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送り狼  作者: セルビス
16/23

のんびり放浪記16

窓枠の傷を見つけた翌朝。


「触るなよ」


「うん」


「絶対」


「うん」


「見るだけ」


「うん」


 リラが窓枠を覗き込んでいる。


 昨日見つけた小さな傷は、そのまま残してある。


 細い。


 浅い。


 何かを差し込んだようにも見えるし、ただ硬い物が擦れただけにも見える。


 でも、昨日の朝にはなかった。


 多分。


「…………」


「ウバメ」


「何」


「きず」


「あるね」


「だれ?」


「それを今から調べる」


「みつける?」


「そう」


「さいごまで?」


「何でもそこに繋げるな」


 でも。


 まぁ。


 今回は最後までやる。


     ◇


「で、何で俺が朝から呼ばれてんだ」


 銀鍋亭の二階。


 昨日から世話になっている衛兵が、窓枠を睨んでいた。


「仕事でしょ」


「俺にも他の仕事がある」


「私にもある」


「じゃあ親方んとこ行け!」


「これ終わったら」


「お前なぁ……」


 文句を言いながらも、衛兵は傷をしっかり確認している。


「こじ開けようとした跡には見えねぇな」


「じゃあ何」


「窓の掛け金が外から動くか試したとか」


「そんなこと出来る?」


「道具がありゃな」


「へぇ」


「ただ、これだけじゃ何とも言えん」


「使えない」


「帰るぞ」


「すいません」


 最近。


 この人の扱いも分かってきた。


「問題は」


 衛兵が窓の外を見る。


「誰がここまで来たかだ」


「屋根?」


「多分な」


 銀鍋亭の二階は、通り側より裏手の方が少し低い。


 隣の建物。


 物置。


 塀。


 足場に出来そうな場所はいくつかある。


「足跡は?」


「昨日の夜から雨降ってねぇし、瓦じゃ残りにくい」


「臭いも分からない」


「嬢ちゃんは?」


「昨日はここで変な匂いした」


 衛兵がリラを見る。


「今は?」


「…………」


 リラが鼻を動かす。


 少し考えてから首を振った。


「ない」


「消えたか」


「多分」


 昨日の「変な匂い」が、普通の臭いと同じように残るものなのかも分からない。


 分からないことが多すぎる。


「だから」


 私は窓枠を見る。


「次来たら分かるようにしたい」


「どうやって?」


「それ聞くために呼んだ」


「丸投げかよ」


「専門家」


「こういう専門家じゃねぇよ」


「じゃあ誰」


「…………」


 衛兵が考える。


「罠師」


「どこにいる?」


「知らん」


「使えない」


「お前、今日二回目だぞ」


     ◇


 結局。


 衛兵から出てきた案は、思ったより単純だった。


「糸?」


「ああ」


「これで?」


「窓の外側に目立たねぇよう張っとく。誰か触れば切れるか外れる」


「なるほど」


「あと窓枠に薄く粉」


「粉?」


「灰でも小麦粉でもいい。指で触れば跡が残る」


「へぇ」


「簡単な方法だが、何もしねぇよりましだ」


「ちょっと有能」


「ちょっと言うな」


 女将から少量の小麦粉を分けてもらい、窓枠の見えにくい部分へ薄く伸ばす。


 衛兵は細い糸を窓の外側へ張った。


「触るなよ」


「分かってる」


「嬢ちゃんも」


「うん」


「特にお前」


「何で私」


「お前が一番忘れそうだから」


「失礼」


 否定しようとして。


 やめる。


 多分。


 ちょっと忘れる。


「リラ」


「うん」


「私が触りそうになったら止めて」


「とめる」


「頼む」


「ウバメ」


「何」


「わすれる?」


「……多分」


 笑った。


「何で笑う」


「わすれる」


「嬉しそうに言うな」


     ◇


 仕事場へ行く。


 同じ道。


 同じ時間。


 昨日と同じ。


 ただし。


 今日はもう一つ。


 見るものが増えた。


 屋根。


 窓。


 二階。


「前見ろ」


「見てる」


「見てねぇ」


「見てるって」


「さっき柱ぶつかりそうだったぞ」


 親方。


 朝からうるさい。


「上見てた」


「何で」


「昨日、宿の二階まで来てたかもしれない」


「…………」


 親方の顔が変わる。


「詳しく話せ」


 話す。


 窓枠の傷。


 リラが同じ匂いを感じたこと。


 今日、窓へ目印を仕掛けてきたこと。


「なるほどな」


「何かいい案ある?」


「知らん」


「即答」


「俺ぁ石屋だ」


「親方でしょ」


「だから石と人足の面倒見るのが仕事だ」


 言いながら、親方は少し考える。


「ただ」


「何」


「壁直す時も似たようなことはする」


「何を?」


「ひびが広がってるか分からん時は、印つけとく」


「印?」


「端に線引いて、何日か見る。ずれりゃ動いてるって分かる」


「へぇ」


「見張ってなくても、変わったかどうかは分かる」


「…………」


 同じだ。


「親方」


「何だ」


「たまに頭いいですね」


「日当半分にするぞ」


「いつも頭いい」


「遅ぇ」


     ◇


 リラは今日も麻袋。


 最近。


 もう「何をさせるか」を考える必要がなくなった。


 自分で木箱へ行き、親方から針を受け取り、昨日の続きを始める。


「そこ」


「?」


「昨日より間広がってるぞ」


「ここ?」


「そう」


「なおす」


「おう」


 普通に仕事してる。


 賃金。


 出てないけど。


「親方」


「何だ」


「リラ、日当ないの?」


「何でだよ」


「働いてる」


「遊びだ」


「ふくろ、つかえる」


 リラ。


 聞いてた。


「…………」


 親方。


 止まる。


「ほら」


「お前ぇが余計なこと言うからだろ」


「事実」


「嬢ちゃん」


「うん」


「これは練習だ」


「れんしゅう?」


「そう」


「おかね?」


「出ねぇ」


「…………」


 耳。


 下がる。


「親方」


「やめろ! その顔で俺見るな!」


「私何もしてない」


「顔が言ってんだよ!」


「何て?」


「払えって!」


「じゃあ払えば?」


「何でだ!」


 古株の人足が笑いながら口を挟む。


「親方、一枚直すごとに飴一個とかでいいんじゃねぇです?」


「何で俺が」


「おやかた」


「…………」


 親方。


 弱い。


「一枚きれいに直せたらな」


「うん」


「雑なのは駄目だぞ」


「さいごまで」


「そうだ」


 成立した。


「良かったな」


「うん」


「ウバメ」


「何」


「おかね?」


「私は日当」


「ずるい」


「何で!?」


 また言葉が増えてる。


 変な方向に。


     ◇


 昼前。


 昨日の青い布の荷車は来なかった。


 その代わり。


「…………」


 知らない婆さん。


 城壁の向こう。


 籠。


 持ってる。


「親方」


「今度は何だ」


「あの婆さん」


「野菜売りだろ」


「前からいた?」


「たまに来る」


「…………」


 じゃあ違う。


 少し先。


 赤い帽子の男。


「親方」


「今度は何だ!」


「あれ」


「左官屋の若ぇの」


「知ってる?」


「三年前からな」


「…………」


 違う。


「ウバメ」


「何」


「しごと」


「してる」


「みてる」


「見ながらしてる」


 リラ。


 親方。


 見る。


「おやかた」


「何だ」


「ウバメ、しごと?」


「してねぇ」


「してる!」


 してる。


 多分。


     ◇


 昼。


 親方から飴を一個もらったリラが、両手で包むように眺めている。


「食べないの?」


「りらの?」


「そうだろ」


「ずっと?」


「食ったらなくなるよ」


「…………」


 難しい顔。


 確かに。


 自分の物。


 でも食べ物。


「食べても、お前がもらったことは変わらないよ」


「…………」


「また上手く出来たらもらえるし」


「ほんと?」


 親方を見る。


「一日一個までだ!」


「うん」


 包み。


 開ける。


 口。


 入れる。


 目。


 少し大きくなる。


「甘い?」


「うん」


 耳。


 立つ。


「良かったな」


「うん」


 親方。


 見てないふり。


 してる。


「親方」


「何だ」


「ありがとうございます」


「お前にやったんじゃねぇ」


「でも」


「いいから飯食え」


「照れてる」


「日当減らすぞ!」


 今日。


 何回目。


     ◇


 夕方。


「帰るぞ」


「うん」


「窓」


「いと」


「覚えてた?」


「うん」


「偉い」


「ウバメ、わすれる」


「そこまで覚えなくていい」


 同じ道。


 串焼き屋。


 三本。


 今日は変な客なし。


「またな、姉ちゃん」


「うん」


「嬢ちゃんも」


「また」


 共同浴場。


 今日は少し短め。


「昨日より長いねぇ」


 番台。


「昨日が短すぎた」


「それでも前より短い」


「成長」


「自分で言うのかい」


 宿。


 戻る。


 女将。


「おかえり」


「ただいま」


「ただいま」


「はい、おかえり」


 二階。


 上がる。


「リラ」


「うん」


「ここから触るなよ」


「うん」


 部屋。


 前。


 鍵。


 開ける。


 扉。


 中。


 普通。


「窓」


 見る。


「…………」


 糸。


「切れてない」


 そのまま。


「粉」


 近づく。


 跡。


 なし。


「…………」


 来てない。


「今日はなし?」


「多分」


 リラ。


 鼻。


 動く。


「におい、ない」


「じゃあ今日は大丈夫」


 何もない。


 それが。


 少し嬉しい。


「…………」


 いや。


 待て。


「リラ」


「?」


「窓触るなよ」


「うん」


 もう一度。


 見る。


 糸。


 粉。


 傷。


 全部。


 昨日のまま。


 でも。


 何か。


 違う。


「…………」


 部屋。


 見る。


 布団。


 荷物。


 櫛。


 服。


 全部ある。


「…………」


 何だ。


「ウバメ?」


「ちょっと待って」


 鼻。


 使う。


 木。


 布。


 女将の料理。


 風呂上がりのリラ。


 私。


「…………」


 変な臭い。


 ない。


 でも。


「…………」


 机。


 見る。


 そこ。


「リラ」


「うん」


「朝、櫛どこ置いてた?」


「そこ」


 指。


 机。


「どこ?」


「ここ」


 机の右。


 今。


 櫛。


 左。


「…………」


 私が動かした?


 朝。


 使った?


 いや。


 昨日の夜。


 髪。


 梳いた。


 その後。


「…………」


 どこに置いた。


「リラ」


「うん」


「朝、触った?」


「さわってない」


「女将?」


「きてない」


「…………」


 櫛。


 見る。


 木櫛。


 昨日。


 買った。


 リラの。


 手を伸ばす。


「ウバメ」


「何」


「さわる?」


「…………」


 止まる。


「触らない」


 そう。


 決めた。


 変わったもの。


 見つけたら。


 まず。


 触らない。


「女将呼んで」


「うん」


「いや」


 待つ。


「私も行く」


「?」


「一人にしない」


 部屋。


 出る。


 鍵。


 掛ける。


     ◇


「櫛?」


 女将。


「朝から部屋入った?」


「入ってないよ」


「掃除」


「あんたがしばらく入らなくていいって言ったんだろ」


「そうだった」


「何か動いてたのかい?」


「多分」


 女将。


 顔。


 変わる。


「窓は?」


「仕掛けそのまま」


「じゃあ扉?」


「鍵、掛かってた」


「…………」


 合鍵。


「女将」


「あるよ」


「誰が持ってる?」


「私だけだ」


「本当に?」


「客室の合鍵をそこらの奴に渡すわけないだろ」


 じゃあ。


 何。


「鍵を開けられた?」


「可能性はあるね」


 後ろ。


 声。


 衛兵。


「何でいるの」


「巡回!」


「ちょうどいい」


「嫌な予感しかしねぇ」


     ◇


 衛兵。


 部屋。


 調べる。


 櫛。


 位置。


 確認。


「これだけ?」


「今のところ」


「盗られた物は?」


「ない」


「荒らされた跡」


「ない」


「窓の仕掛け」


「そのまま」


「……扉から入った可能性か」


「鍵掛かってた」


「開けて、戻した」


「出来る?」


「出来る奴はいる」


「…………」


「盗賊とか?」


「盗賊。密偵。鍵師。色々だ」


「多いな」


「世の中そんなもんだ」


 衛兵。


 扉。


 鍵穴。


 見る。


「細かい傷はある」


「新しい?」


「分からん」


 また。


 分からない。


「ただ」


「何」


「もし本当に入ったなら」


 衛兵。


 櫛。


 見る。


「目的は盗みじゃねぇ」


「だよね」


「何かを探したか」


「うん」


「それとも」


「…………」


「わざと、動かしたか」


 ぞわ。


 背中。


「何のため」


「お前らが気づくか試す」


「…………」


 昨日。


 私が。


 思った。


 同じ。


「ウバメ」


 リラ。


 服。


 掴む。


「いる?」


「今は」


 鼻。


 使う。


 リラ。


 匂い。


「いない」


 でも。


 来た。


 窓じゃない。


 今度は。


 扉。


「…………」


 相手も。


 変えてきた。


 私たちが。


 窓を警戒した。


 次の日。


 扉。


「衛兵」


「何だ」


「これ」


「何」


「向こうも私たち見てる」


「前からだろ」


「違う」


 窓。


 見る。


「昨日、窓に気づいた」


「……ああ」


「今日、窓は触られてない」


「…………」


「代わりに扉から入った」


 衛兵。


 黙る。


「偶然かもしれん」


「うん」


「でも」


「私なら」


 相手。


 だったら。


「こっちが何を警戒してるか、見てる」


 衛兵の顔から。


 少し。


 色。


 消える。


「……そうだとしたら」


「何」


「思ったより近くにいるぞ」


「…………」


 近く。


 どこ。


 宿。


 見える。


 私たちが。


 窓に。


 何かした。


 分かる場所。


「…………」


 窓。


 見る。


 通りの向こう。


 建物。


 二階。


 屋根。


「衛兵」


「何だ」


「向かいの建物」


「どれ」


「あれ」


 通り。


 挟んだ。


 古い建物。


 店。


 閉まってる。


 二階。


 窓。


 一つ。


「何の建物?」


「……昔、雑貨屋だったはずだ」


「今は?」


「空き家」


「いつから」


「半年くらい」


「…………」


 ちょうど。


 見える。


 この部屋の。


 窓。


「リラ」


「うん」


「変な匂い」


 窓際。


 連れてく。


「向こうからする?」


 リラ。


 鼻。


 動く。


 じっと。


 向こう。


 見る。


「…………」


 長い。


「リラ?」


「…………」


 耳。


 下がる。


「する」


「…………」


「どこ」


 小さい。


 指。


 向こう。


 空き家。


 二階。


「そこ」


 衛兵。


 私。


 見る。


「行くなよ」


「何で」


「今から仲間呼ぶ」


「逃げる」


「だからってお前一人で行くな!」


「私一人じゃない」


 リラ。


 見る。


「だから余計行くな!」


「…………」


 正しい。


 くそ。


「じゃあ早く」


「待ってろ」


「どれくらい」


「すぐ呼ぶ」


「すぐって」


「ウバメ」


 リラ。


「何」


「まつ」


「…………」


「おやかた、いう」


「何を?」


「いたかったら、やすむ」


「…………」


 それ。


 今。


「待つのと休むの違わない?」


「…………」


「まぁいいか」


 衛兵。


 笑いそう。


「笑うな」


「笑ってねぇ」


「顔」


「誰かさんみたいになってきたな」


「誰」


「知らん」


 向かい。


 空き家。


 窓。


 暗い。


 誰も。


 見えない。


 でも。


 いる。


 少なくとも。


 いた。


「…………」


 やっと。


 一つ。


 見つけた。


 次は。


 こっちから。


 行く。

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