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「お、おはよう」
次の日からハナエは人が変わったかのように真面目になった。マサモリとシラギクもこのハナエの変化には諸手を上げて歓迎した。
富士山攻略はハナエが真面目になった事で少しずつではあるが前進した。最初と同じように装備を整え、魔法触媒を見つけ、魚を獲って食べる。
富士山は中に入ると領域の面積が数倍になっている。そのうえ、日によって拡大率が違う。富士山に慣れた人なら樹々の離れ具合から拡大率がなんとなく分かるそうだがマサモリ達にはさっぱり分からなかった。
『ふぁー、腹いっぱいになったら眠くなってきた。寝ていい?』
『いいよー』
『はい』
『それじゃあ、お先ー』
マサモリ達は富士山を登っている最中だ。途中で魔力補給用に魚を仕留めて食べた。すると次にやって来るのは程良い眠気だ。マサモリは良い機会なので眠る事にした。
マサモリは先頭を行くシラギクの後方についてシラギクを追った。ハナエは最後尾で後ろからの攻撃を警戒している。
マサモリはシラギクの後を追いながら眠りについた。頭は眠っても体はシラギクを追尾している。そうする事で魔力の回復を早め、体力の消耗を抑えられる。
特に樹海の魚を食べた後なので魔力の回復速度と回復量が増えている。樹海では場所によって防備を整えて足を止めて戦うよりも常に移動しておいた場合の方が安全な場合がある。
そういう時の為に開発された技術だ。魚は泳ぎながら眠れる。魚が出来るならエルフにだって出来ると思った先祖の知恵である。
眠る前に自分の体に先導する相手を追尾せよと魔法をかける。もしくは慣れてくると魔法すら要らない。
ただ寝る前に追尾する人物を指定しておけば事足りる。マサモリは長老族の修行で習得済みだったのであっさりと成功させた。これらの応用で眠りながら戦う事も可能だ。
今までは魔力が大量にあったので休む必要が全くなくて寂れてきている技術だった。しかし魔力が減った現在では、もはや必修と言っても過言ではない。
マサモリが大気圏輸送結界を維持できたのはこの技術を使っていたからだ。結界を維持すると自分に言い聞かせると眠っていても体が勝手に結界を維持してくれる。魔力に余裕があれば寝ながら戦えるが魔力の消費が起きて戦うよりも割り増しになってしまう。
それに眠ってしまうとその人の個性が剥き出しになってしまうので連携には向いていない。普段戦う時は自分のしたい事よりも周りに合わせた戦い方をする。その方が効率的だからだ。
しかし寝てしまうと個性、本能が強く出てしまう。それらもみんなで訓練すれば修正出来る。なので敵が弱い場合は下手にゴーレムを生み出すよりも寝たエルフと共闘した方が魔力効率が良いかもしれない。
けど寝ている間に攻撃を受けたら痛みで目覚めるので相当信用していないと寝ている間の指示は任せられない。ハナエの指示は信じられないので追尾程度に留めておくのが正解だろう。
寝ながら戦うのは近接戦だけではなく遠距離戦でも可能だ。しかし遠距離戦だと特に魔力の消耗が激しいので起きてやった方が効率的だ。弓を撃つ場合のみに限り、寝ていても効果的だ。
熟練の弓使いは戦いながら眠る。魔力が続く限り延々と戦い続ける姿は人々に畏怖を抱かせた。攻城戦時に夜襲を仕掛けたら昼と変わらない反撃を受けたなんて例もあった。
エルフは昔から夜目も効くので夜に目が見えにくくなる種族が多い中、夜の戦闘に適している。エルフは深い森を利用して真夜中にゲリラ戦を仕掛けて数の差を覆してきたのだ。
近接戦闘が優れたエルフは寝ながら戦っても安定した成果を挙げられる。寝た時こそ、その人の本当の鍛錬の成果が現れてくるのだ。
今までのハナエなら寝てくれていた方が良かった場面もあったがそれじゃあ訓練にならないのでやらなかった。最近はまじめになってくれたのでマサモリ達は大満足だった。
富士山の鬼は青鬼以外はよく群れを作って行動している。離れた場所から弓を使ったり、手槍や石を投げてきたり、簡単な罠を張って待ち構えていたりする。
勝てないと思えば一目散に逃げて、勝てそうなら一斉にかかってくる。魔力不足で重力に対抗する為の最低限の強化魔法では戦い辛い事この上ない。
そこで以前から案が出ていたが敵がそれ程強くなかったので採用されていなかった弓を作る事にした。問題は弓の弦を何にするかだ。富士の樹海では原料になりそうな物が少なかった。
あっても強度が全く足りない。マサモリ達は富士山に入るようになって弦の材料を探した。弓の弦は抑制栽培した草の繊維を束ねた物が一般的だ。その他には魔物の皮や特殊な樹の繊維等が使われている。
弦の材料が中々見つからないので木の槍を代替品として持ち歩いた。嵩張るが攻撃力は高い。矢の方が誘導性を高められるのだが木の槍は中々良い使い心地だった。
防具の更新も考えた。ハナエの防具は富士山に入った初日にボロボロになって使えなくなってしまった。魔鯉を見つけて再び鱗帷子を作った。しかし鬼が弓を使ってくるので鱗帷子よりも均一な素材の方が望ましい。
そこで鬼の皮を使おうと決めた。しかし倒した鬼の皮を剥いでみたが鬼の強さの割に表皮が柔らかい。長い年月を経た鬼の皮は最高の防具の材料になるのだが産地の差が品質を左右する。今回はそのパターンだったようだ。
富士山の鬼は防御力よりも再生能力に比重が置かれているようだ。やたら再生能力が高かったのは皮が硬くないからなのかもしれない。再生力が高いので生きていさえすればすぐに回復する。
骨折すら短時間で回復するのは羨ましい限りだ。鬼は自分達の特性を最大限に利用して今の戦い方に行きついたようだ。角持ちや核持ちは更に用心深く、マサモリ達が見つける事は出来ていない。
見つけさえすれば魔力次第で狩る事も出来るだろうが見つからなければ始まらない。ここに来て装備の更新が問題になってしまった。しかしひょんなことから弓の弦は見つかった。
鬼の背中の皮が手を加えれば使える弦になる事が分かった。硬すぎないのが逆に良かったようだ。そうして弓が完成した。弓はハナエが持つようになった。
シラギクとマサモリは近接戦が得意なので遠距離攻撃はハナエに一任された。魔法の方が応用が効いて威力が出せる。しかし魔力消耗の面では弓は優秀である。
そもそも弓は殺す用ではない。鬼の再生力が高いので脳を吹き飛ばさない限りはすぐに回復してしまうだろう。弓はけん制と、敵の弱体化目的だ。
ハナエは弓を射る時に矢じりに木の葉を突き刺す。そうする事で簡易的な毒矢として使える。毒自体の効き目は鬼の耐性もあってか鈍いが逃げ足が遅くなければ追撃は容易い。
毒矢を使うようになって遠巻きに群れてくる鬼を倒しやすくなったのは大きな収穫だった。そこまで来ると後は角持ち、核持ちに当たるまで倒すだけだ。
角持ち、核持ちは群れで行動していて常に周りに他の鬼を自分を囲むように配置していた。自分は中心部に居て周りの鬼が索敵と囮の役割を果たしていたのだ。
つまり勝てる相手の前にしか角、核持ちは姿を現さない。しかし種が分かれば後は容易い。大きな群れを探せばそこには高確率で統率している角、核持ちが居る。
そこでも弓は役に立った。誘導性を高めて追ってくる鬼達の奥を狙う。傷付けられれば良し、傷付けられなくても矢に仕込んだマーキングの魔法が掛かれば良しだ。
鬼ごっこが一瞬で攻守交替して鬼が逃げ惑う姿は最高である。何回かそうした鬼ごっこをすると周りの鬼もマサモリ達に近づかなくなった。付近の鬼に警戒されるようになったら別の狩場に移動する。
狩り方が分かった三人は時間を掛けながらも着実に角や核を集めていった。逆に取り巻きの鬼が非常に強い場合はすぐさま逃走した。この習性が分からなかったら大変な事になっていた。入山した初日に強い群れと会わなかったのは正に幸運だった。




