のんびり放浪記17
衛兵が仲間を呼びに行ってから、思っていたより時間は掛からなかった。
それでも。
「遅い」
「まだそんな経ってないよ」
女将が呆れた顔で言う。
「逃げる」
「逃げるかもしれないね」
「じゃあ」
「だからって、あんたが飛び込んでどうするんだい」
「捕まえる」
「一人で?」
「多分」
「多分で行くんじゃないよ」
正しい。
最近。
正しいことを言う奴が多い。
「ウバメ」
「何」
リラが窓の外を見ている。
「まだ、する」
「匂い?」
「うん」
「強い?」
「…………」
少し考える。
「さっきと、おなじ」
「そっか」
なら。
少なくとも、今すぐ遠くへ逃げた感じではない。
多分。
リラの言う匂いが、どれくらい残るものなのか分からないけど。
「ウバメ」
「何」
「いる?」
「多分ね」
「こわい?」
「…………」
聞くの。
好きになった?
「ちょっと」
「リラも」
「知ってる」
「…………」
「でも」
窓の向こう。
空き家。
見る。
「今日は衛兵も来る」
「うん」
「一人で追わないって約束したから」
「うん」
「ちゃんと守ってる」
「えらい?」
「…………」
「誰が?」
「ウバメ」
「…………」
自分で言うのもあれだけど。
「偉い」
「うん」
リラ。
満足。
何で。
◇
「待たせた!」
階段を上がってきたのは、いつもの衛兵と、もう二人。
一人は若い。
もう一人は、年上。
体格。
いい。
「三人?」
「文句あんのか」
「もう少しいてもよくない?」
「空き家一軒見るのに兵隊十人連れてくるか!」
「相手、何人いるか分かんない」
「だから三人だ!」
「私入れて四人」
「お前は数に入れてねぇ!」
「何で」
「嬢ちゃん見てろ!」
「…………」
それ。
そう。
リラ。
一人に出来ない。
「女将」
「駄目だよ」
「まだ何も言ってない」
「この子置いてく気だったろ」
「…………」
「顔に書いてある」
「みんな顔読めるの?」
「分かりやすいんだよ、あんたは」
最近。
本当に。
嫌になる。
「じゃあ」
衛兵。
見る。
「私も行く」
「何でそうなる」
「リラも」
「もっと駄目だ!」
「置いてけない」
「だからここで待てって言ってんだよ!」
「向こうに逃げ道あったら?」
「それはこっちで見る」
「裏」
「一人回す」
「屋根」
「……見る」
「地下」
「あるか知らん」
「ほら」
「何がほらだ!」
年上の衛兵が、少し笑った。
「いいんじゃないか」
「隊長」
「ただし、嬢ちゃん連れて中には入るな」
「じゃあ?」
「裏手まで一緒に来い。匂いが動いたかどうか分かるんだろ」
「リラがね」
「なら、外で待機」
「それなら」
悪くない。
「ただし」
隊長。
私を見る。
「勝手に中入るな」
「分かってる」
「本当に?」
「…………」
「何で黙る」
「努力する」
「お前か」
いつもの衛兵。
頭。
抱える。
◇
銀鍋亭を出る。
同じ通り。
向かいの空き家。
近くで見ると、思っていたより古い。
一階。
元店。
看板。
外されてる。
扉。
閉まってる。
窓。
埃。
「ここ?」
リラ。
小さい声。
「うん」
「におい」
「まだする?」
こく。
「どこ」
上。
二階。
「強くなった?」
「…………」
少し。
「ちょっと」
近づいたから。
なのか。
いるから。
なのか。
「隊長」
「聞こえた」
年上の衛兵が若い方へ目で合図する。
「裏」
「はい」
若い衛兵。
走る。
いつもの衛兵。
一階の扉。
見る。
「鍵掛かってんな」
「壊す?」
「お前に聞いてねぇ」
「私なら一発」
「だから聞いてねぇ!」
隊長。
扉。
確認。
「こじ開けた跡は古いな」
「入れる?」
「鍵持ってる奴呼べばな」
「遅い」
「ウバメ」
「何」
「まつ」
「…………」
「言うようになったね」
「うん」
「誰のせい」
「おやかた」
「親方強いな」
◇
裏へ回る。
細い路地。
木箱。
樽。
壁。
二階。
小さな窓。
「ここなら上がれるな」
隊長。
壁。
見る。
「ウバメなら余裕」
「そういう話じゃない」
「でも早い」
「勝手に登るなよ」
「分かってる」
「本当か?」
「…………」
「もういい」
裏へ回った若い衛兵が戻ってくる。
「裏口あります。鍵は掛かってます。窓一つ、少し開いてます」
「人影は?」
「見えません」
「匂いは」
隊長。
リラ。
見る。
「リラ」
「うん」
「向こう?」
こく。
「まだする」
「動いた?」
「…………」
首。
振る。
「同じ」
隊長。
少し考える。
「中にいる可能性はある」
「行く?」
「お前は待て」
「また」
「嬢ちゃん守れ」
それを言われると。
弱い。
「…………」
「分かった」
「素直だと怖ぇな」
「何で」
「いつものお前じゃねぇ」
「殴るよ」
「戻った」
◇
衛兵三人。
表。
裏。
分かれる。
私はリラと路地。
壁。
背中。
預ける。
「リラ」
「うん」
「私から離れるな」
「うん」
「何か匂い変わったら」
「いう」
「大きい声で」
「うん」
「あと」
「?」
「怖かったら言え」
「…………」
「我慢しなくていい」
リラ。
少し考える。
「いま、ちょっと」
「そっか」
手。
握る。
「私も」
「ちょっと?」
「ちょっと」
それでいい。
怖い。
でも。
動ける。
なら。
十分。
◇
しばらくして。
表。
音。
がちゃ。
扉。
開いた。
どうやら鍵師が来たらしい。
「入った」
リラ。
小声。
「うん」
「…………」
耳。
動く。
「何」
「…………」
鼻。
動く。
「におい」
「強くなった?」
「…………」
こく。
「どこ」
リラ。
二階。
窓。
見る。
「うえ」
「まだいる?」
「……いる」
その瞬間。
中。
音。
どん。
「!」
次。
窓。
開く。
黒い影。
二階。
「出た!」
考える前。
身体。
動く。
「ウバメ!」
リラ。
手。
離さない。
私は。
止まる。
「くそ!」
影。
屋根。
飛ぶ。
隣。
走る。
「隊長!」
「見えてる!」
表から。
衛兵。
声。
でも。
遅い。
「リラ」
「うん」
「ここ」
「?」
「壁沿い。動くな」
「ウバメ」
「すぐ戻る」
「…………」
リラ。
服。
掴む。
「…………」
駄目。
離れない。
「一緒に来る?」
こく。
「じゃあ走る」
「うん」
追う。
ただし。
屋根じゃない。
路地。
下。
相手。
上。
走る。
「右!」
隊長。
声。
「分かった!」
屋根。
瓦。
音。
追う。
「速い」
普通。
人間にしては。
速い。
「ウバメ!」
「何!」
「におい!」
「どこ!」
「みぎ!」
右。
曲がる。
路地。
先。
屋根から。
男。
飛び降りる。
「いた!」
灰色。
服。
違う。
昨日の男じゃない。
細い。
若い。
走る。
「止まれ!」
止まらない。
当然。
「リラ」
「うん」
「掴まって」
「?」
「首」
「うん」
抱える。
軽い。
走る。
速く。
男。
振り向く。
目。
合う。
「…………」
焦った。
顔。
「待て」
私。
距離。
縮む。
男。
懐。
手。
「また煙?」
先に。
横。
飛ぶ。
案の定。
小さい筒。
地面。
落ちる。
でも。
踏む。
割る。
煙。
出る前。
潰す。
「……っ!」
「同じ手は二回効かない」
男。
顔。
変わる。
次。
路地。
奥。
荷車。
その下。
滑り込む。
「面倒!」
荷車。
持つ。
「ウバメ!」
衛兵。
後ろ。
「待て!」
「邪魔!」
持ち上げる。
「え?」
男。
固まる。
荷車。
横。
どかす。
「……化け物」
「獣人」
「いや、そういう問題じゃ」
男。
後ろ。
壁。
「捕まえた」
ゆっくり。
近づく。
リラ。
腕。
抱えてる。
「ウバメ」
「何」
「おろす」
「あ」
忘れてた。
「ごめん」
下ろす。
「ここ」
「うん」
「動くな」
「うん」
男。
逃げ道。
ない。
「さて」
「…………」
「話」
「何も知らない」
「早い」
「本当に」
「まだ何も聞いてない」
「…………」
怪しい。
すごく。
「じゃあ」
近づく。
「誰」
「ただの――」
「旅商人?」
「…………」
「それ、前にも聞いた」
男。
口。
閉じる。
衛兵。
追いつく。
「動くな!」
「もう動けない」
私。
言う。
「お前が言うな!」
◇
男。
捕まる。
縄。
巻く。
衛兵。
持ち物。
確認。
「ナイフ」
「普通」
「針金」
「鍵開け?」
「多分」
「小瓶」
「何」
「薬」
「煙?」
「違う」
隊長。
匂い。
嗅ぐ。
「眠り薬かもしれん。後で調べる」
「…………」
リラ。
私。
見る。
「何」
「こわい」
「うん」
「でも」
「?」
男。
見る。
「つかまえた」
「うん」
やっと。
一人。
捕まえた。
「ウバメ」
「何」
「さいごまで?」
「…………」
また。
それ。
「まだ」
男。
見る。
「ここから」
◇
空き家。
二階。
中。
思ったより。
物。
少ない。
椅子。
机。
布。
水。
乾いたパン。
泊まり込める程度。
「これ」
衛兵。
紙。
拾う。
「何?」
「地図」
ソリダンテ。
簡単。
でも。
印。
いくつか。
銀鍋亭。
共同浴場。
串焼き屋。
教会。
仕事場。
「…………」
全部。
私たち。
行く場所。
「やっぱり」
「見られてたな」
「うん」
別の紙。
文字。
「読める?」
「読める」
隊長。
見る。
「……時間」
「何の」
「出発。帰宅。仕事。浴場」
「…………」
毎日。
記録。
されてる。
「気持ち悪い」
「同感だ」
「他」
紙。
数枚。
「子供」
隊長。
声。
低くなる。
「何」
「特徴」
読む。
「銀髪。長耳。幼体」
「…………」
同じ。
記録。
前。
見た。
「その下」
「…………」
隊長。
止まる。
「何」
「読むぞ」
「うん」
「接触後、対象に変化なし」
「対象?」
「多分、嬢ちゃん」
「その次」
「護衛役――」
隊長。
私。
見る。
「何」
「『犬型獣人、雌雄不明』」
「…………」
「ウバメ」
「何」
「いぬ」
「犬じゃねぇ!」
こんな時でも。
そこ。
腹立つ。
衛兵。
笑い。
堪えてる。
「笑うな!」
「すまん」
「全然すまなそうじゃない!」
「続き読むぞ」
「早く」
「『身体能力、高。正面接触は避ける』」
「賢い」
「褒めるな」
「他は?」
「……これ」
隊長。
眉。
寄る。
「『幼体、回収優先。損傷不可』」
「…………」
損傷。
不可。
「傷つけるなってこと?」
「そう読める」
「何で」
「知らん」
「商品なら?」
「普通は傷つけたくないだろうな」
「でも」
前の帳簿。
思い出す。
他の子。
値段。
リラ。
だけ。
違った。
『回収』
「…………」
「ウバメ」
リラ。
私。
見る。
「何」
「かいしゅう?」
「…………」
聞いてた。
「難しい言葉だから気にしなくていい」
「ウバメ」
「何」
「うそ?」
「…………」
最近。
鋭い。
「ちょっと」
「…………」
「今は説明難しい」
「うん」
それで。
納得。
してくれる。
今は。
「隊長」
「何だ」
「こいつ」
捕まえた男。
見る。
「知ってる?」
「何を」
「回収」
男。
黙る。
「知らない」
「また早い」
「知らないものは知らない」
「じゃあ誰に雇われた」
「…………」
「誰」
「…………」
口。
閉じる。
「殴っていい?」
「駄目だ」
「一発」
「駄目」
「軽く」
「駄目」
「使えない」
「お前な!」
◇
男。
連行。
される。
空き家。
衛兵。
封鎖。
「今日は宿戻れ」
「仕事」
「今日は休め!」
「親方怒る」
「事情話しゃ怒らん!」
「怒るけど許す」
「分かってんならいいだろ!」
リラ。
横。
「おやかた」
「今日は会わない」
「ふくろ」
「明日」
「…………」
「大丈夫」
「さいごまで」
「逃げない」
「うん」
帰る。
同じ道。
でも。
今日は。
少し違う。
「ウバメ」
「何」
「あのひと」
「うん」
「わるいひと?」
「…………」
難しい。
「多分」
「なんで?」
「それを今から聞く」
「うん」
「あと」
「?」
「お前のこと」
「りら?」
「そう」
狙ってる理由。
回収。
損傷不可。
誰か。
待ってる?
探してる?
戻したい?
売りたい?
分からない。
「…………」
「ウバメ」
「何」
「て」
「うん」
手。
繋ぐ。
「今日は」
少し。
強く。
「離れるなよ」
「うん」
もう。
見られてるだけじゃない。
相手。
一人。
捕まえた。
地図。
記録。
回収。
少しずつ。
こっちも。
見えてきた。
ただ。
見え始めると。
前より。
面倒なものが。
増えた気がした。




