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送り狼  作者: セルビス
14/23

のんびり放浪記14

翌朝、目を覚まして最初にしたのは、扉を見ることだった。


 鍵は掛かっている。窓も閉じたまま。昨夜から変わった臭いもない。


 それを確認してから横を見ると、リラはまだ眠っていた。私の腕を両手で抱えたまま、布団の中で小さく丸まっている。


「…………」


 昨日の夜は、いつもより離れなかった。


 無理もない。


 仕事場に突然知らない男が現れて、煙を撒いて逃げた。本人も初めて「怖い」と口にした。


 それなのに。


「……重い」


 小さいくせに、腕を完全に枕にされると地味に辛い。


 そっと抜こうとする。


 ぎゅ。


「…………」


 力が強くなった。


「起きてる?」


「…………」


「リラ」


「…………」


「起きてるだろ」


「ねてる」


「喋った」


 目は閉じたまま。


「腕返して」


「…………」


「仕事行けない」


 そこでようやく目が開く。


「しごと?」


「そう」


「きょうも?」


「仕事は毎日あるんだよ」


 リラは少し考えてから、私の腕を離した。


「さいごまで」


「親方の教育、効きすぎだろ」


 身体を起こし、大きく伸びをする。


 ただ、今日も昨日までと同じように仕事場へ連れていくかと言われると、それは別の話だった。


 昨日、もう仕事場まで知られていることが分かった。


 同じ宿。


 同じ道。


 同じ仕事場。


 毎日ほとんど同じ動きをしていた。


 考えてみれば、追う側からすれば随分分かりやすい生活だ。


「…………」


「ウバメ?」


「何でもない」


 何でもない。


 ということにしておきたい。


     ◇


「宿を替えた方がいいねぇ」


 朝食を運んできた女将は、昨日の一件を聞くと真っ先にそう言った。


「やっぱり?」


「嫌だけどね」


「何が」


「あんたらがいなくなるのがさ」


「まだ町から出るとは言ってない」


「この宿からって意味だよ」


「ああ」


 女将がリラの前へ卵を置く。


「たまご」


「はいはい。今日は一個丸ごとだよ」


「うん」


 嬉しそう。


「……随分慣れたね」


 女将が笑う。


「誰が」


「その子が」


「ああ」


「最初に来た時なんか、あんたの後ろからほとんど出なかったじゃないか」


「そうだっけ」


「そうだよ」


 そう言われれば、今は女将から普通に卵を受け取る。


 串焼き屋にも慣れた。


 親方とも話す。


 古株の人足たちの名前まではまだ覚えていないが、道具の名前なら妙に覚えている。


 少しずつ、こいつの世界が広がっている。


「だから余計に腹が立つね」


「何が?」


「あんな連中のせいで、また隠れて暮らさなきゃならないことさ」


「…………」


 女将。


 たまに重いことを言う。


「隠れるの嫌い」


「だろうね」


「何で分かる」


「顔」


「またそれ」


「目立つ耳と尻尾つけて、町のど真ん中歩いてる奴が隠れるの好きなわけないだろ」


「これはつけてるんじゃない」


「知ってるよ」


 リラが私の耳を見る。


「ウバメ」


「何」


「みみ」


「あるよ」


「おおきい」


「急に悪口?」


「おおきい」


「知ってる」


 女将が笑う。


「そのくらい元気なら大丈夫そうだね」


「元気はある」


「でも今日は衛兵のところへ行きな。宿のことも相談してきな」


「仕事」


「その前に」


「親方怒る」


「昨日あんなことがあったんだ。怒らないよ」


「怒る」


「断言するなよ」


「怒るけど許す」


「分かってるじゃないか」


 それも腹立つ。


     ◇


 衛兵詰所では、昨日と同じ男が眠そうな顔で紙の束を睨んでいた。


「おはよう」


「……お前か」


「その反応何」


「昨日からお前関連の報告書ばっか書いてんだよ」


「仕事あるって良いことじゃん」


「他人事!」


「今日は相談」


「今度は何だ」


「宿」


 顔つきが変わる。


「ああ。それはこっちからも言おうと思ってた」


「替えた方がいい?」


「普通ならな」


「普通なら?」


「昨日の男が宿まで知ってるかは分からんが、前に廊下まで来てた奴と同じ一味の可能性は高い。居場所を替えるのが一番手っ取り早い」


「ふぅん」


「何だ、その反応」


「いや」


 昨日から、少し考えていたことがある。


「宿替えたら」


「ああ」


「相手、また探すよね」


「そりゃ探すだろうな」


「で、見つかったらまた替える?」


「場合によっては」


「それ」


「何だ」


「面倒じゃない?」


「お前は結局そこか!」


「いや、真面目に」


 机の前へ寄る。


「相手はもう、私たちがここに泊まって、毎日仕事場へ行ってることを知ってる」


「そうだな」


「なら急に消えたら、向こうも警戒する」


「…………」


「でも、今まで通り動いてたら」


「向こうがまた姿を見せるかもしれない」


「そう」


 衛兵が眉を寄せる。


「お前」


「何」


「待ち伏せる気か」


「そこまで言ってない」


「顔が言ってる」


「また顔」


「分かりやすいんだよ」


 でも、考えていることは大体合っている。


「私、一度ちゃんと臭いを覚えれば追える」


「昨日は薬で鼻を潰されたろ」


「次は分かってる」


「そういう問題じゃねぇ」


「リラもあの匂いが分かる」


「嬢ちゃんを囮にする気なら殴るぞ」


「しないよ」


 そこだけは即答した。


「リラを危ない目に遭わせる気はない」


「…………」


「でも」


 一度、言葉を選ぶ。


「逃げ続けるのも嫌」


 衛兵はしばらく黙った。


「……まぁ、言ってることは分かる」


「でしょ」


「嬉しそうにすんな。危険なのは変わらん」


「うん」


「宿をそのまま使うなら、こっちもやり方を変える」


「見張り?」


「巡回の時間をずらす。私服の奴も混ぜる」


「へぇ」


「相手にこっちが警戒してるって悟らせないようにな」


「ちょっと有能」


「ちょっとって言うな」


 衛兵が机から紙を一枚取った。


「それと昨日の筒」


「煙の?」


「ああ。中身は刺激の強い薬草と油、それに粉を何種類か混ぜたもんらしい」


「毒?」


「少なくとも殺すための毒じゃない。目と鼻を潰して逃げるための物だな」


「慣れてるね」


「多分な」


「あと?」


「筒そのものも市販品じゃない。手作りだが、かなり丁寧に作られてる」


「ふぅん」


「感想薄いな」


「だって筒でしょ」


「こういう細けぇもんから足が付くこともあるんだよ」


「へぇ」


 正直、本人を捕まえて聞いた方が早い。


「今、殴って聞けばいいって思っただろ」


「何で分かる」


「だから顔!」


 怖い。


 そんなに出る?


「もう一つ」


 衛兵の声が少し低くなる。


「教会へ来た旅商人を覚えてるな」


「リラ探して逃げた奴?」


「ああ。昨日の男とは外見が違う」


「別人?」


「少なくともマリエラの話じゃな」


 つまり、一人ではない。


「仲間がいる?」


「その可能性が高い」


「面倒」


「今度は俺もそう思う」


「リラ」


「うん」


「これは言っていいやつ」


「めんど」


「そう」


「教えんな」


     ◇


 話し合った結果、すぐに宿を替えるのはやめた。


 銀鍋亭への巡回は増やす。ただし、今までと同じ時間に衛兵が何人も歩いていては、こちらが警戒していることが丸分かりになる。


 衛兵たちも、少しやり方を変えるらしい。


 私の方も。


 宿。


 道。


 仕事場。


 表向きは変えない。


 ただし、今までみたいに何も考えず歩くのはやめる。


「で」


 衛兵が言う。


「今日、嬢ちゃんを仕事場に連れてくのか?」


「連れてく」


「即答か」


「昨日の今日だからこそ」


「どういう意味だ」


「向こうからしたら、昨日失敗した」


「ああ」


「今日すぐ同じ場所に来ると思う?」


「普通なら来ねぇな」


「でしょ」


「普通なら、だぞ」


「分かってる」


 仕事場には人がいる。


 親方もいる。


 衛兵にも場所を伝えてある。


 銀鍋亭で離れて待たせるより、今はそっちの方がいい気がした。


「リラ」


「うん」


「今日も仕事」


「ふくろ」


「そう」


「さいごまで」


「そう。ただし」


「?」


「変な匂いがしたら、すぐ言え」


「うん」


「知らない奴についてくな」


「うん」


「私か親方から離れるな」


「うん」


「危ないと思ったら」


「おおごえ」


「よし」


 衛兵が横からこちらを見る。


「何」


「いや」


「何」


「結構ちゃんとしてきたなと思って」


「失礼」


「褒めたんだよ!」


     ◇


「遅ぇ!」


 仕事場へ着くなり、親方が怒鳴った。


「ほら!」


 私はリラを見る。


「おこった」


「だから言ったろ」


「お前ぇら何の話してんだ!」


 事情を説明する。


 宿を替えないこと。


 通る道も、基本は変えないこと。


 その代わり、こちらも相手を注意して見ること。


「……なるほどな」


「反対?」


「いや」


 親方がキセルを咥える。


「逃げ回るよりは、お前ぇらしい」


「でしょ」


「ただし」


 キセルの先が私へ向く。


「嬢ちゃんが危なくなったら、全部捨てて逃げろ」


「仕事も?」


「仕事もだ」


「親方が?」


「当たり前だ」


「昨日まで最後までって」


「命より大事な仕事があるか」


「…………」


 それ。


 大事。


「リラ」


「うん」


「今の覚えとけ」


「にげる?」


「危なかったらね」


「さいごまで?」


 親方が少し笑った。


「逃げ切るところまでが仕事だ」


「…………」


「なるほど」


「お前が納得すんのかよ」


     ◇


 午前中は何も起こらなかった。


 リラはいつもの木箱で麻袋を縫い、親方が時々手元を直す。


 私は石を運ぶ。


 ただ、昨日までとは違う。


 人が通るたびに見る。


 荷車が止まれば見る。


 知らない臭いがすれば鼻を使う。


 それでも仕事は進む。


「ウバメ!」


「何!」


「そっちの石!」


「はいよ」


 持つ。


 運ぶ。


 置く。


「犬のあんちゃん、次こっち!」


「犬じゃねぇ!」


「呼び方そこまで気にする余裕あるなら大丈夫だな!」


「ウバメって呼べ!」


「ウバメ、こっち!」


「最初からそう呼べ!」


 普通。


 いつもの。


 その中に、少しだけ警戒が混ざっている。


 今は、それくらいでいい。


     ◇


 昼。


 パン。


 干し肉。


 リラは芋。


 親方は相変わらず固そうな肉。


「リラ」


「うん」


「今日、何か変なのあった?」


「…………」


 少し考える。


「ない」


「そっか」


「ウバメは?」


「ない」


「じゃあいいじゃねぇか」


 親方が言う。


「そうなんだけど」


「何だ」


「何もないと、逆に気になる」


「面倒くせぇ奴だな」


「自分でも思う」


「めんど」


「リラは言わなくていい」


「めんど」


「気に入ったの?」


 耳が少し上がる。


 楽しんでる。


「親方」


「何だ」


「変なこと教えるのやめて」


「俺じゃねぇ」


「じゃあ誰」


 二人とも私を見る。


「…………」


「私か」


「そうだな」


 腹立つ。


     ◇


 午後。


 南側。


 石を一つ運ぶ。


 何となく気が散っていたらしい。


「ウバメ」


「何」


 人足が呼ぶ。


「その石、置き場そっちじゃねぇぞ」


「え?」


 見る。


 確かに違う。


「誰か言ってよ」


「今言っただろ!」


「もっと早く!」


「お前が勝手に持ってったんだよ!」


 遠くで親方が笑っている。


「親方!」


「聞こえねぇ!」


「絶対聞こえてる!」


 石を持ち直す。


「ったく」


 正しい場所へ運ぶ。


 でも。


 少しだけ安心した。


 昨日なら、同じ間違いをしても自分で気づかなかったかもしれない。


 今日は誰かが見ていて、ちゃんと突っ込んでくれる。


 いつもの現場が戻ってきている。


     ◇


 夕方。


「今日は何もなかったな」


 親方から日当を受け取る。


「そうですね」


「だからって気ぃ抜くなよ」


「分かってる」


「本当か?」


「何で皆それ聞くの」


「お前だから」


「失礼」


「ウバメ」


「何」


「ほんと?」


「リラまで!」


 周りから笑い声が上がる。


 帰る。


 同じ道。


 同じ串焼き屋。


「おっ、ウバメの姉ちゃん!」


「三本」


「今日は最初からか」


「学習した」


「そりゃ偉い」


「何で上から」


 リラも隣で串を受け取る。


「熱いぞ」


「うん」


 店主が少し声を落とした。


「昨日の話、聞いたぞ」


「早いね」


「この辺は狭ぇからな」


「変な奴いた?」


「今日は見てねぇ」


「そう」


「また来たら知らせる」


「ありがと」


「姉ちゃん」


「何」


「無茶すんなよ」


「…………」


 最近、それもよく言われる。


「努力する」


「その返事、不安だな」


「何で皆同じこと言うの」


     ◇


 銀鍋亭へ戻る。


「おかえり」


 女将。


「ただいま」


「りらも」


「ただいま」


「はい、おかえり」


 いつもの宿。


 いつもの道。


 いつもの仕事場。


 いつもの串焼き屋。


 変えない。


 だからこそ、何かが変われば気づける。


 匂い。


 臭い。


 人の顔。


 店の様子。


 いつもいる奴がいない。


 いつもいない奴がいる。


 そういう小さな違いを拾っていく方が、逃げ回るより私には合っている。


「ウバメ」


「何」


「ふろ」


「…………」


 そうだった。


「行く」


「うん」


「今日は絶対行く」


「うん」


「昨日我慢した分まで入る」


「にかい?」


「時間を長くする」


「ながく」


「そう」


 女将が呆れた顔をする。


「警戒してるんじゃなかったのかい」


「してる」


「その割に風呂は行くんだね」


「それとこれとは別」


「狙うなら風呂帰りじゃないかい」


「…………」


 それは。


 そう。


「リラ」


「うん」


「今日は早めに出る」


「…………」


「何その顔」


「びっくり」


「また!?」


 最近。


 守るために諦めることが増えてない?


 面倒だ。


 やっぱり。


 面倒。


 でも。


 何もかも捨てて逃げ回るよりは。


 こっちの方が、まだいい。

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