十万ゴールドを稼ぐのは骨が折れそうだ。
とはいえ、とりあえずはその場をしのぐしかない!
「え? 私もですか? 私、絶対、無理ですよ? 頭つかう仕事以外、向いてませんもの」
「私、スライムヒーリング以外の仕事したことないんですケド?」
マツとポイナの社会不適合者二人は再びすっとぼける。
だが、もはや有無を言わせてなんかあげない。
私は彼女たちを予備のメイド服にねじ込むと、給仕の何たるかを叩き込むことにした。
それにしても、マツ、あんた、相変わらず、すごい体型だね。
ポイナもウエスト細い、胸も……おっふぉ……負けた。
「私も頑張ります!」
敗北感に打ちひしがれる中、鼻息荒く腕をぶんぶん振るのはメイメイ。
張り切っているところ悪いが、彼女に酒場の皿を割らせるわけにはいかない。
この子には用心棒を頼むことにした。
ガラの悪い客を追っ払ったり、酔っ払いをつまみ出すのに役に立ちそうだ。
余談だが、メイド服に身を包んだ少女が給仕してくれるとあって、昼は食堂とカフェ、夜は酒場と大盛り上がり。
私たちの借金は数日で返済できて、余剰金さえもらえた。
おかみさんからスカウトされるも、もちろん、お断りするのだった。
◇ 王都で開かれたメイドパーティについて
「知ってるか!? すげぇかわいいメイドが三人、サラミスって宿屋の酒場で働いてるらしいぞ! 連日大盛況だそうだ」
ここはトルカ王国の王都。
日中の仕事を終えた男たちはしばしの休息を求め、夕食の場所を探していた。
そんな折、彼らの耳に入ったのはしがない宿屋の広告だった。
なんと可憐なメイドが給仕をしてくれるというではないか。
通常、メイドとは貴族や豪商の家で働くものであり、一般客を相手に給仕をすることはない。
それだけでも十分にニュース価値のある出来事だった。
しかも、三人が三人ともかわいらしいとのこと。
一人目はマツという眼鏡の少女。
地味っぽい顔立ちとは対照的に、突き出た胸元が多くの男性の視線を奪う。
仕事は全くできないし、やる気もないのだが、客寄せには最適な人材だった。
もう一人は金色の髪をしたポイナという褐色肌の少女。
ミステリアスな雰囲気をまとう彼女だが、客の盛り上げ係だ。
客が出してきた酒を一気飲みする特技を持ち、酒豪を誇る男たちを何人も床に沈めたとのこと。
また、皿洗いも得意らしく、汚れた皿を一瞬でキレイにするらしい
そして、最後が桃色の髪の毛をしたサラという美少女。
気品のある佇まいで丁寧な接客。
給仕の仕事をほぼ一人で完ぺきにこなす鬼のようなメイドだった。
しかし、可愛らしい外見とは裏腹に、彼女はマナーの悪い客を即座に煽ってくるのだ。
「酒場で暴れるなんて、おじさん、Fランク冒険者ぁ?」
「きょうび、一気飲みとかダサいんだけどぉ?」
こんな具合である。
バカにされているにもかかわらず、一定のファンがついたようで酒場は異常な盛り上がりを見せていた。
ちなみに店内で酔客が暴れることもあったようだが、いつの間にかいなくなったとのこと。
彼らは口々に「小さいメイド悪魔」にやられたと繰り返していたが、その真相は分からなかった。
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