のんびり放浪記4
「衛兵、呼ぶか」
言ってから。
私は幌の中をもう一度見た。
「…………」
子どもたちも私を見ている。
人間が二人。
獣人が二人。
それから。
一番奥に耳長が一人。
全部で五人。
さっき鼻で数えた通りだ。
人間の子どもの一人は泣いている。
もう一人は泣くのも疲れたのか、ぼんやりこちらを見ている。
獣人の二人は兄弟だろうか。
似たような耳を頭の上でぺたりと寝かせ、互いにくっついて震えていた。
耳長だけは。
「…………」
こっちを見ている。
ずっと。
「……何だよ」
返事はない。
まぁ。
返事を期待して言ったわけでもない。
私は馬車へ上がった。
「ほら」
まず手前の人間の子ども。
手首を縛っている縄へ指をかける。
「ちょっと動くなよ」
引っ張る。
――ブチッ。
「…………」
「…………」
子どもが目を丸くした。
「何だよ」
次。
ブチッ。
次。
ブチッ。
一本ずつ切るのも面倒になってきた。
縄ってのは、もっとこう。
丈夫なもんじゃないのか。
いや。
子どもを縛る縄なんて丈夫じゃなくていい。
むしろ切れて正解だ。
「口の布も取れ」
猿ぐつわをされていた子の布を外してやる。
「……っ、う……」
「泣くのは後にしろ」
「……お、お母さん……」
「知らん」
「うぇ……」
「いや、違う。そうじゃなくて」
泣かれた。
何でだ。
私が悪いのか。
「お母さんは衛兵に探してもらえ。な?」
「う……うん……」
「そう。それでいい」
子どもというのは苦手だ。
何を言えば正解なのか分からん。
大人なら、
『泣くな』
で済む。
たぶん。
その時。
「うぅ……」
外から呻き声。
「あ」
忘れてた。
男ども。
馬車を降りる。
一人は木箱の中。
一人は地面。
一人は壁にもたれて座っている。
大柄な男が腹を押さえながらこちらを睨んだ。
「て、てめぇ……」
「まだ喋れんのか」
「殺す……」
「元気だな」
感心する。
「お前、自分の腹殴られたことある?」
「あ?」
「私はある」
「……何の話だ」
「いや。痛いよなって」
「てめぇ――」
「動かない方がいいぞ」
大柄な男の肩へ手を置く。
「…………!」
少しだけ力を入れた。
「…………ッ」
「な?」
「……はい」
分かればいい。
「さて」
周囲を見る。
衛兵。
衛兵ね。
大通りまで戻れば巡回くらいはいるだろう。
でも。
「…………」
馬車を見る。
子ども五人。
倒れている男三人。
私一人。
置いていくのもなぁ。
かといって。
叫ぶか?
いや。
それは嫌だ。
何か。
もっとこう。
「たすけてー」
小声で言ってみる。
「…………」
誰も来ない。
当たり前だ。
「……面倒くせぇ」
結局。
私は木箱の中に頭から突っ込んでいた男を引き抜き、三人をまとめて馬車の車輪へ縛りつけた。
縛る縄は。
子どもたちに使われていたやつを再利用した。
物は大切にしないとな。
「おい」
私は馬車の中へ顔を出す。
「ここにいろ」
全員がこちらを見る。
「衛兵呼んでくる。外には出るな」
人間の子が小さく頷く。
「こいつらは?」
獣人の男の子が、縛られている三人を指さした。
「大丈夫。動いたら殴る」
「……誰が?」
「私が」
「いないじゃん」
「…………」
なるほど。
賢いな。
「じゃあ動いたら大声出せ」
「うん」
「そしたら私が戻ってきて殴る」
「うん」
よし。
完璧。
私は大通りへ走った。
◇
「だから、五人だって」
「本当に?」
「何回言わせんだよ」
「いや、しかしなぁ」
衛兵は三人来た。
私が最初に捕まえた奴に事情を話したら、最初はあからさまに面倒そうな顔をした。
その後。
『子どもが五人いる』
と言ったら顔色を変えた。
『犯人は三人』
と言った。
さらに顔色が変わった。
『もう捕まえてある』
と言った。
今度は私を見る目が変わった。
何なんだ。
「お前一人でか?」
「そう」
「三人を?」
「そう」
「剣を持った男三人を?」
「そうだって」
「…………」
「早く行けよ」
「あ、ああ」
衛兵たちが顔を見合わせる。
一人が私を見る。
「お前、冒険者か?」
「違う」
「傭兵?」
「違う」
「兵士?」
「日雇い」
「…………」
「城壁直してる」
「…………」
「何だよ」
「いや」
何でもないなら見るな。
私は衛兵を連れて裏路地へ戻る。
現場はそのままだった。
良かった。
男三人も逃げていない。
というか。
「……おい」
大柄な男の鼻から血が出ている。
さっきは出てなかった。
「何した?」
獣人の男の子が答えた。
「動いたから蹴った」
「…………」
私は言葉を失った。
「だって、お姉ちゃんが殴るって」
「私は殴るって言ったんであって、お前が蹴れとは言ってない」
「だめだった?」
「…………」
まぁ。
「次からは大声出せ」
「うん」
衛兵がこちらを見る。
「何を教えてるんだ」
「私に聞くな」
そこからは早かった。
三人の男は衛兵に引き渡された。
持ち物を調べると。
短剣。
金。
何枚かの通行証。
それから。
「……こいつぁ」
一人の衛兵が顔をしかめた。
紙。
何か書いてある。
「何?」
「売買記録だ」
「あ?」
「名前。年齢。種族。金額」
胸の奥が。
少し。
ざらついた。
「奴隷商?」
「恐らくな」
「奴隷って合法だろ」
「条件付きだ」
衛兵が紙を折る。
「犯罪奴隷、戦争捕虜、借金奴隷。そういうのは認められている。だが」
馬車を見る。
「子どもを攫って売るのは別だ」
「ふぅん」
私はそれ以上聞かなかった。
法律の話なんざ興味がない。
悪いことだった。
だから捕まえた。
それでいい。
「子どもたちは詰所へ連れていく」
「そうして」
「事情を聞いて、家族を探す」
「うん」
「お前も来てくれ」
「何で?」
「事情聴取だ」
「…………」
風呂。
頭に浮かぶ。
「どれくらい?」
「さぁ」
「さぁ?」
「一刻くらいか」
「嫌だ」
「いや、必要なんだ」
「明日じゃ駄目?」
「駄目だ」
「何で?」
「お前が犯人三人を半殺しにしてるからだよ!」
「半殺しにはしてない」
見る。
一人。
鼻血。
一人。
腹を押さえてる。
一人。
白目。
「……たぶん」
「来い」
「…………」
風呂。
私の風呂が。
◇
結局。
風呂には間に合わなかった。
「最悪だ」
衛兵詰所。
硬い椅子。
ぬるい茶。
汗。
土。
血。
煙。
色んな臭いが混じる。
早く洗いたい。
今すぐ。
「カガリビ・ウバメ」
「はい」
「出身は?」
「北の方」
「北のどこ?」
「知らん」
「知らん?」
「村の名前覚えてない」
「年齢」
「知らん」
「…………」
「何」
「いや」
「続けて」
「職業」
「日雇い」
「現在の宿」
「銀鍋亭」
「滞在日数」
「十二日」
「身分証は?」
「ない」
「…………」
「何」
「よくこの町入れたな」
「入れたんだからいいだろ」
「良くない」
衛兵が額を揉む。
「獣人の旅人はこれだから……」
「聞こえてるぞ」
「聞かせてる」
「喧嘩売ってんの?」
「買わんぞ」
「じゃあ言うなよ」
そんなやり取りをしている間。
子どもたちは別の部屋へ連れていかれた。
衛兵の女。
神官。
あと役人らしい男。
色々と聞いているらしい。
私は自分の事情を話し終えて。
ようやく帰れる。
そう思った。
「ウバメ」
最初に私を連れてきた衛兵が戻ってきた。
「終わり?」
「お前の話はな」
「じゃ」
「待て」
嫌な予感。
「何」
「子どもの一人が困ってる」
「知らん」
「まだ何も言ってない」
「嫌な予感するから」
「エルフの子だ」
「…………」
帰ろう。
「おい」
「帰る」
「待て」
「私は風呂に入れなかった」
「知らんがな」
「今日一日働いたんだぞ」
「それも知らん」
「臭いんだよ、今」
「近寄るな」
「殺すぞ」
「冗談だ」
衛兵が一歩離れる。
「とにかく来てくれ」
「何で私が」
「その子が誰とも話さない」
「じゃあ放っとけ」
「名前も分からん」
「そのうち喋る」
「食べ物も口にしない」
「腹減ったら食う」
「お前を見ると反応する」
「…………」
私は止まった。
「何それ」
「分からん」
「私も分からん」
「だから来い」
「嫌だ」
「来い」
「嫌だ」
「頼む」
「…………」
頼まれるのが一番困る。
「一回だけ」
「助かる」
「本当に一回だからな」
案内された部屋。
小さな机。
椅子。
毛布。
パン。
スープ。
そして。
耳長。
「…………」
椅子に座っている。
さっきと同じ。
銀色の髪。
長い耳。
灰緑色の目。
泥だらけ。
「ほら」
衛兵が言う。
「来たぞ」
「…………」
耳長の目が。
私を見る。
「…………」
「…………」
沈黙。
「いや、何も起きないじゃん」
「さっきまでずっと下向いてたんだ」
「知るかよ」
私は耳長の前へしゃがむ。
「おい」
「…………」
「名前」
「…………」
「家」
「…………」
「親」
「…………」
「喋れないのか?」
「…………」
「聞こえてはいるよな」
目だけは私を追う。
「腹減ってる?」
「…………」
「飯」
パンを指差す。
「食わないの?」
「…………」
「いらないなら私が食うぞ」
「おい!」
衛兵が止める。
「冗談だよ」
「お前は冗談に聞こえん」
私はため息を吐く。
「じゃあ」
机のパンを取る。
ちぎる。
一口。
「ほら」
食べる。
「毒ない」
「…………」
耳長を見る。
「食え」
「…………」
動かない。
「面倒だなぁ」
もう一口。
すると。
耳長の目がパンへ動いた。
「食いたいんじゃん」
残りを差し出す。
「ほら」
しばらく。
動かない。
「腕疲れるんだけど」
その時。
小さな手が伸びた。
パンを取る。
口へ運ぶ。
小さく。
一口。
「…………」
食べた。
「ほらな」
衛兵が感心する。
「何がだ」
「お前には懐いてる」
「違う。腹減ってただけ」
耳長はゆっくりパンを食べる。
食べるのが遅い。
でも。
止まらない。
かなり腹が減っていたらしい。
「スープも飲め」
器を寄せる。
「…………」
今度は。
少し迷った後。
手を伸ばした。
「な?」
「だから何が」
「やっぱりお前だ」
「違うって」
食べ終えるまで。
私は横にいた。
何となく。
立ち上がりにくかっただけ。
本当に。
それだけ。
「で」
食べ終わる。
「後は頼んだ」
立つ。
帰る。
今度こそ。
「待て」
「今度は何」
「この子、今夜どうする」
「知らん」
「他の四人は身元が分かった」
「良かったじゃん」
「二人は市内。二人は近隣の村だ。明日には家族へ連絡できる」
「良かった良かった」
「この子だけ何も分からない」
「だから?」
「教会の保護施設へ送る予定だったんだが」
「送れば?」
「今日は無理だ」
「何で」
「門限過ぎた」
「…………」
「明日の朝だ」
「詰所で寝かせりゃいいだろ」
「場所がない」
「牢屋」
「子どもを犯罪者と一緒に寝かせる気か」
「別室」
「今使ってる」
「宿」
「身元不明の子どもを衛兵が勝手に宿へ放り込めるか」
「…………」
嫌な予感。
「おい」
「一晩だけ」
「嫌だ」
「まだ頼んでない」
「絶対嫌だ」
「一晩だけ預かってくれ」
「嫌だ!」
即答。
「何で私が!」
「懐いてる」
「懐いてない!」
「飯を食った」
「腹減ってただけ!」
「お前が出ようとすると」
「…………」
見る。
耳長。
見ている。
私を。
「……何」
「…………」
また無言。
私は一歩。
扉へ。
耳長の目。
動く。
一歩。
目。
動く。
「…………」
「な?」
「うるさい」
「一晩」
「嫌」
「明朝、教会へ連れていく」
「お前が?」
「そうだ」
「本当に?」
「誓う」
「絶対?」
「絶対だ」
「朝一?」
「朝一」
私は耳長を見る。
小さい。
汚い。
臭う。
かなり。
「…………」
一つ。
問題がある。
「宿代」
「出す」
「飯代」
「出す」
「風呂代」
「何で風呂代まで」
「こいつ臭い」
「お前もな」
「殺すぞ」
「分かった分かった! 出す!」
「石鹸」
「そこまでか!?」
「いる」
「……分かった」
「二人分」
「お前の分も!?」
「今日風呂入り損ねた原因そっちだろ」
「…………」
「嫌なら断る」
「払う!」
よし。
「仕方ない」
私は耳長の前へ立つ。
「おい」
「…………」
「今夜だけだからな」
「…………」
「明日になったら教会行くぞ」
「…………」
「分かった?」
「…………」
「分かってんのかな」
小さな手。
伸びる。
私の服の裾。
掴む。
「…………」
「…………」
嫌な予感。
本当に。
嫌な予感しかしない。
「離せ」
「…………」
「おい」
離さない。
「…………はぁ」
私は頭を掻いた。
「今夜だけだぞ」
もう一度。
念を押した。
耳長は何も答えなかった。
ただ。
服の裾を握る力が。
ほんの少しだけ。
強くなった。




