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マサモリがそう言うとざわめきが広がった。
「逃げるチャンスだ」
「ぶっ殺してやる」
「攫ってやる」
「武器さえあれば」
「という事でこれから結界から出ます。死にたくなければ逃げないようにね」
そう言うとマサモリは食堂を出た。人達も突然の朗報に心躍らせながら着いていく。出島村の入り口に到着するとマサモリはそのまま外へ出た。
「今は結界の外に出られるようにしてるから出ても大丈夫だよ」
男達はお互いに顔を合わせた後に一斉に村から出た。意地の悪いエルフの事だから結界から出られると言って出られない可能性も有ると思っていた。しかしすんなりと簡単に結界の外へ出られた。
そして四方へ全力で駆ける。村の中で移動している時にマサモリに襲い掛かるように脅しておいた囮役の男が泣きながらマサモリに体当たりした。
マサモリはそれをひらりと避けた。女達は怯えた様子で村から出た。するとすぐに四方から叫び声が聞こえた。
「やっぱりかあ。話しからして深い所に来た事はないと思ってたけどこれすら知らないのか」
マサモリが武者エルフ達に目で合図した。武者エルフ達は頷いて四方へ逃げた男達を連れに走った。武者エルフが男を素早く担いで連れてきた。
武者エルフから解放された男だったが何かに怯えるように辺りを見まわした。
「来たっ! ひぃぃ」
男があるモノを見て後退りする。彼の目の前にいるのは、タンスだ。タンスが宙を舞いながら男へと向かう。
「止めろぉ! ギャッ!」
タンスは男に近づくとすれ違い様に足の小指にタンスの角をぶつけた。子供の頃に受けたであろう新鮮な痛みが男に走った。
「よくあるパターンだね。タンスの角に小指をぶつけた時に逆ギレしてタンスを攻撃するタイプ」
気が付くと浮遊するタンスの数は増えていて男が小指の痛みで叫んでいる所に追撃をかけた。二体のタンスが男の小指に体当たりをする。それと同時に正面からはタンスが猛然と迫ってくる。正面のタンスは助走を付けて下の引き出しを前に出した。
それは男の弁慶の泣き所にめり込んだ。
「ひっ! ひぃ」
あまりの痛みに男が手で弁慶を抑えようとするとタンスは下の引き出しを戻して中段の引き出しを出した。そして上段の引き出しで男の頭を押さえつけた。
タンスに噛み付かれた状態になった男が足をバタバタさせると再び足の小指を狙ってタンスが迫る。そして別のタンスが今度は男の指を引き出しで挟んだ。そして獣が硬い物をかみ砕く時の様に何度も引き出しを出し入れして咀嚼した。
引き出しに挟まれる度にタンスの中からくぐもった悲鳴が上がった。男を囲むタンスのすぐ近くに他の道具怨霊の列をなして並んでいる。タンスが終わっても次の道具霊に交代するだけだ。
「道具に八つ当たりするタイプか、そろそろ回収してあげよう」
マサモリが言うと武者エルフは男を掴んでゆっくりとタンス霊から引き離して出島村の結界に入れた。すると少し離れて待っていた他の道具霊がマサモリを睨みつけた。
「ごめんね、残りはまた今度にしておくれ」
マサモリが言うと結界の中を恨めしそうに眺めていたタンスと道具霊は諦めたかのように結界から離れた。そして別の男へ一直線に向かった。
「タンスは多いよね……」
別の場所では穴だらけにされた机が大暴れしている。机に空けられた穴という穴から鉛筆やナイフ、彫刻刀、釘が飛び出してきて左右から机に挟まれた男は悲鳴を上げた。不思議な事に釘が体に刺さっているが血は出てこないし傷も出来ていない。
机の怨霊は過去の痛みをそのまま返しているだけで人の体を傷つけている訳ではなかった。しかしやられている方は全く気が付かないしそんな余裕はない。
なんせその痛みは防御する事が不可能だからだ。人は痛みに徐々に慣れてくる。しかしそれを無視した新鮮な生々しい痛みが男達を襲っている。
椅子に追いかけられる男、人形に叩かれる女、塀に蹴られる男、皿に投げられる女、鉛筆に指を折られる男、ドアに叩かれる女、引き裂かれた服に皮膚を引き裂かれる男、阿鼻叫喚が起こっている。
マサモリはその叫びを聞いて寄って来た魚が人々を襲わないように結界を張った。
「そろそろ終了にしよう」
「皆さん、お怒りはごもっともですが今回はこの程度で許してください。お願いします」
マサモリが頼み込むと道具怨霊達は名残惜しそうに去っていった。
「あっ、それは返してください!」
タンスは悪びれた様子もなく引き出しから男を吐き出した。そしてもう一回足の指を引き出しで挟むと帰っていった。
「めちゃくちゃ怒ってたな。ちゃんとみんないるかなぁ?」
武者エルフは慌てて人の数を数えた。その日は使い物にならない人が多数居たので仕事は休みにした。
「道具怨霊は優しいからあの程度で済んだんだよ。傷付けたりしないし、やられた以上の事はしないからね。普通だったら魚が集まってきてみんなお陀仏さ。だからまあ、超大陸とは違う事が分かってくれたと思う。物を大事にする。清潔にする。これが重要」
いつもは大喰らいの男達であったが今日だけは大人しかった。
出島は樹海深が深い場所に近いので怨霊が湧きやすい。超大陸の人達は黒船で来たので怨霊達にあった事がなかったようだ。
エルフは子供の頃に怨霊が湧きやすい所に連れていかれて道具怨霊にやり返される教育を受ける。小さい頃だと怨霊も手加減してくれるし、物を大事にするという事を教えるのには最適なのだ。
出島村の生活にマサモリ達が完全に馴染んできた頃、一通の式神が飛んできた。
「シラギク」
「何~?」
「親父から手紙が来て遠足に行けってさ。もちろんシラギクも一緒だ」
「私も遠足に行きたい。楽しみだなー」
「行き先は浅間山、出発は一週間後、期間は一か月。ルートは長野村からだってさ」
「私行った事あるよ。あの山に登ると力が漲ってくる!」
「シラギクは火属性だからねえ」
「うん、あそこで修行したんだ。たまに火山が噴火してビックリするけど楽しいよ」
「修行ばっかりであんまり出歩いた事が無いから楽しみだ」
「私が色々教えてあげる」
「よろしくー」
出島村は特に問題もなかったので、マサモリが確認するとすぐに認められた。
「要石に魔力を多めに入れておくけどよろしくね、サビマル」
「大丈夫だ。それくらいちゃんとやれる。子供は心配せずにさっさと行ってこい」
「おっけー」
二通目、三通目の式神が届いた。思ったより空路は安定しているのかもしれない。さすがに五通も飛ばしていないと思うが確認の為に一日待った。式神はそれ以上届かなかった。鳩や海鳥、渡り鳥の形状をした式神は遠隔地との通信手段として優れている。
特にエルフの森の中では到達率が十割に近い。今回はたぶん届かなかった時の為に何通も予備に出したのだろう。計三通同じ内容の式神が届いたのはその為だ。運が良かったのか作り手、送り手の腕が良かったのか確認できないので出島村からも了解の式神を出しておこう。
鳩、かもめ、ウミネコの三種類の式神を用意した。かもめとウミネコはあんまり変わらない気がしたが今回は良いだろう。式神を飛ばすと今度は自分達が出発する番だ。
マサモリは転移陣を起動させた。人数が少ないので以前の転移よりずっと楽だった。
「殿! いってらっしゃい」
「二人ともお気を付けて」
「出島村は任せろ。俺が居るんだから完璧だ」
「「いってきます」」




