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送り狼  作者: セルビス
22/23

のんびり放浪記22

翌朝。


「みどり」


「乾いてるよ」


「きる」


「はいはい」


 昨日、裏庭に干していた薄緑の服は、すっかり乾いていた。


 女将が念入りに洗ってくれたおかげで、肩に付いていた黒い跡も残っていない。リラは着替え終わると、自分の袖を何度か見てから満足そうに頷いた。


「よかった?」


「うん」


「そんなに気に入ってたんだ」


「りらの」


「そうだね」


 そこが大事らしい。


 買った時にも何度も確認していた。


 取られない。


 自分の物。


 私には服なんて、着られて破れてなければ大体同じだけど。


 リラには違うらしい。


     ◇


 朝飯を食べ終わる頃、いつもの衛兵が銀鍋亭へ来た。


「今日は早いね」


「お前らが出る前に来たんだよ」


「仕事熱心」


「その言葉で全部済ませようとすんな」


 最近、このやり取りにも慣れてきた。


 衛兵は食堂の机へ小さな紙包みを置いた。


「昨日の紙?」


「ああ」


 麻袋の縫い目から出てきたもの。


 濡れて潰れ、昨日は『三』しか読めなかった。


「乾いた?」


「一応な」


「読めた?」


「少しだけ」


 紙包みを開く。


 中には、昨日より平らになった紙片が入っていた。


 端は破れている。


 文字も半分以上滲んでいた。


 それでも、『三』の少し離れたところに、もう一文字だけ読める。


『倉』


「……倉?」


「ああ」


「三……倉?」


「間に一文字か二文字あったらしい」


 衛兵が紙の破れた部分を指す。


「ガルドにも見てもらったが、これ以上は無理だと」


「三の倉?」


「三番倉、第三倉、三つ目の倉庫。考えりゃ色々ある」


「ソリダンテにそういう場所ある?」


「町全体なら山ほどある」


「使えない」


「倉庫を片っ端から調べろってのか!」


「冗談」


「お前、真顔で言うから分かんねぇんだよ」


 リラも紙を覗き込む。


「さん?」


「三」


「くら?」


「倉庫」


「ふくろ?」


「そう。袋とか荷物を置いとくところ」


 少し考えてから、リラが首を傾げた。


「おしごと?」


「…………」


 私と衛兵が顔を合わせる。


「親方に聞くか」


「それが早いな」


     ◇


 仕事場へ向かう道は、昨日と同じだった。


 果物屋。


 パン屋。


 朝から荷を運ぶ男。


 市場の掃除をしている婆さん。


 リラも一つずつ確認している。


「いる」


「うん」


「あっちも」


「昨日もいたね」


「いつも」


「そう」


 いつの間にか、こいつの方が私より町を見ている気がする。


「リラ」


「何」


「覚えるの得意?」


「…………」


 少し考える。


「わからない」


「そっか」


 まぁ、そう聞かれても困るか。


     ◇


「三番倉?」


 親方は紙片を見て、すぐに眉を寄せた。


「ある?」


「ある」


「本当に?」


「何で聞いといて疑うんだ」


「衛兵が倉庫なんていっぱいあるって」


「町全部ならな」


 親方が仕事場の南側を指す。


「ここの資材置場は三つある。一番倉、二番倉、三番倉だ」


「まんま」


「分かりやすい方がいいだろ」


「三番倉って何置いてる?」


「今は空袋、縄、木材の端材。使いかけの道具なんかもだな」


「袋」


「ああ」


 親方もそこで止まった。


「昨日の袋、三番倉に行くことある?」


「ある」


「よく?」


「しょっちゅうだ」


 破れた袋は仕事場でまとめられ、直せそうなものは修繕に回す。


 使えるようになった袋はまた現場へ戻る。


 数が余れば三番倉に置かれ、そこから別の作業場所へ回ることもあるらしい。


「じゃあ、『三番倉』って書いてあった可能性はある」


「あるな」


「仕事用の紙じゃない?」


 親方は首を振った。


「それはねぇ」


「何で」


「袋をどこへ持っていくかなんざ、紙に書いて縫い目へ突っ込まねぇよ。口で言えば済む」


「確かに」


 しかも、紙は袋の縫い目の奥から出てきた。


 偶然入り込んだ可能性もある。


 でも、黒い粉も付いていた。


「衛兵は?」


「三番倉を見に行くって」


「お前は?」


「仕事」


「珍しく分かってんな」


「行きたいけど」


 リラを見る。


 親方の木箱の横で、針と糸を準備している。


「今日は行かない」


「そうしろ」


 親方は短く答えた。


     ◇


 午前中。


 三番倉のことを気にしながら、普通に働く。


 普通に。


 これが難しい。


「ウバメ、そこじゃねぇ!」


「分かってる!」


「分かってねぇから言ってんだ!」


「ちょっと考えてたの!」


「石持って考えんな!」


 持っていた石を、違う場所へ置きかけていた。


「…………」


「ほら」


「戻す」


「最初からやれ!」


 やっぱり。


 見張りながら仕事するの。


 向いてない。


「ウバメ」


 リラ。


「何」


「しごと」


「してる!」


「おやかた、おこる」


「もう怒ってる!」


 親方のため息が大きい。


     ◇


 昼前になっても、衛兵は戻らなかった。


 代わりに、人足の一人が親方へ声を掛けた。


「親方、三番倉から空袋持ってこいって」


「誰が」


「南側の作業班。二十枚欲しいってよ」


「分かった。荷車使え」


 普通の仕事の会話。


 でも、三番倉と聞いた瞬間に反応してしまう。


「誰が行くの」


「俺と、あと二人」


「私も」


「行くな」


 親方。


 早い。


「まだ何も」


「言った」


「荷物運び」


「お前が行きたい理由は仕事じゃねぇだろ」


「…………」


 ばれてる。


「衛兵が見てるなら任せろ」


「分かってるけど」


「ウバメ」


 リラが私を見る。


「いかない」


「…………」


「行かないよ」


 口に出す。


 自分にも言い聞かせる。


     ◇


 三番倉へ向かった荷車が戻ってきたのは、昼過ぎだった。


 空の麻袋が何枚も積まれている。


 大きさも色も、ほとんど同じ。


「リラ」


「うん」


 声を掛けただけで、親方がすぐこちらを見る。


「わざわざ嗅がせんなよ」


「分かってる」


「嬢ちゃんも、無理に探さなくていいぞ」


「うん」


 それでもリラは自然に鼻を動かした。


「…………」


「何かする?」


 聞く。


 リラは少し考えてから首を振った。


「わからない」


「それでいい」


 今回はすぐに言えた。


「分からないなら分からないでいい」


「うん」


 袋が次々と荷車から降ろされる。


 運んできた人足は三人とも、少なくとも今日初めて見る顔ではない。


「三番倉、何か変だった?」


 一人に聞く。


「変?」


「知らない人がいたとか」


 男が親方を見る。


「何だ、また何かあったのか?」


「余計なこと言わなくていい」


 親方が私を見る。


「聞くだけ」


「お前の聞くだけは話が広がるんだよ」


 人足の男は苦笑しながらも答えた。


「別に何もなかったぞ」


「誰がいた?」


「倉番の爺さん。南側の組が二人。あと荷車の御者」


「御者は知ってる?」


「顔なら見たことある」


「そっか」


 結局。


 聞いた範囲では普通だった。


     ◇


 昼休み。


 衛兵が戻ってきた。


「どうだった?」


「飯食わせろ」


「先に教えて」


「朝から三番倉調べてんだぞ」


「だから」


「腹減ってんだ!」


 親方が自分のパンを一つ投げる。


 衛兵が受け取った。


「食って喋れ」


「……すまん」


「礼はいい」


 一口かじる。


 飲み込む。


「で?」


「急かすな!」


 もう一口食べてから、衛兵が話し始めた。


「三番倉は市の管理だ。倉番は二人で交代してる。どっちも長く勤めてる」


「倉番は怪しい?」


「今のところ、怪しいところはない」


「じゃあ白?」


「そこまでは言ってない」


「…………」


「長く働いてるから無実、とは限らんだろ」


「そうだった」


 決めつけない。


 最近、何度も言われている。


「他に入れる人は?」


「仕事関係なら結構いる。親方から札をもらった人足、荷車の御者、市の職員」


「多いね」


「ああ」


「紙のことは?」


「まだ分からん」


「…………」


「ただ」


「何」


 衛兵がパンを下ろす。


「三番倉で、最近ちょっと妙なことはあった」


「何」


「空袋の数が合わない」


 親方が眉を寄せる。


「盗まれた?」


「そこまでは分からん。帳面より少ないらしい」


「袋なんざ数え間違うこともあるだろ」


「倉番も最初はそう思ってたらしい」


「いつから?」


「ここ一月くらい」


「…………」


 リラがここへ来るより前。


「じゃあ、リラは関係ない?」


「そうとも限らん」


「何で」


「嬢ちゃんが来る前からある仕組みを、今回も使ってる可能性がある」


「…………」


 黒い石もそうだった。


 今回のためだけに用意された物ではない。


 もし三番倉も同じなら。


「前から、こういう仕事に使ってた?」


「可能性はある」


 衛兵はそこで区切った。


「まだ可能性だけだぞ」


「分かってる」


「今、全部繋がった顔しただろ」


「してない」


「してた」


 親方まで頷く。


 腹立つ。


     ◇


「空袋で何すんだ」


 親方が腕を組む。


「何か隠す?」


 私が言う。


「紙くらいならな」


「袋ごと持ち出すことも出来る」


 衛兵が続ける。


「三番倉を受け渡し場所にしてるなら、仕事の荷に混ぜられる」


「でも、倉番がいる」


「だから逆に目立たないこともある」


「何で」


「誰も来ない空き家へ出入りする奴は目につく。でも、人足や御者が毎日出入りする倉なら、袋を一枚持ってても気にされにくい」


「…………」


 なるほど。


 筋は通っている。


「ロイの仕事もそこで?」


「それは分からん」


「…………」


「すぐ一つにまとめんな」


「今まとめるのやめたところ」


「遅い」


     ◇


「じゃあ、どうする」


 親方が聞く。


「三番倉を閉めるか?」


「いや」


 衛兵は首を振った。


「急に閉めたら、こっちが何かに気づいたと教えるようなもんだ」


「そのまま使わせる?」


「ああ。表向きはな」


「見張るんだ」


「そういうことだ」


 今度は倉の周りに、私服の衛兵を置くらしい。


「私たちは?」


「いつも通り仕事」


「また」


「それが一番だ」


 分かってる。


 衛兵が続ける。


「ただ、出入りする袋の一つに目印を付ける」


「囮?」


「囮ってほどじゃない」


「どうするの」


 衛兵が短い赤糸を見せる。


「普通の空袋の縫い目の内側に、これを挟む」


「誰かが開けたら?」


「位置がずれる。抜けるかもしれん」


「でも、その袋を相手が選ばなかったら意味ない」


「選ばせるつもりはない」


「?」


「倉に戻す袋の束へ混ぜるだけだ」


 衛兵は赤糸を指でつまんだ。


「俺たちが見分けられる袋を一枚作っておけば、夜中に誰かが袋の束を動かした時、どの荷に混ざったか追いやすい」


「なるほど」


 袋を開けさせる罠じゃない。


 動きを追うための目印。


「三番倉から袋が減ってるって話が本当なら、また誰かが持ち出すかもしれない」


「持ち出さなかったら?」


「何も起きない」


「地味」


「こういうのは地味でいいんだよ」


 親方も頷いた。


「派手なのが好きなら、壁でも壊してろ」


「仕事増えるでしょ」


「分かってんじゃねぇか」


     ◇


 午後。


 目印を付ける袋を一枚決めた。


 どこにでもある古い麻袋。


 破れていない。


 目立つ染みもない。


 炭の丸もない。


 衛兵が縫い目の奥へ短い赤糸を挟み、外から見えないよう元へ戻す。


 その袋を親方が、三番倉へ返す予定の空袋の束へ混ぜた。


「夕方にまとめて倉へ戻す」


「誰が?」


「いつもの人足だ」


「相手には言わない?」


「当然」


「目印の袋どれか知ってる人は?」


「俺と親方。それから倉を見張る奴だけ」


「私も」


「お前は見ただろ」


「じゃあ四人」


「細けぇな」


 それで準備は終わった。


 あとは普通に仕事をする。


     ◇


 そこからは本当に何も起きなかった。


 リラは袋を直す。


 私は石を運ぶ。


 今日は考え事をしても、置き場所を間違えない。


「ウバメ」


「何」


「みてる?」


「見てる」


「しごと」


「してる」


「ほんと?」


「何で疑うの」


 親方が横から答える。


「普段の行い」


「親方まで!」


     ◇


 夕方。


 目印を仕込んだ袋は、他の空袋と一緒に荷車へ積まれた。


 私はそれを見送る。


「ついてくなよ」


 衛兵が言う。


「分かってる」


「本当に?」


「今日は風呂行く」


「……それなら大丈夫か」


「何その信用のされ方」


 でも。


 風呂。


 大事。


「リラ」


「うん」


「帰るよ」


「ふろ」


「そう」


 リラが嬉しそうに立つ。


「おやかた」


「何だ」


「またあした」


「ああ。またな」


「ふくろ」


「明日もある」


「うん」


 親方が少し笑った。


「嬢ちゃん」


「何」


「今日は上出来だ」


 飴。


 一個。


「りらの?」


「そうだ」


「ほうしゅう」


「……もう好きにしろ」


 諦めたらしい。


     ◇


 串焼き屋。


 異常なし。


 共同浴場。


 異常なし。


 今日はたっぷり入った。


「ウバメ」


「何」


「ながい」


「今日はいいの」


「のぼせる」


「誰に覚えた」


「おばちゃん」


「番台か」


 皆。


 余計なことを教える。


     ◇


 銀鍋亭へ戻る。


 女将がこちらを見るなり言った。


「今日は何もないよ」


「聞く前に」


「どうせ聞くんだろ」


「助かる」


「はいはい」


 二階。


 窓の糸。


 粉。


 扉。


 櫛。


 全部、異常なし。


 リラを座らせ、髪に木櫛を通す。


「ウバメ」


「何」


「さん」


「三?」


「くら」


「覚えてた?」


「うん」


「まだ全部は分からない」


「ふくろ?」


「そうかもしれない」


「…………」


「でも今日は、衛兵が袋を見てる」


「ウバメは?」


「私は」


 櫛を通す。


「風呂入ってた」


 リラが笑った。


「何」


「ウバメ、ふろ」


「大事なの!」


     ◇


 翌朝。


 食堂へ下りる。


 いつもの衛兵がいた。


「早いね」


「昨日も言った」


「で?」


「朝飯くらい食わせろ」


「何かあった?」


「…………」


 衛兵が私を見る。


「座れ」


「何で」


「先に座れ」


 嫌な言い方。


 座る。


 リラも隣へ座る。


「袋?」


 聞く。


 衛兵が頷いた。


「動いた」


「どの袋」


「赤糸を入れたやつも含めて、空袋が十枚ほど」


「誰が」


「まだ分からん」


「何で」


「夜中に三番倉から出された」


「倉番は?」


「その時間は倉を開けてない」


「じゃあ勝手に?」


「いや」


 衛兵が声を落とした。


「市の通行札を持った男が来た」


「札は本物?」


「ああ」


「なら市の人?」


「違う」


「何で」


「その番号の札は、昨日の夕方に持ち主から盗まれてる」


「…………」


 喉の奥が少し冷える。


「袋は?」


「荷車に積まれた。見張ってた奴が距離を取って追ってる」


「今も?」


「ああ」


「じゃあ私も」


 立とうとする。


「座れ」


「でも」


「もう人を付けてる」


「私も行った方が」


「嬢ちゃん連れて追跡すんのか?」


「…………」


 止まる。


 リラが私の服を掴んだ。


「ウバメ」


「何」


「しごと」


「…………」


 何で。


 こいつまで。


「行くよ」


「うん」


「仕事」


「うん」


 衛兵が少し息を吐いた。


「何か分かったら必ず知らせる」


「絶対」


「ああ」


「早め」


「分かってる」


 座り直す。


 目の前には朝飯。


 卵。


 パン。


 食欲はあまりない。


「ウバメ」


「何」


 リラが私の皿の卵を指す。


「たべる」


「……はいはい」


 一口食べる。


 三番倉は。


 やっぱり何かに使われていた可能性が高い。


 少なくとも、普通の仕事なら盗んだ札まで使って、夜中に空袋を持ち出したりはしない。


 でも。


 まだ、何のためかは分からない。


 誰がやっているのかも。


 だから。


 今度も急がない。


 追っているのは。


 私だけじゃない。


 そう思いながら、卵を飲み込んだ。

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