のんびり放浪記19
翌朝、銀鍋亭の食堂へ下りると、いつもの衛兵が待っていた。
「早いね」
「誰のせいだと思ってんだ」
「仕事熱心」
「お前関連の仕事が増えてんだよ」
衛兵の前には、昨日ロイから取り上げた黒い石が置かれていた。正確には、厚手の布に包まれ、その上から紐で何重にも縛られている。
「それ、持ち歩いて大丈夫なの?」
「今さら心配すんのか」
「何か分かってから爆発したら嫌じゃん」
「爆発するって話は出てねぇよ」
「まだね」
「怖いこと言うな」
リラが私の隣へ座り、布包みを見る。
「におい」
「まだする?」
「うん」
包んでいても分かるらしい。
私は鼻を近づけてみるが、布と衛兵の手、それから微かな埃の臭いしか感じない。
やっぱり、リラが感じているものと私が嗅いでいるものは違う。
「で、それどうするの」
「見てもらう」
「誰に?」
「魔道具職人」
親方が昨日言っていたのと同じだ。
「仕事は?」
「その前に行く」
「親方怒る」
「お前が昨日『何か分かったら早めに教えろ』って言ったんだろ!」
「言った」
「なら来い」
「私も?」
「お前と嬢ちゃんがいた方が話が早い」
リラを見る。
「行く?」
「いく」
「仕事はその後ね」
「おやかた、おこる?」
「怒る」
最近、この会話が定番になってきた。
◇
職人街は、いつもの城壁工事現場とは町の反対側にある。
鍛冶屋、革屋、細工師、薬屋。狭い通りの両側から、金属を叩く音や木を削る音が絶えず聞こえてくる。
臭いも多い。
炭、鉄、油、革、薬草、接着剤。
「…………」
「どうした」
衛兵が振り返る。
「鼻が忙しい」
「知らん」
「獣人には優しくない町だね」
「お前、十二日以上普通に暮らしてただろ」
「慣れた」
「なら我慢しろ」
リラは逆に楽しそうだった。
左右を見ながら、店先に並んだ物を一つずつ眺めている。
「ウバメ」
「何」
「あれ」
小さな金属の鳥。
「飾り」
「とぶ?」
「飛ばない」
店の奥から職人が声を上げる。
「飛ぶぞ!」
「飛ぶらしい」
「ほしい」
「買わない」
即答したら、耳が少し下がった。
「見るだけ」
「うん」
危ない。
子どもと市場や職人街を歩くと、金が減る。
◇
衛兵が連れてきたのは、通りの奥にある小さな店だった。
看板には杖と歯車の絵。
中へ入ると、棚という棚に石、金属片、瓶、壊れた道具が詰め込まれている。
「狭い」
「聞こえてるぞ」
低い声が奥から返ってきた。
「すいません」
出てきたのは、私の胸くらいまでしか背のない男だった。
短い。
でも横に広い。
腕が太い。
髭も太い。
多分、ドワーフ。
「衛兵さんが獣人の兄ちゃん連れてくるっていうから、もっと細いの想像してたぞ」
「女です」
衛兵が先に言った。
「そうか」
それだけ。
「…………」
「何だ」
「いや」
慣れてる。
逆に反応が薄いと変な感じ。
「ガルドだ」
男はそう名乗ると、衛兵が差し出した布包みを指した。
「それか?」
「ああ」
「開けるぞ」
「爆発しない?」
「するもんなら店ごと吹っ飛ぶ」
「安心できない」
「なら外出ろ」
「見ます」
ガルドが紐を解き、黒い石を机の上へ置いた。
光沢はほとんどない。
真っ黒というより、煤を固めたような色をしている。
「ふむ」
指先で転がす。
匂いを嗅ぐ。
爪で軽く擦る。
「何か分かる?」
「黙ってろ」
「はい」
親方と似てる。
職人って皆こうなの?
ガルドは小さな金属棒を石へ近づけた。
棒の先に刻まれた線が、ほんの少し光る。
「やっぱり魔力は入ってるな」
「魔道具?」
「道具ってほど大したもんじゃない。加工した石に術を込めたもんだ」
「何の術?」
「それを今見てる」
また怒られそうなので黙る。
リラも机の上の石をじっと見ていた。
「嬢ちゃん」
「うん」
「これ、何か感じるか」
「におい」
「臭いのか?」
「ちがう」
リラは少し困った顔をする。
「へん」
「変な匂い?」
「うん」
ガルドが眉を上げた。
「獣人の方は?」
「何も」
「鼻利くか?」
「かなり」
「どのくらい」
「昨日の酒が残ってる人なら、近くに来れば大体分かる」
衛兵が少し離れる。
「お前、昨日飲んだ?」
「勤務後だ!」
「分かる」
「今それ言うな!」
ガルドが笑う。
「なるほどな」
「何」
「多分、こいつは臭いを消してるんじゃない」
「じゃあ?」
「意識を逸らしてる」
「…………」
分からん。
「どういうこと」
ガルドは机の上にあった赤い石と黒い石を並べた。
「例えば、ここに二つ石がある」
「うん」
「赤い方だけ光らせる」
赤い石が淡く光る。
「どっち見る」
「赤」
「だろ」
「それが?」
「黒い石は、それを臭いや気配でやる」
少し分かった。
「臭いがなくなるんじゃなくて」
「そこに意識が向きにくくなる」
「へぇ」
「強力なもんじゃない。目の前に立たれりゃ普通に見えるし、音も消えん。だが、人混みや町中で誰かを追う時には厄介だ」
「私が臭いを拾えなかったのも?」
「可能性はある」
ガルドが黒い石を持ち上げる。
「特に獣人みたいに鼻や耳へ頼る奴には効きやすい。無意識に『これは気にしなくていい』と判断させるんだろう」
「…………」
腹立つ。
鼻を騙されていた。
「じゃあ何でリラには分かるの?」
「知らん」
「そこ大事」
「知らんもんは知らん」
「職人なのに」
「職人は神様じゃねぇ」
親方も同じこと言いそう。
ガルドはリラを見る。
「嬢ちゃんが感じてるものが、そもそも臭いじゃねぇ可能性がある」
「魔力?」
衛兵が聞く。
「かもしれん。精霊の流れかもしれん。エルフの感覚なんて俺には分からん」
「普通のエルフなら分かる?」
「普通のエルフって何だ」
「…………」
確かに。
「エルフにも色々いる。森育ちも町育ちもいるし、魔術に強い奴も弱い奴もいる。全員同じだと思うな」
「はい」
ちょっと怒られた。
◇
「で」
衛兵が机に手をつく。
「この石、どこで作られたか分かるか」
「無理だな」
「即答か」
「こんなの術さえ知ってりゃ何人でも作れる」
「珍しい物じゃない?」
「珍しくはある。だが唯一じゃない」
ガルドは石を光に透かすように持ち上げる。
「ただし、安くはない」
「どのくらい」
「石そのものは安い。加工と術式が高い」
「つまり?」
「その辺のチンピラが気軽に買う物じゃない」
また、金。
監視役に払った報酬も高い。
この石も高い。
しかも、一人だけに持たせているとは限らない。
「金持ち?」
「少なくとも金は使ってるな」
衛兵が言う。
「組織?」
「可能性は上がった」
「面倒」
「それはもう分かった」
ガルドが黒い石を机へ置いた。
「もう一つ」
「何」
「こいつは最近作られたもんじゃない」
「古い?」
「半年や一年って意味じゃねぇ。術が染みきってる。少なくとも数年は経ってる」
「…………」
「つまり、今回のために急いで用意した物じゃない」
衛兵の顔が変わった。
「前から持ってた?」
「そう考える方が自然だな」
「こういう仕事に使うために?」
「そこまでは知らん」
でも。
準備していた。
リラを見つけてから初めて動き始めた連中じゃない。
前から、こういう石を使う仕事をしている。
「……慣れてるんだ」
「何が」
「人を見張るの」
衛兵が頷いた。
「多分な」
◇
「持って帰る?」
「衛兵で預かる」
「私も欲しい」
「何でだよ」
「対策考える」
「職人に聞け」
ガルドを見る。
「対策」
「簡単だ」
「本当?」
「目で見ろ」
「…………」
「鼻だけに頼るな」
「それだけ?」
「それだけだ」
「もっとこう、魔法で打ち消すとか」
「出来なくはないが、毎日そんな術かけて歩く気か?」
「面倒」
「なら目を使え」
正しい。
腹立つ。
「それと」
ガルドがリラを見る。
「嬢ちゃんが気づけるなら、その感覚は使える」
「危なくない?」
「使うだけならな。ただし、無理に感じ取らせようとするな」
「何で」
「感覚ってのは疲れる。鼻の利く獣人を臭いだらけの部屋に一日閉じ込めりゃ嫌になるだろ」
「なる」
「それと同じかもしれん」
「…………」
覚えとこう。
「リラ」
「うん」
「分からない時は分からないって言えよ」
「うん」
「無理に探さなくていい」
「うん」
「疲れたら?」
「やすむ」
「よし」
ガルドが少しだけ笑った。
「ちゃんと保護者してんじゃねぇか」
「違います」
「そうか」
また反応薄い。
「何か言って」
「何でだ」
◇
店を出る。
「仕事」
リラが言った。
「覚えてた?」
「うん」
「親方怒ってるかな」
「おこる」
「今日は連絡した」
「…………」
「何その顔」
「おこる」
「何で確信してんの」
衛兵が横で笑う。
「俺も怒ると思う」
「何で」
「遅いから」
「理不尽」
「普通だ」
◇
「遅ぇ!」
「連絡したでしょう!」
やっぱり怒った。
「連絡すりゃ遅れていいと思うな!」
「でも昨日は連絡しろって!」
「連絡はしろ! その上で遅れるな!」
「無茶言う!」
親方がキセルを咥えたまま私を見る。
「で?」
「何」
「石」
「ああ」
黒い石について説明する。
臭いそのものを消すのではなく、そこへ意識を向けにくくするらしいこと。
獣人の感覚には効きやすいこと。
リラには何故か分かること。
数年前には作られていたらしいこと。
「ふぅん」
「反応薄い」
「俺に魔道具の話されても分からん」
「でも」
「何だ」
「向こう、慣れてるみたい」
親方は少し黙った。
「そうか」
「うん」
「なら尚更、一人で突っ込むなよ」
「分かってる」
「本当に?」
「最近信用ないな」
「最初からねぇ」
「酷い」
リラがいつもの木箱へ向かう。
「おやかた」
「おう」
「ふくろ」
「あるぞ」
「やる」
「じゃあ今日はこれな」
親方が破れた麻袋を一枚渡す。
リラは受け取ると、自分から針の置いてある箱の前へ座った。
「親方」
「何だ」
「もう普通に働いてるね」
「だから練習だ」
「飴出る」
「一日一個だ」
「報酬」
「違ぇ」
「りらの?」
リラ。
「そうだ」
「じゃあ報酬」
「お前が余計な言葉教えるからだ!」
◇
午後は何事もなかった。
私は石を運びながら、なるべく鼻だけに頼らないように周囲を見る。
道。
人。
荷車。
窓。
屋根。
今までなら気にも留めなかったものまで意識して覚える。
正直、かなり疲れる。
「ウバメ」
「何」
「めんど?」
少し離れた木箱からリラが聞いてきた。
「分かる?」
「かお」
「そんな顔してる?」
「うん」
親方まで笑っている。
「仕事しろ!」
「してる!」
「石止まってる!」
見る。
止まってる。
「今やる!」
「鼻も目も使って、手ぇ止めてどうすんだ!」
それは本当にそう。
◇
夕方。
リラは今日も飴を一個もらった。
「上出来」
「うん」
親方から受け取った飴を、すぐには食べない。
手の中で眺めている。
「また取っとくの?」
「あとで」
「へぇ」
「ふろのあと」
「溶けない?」
「…………」
考える。
「先に食べたら」
「うん」
食べる。
早い。
「おいしい?」
「うん」
耳が立つ。
親方がそれを見て、キセルに火を点けようとした。
リラが近い。
その手が止まる。
「何です?」
「何でもねぇ」
「吸わないの?」
「後だ」
「へぇ」
「その顔やめろ」
「どの顔」
「分かってんだろ」
最近、私も顔を読まれるけど。
親方も結構分かりやすい。
◇
帰り道。
同じ串焼き屋。
同じ三本。
同じ道。
でも今日は、少しだけ見えるものが増えている。
「ウバメ」
「何」
リラが通りの向こうを指す。
「いつも」
「何が?」
「あのひと」
見る。
酒屋の前で樽を運んでいる男。
「前もいた?」
「うん」
「覚えてるの?」
「うん」
「…………」
私より向いてる?
「すごいじゃん」
「うん」
「じゃあ、あっちの婆さん」
「りんご」
「正解」
「パン」
「それは隣」
「…………」
「惜しい」
耳が少し下がる。
「いや、本当に惜しいって」
「うん」
戻る。
単純。
「ウバメ」
「何」
「れんしゅう?」
「そう」
「さいごまで?」
「今日は宿まで」
「うん」
手を繋いで歩く。
◇
夜。
銀鍋亭へ戻った。
まず窓を見る。
糸は切れていない。
粉にも跡はない。
扉の鍵穴も、朝見た時と変わらない。
机の上の木櫛も、そのままだ。
「今日は大丈夫そうだな」
「うん」
ようやく肩から少し力が抜けた。
何も起きていない。
今日はそれでいい。
「風呂行くか」
「うん」
リラが嬉しそうに返事をした。
そのまま着替えを取ろうとして――。
「…………」
リラが動かなくなった。
「どうした?」
返事がない。
さっきまで立っていた耳が、ゆっくり下がっていく。
「リラ?」
「…………」
鼻が動く。
一度。
もう一度。
顔から、さっきまでの表情が消えた。
「におい」
小さい声だった。
反射的に扉を見る。
窓。
天井。
ベッドの下。
誰もいない。
「どこ」
リラは答えず、辺りを見回した。
「外?」
首を振る。
「廊下?」
また首を振る。
「じゃあ部屋?」
「…………」
こく。
全身から力が抜けたと思ったばかりだった。
今度は一気に戻る。
鼻を使う。
木材。
布。
油。
昨日の石鹸。
私。
リラ。
それだけ。
変な臭いはない。
「どこからする」
リラは迷った。
窓を見る。
机を見る。
扉を見る。
それから、自分の身体へ視線を落とした。
「…………」
「リラ?」
右。
左。
腕。
服。
自分で探すように見回して。
「ここ」
自分の肩を指した。
「…………何?」
一瞬、意味が分からなかった。
「ここ」
もう一度。
薄い緑色の服。
右肩。
私は近づこうとして――止まる。
「動くな」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
リラの身体が固まった。
「ごめん。そこにいて」
「うん」
服には何も見えない。
少なくとも最初は。
窓から入る灯りの角度を変える。
しゃがむ。
肩。
袖。
縫い目。
その途中。
「…………」
あった。
黒。
ほんの僅か。
髪の毛一本分ほどの黒い粉が、肩から袖口へかけて点々と付いている。
埃なら見落としていた。
煤だと思って払っていたかもしれない。
「リラ」
「うん」
「これ、触った?」
「さわってない」
「痛い?」
「いたくない」
「気持ち悪い?」
「…………」
首を振る。
「動かないで」
「うん」
紙を取る。
直接触らないよう、粉の一粒を慎重に掬う。
リラの視線がそれを追った。
「これ?」
「うん」
「前の石と同じ匂い?」
「…………」
少し間があった。
「おなじ」
「…………」
黒い石。
今日の朝。
職人街で見た。
ロイが隠し持っていた物。
私の鼻を誤魔化したもの。
同じ匂い。
それが。
今。
リラの服に付いている。
「いつから?」
「わからない」
「仕事場で気づいた?」
「わからない」
「串焼き屋は?」
「…………」
「帰り道?」
「わからない」
責めてる。
「ごめん」
声を抑える。
「分からなくていい」
「うん」
考える。
今日一日。
職人街。
ガルドの店。
仕事場。
人足。
昼休み。
串焼き屋。
帰り道。
誰か。
リラに触った?
「…………」
思い出せない。
手はほとんど繋いでいた。
仕事場では親方のそばにいた。
人混みでは私のすぐ横。
それでも。
付いてる。
「リラ」
「うん」
「今日、誰かとぶつかった?」
「…………」
首を振る。
「知らない人に触られた?」
また首を振る。
「服、引っ張られたり」
「ない」
「…………」
じゃあ。
気づかなかった?
私が。
「…………」
腹の奥が冷えた。
昨日までの監視とは違う。
窓の外。
空き家。
離れた場所から見ていた奴じゃない。
今日。
誰かが。
この服に粉を付けられる距離まで来た。
リラの肩へ手を伸ばせるほど近くまで。
私が、すぐそばにいる時に。
「ウバメ」
「…………」
「ウバメ」
「何」
「いたい」
手を見る。
リラの腕を掴んでいた。
また。
「ごめん」
すぐ離す。
「ごめん」
「だいじょうぶ」
大丈夫じゃない。
私が。
全然。
「服、脱げる?」
「うん」
「その服はもう触らないようにする」
「なんで?」
「調べてもらうから」
「みどり」
「…………」
気に入ってた。
自分で選んだ。
初めて。
自分の物だって喜んだ服。
「捨てない」
「ほんと?」
「捨てない。調べるだけ」
「うん」
寝間着を出して渡す。
「向こうで着替えろ」
「うん」
衝立の向こうへ行く。
その間。
私は黒い粉を見る。
ほんの数粒。
それだけ。
でも、意味は違う。
何のために付けた?
目印?
追跡?
また意識を逸らすため?
それとも。
「…………」
連れていくための。
何か。
「ウバメ」
リラが寝間着姿で戻ってくる。
「終わった?」
「うん」
「こっち」
手を出す。
リラが握る。
「今日は風呂やめる」
「…………」
いつもなら、ここで驚く。
でも今日は何も言わなかった。
「女将呼ぶ。それから衛兵」
「うん」
「一人にならない」
「うん」
「絶対」
「うん」
返事を確認してから立つ。
その時。
ふと。
考える。
相手が粉を付けたなら。
その瞬間。
リラに触れたかもしれない。
なら。
そこに。
私もいた。
「…………」
私の服。
見る。
腕。
肩。
腰。
「ウバメ?」
「待って」
紙。
もう一枚。
自分の上着。
見る。
「…………」
ない。
今のところ。
でも。
分からない。
鼻では。
分からない。
「リラ」
「うん」
「私からも匂いする?」
「…………」
リラが私を見る。
鼻を動かす。
一度。
二度。
「しない」
「…………そっか」
少しだけ。
息が戻る。
でも安心は出来ない。
黒い粉。
服。
今日の道。
今日見た人。
いつもの人。
いつもと違った人。
誰だ。
どこだ。
いつ。
「ウバメ」
「何」
「こわい?」
すぐには答えられなかった。
「……うん」
今日は。
ちょっとじゃない。
「怖い」
初めて、そう言った。
リラの手が少し強くなる。
「リラも」
「そっか」
「うん」
握り返す。
怖い。
理由は分かっている。
相手が強いからじゃない。
姿が見えないからでもない。
今日一日。
私はずっと警戒していた。
鼻だけに頼らないようにした。
人も。
道も。
窓も。
荷車も。
見た。
リラからも、なるべく離れなかった。
それでも。
届いていた。
私のすぐ横まで。
「…………」
今度は。
見つける。
じゃない。
見つけないと。
駄目だ。




