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送り狼  作者: セルビス
18/23

のんびり放浪記18

捕まえた男が連れていかれた後、私たちも衛兵詰所へ行くことになった。


 本当は仕事場へ戻りたかった。


 いや、半分くらいは本当だ。


「親方に何て言おう」


「まずそこかよ」


 いつもの衛兵が呆れた顔をする。


「今日も途中で帰った」


「人攫いの仲間かもしれねぇ奴を捕まえたんだから仕方ないだろ」


「まだ仲間って決まったわけじゃない」


「じゃあ何だと思ってんだ」


「ものすごく怪しい奴」


「十分だよ」


 横を歩くリラが私を見上げた。


「ウバメ」


「何」


「おやかた、おこる?」


「怒る」


「また?」


「多分」


 少し考えてから、リラが続ける。


「でも、ゆるす?」


「……多分ね」


 親方のことを随分分かってきたらしい。


     ◇


 詰所の奥にある小さな部屋で、捕まえた男は椅子に座らされていた。


 両手は後ろで縛られ、足にも縄が掛かっている。逃げようと思えば、私なら椅子ごと壊して立てるけど、この男には無理そうだった。


「名前は」


 隊長が聞く。


 男は少し黙ってから答えた。


「ロイ」


「姓は?」


「ない」


「出身」


「南の方」


「南のどこだ」


「色々だ」


 隊長が小さくため息を吐く。


「もう少しまともに答えろ」


「嘘は言ってない」


 男――ロイは、思っていたより若い。


 二十代後半くらいだろうか。痩せてはいるが、屋根から屋根へ逃げ回っただけあって身のこなしは軽かった。


 昨日仕事場に来た男とも、教会へ現れた旅商人とも違う。


 やっぱり一人ではない。


「昨日、城壁の仕事場へ来た男を知ってるか」


 隊長が特徴を伝える。


「知らない」


「教会で旅商人を名乗った男は」


「知らない」


「共同浴場や串焼き屋で聞き込みをした連中は」


「知らない」


「本当に?」


「ああ」


「全部知らないじゃん」


 思わず口を挟む。


 隊長がこちらを向いた。


「ウバメ、少し黙ってろ」


「だって」


「ウバメ」


「何」


 リラが壁際を指した。


「おすわり」


「…………」


 最近、それ気に入ってない?


「椅子ない」


「そこ」


 ちゃんと一脚あった。


「……はい」


 座る。


 隊長が笑いを堪えている。


「続けるぞ」


「どうぞ」


     ◇


 ロイから取り上げた物が机の上に並べられていた。


 短いナイフ。細い針金。小瓶。煙を出すためらしい筒。それに財布と、何枚かの薄い紙。


 隊長がその一枚を持ち上げる。


「これはお前の字か」


「半分はな」


「残りは?」


 ロイは答えなかった。


「依頼書か」


「…………」


「空き家にあった記録と同じ紙だ。隠しても大して意味はないぞ」


「なら、好きに読めばいい」


 さっきまでとは少し違う。


 名前や出身を聞かれていた時には、不愛想ながら答えていた。


 でも、ここからは明らかに口が重い。


「依頼主は誰だ」


「言えない」


「知らない、じゃないのか?」


「言えない」


 隊長がロイをじっと見る。


「依頼主への義理か」


「そんなもんはない」


「なら何で黙る」


 ロイはしばらく黙っていたが、やがて小さく肩をすくめた。


「そういう仕事だからだ」


「捕まった後まで律儀だな」


「今日出られなくても、いつかは出る」


「それで?」


「口の軽い奴に、次の仕事を回す奴はいない」


「…………」


 なるほど。


 ちょっとだけ納得した。


「じゃあ、何なら喋るの」


「ウバメ」


「聞くだけ」


 ロイが私を見る。


「依頼人につながらないことならな」


「例えば?」


「お前らが毎朝どの道を通るとか」


「それはもう知られてる」


「ああ」


「リラが卵好きなのも?」


「知ってる」


「何でそこまで」


「毎朝食ってるからだ」


「…………」


 リラ。


 私を見る。


「たまご」


「今は食べ物の話じゃない」


「卵は喋るのに、依頼人は喋らないんだ」


 ロイが眉を動かす。


「卵のことで金はもらってない」


「分かりやすいな」


 隊長が呆れたように言った。


 でも、これで少しだけロイという男が分かった。


 依頼主を庇いたいわけではない。


 金をもらった分だけ口を閉ざしている。


 それ以上でも、それ以下でもない。


     ◇


「お前の仕事は監視だな」


 隊長が紙を机へ置く。


 そこには、私たちの行動した時間と場所が細かく書かれていた。


「銀鍋亭を出た時間。仕事場に着いた時間。共同浴場、串焼き屋、教会。これを書いたのはお前だな」


「そうだ」


 そこは素直に認めた。


 証拠が目の前にあるからだろう。


「銀髪のエルフを監視するよう頼まれた?」


「ああ」


「それだけか」


「最初はな」


「後から何が増えた」


 ロイの視線が一瞬だけ私へ向く。


「護衛役」


「私?」


「でかい犬みたいな獣人」


「犬じゃねぇ」


「ウバメ」


「そこは言わせて」


 隊長が額を押さえる。


「依頼書には何て書かれてた」


「それ以上は言えない」


「護衛役については喋っただろ」


「お前がいることはもう記録に残ってる。そこを隠しても意味がない」


「…………」


 徹底してる。


 面倒。


 隊長が別の紙を取り出した。


「なら、こっちを確認するだけだ」


 空き家で見つけたものらしい。


『銀髪、長耳、幼体』


 その下。


『回収優先』


『損傷不可』


「これは依頼側から渡された紙だな」


 ロイは答えない。


「回収って何だ」


「知らない」


「今度は言えないじゃなくて?」


「本当に知らない」


「お前が連れていくんじゃないのか」


「違う」


 そこだけは即答した。


「俺は見るだけだ」


「じゃあ誰が連れていく」


「知らない」


「いつ来る」


「知らない」


「連絡は?」


「言えない」


 少し違いが見えてきた。


 知らないこと。


 知っていても言わないこと。


 ロイの中では、ちゃんと分かれている。


「隊長」


「何だ」


「こいつ、嘘つくの面倒だから『知らない』と『言えない』分けてる?」


「多分な」


「勝手に決めるな」


 ロイが初めて少し苛立った。


「違う?」


「……大体合ってる」


「ほら」


「喜ぶな」


     ◇


 隊長がロイの財布を開けた。


 銀貨が六枚。


 銅貨が少し。


「随分持ってるな」


「俺の金だ」


「今回の前金か?」


「…………」


 答えない。


 隊長が銀貨を一枚摘まむ。


「ただ人を見張るだけの仕事にしちゃ、懐が温かいな」


「元から持ってたかもしれないだろ」


「そうかもしれんな」


 隊長はそれ以上追わなかった。


「高いの?」


 小声で聞く。


「ああ。少なくとも普通の日雇いが気軽に持ち歩く額じゃねぇ」


「じゃあ、かなり良い仕事?」


「少なくとも、依頼した側は金を惜しんでない」


 ロイは何も言わない。


 それで十分だった。


 黙ったままでも、分かることはある。


     ◇


「損傷不可」


 隊長がもう一度、その文字を指した。


「この意味は」


「書いてある通りだろ」


「嬢ちゃんを傷つけるな?」


「ああ」


「理由は」


「知らない」


「商品だから?」


「知らない」


「身代金目的か」


「知らない」


「家族へ戻すため」


「知らない」


「何かの儀式」


「知らない」


 隊長が眉間を揉んだ。


「お前、本当に肝心なところを知らねぇな」


「監視するだけの奴に、目的まで教える必要があるか?」


「…………」


 それは。


 そうかもしれない。


 捕まえたら全部分かる。


 どこかで、そう思っていた。


 でも。


 この男は入口ですらない。


 もっと手前。


 ただ、こちらを見ていた目の一つ。


 その程度なのかもしれない。


「ウバメ」


「何」


 リラが私を見る。


「こわいかお」


「……そう?」


「うん」


 力を抜く。


「ごめん」


 リラは少しだけ私へ寄った。


     ◇


「でも」


 リラが今度はロイを見る。


「このひと」


「何」


「におい」


「変な匂い?」


 こく。


「今もする?」


「うん」


 隊長も反応した。


「ロイ。何か身につけてるな?」


「何の話だ」


「獣人の鼻をごまかす薬か、魔道具か。そういうものだ」


「知らない」


 今度は。


 少し違った。


 ロイの目がほんの一瞬、動いた。


「…………」


「今のは知ってる顔」


「何だそれ」


「私、自分が顔に出るって散々言われてるから」


「だから何だ」


「他人の顔も見るようになった」


「…………」


「隊長」


「ああ」


 隊長が机の上を確認する。


「持ち物は全部出したはずだ」


「リラ」


「うん」


「どこから匂いする?」


 リラがロイへ近づこうとした。


「待って」


 肩を押さえる。


「そこから分かる?」


「…………」


 こく。


 しばらくロイを見て、それから指を差した。


「そこ」


 首。


 隊長が立ち上がる。


「動くな」


 ロイの襟元を探る。


 服の内側から細い紐が出てきた。


「身体検査したんじゃなかったの」


「服の縫い目に隠してやがった」


 紐の先には、小さな黒い石が付いていた。


「何これ」


「知らん」


「隊長も?」


「見たことねぇな」


 机へ置く。


 その瞬間、リラの耳が動いた。


「におい」


「これ?」


「うん」


 さっきより反応がはっきりしている。


「これが、変な匂い?」


「うん」


 私も鼻を近づけてみる。


「…………」


 特別な臭いはしない。


 石。


 紐。


 人の手。


 それくらい。


「私には普通」


「やっぱり嬢ちゃんが感じてるのは、普通の嗅覚とは違うのかもな」


 隊長が黒い石を布で包んだ。


「ロイ」


「…………」


「これは何だ」


「言えない」


「知らないじゃなくて?」


「言えない」


 分かりやすい。


「誰からもらった」


「言えない」


「どこで」


「言えない」


「使い方は」


「…………」


「それもか」


 ロイは黙った。


「いい」


 隊長が石をしまう。


「お前が言わなくても調べる」


「好きにしろ」


 ここで初めて、ロイが少しだけ嫌そうな顔をした。


「…………」


 これ。


 大事なんだ。


 少なくとも。


 卵よりは。


     ◇


 さらに持ち物を調べていると、隊長が一枚の小さな紙を見つけた。


 他の記録よりずっと短い。


『対象への接触は避けること』


『損傷させるな』


『回収まで監視を継続』


「…………」


「回収する奴は別にいる」


 私が言う。


「そう読むのが自然だな」


 隊長も頷いた。


「ロイ」


「何だ」


「回収役って奴に会ったことある?」


「ない」


 返事が早い。


「本当に?」


「そこは隠すよう言われてない。そもそも知らない」


「じゃあ、来る時も知らされない?」


「…………」


 今度は黙る。


「そこから先は金の分?」


「好きに考えろ」


「やっぱり分かりやすい」


「うるさい」


 少し。


 この男の扱いが分かってきた。


 全部を聞き出せるわけじゃない。


 でも。


 何を喋らないかを見ることはできる。


     ◇


 取り調べは、その後もしばらく続いた。


 結局、依頼主の名前も顔も分からなかった。


 どこで依頼を受けたのか。


 どうやって報告していたのか。


 残りの報酬をどこで受け取るのか。


 そこはロイが頑として口を割らなかった。


 一方で、自分が実際に見たことについては意外とよく喋った。


 私たちが毎朝ほぼ同じ時間に銀鍋亭を出ること。


 リラが仕事場で親方のそばにいること。


 串焼き屋へよく寄ること。


 共同浴場へ通っていること。


 そして。


「嬢ちゃん、一人になったことは?」


 隊長が聞く。


「ほとんどない」


「ほとんど?」


「獣人が仕事で離れる時はある。でも、年寄りの職人が近くにいる」


「親方」


 呟く。


「そうだ」


「他は」


「宿の女将。教会の女。串屋の親父。周りに誰かいる」


「…………」


 ちゃんと。


 見てた。


 嫌になるくらい。


「それで」


 隊長がロイを見る。


「一人になる時間を探してた?」


 ロイは答えない。


「これは金の分?」


 私が聞く。


「…………」


 やっぱり答えない。


「分かりやすいな」


「黙れ」


     ◇


 詰所を出た頃には、昼を大きく回っていた。


「で」


 私は隊長を見る。


「結局、何も分からなかった」


「いや。結構分かったぞ」


「そう?」


「監視役は依頼主の正体を知らない。少なくともロイは、他の監視役とも接触していない可能性が高い」


「うん」


「仕事を細かく分けてる。誰か一人捕まっても、全部は辿れないようにな」


「嫌なやり方」


「それに、嬢ちゃんを傷つけるなという指示は本物らしい」


「それは少しまし?」


「攫われる前提なら、ましとは言えん」


「だよね」


 リラを見る。


 リラは私の手を握っていた。


「あと」


 隊長が続ける。


「あの黒い石。あれは調べる価値がある」


「何か分かったら教えて」


「当然だ」


「早めに」


「お前は俺の上司か」


「違う」


「なら普通に頼め」


「お願いします」


「素直だと気味悪ぃな」


「親方と同じこと言うな!」


     ◇


「ウバメ」


「何」


 リラ。


「しごと?」


「…………」


 そうだった。


 もう昼。


「今から行ったら親方怒るかな」


「怒る」


「だよね」


「でも」


「何」


「ゆるす」


「……多分ね」


     ◇


「遅ぇ!」


 仕事場に着くなり怒鳴られた。


「ほら!」


 リラが私を見る。


「おこった」


「分かってた」


「何時だと思ってんだ!」


「事情が」


「衛兵から聞いた!」


「じゃあ怒らなくてもいいでしょう!」


「連絡なしで来ねぇから怒ってんだ!」


「…………」


 それは。


 正しい。


「すいません」


「素直だと気持ち悪ぃな」


「今日二人目!」


 親方が鼻を鳴らす。


「で、何か分かったのか」


「少し」


 監視だけを請け負っていたらしいこと。


 依頼主については口を割らないこと。


 回収する役は別にいるらしいこと。


 黒い石を隠し持っていたこと。


 順番に話す。


「なるほどな」


「親方、黒い石みたいなの知らない?」


「知らん」


「即答」


「何でも石屋に聞きゃ分かると思うな」


「石でしょ」


「俺ぁ城壁の石屋だ。怪しい首飾りの専門家じゃねぇ」


「じゃあ誰なら分かる?」


「魔道具屋か、薬屋か。その辺じゃねぇのか」


「魔道具?」


「知らんけど」


「結局知らないじゃん」


「お前なぁ!」


 リラが口を挟む。


「いし」


「そう」


「ウバメ、なげる」


「何でも投げないよ」


「おおきいの、なげる」


「仕事の石はね」


 親方がため息を吐いた。


「お前ら元気そうで何よりだ」


     ◇


 午後。


 リラは今日も麻袋の前に座った。


 親方との約束通り、きれいに一枚直せたら飴が一個。


 どう考えても日当ではないが、本人は気に入っているらしい。


「できた」


「見せろ」


 親方が縫い目を確認する。


 指で引っ張り、裏返し、もう一度見る。


「どう?」


「お前に聞いてねぇ」


「気になる」


「昨日よりいい」


 リラが親方を見る。


「じょうでき?」


「上出来」


 耳が立つ。


 親方が懐から飴を一個出した。


「ほら」


「りらの?」


「そうだ」


「ずっと?」


「食わなきゃな」


「…………」


 また悩んでいる。


「食べ物は食べていいんだよ」


「うん」


 口へ入れる。


 少しして、リラが笑った。


 ほんの少し。


 それを見ていると、午前中に何度も目にした文字が浮かんでくる。


『回収』


『損傷不可』


 まるで荷物みたいな書き方だった。


 こいつが卵を喜ぶことも。


 飴をもらえば笑うことも。


 髪を梳かれるのを好きになったことも。


 何も知らないくせに。


「ウバメ」


「何」


「石止まってるぞ」


「あ」


 親方に言われて、ようやく気づく。


「仕事しろ」


「はい」


「さいごまで」


 今度はリラ。


「分かってる!」


     ◇


 夕方。


 同じ道を通り、いつもの串焼き屋へ寄る。


「今日は変なの来てねぇぞ」


 店主が先に言った。


「ありがと」


「嬢ちゃん」


「うん」


「卵じゃねぇけど」


 小さな焼き芋を差し出す。


「何それ」


「余った」


「本当?」


「本当だよ」


「怪しい」


「いらねぇなら返せ」


「いる」


 リラが受け取る。


「ありがと」


「おう」


 店主が笑った。


「ちゃんと言えるようになったな」


「うん」


「誰のおかげだ?」


 何故か私を見る。


「何でこっち見る」


「いや」


「その顔やめろ」


「何も言ってねぇよ」


 皆。


 同じ。


     ◇


 夜。


 銀鍋亭の部屋へ戻る。


 窓の糸はそのまま。


 粉にも跡はない。


 木櫛も、朝置いた場所から動いていない。


「今日は来てない」


「うん」


 リラが木櫛を持ってくる。


「かみ」


「はいはい」


 床へ座らせ、その後ろへ回る。


 銀色の髪に櫛を入れながら、少しだけ考える。


「リラ」


「うん」


「今日、“回収”って聞いたろ」


「うん」


「…………」


 何て説明する。


 荷物を取り戻す時にも使う言葉。


 人に使うには。


 嫌な言葉。


「お前を連れていこうとしてる奴がいる」


「うん」


「多分、今日捕まえた奴は、そのためにお前を見てた」


「うん」


「でも、何で連れていきたいのかは分からない」


「…………」


 リラは少し黙った。


「ウバメ」


「何」


「いく?」


「誰のところに」


「あのひと」


「行かない」


 思ったより早く答えが出た。


「嫌だろ?」


「うん」


「なら行かなくていい」


「…………」


「少なくとも、勝手に連れていかせない」


 リラが振り返る。


「ウバメ?」


「何」


「いっしょ?」


「…………」


 また。


 そこ。


「今は一緒」


「うん」


「ほら、前向け。髪梳けない」


「うん」


 また櫛を通す。


 依頼主は分からない。


 連絡方法も分からない。


 回収役が誰なのかも分からない。


 黒い石も、何なのか分からない。


 分からないことばかりだった。


 それでも。


 リラが嫌がるなら、連れていかせない。


 そこだけは、誰に何を聞かなくても決められる。


 今は。


 それで十分だった。

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