↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
送り狼  作者: セルビス
6/26

のんびり放浪記6

朝。


「…………」


 目を開ける。


 天井。


 見慣れた銀鍋亭の天井。


「…………」


 身体が重い。


 いや。


 身体というか。


 腕。


「…………」


 見る。


 耳長。


 私の右腕を抱えて寝ている。


「……何してんの」


 当然。


 返事はない。


 寝てるから。


「おい」


 腕を引く。


「…………」


 ぎゅ。


「…………」


 もう一度。


 引く。


 ぎゅう。


「……起きろ」


「…………」


 起きない。


「耳長」


「…………」


「朝」


「…………」


「教会行くぞ」


「…………」


 ぴく。


 耳が動いた。


「起きてんじゃねぇか」


「…………」


 目。


 閉じたまま。


「おい」


「…………」


「狸寝入り覚えるの早くない?」


「…………」


 耳だけ。


 ぺた。


 寝た。


「……分かりやす」


 私はため息を吐く。


「ほら」


 腕を抜く。


 今度は。


 抵抗なし。


 ただし。


「…………」


 目。


 開いてる。


「おはよう」


「…………」


「朝だぞ」


「…………」


「腹減った?」


 耳。


 ぴく。


「そこは反応すんのな」


     ◇


「おや」


 階下。


 食堂。


 女将がこっちを見る。


「おはよう、親子」


「違う」


「はいはい」


「ちゃんと否定させろ」


「朝から元気だねぇ」


「こっちは寝不足なんだよ」


 寝不足。


 というほどでもない。


 ただ。


 腕が痺れた。


 ずっと掴まれていたから。


「二人分?」


「一人半」


「何だいそれ」


「こいつ、そんな食わないだろ」


「育ち盛りかもしれないよ」


「エルフって育ち盛りあるの?」


「知らないよ」


「私も知らん」


 女将が耳長を見る。


「パンとスープでいいかい?」


「それで」


「卵もつける?」


「高い?」


「銅貨一枚」


「いら――」


 耳長。


 卵を見る。


「…………」


 私を見る。


「…………」


「何」


 卵。


 見る。


 私。


 見る。


「…………」


「食べたいの?」


 こく。


「…………」


 分かりやす。


「一個」


「はいよ」


 銅貨が減る。


 昨日から。


 こいつのせいで。


 どんどん。


 減ってる。


「…………」


 いや。


 衛兵に請求する。


 絶対する。


「ほら」


 席。


 座る。


 パン。


 スープ。


 卵。


「食え」


「…………」


 昨日より。


 迷わない。


 パンをちぎる。


 スープにつける。


 食べる。


「…………」


 ゆっくり。


 でも。


 ちゃんと食べる。


 卵。


 半分に割る。


 黄身。


 見る。


 匂いを嗅ぐ。


「毒入ってないよ」


 こっちを見る。


「昨日も言ったな、これ」


「…………」


 食べる。


 耳。


 ぴん。


「美味い?」


 こく。


「そりゃ良かった」


「姉ちゃん」


 女将。


「何」


「すっかり母親だねぇ」


「どこが」


「今の」


「飯食わせてるだけだろ」


「そういうところから始まるんだよ」


「始まらない」


「そうかい」


「今日で終わり」


「へぇ」


「その顔やめろ」


「どの顔だい?」


「知ってる顔」


「何も知らないよ」


 絶対。


 面白がってる。


     ◇


 朝飯。


 終了。


 問題。


「服」


「…………」


 昨日。


 風呂屋のおばちゃんにもらった。


 ぶかぶかのシャツ。


 それだけ。


「その格好で教会行くのはなぁ」


「…………」


 脚。


 丸出し。


 さすがに。


 よろしくない。


「昨日の服」


 見る。


「…………」


 汚い。


 血。


 泥。


 臭い。


「無理」


 戻す。


「女将」


「何だい」


「子どもの服」


「ないよ」


「何か」


「ないねぇ」


「布」


「何するんだい」


「巻く」


「雑すぎるだろ!」


「じゃあどうすんの」


「市場で買ってきな」


「…………」


「…………」


「今日教会行くんだけど」


「だから?」


「教会で用意してもらえば」


「その格好で行くのかい?」


「…………」


 耳長を見る。


 耳長。


 私を見る。


「…………」


「…………」


「市場行くぞ」


 また銅貨が減る。


     ◇


「こんくらいかね」


 古着屋。


 店主。


 老婆。


 耳長の身体に。


 服を当てる。


「ちっちゃいねぇ」


「子どもだから」


「エルフの子かい?」


「たぶん」


「たぶん?」


「昨日拾った」


「…………」


「違う」


「何がだい?」


「今の言い方違った」


「誘拐はよくないよ」


「してない」


「冗談だよ」


 今日。


 何回目だ。


「この子なら」


 老婆。


 服。


 出す。


 薄い。


 茶色。


 簡素。


 膝くらい。


「これと」


 ズボン。


「これで」


「いくら」


「銅貨五枚」


「高い」


「古着だよ」


「だから高い」


「じゃあ四枚」


「三」


「四」


「三」


「四」


「…………」


「…………」


「三枚と串一本」


「何で串」


「腹減ったから」


「知らんよ」


「じゃあ四枚」


「毎度」


 負けた。


「ほら」


 服。


 耳長へ。


「着てこい」


「…………」


 店の奥。


 老婆についていく。


 少しして。


 戻る。


「…………」


「お」


 ちゃんとしてる。


「いいじゃん」


「…………」


 耳。


 ちょっと。


 上。


「気に入った?」


 こく。


「そりゃ良かった」


「似合うよ」


 老婆。


「お母さんに買ってもらって良かったねぇ」


「母親じゃない」


「違うのかい?」


「違う」


「じゃあ姉ちゃん?」


「もっと違う」


「お父さん?」


「殺すぞ」


「冗談だよ!」


 この町の人間。


 冗談好きすぎない?


     ◇


 教会。


 白い石。


 高い屋根。


 尖塔。


 鐘。


「ここ」


「…………」


 耳長。


 見上げる。


「昨日言っただろ」


「…………」


「教会」


「…………」


 私の裾。


 掴む。


「…………」


「大丈夫」


 自分でも。


 なんでそんなこと言ったのか分からない。


「ほら」


 中。


 入る。


     ◇


「お待ちしていました」


 女。


 神官。


 白い服。


 歳は。


 人間で言えば。


 三十くらい?


「カガリビ・ウバメさんですね」


「はい」


「昨日はありがとうございました」


「どうも」


「その子が」


「うん」


 神官。


 しゃがむ。


「こんにちは」


「…………」


「私はマリエラ」


「…………」


「あなたのお名前は?」


「…………」


 沈黙。


「大丈夫ですよ」


「…………」


「怖いことはしません」


「…………」


 耳長。


 私の後ろ。


 隠れる。


「……ほら」


 私は横にずれる。


 耳長。


 ついてくる。


「…………」


 反対。


 移動。


 耳長。


 ついてくる。


「おい」


「…………」


「かくれんぼじゃないんだけど」


 神官。


 笑う。


「かなりあなたを信頼しているようですね」


「昨日会っただけ」


「それでもです」


「腹減ってて、飯やって、風呂入れただけ」


「十分では?」


「違う」


「そうでしょうか」


 何なんだ。


 今日。


 みんな。


 妙に含みある言い方しやがって。


「それで」


「はい」


「預かってもらえる?」


「もちろん」


 よし。


「じゃ」


 帰る。


「少しお待ちください」


「…………」


 嫌な予感。


「何」


「簡単な確認をさせてください」


「私に?」


「その子に」


「じゃあ私は――」


 服。


 引っ張られる。


「…………」


 見る。


 耳長。


「…………」


「ここにいるから」


「…………」


「すぐそこ」


「…………」


 離さない。


「…………」


 神官を見る。


「一緒にいてもいいですか?」


「もちろんです」


「…………」


 仕方ない。


     ◇


 別室。


 椅子。


 机。


 寝台。


 薬草。


 神官。


 私。


 耳長。


「まず」


 神官。


「身体を診ます」


「昨日風呂で見たけど、傷多いよ」


「そうですか」


「痩せてる」


「…………」


 神官。


 腕。


 脚。


 背中。


 確認。


「栄養状態が良くありません」


「やっぱり」


「ただ」


「何」


「すぐに命に関わるほどではないでしょう」


「そりゃ良かった」


 耳。


 触る。


「エルフで間違いないと思います」


「やっぱり」


「ただし」


「また?」


「年齢は分かりません」


「見た感じ五つくらいじゃないの?」


 神官。


 首を振る。


「人間なら」


「?」


「エルフは違います」


「どれくらい?」


「個人差がありますが」


 耳長を見る。


「この見た目でも、十年以上生きている可能性があります」


「…………」


「二十年近い場合も」


「…………」


 耳長。


 見る。


「…………」


「お前」


「…………」


「私より年上じゃないよな?」


「…………」


 耳。


 ぺた。


「なんでそこだけ困るんだよ」


 神官が笑う。


「長命種ですから」


「へぇ」


「成長も、人間とはかなり違います」


「ふぅん」


 知らなかった。


 エルフ。


 見たことはある。


 話したことも。


 何度か。


 でも。


 子どもは。


 初めて。


「じゃあ」


「はい」


「この見た目でも」


「はい」


「結構長く生きてるかもしれない?」


「そうですね」


「…………」


 耳長。


「…………」


「じゃあもうちょい喋れよ」


「それは別問題かと」


「そう?」


「恐らく」


 神官。


 真面目な顔。


「言葉を知らないわけではありません」


「分かるの?」


「あなたの言葉に反応しています」


「まぁ」


「簡単な指示も理解している」


「うん」


「恐怖や緊張から、話せなくなっているのかもしれません」


「…………」


「無理に聞き出すべきではないでしょう」


「じゃあ名前も?」


「本人が話せるようになるまでは」


「耳長でいい?」


「よくありません」


「なんで」


「名前があるでしょう」


「知らないんだから仕方ないじゃん」


「仮名をつける方法も」


「面倒」


「…………」


「何」


「いえ」


 また。


 その顔。


「あと」


「何です?」


「昨日の奴ら」


「はい」


「何か分かった?」


「衛兵から連絡がありました」


 神官。


 少し。


 顔が曇る。


「この都市だけで動いていた者ではないようです」


「…………」


「他の町にも」


「人攫い?」


「恐らく」


「ふぅん」


「特に」


 耳長。


 見る。


「獣人や亜人の子どもを狙っていた可能性があります」


「何で」


「珍しい種族は」


 言葉。


 止まる。


「高く売れます」


「…………」


「エルフなら、なおさら」


「へぇ」


 腹の奥。


 また。


 ざら。


 昨日と。


 同じ。


「まぁ」


 私は椅子にもたれる。


「捕まったんだろ」


「三人は」


「じゃあいい」


「…………」


「何」


「いえ」


 神官。


 何か。


 言いたそう。


 でも。


 言わない。


「とにかく」


 立つ。


「後はお願いします」


「はい」


「飯は食う」


「分かりました」


「卵好き」


「…………」


「多分」


「覚えておきます」


「風呂も」


「はい?」


「多分好き」


「そうですか」


「昨日気持ち良さそうだった」


「…………」


「何」


「いえ」


 神官。


 微笑む。


「随分よく見ていますね」


「一晩一緒だったから」


「そうですね」


「じゃ」


 今度こそ。


「帰るぞ」


 私が。


 言う。


「…………」


 耳長。


 立つ。


「いや」


 手。


「お前はここ」


「…………」


 私。


 見る。


「私は仕事」


「…………」


「ここにいろ」


「…………」


 一歩。


 扉。


「…………」


 耳長。


 ついてくる。


「おい」


「…………」


「来るな」


 止まる。


「…………」


 耳。


 ぺた。


「…………」


 困る。


 本当に。


 困る。


「大丈夫ですよ」


 神官。


「こちらでお預かりします」


「うん」


「最初は不安でしょうが」


「うん」


「慣れます」


「だよな」


 扉。


 開ける。


「じゃあな」


「…………」


 閉める。


     ◇


 一歩。


 二歩。


 三歩。


「…………」


 四歩。


 五歩。


「…………」


 後ろ。


 静か。


「…………」


 良し。


 これで。


 終わり。


 仕事。


 行く。


 親方に。


 遅れたって。


 怒られる。


 走れば。


 間に合う。


「…………」


 足。


 止まる。


「…………」


 何だ。


 妙に。


 静か。


「…………」


 いや。


 気にするな。


 教会。


 神官。


 ちゃんとしてた。


 問題ない。


 私は。


 関係ない。


 一晩。


 終わった。


「…………」


 歩く。


 十歩。


 十一。


 十二。


「…………」


 背後。


 扉。


 開く。


「すみません!」


 神官。


 声。


「何!?」


 振り返る。


「その子が!」


「何!」


 戻る。


 部屋。


「…………」


 耳長。


 床。


 座ってる。


 泣いてる。


「…………」


 初めて。


 見た。


 声は。


 出てない。


 でも。


 涙。


 ぽろぽろ。


「何した!?」


「何もしてません!」


「じゃあ何で!」


「あなたが出て行ってから急に!」


「…………」


 耳長。


 私を見る。


「…………」


 立つ。


 走る。


 私。


 服。


 掴む。


「…………」


「おい」


「…………」


「ここ安全だって」


「…………」


「この人」


 神官。


 指す。


「悪いやつじゃない」


「…………」


「多分」


「多分は余計です」


「今いいだろ!」


「すみません」


「だから」


 耳長。


 しゃがむ。


「ここにいろ」


「…………」


「私は仕事行く」


「…………」


 首。


 振る。


「…………」


 初めて。


 はっきり。


 拒否。


「いや?」


 こく。


「困る」


「…………」


「私も困る」


「…………」


「親方も困る」


「…………」


「城壁も困る」


「…………」


「町も困る」


「…………」


 いや。


 町は。


 多分困らない。


「とにかく」


「…………」


「私は」


 服。


 掴んだまま。


「…………」


 どうする。


 これ。


「ウバメさん」


「何」


「今日は」


 神官。


「少しだけ」


「…………」


「その子と一緒にいていただけませんか?」


「嫌です」


「即答ですね」


「仕事あるんで」


「昼まで」


「無理」


「では、一刻」


「…………」


「その間に私たちも慣れてもらえるようにします」


「…………」


「お願いします」


 頼む。


 やめてほしい。


 その言葉。


 弱い。


「一刻だけ」


「ありがとうございます」


「それ以上は無理」


「分かりました」


「本当に」


「はい」


「絶対」


「はい」


「昨日も似た会話したな」


「そうなんですか?」


「…………」


 嫌な予感。


     ◇


 一刻。


 何をする。


 何もすることない。


 教会。


 中庭。


 ベンチ。


 私。


 耳長。


「…………」


「…………」


 隣。


 座ってる。


「お前さ」


「…………」


「何で私なの」


「…………」


「助けたから?」


「…………」


「飯?」


「…………」


「風呂?」


 耳。


 ぴく。


「風呂か?」


「…………」


 まさか。


「まぁ」


 空。


 見る。


「気持ちは分かる」


 風呂は。


 偉大。


「でも」


 耳長。


 見る。


「名前くらい教えてくれてもいいだろ」


「…………」


「私ばっかり」


「…………」


「ウバメ」


 自分。


 指す。


「カガリビ・ウバメ」


「…………」


「ウバメ」


「…………」


「分かる?」


 耳長。


 私。


 見る。


 口。


 少し。


 動く。


「…………う」


「ん?」


「……う……ば……」


「…………」


「……め」


「…………」


 言った。


「今」


「…………」


「喋った?」


「…………」


「おい」


「…………」


「もう一回」


 耳。


 ぺた。


「いや、今言ったじゃん」


「…………」


「ウバメって」


「…………」


 私は。


 少し。


 笑った。


「喋れんじゃん」


「…………」


「じゃあ」


 耳長。


 指す。


「お前」


「…………」


「名前」


「…………」


 待つ。


 逃げない。


 急かさない。


 なんとなく。


 そうした方がいい気がした。


「…………」


 風。


 木。


 葉。


 教会の鐘。


 遠く。


 町の音。


「…………り」


「?」


「……り……ら」


「…………」


 小さい。


 ほんと。


 小さい声。


「リラ?」


 耳長。


 こく。


「…………」


「名前?」


 こく。


「…………」


 リラ。


「へぇ」


 私は。


 何故か。


 もう一度。


 口にする。


「リラ」


「…………」


 耳。


 ぴん。


「リラ」


 また。


 ぴん。


「分かりやす」


「…………」


「そっか」


 耳長じゃ。


 ない。


「リラか」


「…………」


 なんだか。


 急に。


 こいつが。


 ちゃんと。


 一人の。


 誰かになった。


 気がした。


「私はウバメ」


「……うばめ」


「そう」


「…………」


「お前は」


「……りら」


「うん」


「…………」


「よし」


 立つ。


「名前分かった」


「…………」


「これで教会の人も困らない」


「…………」


「じゃあ」


 仕事。


 行こう。


 そう思った。


 その時。


 服。


 掴まれる。


「…………」


「何」


「…………」


「名前教えたからって一緒に行くわけじゃないぞ」


「…………」


「リラ」


「…………」


 こく。


「分かってる?」


「…………」


 こく。


「本当に?」


「…………」


 こく。


「じゃあ離せ」


「…………」


 離さない。


「分かってないじゃん」


 遠く。


 鐘。


 一回。


 二回。


 三回。


「…………」


 仕事。


 遅刻。


 確定。


「……親方」


 怒るだろうなぁ。


「…………」


 私は。


 空を見る。


「面倒くせぇ」


 隣。


「……めんど?」


「それ覚えなくていい」


「…………」


「絶対」


「……めんど」


「覚えんな!」


 リラの耳が。


 ほんの少し。


 楽しそうに。


 揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。