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送り狼  作者: セルビス
15/23

のんびり放浪記15

昨日我慢した分まで入る。


 そう宣言した私だったが。


「もう出るのかい?」


「……出る」


 番台のおばちゃんが目を丸くした。


「まだ入ってそんなに経ってないだろ」


「今日は早めに出るって決めたから」


「へぇ」


「何」


「いや。人って変わるもんだねぇと思って」


「何その言い方」


 身体は温まった。


 髪も洗った。


 リラの長い銀髪も、ちゃんと洗った。


 これ以上入っていたら、決意が鈍る。


「ウバメ」


「何」


「もう?」


 リラまで不満そうだった。


「もう」


「もうちょっと」


「駄目」


「…………」


「何その顔」


「ウバメなのに」


「どういう意味だよ」


 最近、こいつも遠慮がなくなってきた。


 悪いことではない。


 多分。


「ほら、出るぞ」


「うん」


 湯船から立ち上がったところで、番台から声が飛んできた。


「ああ、姉ちゃん」


「何?」


「そういや、昼間あんたのこと聞きに来た奴がいたよ」


 足が止まった。


「私?」


「正確には、あんたとその子」


 リラを見る。


「どんな奴?」


「男。三十か四十くらいかね。帽子被ってたから顔はよく覚えてないけど」


「知り合いって言ってた?」


「いや」


 おばちゃんは少し考えた。


「この辺で、でかい犬っぽい獣人と銀髪のエルフを見なかったかって」


「…………」


 犬。


 そこにはちょっと腹が立つ。


 でも今は、それより先に聞くことがある。


「それで?」


「知らないって言っといた」


「私、ここ何回来てると思ってんの」


「知らない奴には知らないって言うんだよ」


「…………」


 なるほど。


「ありがと」


「何かあったのかい?」


「ちょっと」


「ちょっとで済む顔じゃないね」


 顔。


 また。


「他に何か聞かれた?」


「ここによく来るか、とか。何時頃来るか、とか」


「…………」


 私たちを探しているだけなら、まだ分かる。


 でも。


 何時に風呂へ来るか。


 そこまで知りたがる理由は何だ。


「何て答えた?」


「だから知らないって」


「偉い」


「年寄り扱いしてんのかい」


「褒めた」


「ならいい」


 リラが私の服を軽く引いた。


「ウバメ」


「何」


「へんなひと?」


「多分」


「におい?」


「それは分かんない。もういないから」


 リラは少しだけ鼻を動かした。


「しない」


「そっか」


 なら、昨日仕事場へ来た男と同じかどうかは分からない。


 そもそも、同じ一味だったとしても、全員がリラの言う「変な匂い」を持っているとも限らない。


「姉ちゃん」


「何」


「面倒事なら、しばらく来ない方がいいんじゃないかい」


「それは困る」


「即答かい」


「風呂は必要」


「命より?」


「…………」


「悩むんじゃないよ」


 前にも同じことを言われた気がする。


     ◇


 その夜。


 銀鍋亭へ戻ると、女将にも同じ話をした。


「うちには来てないね」


「本当?」


「今のところはね」


「知らない奴に聞かれても何も言わないで」


「言われなくても」


 女将は呆れたように腕を組んだ。


「あたしゃ宿屋だよ。泊まってる客のことを、素性も分からない奴にぺらぺら喋るわけないだろ」


「頼もしい」


「今さら気づいたのかい」


「ちょっとだけ」


「ちょっとは余計だよ」


 その横で、リラが今日の夕飯を覗き込んでいる。


「たまご?」


「今日はないよ」


「…………」


 耳が下がる。


「そんな顔する?」


「明日の朝に出してあげるよ」


「ほんと?」


「本当」


 すぐ戻った。


「切り替え早いな」


「誰かさんに似たんじゃないかい」


「誰」


「さぁねぇ」


 女将。


 最近、こういう言い方が増えた。


     ◇


 翌朝。


 いつもの道を歩く。


 昨日、衛兵と決めた通りだった。


 銀鍋亭を出て、大通りへ。


 市場の端を通って、城壁沿いへ抜ける。


 仕事場へ向かう。


「リラ」


「うん」


「今日は練習するぞ」


「れんしゅう?」


「いつもと違うものを探す」


「ちがう?」


「そう」


 歩きながら指を差す。


「あのパン屋」


「ぱん」


「いつもいる」


「うん」


「あの荷車」


「うま」


「それも大体いる」


 角を曲がる。


「果物屋のおばちゃん」


「りんご」


「そう。あそこもいつも」


「うん」


「で、いつもいない奴がいたら教えて」


 リラは少し考える。


「へんなにおい?」


「それも。でも匂いだけじゃなくていい」


「…………」


「難しい?」


「ちょっと」


「じゃあ、まず見て覚えろ」


「うん」


 偉そうに教えながら。


 私も同じことをしている。


 今まで、町なんて臭いと道さえ覚えていれば十分だった。


 店主の顔。


 荷車の位置。


 毎朝開いている窓。


 同じ時間に掃除している婆さん。


 そういうものまで意識して見たことはなかった。


 けれど。


 いつも通り動くなら、いつも通りを知らないと意味がない。


「…………」


 面倒。


 すごく。


 面倒。


「ウバメ」


「何」


「めんど?」


「顔で分かった?」


「うん」


「そんな分かりやすい?」


「うん」


「…………」


 嫌だな。


     ◇


「おっ、ウバメの姉ちゃん」


 仕事場へ向かう途中。


 串焼き屋の前を通ると、店主から声を掛けられた。


「朝から何」


「ちょっといいか」


 声がいつもと違う。


「何?」


「昨日、変な奴来なかったか?」


 こっちから聞こうと思っていた。


「風呂屋には来た」


「やっぱりか」


「そっちも?」


「ああ」


 店主が声を落とす。


「昨日の昼過ぎだ」


「どんな奴?」


「痩せた男。旅人みてぇな格好だったな」


「風呂屋とは違う」


「向こうは?」


「帽子被った男」


「じゃあ別人か」


 また。


 増えた。


「何聞かれた?」


「姉ちゃんが毎日ここに来るかって」


「それだけ?」


「あと嬢ちゃん」


 店主がリラを見る。


「何食うのが好きか」


「…………」


 何。


 それ。


「答えた?」


「答えるわけねぇだろ」


「偉い」


「何で上からなんだよ」


「で、他は?」


「嬢ちゃんが一人になることあるか、とか」


 腹の中が、一気に冷えた。


「……何て?」


「だから何も答えてねぇ」


「もう一回」


「嬢ちゃんが一人になることはあるのか、だ」


 見つけたいだけじゃない。


 いつ。


 どこで。


 リラが。


 一人になるか。


「ウバメ」


「何」


「いたい」


「え?」


 見る。


 手。


 握っていた。


 強く。


「ごめん」


 緩める。


「大丈夫?」


「うん」


 店主の顔が険しくなる。


「姉ちゃん」


「何」


「やっぱり何かあったんだろ」


「ちょっとね」


「それ、ちょっとじゃねぇだろ」


「最近みんな同じこと言う」


「なら聞けよ」


 それもそう。


「その男、どっち行った?」


「市場の方」


「追った?」


「店あるのに追えるか」


「使えない」


「串返せ」


「まだ買ってない」


「余計腹立つな!」


 いつもの声。


 少し。


 落ち着く。


「また来たら?」


「顔覚えとく。できりゃ誰かに衛兵呼ばせる」


「頼む」


「おう」


「あと」


「何だ」


「リラの好きな物」


「言うなって?」


「うん」


「分かった」


 店主がリラを見る。


「秘密だな」


「ひみつ?」


「そうだ」


 リラ。


 少し考える。


「たまご」


「自分で言った!」


「おい!」


「リラ!」


「?」


 何でそんな顔。


「……まぁ、卵くらいなら」


「いいのかよ!」


「本人が言ったから」


 店主が吹き出した。


     ◇


 仕事場へ着くと、まず親方へ昨日からのことを話した。


「風呂屋と串屋か」


「うん」


「別々の男」


「多分」


「仕事場に来た奴入れりゃ、少なくとも三人か」


「教会の旅商人も別なら四人」


「多いな」


「面倒」


「そりゃ面倒だな」


 最近。


 誰も否定しなくなった。


「親方も聞かれたら何も答えないで」


「誰に言ってんだ」


「親方」


「分かってんなら言うな」


「念のため」


「それより」


 親方がリラを見る。


「嬢ちゃん」


「うん」


「今日も袋やるか」


「やる」


「じゃあ座れ」


「うん」


「ただし」


 親方が周りを見回した。


「今日は俺から離れるな」


「うん」


「厠行く時も言え」


「うん」


「知らねぇ奴が来ても勝手に話すな」


「うん」


「ウバメが来たって言われても、そのウバメが見えるまで動くな」


「…………」


 そこまで。


 考えてなかった。


 親方が私を見る。


「何だ」


「いや」


「お前ぇより俺の方が子ども三人分経験あんだよ」


「…………」


「敬え」


「それはちょっと」


「日当減らすぞ」


「親方大好き」


「気持ち悪ぃ!」


     ◇


 午前中。


 何も起きなかった。


 だから。


 見る。


 仕事しながら。


 人。


 荷車。


 道。


 いつも。


 同じ。


「犬のあんちゃん!」


「犬じゃねぇ!」


「ウバメ! 南の石!」


「最初からそう呼べ!」


 持つ。


 運ぶ。


 置く。


 戻る。


 その途中。


「…………」


 止まる。


「どうした」


 古株の人足。


「あの荷車」


「どれ」


「青い布掛かってるやつ」


「ああ」


「昨日もいた?」


「さぁ」


「一昨日」


「知らん」


「使えない」


「何で俺が怒られんだよ!」


 青い布。


 荷車。


 城壁の外。


 資材運びなら。


 普通。


 でも。


「親方」


「何だ」


「あの荷車、ここの?」


「違ぇな」


「前からいる?」


 親方が見る。


「……見ねぇ顔だな」


 荷車の横。


 男。


 一人。


 こっち。


 見てない。


 荷物。


 直してる。


「リラ」


 呼ぶ。


 木箱。


 顔。


 上げる。


「こっち来るな。そのままでいい」


「うん」


「何か変な匂いする?」


 リラ。


 鼻。


 動かす。


「…………」


 少し。


 待つ。


「しない」


「そっか」


 違う?


 ただの荷車?


「ウバメ」


「何」


「仕事しろ」


「今大事なところ」


「こっちも仕事で大事なんだよ!」


 親方。


 正しい。


 仕方なく。


 石。


 持つ。


 もう一度見た時。


 青い荷車は。


 まだいた。


     ◇


 昼。


「まだいる」


 パンを齧りながら見る。


 青い荷車。


「朝から?」


「うん」


 親方も見る。


「荷下ろし待ちじゃねぇのか」


「長くない?」


「知らん」


「見てきていい?」


「駄目」


「何で」


「何でじゃねぇ」


「ちょっと話聞くだけ」


「お前ぇの“話聞くだけ”は信用ならん」


「失礼」


「そのまま飯食え」


「…………」


 リラが私を見る。


「ウバメ」


「何」


「おすわり」


「誰に言ってんの?」


「おやかた」


「違ぇよ!」


 親方が笑う。


 腹立つ。


 でも。


 座る。


「…………」


 青い荷車。


 男。


 まだいる。


「…………」


 気になる。


 すごく。


 でも。


 変な匂いはしない。


 私の鼻にも、妙な臭いはない。


 考えすぎかもしれない。


 いや。


 こういう、いつもと違うものを探すって決めたんだ。


 なら、気になったことは覚えておけばいい。


 追わなくても。


     ◇


 午後。


 荷車は消えていた。


「いついなくなった?」


「知らねぇ」


「親方」


「俺は仕事してんだ!」


「私も」


「なら仕事しろ!」


 結局。


 何も分からない。


 でも。


 それでいい。


 多分。


 全部が敵なわけじゃない。


 毎回追っていたら、私の方が先に疲れる。


「…………」


 なるほど。


 警戒。


 面倒。


     ◇


 夕方。


「今日も何もなかったな」


 親方から日当を受け取る。


「変な荷車はいた」


「それを何もなかったって言うんだ」


「怪しかった」


「根拠は?」


「いつもいない」


「今日から見始めたんだろ」


「…………」


「な?」


「腹立つ」


「何でだ」


「正しいから」


 リラ。


 横。


「ウバメ」


「何」


「かえる」


「そうだね」


「ふろ?」


「今日は」


 一瞬。


 考える。


「行く」


「うん」


「同じ時間に」


 親方がこちらを見る。


「いいのか?」


「そこ変えたら意味ない」


「そうか」


「ただ」


 リラを見る。


「変な匂いしたら?」


「いう」


「すぐ?」


「いう」


「知らない奴来たら?」


「いかない」


「よし」


 親方が鼻で笑った。


「随分板についてきたな」


「何が」


「保護者」


「違う」


「まだ言うのか」


「違うものは違う」


「嬢ちゃん」


「うん」


「こいつ何だ?」


 親方が私を指す。


「ウバメ」


「そうじゃねぇ」


「親方!」


「おやかた?」


「俺じゃねぇ!」


 意味が分からない。


     ◇


 同じ道。


 同じ串焼き屋。


 同じ三本。


 同じ共同浴場。


 昨日と。


 同じ。


 だから。


 違うものを探す。


 帰り道。


 いつもの角を曲がる。


「…………」


 違う。


 足が止まった。


「ウバメ?」


「待って」


 通りを見る。


 何が違う。


 串焼き屋。


 閉まってる。


 違う。


 さっき寄った。


 パン屋。


 片付け中。


 いつも通り。


 荷車。


 少ない。


 時間が遅いから。


「…………」


 臭い。


 違う?


 鼻。


 使う。


 肉。


 煙。


 酒。


 排水。


 馬。


 人。


「リラ」


「うん」


「変な匂い」


 リラ。


 止まる。


 鼻。


 動く。


「…………」


 耳が少し下がる。


「する?」


「…………」


 こく。


「どこ」


 リラが指を差す。


 向こう。


 銀鍋亭。


 私たちの宿。


「…………」


 何で。


 そこ。


 手を取る。


「走るぞ」


「うん」


 銀鍋亭。


 近づく。


 入口。


 普通。


 灯りもついている。


「女将!」


 扉を開ける。


「何だい、騒々しい」


「誰か来た?」


「誰かって?」


「知らない奴」


「…………」


 女将の顔が変わる。


「昼間に一人」


「どんな」


「若い男だよ」


「何しに」


「部屋を取りたいって」


「泊まった?」


「いや」


 女将は首を振った。


「空きがないって言ったら帰った」


「他に何か?」


「…………」


「何」


「二階を随分気にしてた」


「…………」


 二階。


 私たちの部屋。


「リラ」


「うん」


「匂い、どこ?」


 リラが階段を見る。


「うえ」


「…………」


「女将」


「何だい」


「ここいて」


「姉ちゃん」


「リラも」


「待ちな」


「ウバメ」


 リラが私の服を掴む。


「…………」


 怖い顔。


「一緒に来る?」


 こく。


「私から離れるな」


「うん」


 階段を上がる。


 一段。


 二段。


 鼻を使う。


 私には分からない。


「リラ?」


「うえ」


 廊下。


 私たちの部屋。


 扉は閉まっている。


 鍵。


「…………」


 掛けた。


 朝。


 確かに。


 掛けた。


 鍵を出す。


 開ける。


 扉を押す。


「…………」


 部屋。


 いつも。


 同じ。


 布団。


 荷物。


 リラの服。


 木櫛。


 全部ある。


「何も……」


 ない?


「リラ」


「…………」


 動かない。


「何」


 リラが窓を指す。


「そこ?」


 こく。


 近づく。


 窓。


 閉まってる。


 鍵も掛かっている。


「…………」


 窓枠を見る。


 小さい。


 傷。


 昨日、あった?


「…………」


 分からない。


 窓を開ける。


 外。


 屋根。


 路地。


 誰もいない。


「ウバメ」


「何」


「ここ」


 リラは窓枠に触れず、そのすぐ近くを指した。


「におい」


「…………」


 同じ。


 ここまで。


 来た。


 部屋には入っていない。


 多分。


 でも。


 窓に触った。


 中を見た。


「…………」


 いつもの宿。


 いつもの道。


 いつもの部屋。


 変えなかった。


 だからこそ。


 昨日までなかったものに気づけた。


 窓枠の。


 小さな傷。


「…………」


 見られてる。


 じゃない。


 もう。


 試されてる。


 どこまで近づけるか。


 どこまで。


 私たちが気づくか。


「ウバメ」


「何」


「こわい?」


「…………」


 今度は。


 少し迷った。


「うん」


 嘘をつかなかった。


「ちょっと怖い」


 リラが私の手を握る。


「リラも」


「そっか」


「うん」


 握り返す。


「じゃあ」


「?」


「一緒に怖がっとくか」


「…………」


「でも」


 窓を見る。


 小さな傷。


 触らない。


 見るだけ。


「次は」


 リラが私を見る。


「こっちが見つける」


「みつける?」


「そう」


「さいごまで?」


「…………」


 そこ。


 繋がる?


「まぁ」


 少し笑う。


「今回は、そうかもね」

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