のんびり放浪記23
朝飯を食べ終え、いつもの道を仕事場へ向かう。
歩いているのは昨日と同じ道だ。
でも、頭の中は全然同じじゃない。
三番倉から出た荷車。
盗まれた市の札。
追っている衛兵。
今ごろどこにいる。
誰が荷を受け取った。
袋の中に何がある。
「ウバメ」
「何」
「まえ」
「前?」
「みる」
言われて顔を上げる。
あと二歩で、道端の樽にぶつかるところだった。
「…………」
「ウバメ」
「何」
「あぶない」
「分かってる」
「わかってなかった」
「…………」
最近、言い返してくる。
しかも正しい。
◇
「遅くねぇな」
「昨日も聞いた」
仕事場へ着くなり、親方が言った。
「今日は考え事して道で転んでくるかと思った」
「転ばない」
「樽にはぶつかりそうだった」
リラ。
「何で言うの」
「ほんと」
「そうだけど」
親方が笑う。
「で、追ってんのか」
「衛兵がね」
「お前じゃなくて良かったよ」
「私も行きたかった」
「だろうな」
否定されない。
「何か分かったら知らせるって」
「なら待て」
「…………」
「何だ」
「待つの苦手」
「知ってる」
親方は工具箱を開きながら、何でもないことみたいに言った。
「でも、待つのも仕事だ」
「仕事?」
「自分の番じゃねぇ時に勝手に手ぇ出しゃ、邪魔になる」
「…………」
「石積みだって同じだ。下が固まる前に上を積んだら崩れる」
「私は石?」
「例えだよ」
「分かりにくい」
「分かってんじゃねぇか」
悔しい。
でも。
言っていることは分かる。
「今日は石運べ」
「はい」
「嬢ちゃんは俺の横」
「うん」
「それから」
親方が私を見る。
「入口ばっか見て石落とすなよ」
「落とさない」
「昨日置き場所間違えただろ」
「今日は間違えない」
「今日“は”な」
また。
余計なところを拾う。
◇
午前中。
ちゃんと働いた。
多分。
「犬のあんちゃん、次これ!」
「犬じゃねぇ!」
石を持つ。
運ぶ。
置く。
戻る。
入口。
見る。
誰も来ない。
次。
石。
持つ。
運ぶ。
入口。
見る。
「ウバメ」
「何」
「また」
リラが私を見ている。
「何が」
「みてる」
「見てない」
「みた」
「ちょっとだけ」
親方が横から口を挟む。
「朝から十四回」
「数えてたの?」
「暇じゃねぇよ。目に入るんだ」
「仕事して」
「してる!」
私もしてる。
一応。
◇
昼前。
誰も来ない。
昼飯。
パン。
干し肉。
水。
座る。
入口。
「十五」
「親方!」
「今ので十五だ」
「数えてるじゃん!」
「途中からな」
リラ。
パン。
食べながら。
「じゅうご」
「覚えなくていい」
「じゅうろく?」
「見てない!」
「今見たろ」
親方。
嬉しそう。
腹立つ。
「もう見ない」
「それも違ぇよ」
「何なの」
「知らせが来たら見りゃいい。来てないのにずっと見てても仕方ねぇだろ」
「…………」
分かる。
「待つのも仕事」
リラが言う。
「親方の言葉気に入った?」
「うん」
「私には?」
「しごと」
「してる」
「まつ」
「……はいはい」
親方の弟子みたいになってきた。
◇
昼を過ぎても知らせは来なかった。
その代わり、仕事は進んだ。
リラも袋を一枚直した。
少し前なら、縫い目が曲がっているところを親方に何度も直されていたのに、今は最初から大きくずれることが減っている。
「できた」
「見せろ」
親方が縫い目を引っ張る。
表。
裏。
確認。
「ここ」
「?」
「一つだけ間が広い」
「なおす」
「おう」
リラは素直に針を取り直した。
「上手くなったね」
私が言う。
「うん」
「自分で言う?」
「うん」
「まぁいいけど」
少しして。
「できた」
もう一度。
親方。
見る。
「上出来」
耳が立つ。
飴。
一個。
「ほうしゅう」
「その呼び方もう直す気ねぇな」
「うん」
「即答か」
受け取る。
でも食べない。
「あとで?」
「ふろのあと」
「今日はちゃんと覚えてた」
昨日は風呂に入れた。
今日も行く。
何があっても。
多分。
◇
午後。
入口から人が入ってきた。
反射的に見る。
「十七」
「親方、もういい!」
でも。
来たのは、いつもの衛兵だった。
「来た!」
「犬みてぇだな」
「犬じゃねぇ!」
「そこ反応すんのかよ」
衛兵。
少し疲れている。
服も汚れている。
走ってきた?
「どうだった」
「仕事中だろ」
「休む」
「勝手に決めるな」
親方が言う。
「俺も聞く。五分だ」
「親方」
「何だ」
「好き」
「気持ち悪ぃ!」
◇
仕事場の端。
私。
親方。
衛兵。
リラ。
リラは木箱に座ったまま。
「荷車は?」
「追った」
「どこまで」
「西の荷場」
「そこで止まった?」
「ああ」
衛兵が水を一口飲む。
「三番倉を出た荷車は、西門近くの荷場へ入った。そこは市の荷も商人の荷も集まるところだ」
「人、多い?」
「かなりな」
「じゃあ紛れやすい」
「そういうことだ」
荷車はそこで止まり、盗まれた札を使った男は降りた。
「捕まえた?」
「捕まえてない」
「何で!」
「最後まで聞け」
「はい」
「男は荷車を置いて、そのまま歩いて出た。こっちは二手に分かれた」
一人は男を追う。
残りは荷車を見る。
「袋は?」
「しばらくそのままだった」
「どのくらい」
「一刻はねぇ。半刻くらいだ」
それから。
別の男が来た。
「最初の男と知り合い?」
「分からん。話はしてない」
「じゃあ何したの」
「荷車から空袋を全部降ろした」
「全部?」
「ああ」
十枚ほど。
目印を入れた袋も。
「それから?」
「荷場の端にある小さな物置へ運び込んだ」
「そこで捕まえた?」
「まだ」
「何で」
「見るためだ」
親方。
少し頷く。
「正解だな」
「私は捕まえる」
「だからお前を連れてかなかったんだよ」
衛兵。
正しい。
腹立つ。
◇
「物置の中で、男は何したの」
「袋を一枚ずつ見始めた」
「中?」
「中じゃない」
衛兵が自分の服の縫い目を指す。
「縫い目だ」
「…………」
親方の顔が変わる。
「全部?」
「ほとんどな」
「何か探してた」
「そう見えた」
目印にした袋も触られた。
「赤い糸は?」
「ずれた」
「開けた?」
「縫い目を少し広げたらしい」
「何か入ってた?」
「何も」
当然。
こっちが仕込んだ袋だから。
「でも」
衛兵。
続ける。
「別の袋から紙が出た」
「…………」
思わず。
リラ。
見る。
「紙」
「ああ」
「どんな」
「小さい。折り畳んで縫い目に押し込んであった」
「昨日と同じ」
「多分な」
親方の声。
低い。
「じゃあ三番倉は」
「少なくとも袋を使った受け渡しが行われてた。それはもう間違いない」
やっと。
一つ。
確定した。
黒い粉。
紙。
三番倉。
全部。
偶然じゃなかった。
◇
「それで男は?」
「紙を取り出したところで押さえた」
「捕まえた?」
「ああ」
「誰」
「荷場の日雇い」
「また?」
「まただ」
「名前は」
「セト」
「本名?」
「今調べてる」
「何て言ってる?」
「『頼まれて紙を取っただけ』」
「誰に」
「知らない」
「…………」
また。
同じ。
「本当に知らないの?」
「そこも調べてる」
「金?」
「多分な」
「…………」
仕組み。
見えてきた。
でも。
人。
見えない。
「最初の男は?」
「そっちは逃げた」
「何で!」
「追ってた奴が見失った」
「使えない」
「言うと思ったよ!」
「だって」
「石投げられたらしい」
「石?」
「ああ」
「普通の?」
「多分な」
「私なら避ける」
「知ってるよ!」
関係ない。
◇
「紙」
親方が聞く。
「読んだのか」
「読んだ」
「何て」
衛兵。
少しだけ。
迷う。
私を見る。
リラを見る。
「…………」
「何」
「嬢ちゃんの前で言うか?」
「…………」
リラ。
私。
見る。
聞いてる。
分かる。
「内容による」
「そうだな」
衛兵が考える。
「全部は後で話す」
「今は?」
「大事なところだけ」
少し間。
「対象の居場所は変わってない」
「…………」
銀鍋亭。
まだ。
見られてる。
「それから」
「何」
「護衛の警戒が強い」
「私?」
「多分な」
「褒められた?」
「違う」
分かってる。
「あと一つ」
衛兵の声。
少し低くなる。
「『回収役には、まだ渡すな』」
「…………」
空気。
変わる。
リラ。
意味。
全部は分からないと思う。
でも。
「かいしゅう」
覚えてる。
「うん」
私。
答える。
「まだ?」
「そう書いてあった」
「じゃあ」
考える。
「回収役って、本当に別にいる」
「可能性はかなり高い」
「もう町に?」
「そこは分からん」
「渡すなってことは」
「近くにいる可能性もある。まだ来てない可能性もある」
分からない。
でも。
前より。
少し。
形。
見える。
◇
「紙はどっちからどっちへ?」
親方。
聞く。
「何」
「その紙は、誰かが袋に入れて、三番倉に戻したんだろ」
「そうだな」
「じゃあ、それを荷場の奴が取った」
「ああ」
「その後は?」
「まだ分からん」
衛兵が答える。
「捕まえた男は、紙を別の場所へ持っていくつもりだったらしい」
「どこ」
「そこは喋ってない」
「ロイと同じ」
「似てるな」
「依頼主も?」
「分からん」
「同じ組織?」
「可能性はある。でもまだ決めるな」
「分かってる」
今日は。
本当に。
分かってる。
「じゃあ」
親方。
紙の流れを整理する。
「誰かが、この仕事場か、その周辺で袋に紙を入れる」
「そう見える」
「三番倉に戻る」
「ああ」
「夜、盗んだ札で持ち出す」
「今回そうだった」
「西の荷場で、別の奴が紙を回収」
「そうだ」
「さらに別の誰かへ渡す」
「その予定だったらしい」
「…………」
私は聞きながら。
少し。
寒くなる。
一人じゃない。
二人でもない。
仕事場。
三番倉。
荷場。
その先。
顔も知らない人間が。
少しずつ。
繋いでる。
「面倒」
口から出る。
「今さらか」
親方。
「今までで一番面倒」
「それ毎回更新すんのやめろ」
◇
「でも」
衛兵が言う。
「一個、大きい」
「何」
「こっちが受け渡しの経路を一つ掴んだ」
「三番倉」
「ああ」
「向こうは?」
「少なくとも、袋を回収した男を押さえたことは、そのうち分かる」
「じゃあもう使わない?」
「多分な」
「意味ないじゃん」
「意味はある」
「何で」
「仕組みが分かった」
衛兵。
紙。
指。
「一人捕まえるだけじゃ上に届かない。だから、次は“人”だけじゃなく“流れ”を見る」
「流れ」
「誰が紙を入れた。誰が袋を動かした。誰が受け取った。その先はどこだった」
確かに。
ロイを捕まえても。
本人。
依頼主。
知らない。
でも。
流れ。
辿れば。
「上に行ける?」
「行けるかもしれん」
「…………」
「かもしれん、な」
「分かってる」
◇
「ウバメ」
リラ。
「何」
「しごと」
「…………」
親方。
笑う。
「五分」
「もうとっくに過ぎてる」
「何で言わないの」
「面白かったから」
「親方!」
「戻れ!」
「はい!」
◇
午後。
仕事。
する。
でも。
朝より。
少し。
落ち着く。
追って。
捕まえた。
三番倉。
当たり。
紙。
見つけた。
回収役。
いる。
分からないこと。
まだ多い。
でも。
ずっと。
霧。
みたいだったものに。
細い道。
一本。
出来た。
「ウバメ」
「何」
「また」
「何」
「とまってる」
「…………」
石。
持ったまま。
止まってる。
「親方には言わないで」
「おやかた」
「リラ!」
「何だ!」
「ウバメ、とまってる」
「仕事しろ!」
「分かったよ!」
こいつ。
最近。
親方側。
◇
夕方。
今日はちゃんと最後まで働いた。
親方。
日当。
渡す。
「全部?」
「全部だ」
「途中喋ってた」
「その分くらい働いてる」
「珍しい」
「殴るよ」
「その元気ありゃ平気だな」
「何が」
「色々」
親方。
リラ。
見る。
「嬢ちゃん」
「うん」
「今日は二枚」
「ふくろ」
「ああ」
「じょうでき?」
「一枚目は上出来。二枚目は」
親方。
裏返す。
「ここ」
「…………」
「ちょっと狭ぇ」
「なおす」
「明日な」
「さいごまで」
「今日はもう終わりだ」
「…………」
「明日続きやりゃいい」
「…………」
リラ。
少し。
納得してない。
「最後までって、今日中って意味じゃないよ」
私。
言う。
親方。
見る。
「何」
「いや」
「何」
「少し分かってきたじゃねぇか」
「……うるさい」
◇
帰り道。
串焼き屋。
三本。
「今日は何かあった?」
店主から聞いてきた。
「ちょっと」
「またか」
「でも進んだ」
「ならいい」
「変なの来た?」
「来てねぇ」
「ありがと」
「毎日聞かれるの慣れてきたわ」
「そのうち言わなくても教えて」
「もう今教えただろ」
「確かに」
日常。
少しずつ。
こっち側。
◇
共同浴場。
今日は普通。
私。
長い。
リラ。
先に上がりたそう。
「もう?」
「もう」
「昨日と逆」
「ウバメ、ながい」
「いいの」
「のぼせる」
「分かってる」
「ほんと?」
「……もう出る」
最近。
風呂。
リラに管理されてる。
おかしい。
◇
夜。
銀鍋亭。
髪を梳く。
「ウバメ」
「何」
「かいしゅう」
「…………」
やっぱり。
覚えてる。
「何」
「くる?」
櫛。
止まる。
「分からない」
「…………」
「でも」
再開。
銀髪。
梳く。
「来ても」
「うん」
「勝手に連れてかせない」
「うん」
「それは変わらない」
「うん」
少し。
間。
「ウバメ」
「何」
「いる?」
「いるよ」
「…………」
「今は」
言ってから。
少し。
嫌。
今は。
また。
この言葉。
でも。
約束。
出来ない。
ずっと。
とか。
知らない。
「今は、一緒」
「うん」
リラ。
前。
向く。
櫛。
最後まで。
通す。
今日。
分かったこと。
三番倉は。
本当に。
使われてた。
袋。
紙。
人。
次。
その先。
ようやく。
相手の背中。
少し。
見えた。
でも。
追うのは。
私。
一人じゃない。
待ってる間。
誰かが動く。
誰かが見る。
誰かが調べる。
それも。
悪くない。
多分。
ちょっとずつ。
慣れれば。




