のんびり放浪記18
捕まえた男が連れていかれた後、私たちも衛兵詰所へ行くことになった。
本当は仕事場へ戻りたかった。
いや、半分くらいは本当だ。
「親方に何て言おう」
「まずそこかよ」
いつもの衛兵が呆れた顔をする。
「今日も途中で帰った」
「人攫いの仲間かもしれねぇ奴を捕まえたんだから仕方ないだろ」
「まだ仲間って決まったわけじゃない」
「じゃあ何だと思ってんだ」
「ものすごく怪しい奴」
「十分だよ」
横を歩くリラが私を見上げた。
「ウバメ」
「何」
「おやかた、おこる?」
「怒る」
「また?」
「多分」
少し考えてから、リラが続ける。
「でも、ゆるす?」
「……多分ね」
親方のことを随分分かってきたらしい。
◇
詰所の奥にある小さな部屋で、捕まえた男は椅子に座らされていた。
両手は後ろで縛られ、足にも縄が掛かっている。逃げようと思えば、私なら椅子ごと壊して立てるけど、この男には無理そうだった。
「名前は」
隊長が聞く。
男は少し黙ってから答えた。
「ロイ」
「姓は?」
「ない」
「出身」
「南の方」
「南のどこだ」
「色々だ」
隊長が小さくため息を吐く。
「もう少しまともに答えろ」
「嘘は言ってない」
男――ロイは、思っていたより若い。
二十代後半くらいだろうか。痩せてはいるが、屋根から屋根へ逃げ回っただけあって身のこなしは軽かった。
昨日仕事場に来た男とも、教会へ現れた旅商人とも違う。
やっぱり一人ではない。
「昨日、城壁の仕事場へ来た男を知ってるか」
隊長が特徴を伝える。
「知らない」
「教会で旅商人を名乗った男は」
「知らない」
「共同浴場や串焼き屋で聞き込みをした連中は」
「知らない」
「本当に?」
「ああ」
「全部知らないじゃん」
思わず口を挟む。
隊長がこちらを向いた。
「ウバメ、少し黙ってろ」
「だって」
「ウバメ」
「何」
リラが壁際を指した。
「おすわり」
「…………」
最近、それ気に入ってない?
「椅子ない」
「そこ」
ちゃんと一脚あった。
「……はい」
座る。
隊長が笑いを堪えている。
「続けるぞ」
「どうぞ」
◇
ロイから取り上げた物が机の上に並べられていた。
短いナイフ。細い針金。小瓶。煙を出すためらしい筒。それに財布と、何枚かの薄い紙。
隊長がその一枚を持ち上げる。
「これはお前の字か」
「半分はな」
「残りは?」
ロイは答えなかった。
「依頼書か」
「…………」
「空き家にあった記録と同じ紙だ。隠しても大して意味はないぞ」
「なら、好きに読めばいい」
さっきまでとは少し違う。
名前や出身を聞かれていた時には、不愛想ながら答えていた。
でも、ここからは明らかに口が重い。
「依頼主は誰だ」
「言えない」
「知らない、じゃないのか?」
「言えない」
隊長がロイをじっと見る。
「依頼主への義理か」
「そんなもんはない」
「なら何で黙る」
ロイはしばらく黙っていたが、やがて小さく肩をすくめた。
「そういう仕事だからだ」
「捕まった後まで律儀だな」
「今日出られなくても、いつかは出る」
「それで?」
「口の軽い奴に、次の仕事を回す奴はいない」
「…………」
なるほど。
ちょっとだけ納得した。
「じゃあ、何なら喋るの」
「ウバメ」
「聞くだけ」
ロイが私を見る。
「依頼人につながらないことならな」
「例えば?」
「お前らが毎朝どの道を通るとか」
「それはもう知られてる」
「ああ」
「リラが卵好きなのも?」
「知ってる」
「何でそこまで」
「毎朝食ってるからだ」
「…………」
リラ。
私を見る。
「たまご」
「今は食べ物の話じゃない」
「卵は喋るのに、依頼人は喋らないんだ」
ロイが眉を動かす。
「卵のことで金はもらってない」
「分かりやすいな」
隊長が呆れたように言った。
でも、これで少しだけロイという男が分かった。
依頼主を庇いたいわけではない。
金をもらった分だけ口を閉ざしている。
それ以上でも、それ以下でもない。
◇
「お前の仕事は監視だな」
隊長が紙を机へ置く。
そこには、私たちの行動した時間と場所が細かく書かれていた。
「銀鍋亭を出た時間。仕事場に着いた時間。共同浴場、串焼き屋、教会。これを書いたのはお前だな」
「そうだ」
そこは素直に認めた。
証拠が目の前にあるからだろう。
「銀髪のエルフを監視するよう頼まれた?」
「ああ」
「それだけか」
「最初はな」
「後から何が増えた」
ロイの視線が一瞬だけ私へ向く。
「護衛役」
「私?」
「でかい犬みたいな獣人」
「犬じゃねぇ」
「ウバメ」
「そこは言わせて」
隊長が額を押さえる。
「依頼書には何て書かれてた」
「それ以上は言えない」
「護衛役については喋っただろ」
「お前がいることはもう記録に残ってる。そこを隠しても意味がない」
「…………」
徹底してる。
面倒。
隊長が別の紙を取り出した。
「なら、こっちを確認するだけだ」
空き家で見つけたものらしい。
『銀髪、長耳、幼体』
その下。
『回収優先』
『損傷不可』
「これは依頼側から渡された紙だな」
ロイは答えない。
「回収って何だ」
「知らない」
「今度は言えないじゃなくて?」
「本当に知らない」
「お前が連れていくんじゃないのか」
「違う」
そこだけは即答した。
「俺は見るだけだ」
「じゃあ誰が連れていく」
「知らない」
「いつ来る」
「知らない」
「連絡は?」
「言えない」
少し違いが見えてきた。
知らないこと。
知っていても言わないこと。
ロイの中では、ちゃんと分かれている。
「隊長」
「何だ」
「こいつ、嘘つくの面倒だから『知らない』と『言えない』分けてる?」
「多分な」
「勝手に決めるな」
ロイが初めて少し苛立った。
「違う?」
「……大体合ってる」
「ほら」
「喜ぶな」
◇
隊長がロイの財布を開けた。
銀貨が六枚。
銅貨が少し。
「随分持ってるな」
「俺の金だ」
「今回の前金か?」
「…………」
答えない。
隊長が銀貨を一枚摘まむ。
「ただ人を見張るだけの仕事にしちゃ、懐が温かいな」
「元から持ってたかもしれないだろ」
「そうかもしれんな」
隊長はそれ以上追わなかった。
「高いの?」
小声で聞く。
「ああ。少なくとも普通の日雇いが気軽に持ち歩く額じゃねぇ」
「じゃあ、かなり良い仕事?」
「少なくとも、依頼した側は金を惜しんでない」
ロイは何も言わない。
それで十分だった。
黙ったままでも、分かることはある。
◇
「損傷不可」
隊長がもう一度、その文字を指した。
「この意味は」
「書いてある通りだろ」
「嬢ちゃんを傷つけるな?」
「ああ」
「理由は」
「知らない」
「商品だから?」
「知らない」
「身代金目的か」
「知らない」
「家族へ戻すため」
「知らない」
「何かの儀式」
「知らない」
隊長が眉間を揉んだ。
「お前、本当に肝心なところを知らねぇな」
「監視するだけの奴に、目的まで教える必要があるか?」
「…………」
それは。
そうかもしれない。
捕まえたら全部分かる。
どこかで、そう思っていた。
でも。
この男は入口ですらない。
もっと手前。
ただ、こちらを見ていた目の一つ。
その程度なのかもしれない。
「ウバメ」
「何」
リラが私を見る。
「こわいかお」
「……そう?」
「うん」
力を抜く。
「ごめん」
リラは少しだけ私へ寄った。
◇
「でも」
リラが今度はロイを見る。
「このひと」
「何」
「におい」
「変な匂い?」
こく。
「今もする?」
「うん」
隊長も反応した。
「ロイ。何か身につけてるな?」
「何の話だ」
「獣人の鼻をごまかす薬か、魔道具か。そういうものだ」
「知らない」
今度は。
少し違った。
ロイの目がほんの一瞬、動いた。
「…………」
「今のは知ってる顔」
「何だそれ」
「私、自分が顔に出るって散々言われてるから」
「だから何だ」
「他人の顔も見るようになった」
「…………」
「隊長」
「ああ」
隊長が机の上を確認する。
「持ち物は全部出したはずだ」
「リラ」
「うん」
「どこから匂いする?」
リラがロイへ近づこうとした。
「待って」
肩を押さえる。
「そこから分かる?」
「…………」
こく。
しばらくロイを見て、それから指を差した。
「そこ」
首。
隊長が立ち上がる。
「動くな」
ロイの襟元を探る。
服の内側から細い紐が出てきた。
「身体検査したんじゃなかったの」
「服の縫い目に隠してやがった」
紐の先には、小さな黒い石が付いていた。
「何これ」
「知らん」
「隊長も?」
「見たことねぇな」
机へ置く。
その瞬間、リラの耳が動いた。
「におい」
「これ?」
「うん」
さっきより反応がはっきりしている。
「これが、変な匂い?」
「うん」
私も鼻を近づけてみる。
「…………」
特別な臭いはしない。
石。
紐。
人の手。
それくらい。
「私には普通」
「やっぱり嬢ちゃんが感じてるのは、普通の嗅覚とは違うのかもな」
隊長が黒い石を布で包んだ。
「ロイ」
「…………」
「これは何だ」
「言えない」
「知らないじゃなくて?」
「言えない」
分かりやすい。
「誰からもらった」
「言えない」
「どこで」
「言えない」
「使い方は」
「…………」
「それもか」
ロイは黙った。
「いい」
隊長が石をしまう。
「お前が言わなくても調べる」
「好きにしろ」
ここで初めて、ロイが少しだけ嫌そうな顔をした。
「…………」
これ。
大事なんだ。
少なくとも。
卵よりは。
◇
さらに持ち物を調べていると、隊長が一枚の小さな紙を見つけた。
他の記録よりずっと短い。
『対象への接触は避けること』
『損傷させるな』
『回収まで監視を継続』
「…………」
「回収する奴は別にいる」
私が言う。
「そう読むのが自然だな」
隊長も頷いた。
「ロイ」
「何だ」
「回収役って奴に会ったことある?」
「ない」
返事が早い。
「本当に?」
「そこは隠すよう言われてない。そもそも知らない」
「じゃあ、来る時も知らされない?」
「…………」
今度は黙る。
「そこから先は金の分?」
「好きに考えろ」
「やっぱり分かりやすい」
「うるさい」
少し。
この男の扱いが分かってきた。
全部を聞き出せるわけじゃない。
でも。
何を喋らないかを見ることはできる。
◇
取り調べは、その後もしばらく続いた。
結局、依頼主の名前も顔も分からなかった。
どこで依頼を受けたのか。
どうやって報告していたのか。
残りの報酬をどこで受け取るのか。
そこはロイが頑として口を割らなかった。
一方で、自分が実際に見たことについては意外とよく喋った。
私たちが毎朝ほぼ同じ時間に銀鍋亭を出ること。
リラが仕事場で親方のそばにいること。
串焼き屋へよく寄ること。
共同浴場へ通っていること。
そして。
「嬢ちゃん、一人になったことは?」
隊長が聞く。
「ほとんどない」
「ほとんど?」
「獣人が仕事で離れる時はある。でも、年寄りの職人が近くにいる」
「親方」
呟く。
「そうだ」
「他は」
「宿の女将。教会の女。串屋の親父。周りに誰かいる」
「…………」
ちゃんと。
見てた。
嫌になるくらい。
「それで」
隊長がロイを見る。
「一人になる時間を探してた?」
ロイは答えない。
「これは金の分?」
私が聞く。
「…………」
やっぱり答えない。
「分かりやすいな」
「黙れ」
◇
詰所を出た頃には、昼を大きく回っていた。
「で」
私は隊長を見る。
「結局、何も分からなかった」
「いや。結構分かったぞ」
「そう?」
「監視役は依頼主の正体を知らない。少なくともロイは、他の監視役とも接触していない可能性が高い」
「うん」
「仕事を細かく分けてる。誰か一人捕まっても、全部は辿れないようにな」
「嫌なやり方」
「それに、嬢ちゃんを傷つけるなという指示は本物らしい」
「それは少しまし?」
「攫われる前提なら、ましとは言えん」
「だよね」
リラを見る。
リラは私の手を握っていた。
「あと」
隊長が続ける。
「あの黒い石。あれは調べる価値がある」
「何か分かったら教えて」
「当然だ」
「早めに」
「お前は俺の上司か」
「違う」
「なら普通に頼め」
「お願いします」
「素直だと気味悪ぃな」
「親方と同じこと言うな!」
◇
「ウバメ」
「何」
リラ。
「しごと?」
「…………」
そうだった。
もう昼。
「今から行ったら親方怒るかな」
「怒る」
「だよね」
「でも」
「何」
「ゆるす」
「……多分ね」
◇
「遅ぇ!」
仕事場に着くなり怒鳴られた。
「ほら!」
リラが私を見る。
「おこった」
「分かってた」
「何時だと思ってんだ!」
「事情が」
「衛兵から聞いた!」
「じゃあ怒らなくてもいいでしょう!」
「連絡なしで来ねぇから怒ってんだ!」
「…………」
それは。
正しい。
「すいません」
「素直だと気持ち悪ぃな」
「今日二人目!」
親方が鼻を鳴らす。
「で、何か分かったのか」
「少し」
監視だけを請け負っていたらしいこと。
依頼主については口を割らないこと。
回収する役は別にいるらしいこと。
黒い石を隠し持っていたこと。
順番に話す。
「なるほどな」
「親方、黒い石みたいなの知らない?」
「知らん」
「即答」
「何でも石屋に聞きゃ分かると思うな」
「石でしょ」
「俺ぁ城壁の石屋だ。怪しい首飾りの専門家じゃねぇ」
「じゃあ誰なら分かる?」
「魔道具屋か、薬屋か。その辺じゃねぇのか」
「魔道具?」
「知らんけど」
「結局知らないじゃん」
「お前なぁ!」
リラが口を挟む。
「いし」
「そう」
「ウバメ、なげる」
「何でも投げないよ」
「おおきいの、なげる」
「仕事の石はね」
親方がため息を吐いた。
「お前ら元気そうで何よりだ」
◇
午後。
リラは今日も麻袋の前に座った。
親方との約束通り、きれいに一枚直せたら飴が一個。
どう考えても日当ではないが、本人は気に入っているらしい。
「できた」
「見せろ」
親方が縫い目を確認する。
指で引っ張り、裏返し、もう一度見る。
「どう?」
「お前に聞いてねぇ」
「気になる」
「昨日よりいい」
リラが親方を見る。
「じょうでき?」
「上出来」
耳が立つ。
親方が懐から飴を一個出した。
「ほら」
「りらの?」
「そうだ」
「ずっと?」
「食わなきゃな」
「…………」
また悩んでいる。
「食べ物は食べていいんだよ」
「うん」
口へ入れる。
少しして、リラが笑った。
ほんの少し。
それを見ていると、午前中に何度も目にした文字が浮かんでくる。
『回収』
『損傷不可』
まるで荷物みたいな書き方だった。
こいつが卵を喜ぶことも。
飴をもらえば笑うことも。
髪を梳かれるのを好きになったことも。
何も知らないくせに。
「ウバメ」
「何」
「石止まってるぞ」
「あ」
親方に言われて、ようやく気づく。
「仕事しろ」
「はい」
「さいごまで」
今度はリラ。
「分かってる!」
◇
夕方。
同じ道を通り、いつもの串焼き屋へ寄る。
「今日は変なの来てねぇぞ」
店主が先に言った。
「ありがと」
「嬢ちゃん」
「うん」
「卵じゃねぇけど」
小さな焼き芋を差し出す。
「何それ」
「余った」
「本当?」
「本当だよ」
「怪しい」
「いらねぇなら返せ」
「いる」
リラが受け取る。
「ありがと」
「おう」
店主が笑った。
「ちゃんと言えるようになったな」
「うん」
「誰のおかげだ?」
何故か私を見る。
「何でこっち見る」
「いや」
「その顔やめろ」
「何も言ってねぇよ」
皆。
同じ。
◇
夜。
銀鍋亭の部屋へ戻る。
窓の糸はそのまま。
粉にも跡はない。
木櫛も、朝置いた場所から動いていない。
「今日は来てない」
「うん」
リラが木櫛を持ってくる。
「かみ」
「はいはい」
床へ座らせ、その後ろへ回る。
銀色の髪に櫛を入れながら、少しだけ考える。
「リラ」
「うん」
「今日、“回収”って聞いたろ」
「うん」
「…………」
何て説明する。
荷物を取り戻す時にも使う言葉。
人に使うには。
嫌な言葉。
「お前を連れていこうとしてる奴がいる」
「うん」
「多分、今日捕まえた奴は、そのためにお前を見てた」
「うん」
「でも、何で連れていきたいのかは分からない」
「…………」
リラは少し黙った。
「ウバメ」
「何」
「いく?」
「誰のところに」
「あのひと」
「行かない」
思ったより早く答えが出た。
「嫌だろ?」
「うん」
「なら行かなくていい」
「…………」
「少なくとも、勝手に連れていかせない」
リラが振り返る。
「ウバメ?」
「何」
「いっしょ?」
「…………」
また。
そこ。
「今は一緒」
「うん」
「ほら、前向け。髪梳けない」
「うん」
また櫛を通す。
依頼主は分からない。
連絡方法も分からない。
回収役が誰なのかも分からない。
黒い石も、何なのか分からない。
分からないことばかりだった。
それでも。
リラが嫌がるなら、連れていかせない。
そこだけは、誰に何を聞かなくても決められる。
今は。
それで十分だった。




