↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
送り狼  作者: セルビス
13/23

のんびり放浪記13

翌朝。


「今日は寄り道しない」


「うん」


「買い物もしない」


「うん」


「風呂も仕事の後」


「…………」


「何でそこで黙る」


「ふろ」


「行くよ。後で」


「うん」


 銀鍋亭を出て、リラと並んで仕事場へ向かう。


 昨日買った服は、結局あの薄い緑色を着ていた。


 よく似合っている。


 ……というか、茶色にしなくて良かったかもしれない。


「ウバメ」


「何」


「みてる」


「見てない」


「みてた」


「前向いて歩け」


「うん」


 最近、妙にこっちをよく見ている。


 私の顔を見て、耳を見て、手を見て。


 何が面白いのか分からない。


「おい」


「?」


「手」


「うん」


 差し出す。


 繋ぐ。


 市場を通らない道でも、人通りはそれなりにある。


 前なら必要なかった。


 今は、勝手に離れられる方が面倒だ。


「離れるなよ」


「うん」


 握った手が少し動く。


 握り返してきた。


「…………」


 別に。


 何でもない。


     ◇


「今日は早ぇじゃねぇか」


 仕事場へ入るなり、親方が言った。


「毎日それ言う気ですか」


「まともに来た日は褒めてやってんだ」


「それ褒めてない」


「じゃあ明日から言わねぇ」


「それはそれで腹立つ」


「面倒くせぇな、お前」


「ウバメ」


「何」


「めんど」


「お前まで言うな」


 親方が笑う。


「嬢ちゃん、袋あるぞ」


「やる」


「まだ始業前だ」


「やる」


「……まぁいいか」


 すっかり居場所ができている。


 木箱。


 麻袋。


 針。


 親方。


 気づけば、そこにリラがいる光景が普通になっていた。


「おやかた」


「何だ」


「きょう、まっすぐ」


「おう。昨日よりまっすぐにしろ」


「うん」


「あと指刺すな」


「うん」


「痛かったら言え」


「うん」


 親方。


 本当に子どもの扱い上手いな。


「ウバメ」


「何だよ」


「見てないで働け」


「まだ始業前でしょうが!」


     ◇


 午前。


 石を運ぶ。


 割れた部分を外す。


 新しい石を積む。


 いつもの仕事だった。


 昨日までより、少しだけ集中できる。


 リラが親方のところにいるのにも慣れた。


 危ない場所へ行かないことも分かっている。


 だから。


「ウバメ!」


「はいよ」


「そっち押さえてくれ!」


「ここ?」


「そう!」


 石を押さえる。


 楔を打つ。


 音が響く。


 城壁の向こうから、風が抜ける。


 普通。


 平和。


 そのはずだった。


「ウバメ!」


「今度は何!」


 振り向く。


 知らない男が立っていた。


 仕事場の入口。


 灰色の上着。


 革靴。


 腰に武器は見えない。


 年は四十前後。


 人間。


「カガリビ・ウバメさん?」


「誰」


「教会からです」


「教会?」


「はい」


 男が頭を下げる。


「マリエラ様から伝言を預かっています」


「……何」


「保護されているエルフの少女について、分かったことがあるそうです」


 手。


 止まる。


「今すぐ来てほしいと」


「…………」


 親方も聞いていたらしい。


 少し離れたところから、こちらを見る。


「何かあったのか」


「教会からだって」


「ふぅん」


 男。


 笑う。


「急いだ方がよろしいかと」


「何が分かった?」


「私は詳しくは」


「誰から聞いた?」


「マリエラ様です」


「直接?」


「はい」


「いつ」


「今朝です」


「…………」


 何か。


 引っかかる。


「マリエラが、私の名前言った?」


「え?」


「何て頼まれた」


「ですから、カガリビ・ウバメさんを――」


「違う」


 男を見る。


「私の名前」


「…………」


 昨日まで。


 教会では。


 確かに呼ばれている。


 衛兵も知っている。


 だから、それだけならおかしくない。


 でも。


「親方」


「何だ」


「教会から使い来たことあります?」


「ねぇな」


「ですよね」


 男の笑顔が少し硬くなる。


「急ぎですので」


「なら衛兵が来る」


「今日は手が足りないそうです」


「マリエラ本人が?」


「はい」


「……そう」


 リラ。


 どこ。


 見る。


 木箱。


 いる。


 こっちを見ている。


「リラ」


「うん」


「そこで待ってろ」


「うん」


 男を見る。


「ちょっと待って」


「何か?」


「確認する」


「…………」


「親方」


「おう」


「誰か一人、教会行かせてもらっていいです?」


「いいぞ」


 男。


 表情。


 変わる。


 ほんの少し。


「そこまでしなくても」


「急ぎなら、確認してから行った方が早い」


「…………」


「何か困る?」


「いえ」


 声。


 少し。


 低くなった。


「ただ」


 男が一歩。


 下がる。


「時間がない」


「何の?」


「…………」


 リラ。


 鼻。


 動く。


 その瞬間。


「ウバメ」


「何」


「におい」


 男。


 止まる。


「同じ?」


「うん」


 空気。


 変わった。


「親方」


「ああ」


 キセル。


 消す。


 古株の人足たちも、何かを察した。


「おい、あんた」


 親方。


「どこの教会だ」


「…………」


 男。


 笑った。


 今度は。


 さっきまでと違う。


「本当に」


 静かな声。


「厄介な鼻ですね」


 次。


 男の手。


 懐。


「――伏せろ!」


 考える前に動いた。


 リラ。


 抱える。


 横。


 転がる。


 次の瞬間。


 ぱん、と。


 軽い音。


 白い煙。


 一気に広がる。


「何だこれ!」


「目が!」


「離れろ!」


 咳。


 人足。


 叫び。


 臭い。


 強い。


 甘い。


 薬草。


 油。


 鼻。


 刺す。


「リラ!」


「いる!」


「私から離れるな!」


「うん!」


 抱える。


 立つ。


 男。


 見えない。


 煙。


 鼻。


 使う。


 駄目。


 全部。


 臭い。


 混ざる。


「くそっ!」


 走る音。


 右。


 追う。


 いや。


 リラ。


 いる。


「…………」


 止まる。


 追えない。


 煙が薄れる。


 入口。


 誰もいない。


「逃げたか!」


 親方。


 咳。


 しながら。


「多分」


「追うか?」


「…………」


 行ける。


 今なら。


 多分。


 追いつく。


 でも。


 腕。


 リラ。


 しがみついてる。


 耳。


 下がってる。


「……行かない」


 親方。


 見る。


「そうか」


「衛兵呼んで」


「おう!」


 人足。


 一人。


 走る。


 私はリラを下ろす。


「大丈夫?」


「うん」


「目痛い?」


「ちょっと」


「見せろ」


 涙。


 でも。


 怪我。


 なし。


「吸った?」


「くさい」


「それは臭いで合ってる」


「?」


「何でもない」


 頭。


 撫でる。


「親方」


「何だ」


「みんな大丈夫?」


「目ぇやられただけだ。大怪我はいねぇ」


「良かった」


 煙。


 まだ。


 残る。


「リラ」


「うん」


「さっきの匂い」


「うん」


「あいつ?」


「うん」


「前から見てた奴?」


「たぶん」


「…………」


 やっと。


 一つ。


 繋がった。


     ◇


 衛兵が来たのは、それから少ししてだった。


「またお前か」


「今日は私悪くない」


「分かってるよ!」


「ならその言い方やめろ」


「癖になってんだよ!」


「知らん」


 男の特徴。


 服。


 背格好。


 喋り方。


 全部伝える。


「煙は?」


「これ」


 地面。


 小さい筒。


「触るな」


「触ってない」


 衛兵が布で拾う。


「目潰しか」


「多分」


「睡眠薬じゃなくて助かったな」


「そんなのもある?」


「ある」


「嫌だな」


「相手も正面からお前とやり合う気はないんだろ」


「賢い」


「褒めるな」


「だって賢いじゃん」


 衛兵。


 ため息。


「教会にも確認した」


「何て?」


「使いなんか出してねぇ」


「やっぱり」


「マリエラも知らん」


「うん」


「名前も、仕事場も、嬢ちゃんがここにいることも把握されてる」


「…………」


「つまり」


 衛兵。


 真面目。


「かなり前から見られてる」


「そうだね」


「他人事みたいに言うな」


「考えても仕方ない」


「ある程度は考えろ」


「考えてる」


「本当か?」


「多分」


「不安になる返事やめろ」


 横。


 親方。


「で」


「何」


「今日は仕事どうする」


「する」


「帰れ」


「何で」


「何でじゃねぇ」


「仕事残る」


「今日はいい」


「でも」


「嬢ちゃん連れて宿戻れ」


「…………」


「今度は現場まで来たんだぞ」


 分かってる。


「お前ぇ一人なら、好きに追いかけりゃいい」


「うん」


「今は違う」


「…………」


 嫌。


 正論。


 最近。


 多い。


「日当」


「出す」


「本当?」


「半日分」


「全部」


「調子乗んな」


「じゃあ働く」


「分かった、全部出す!」


「毎度」


「腹立つ!」


     ◇


 帰り。


 リラ。


 手。


 繋いでる。


 いつもより。


 強い。


「痛くない?」


「うん」


「本当?」


「うん」


 歩く。


 人通り。


 多い道。


「ウバメ」


「何」


「あのひと」


「うん」


「こわい」


「…………」


 初めて。


 言った。


「そう」


「うん」


「私も嫌い」


「こわい?」


「私は」


 怖い。


 か。


「…………」


「ちょっと」


「ちょっと?」


「ちょっと」


 嘘。


 多分。


 怖いんじゃない。


 分からない。


 そっち。


 力。


 見えない。


 目的。


 分からない。


 正面から来ない。


 殴れば終わる相手の方が。


 ずっと。


 楽。


「ウバメ」


「何」


「て」


「手?」


「うん」


「繋いでるだろ」


「もっと」


「…………」


 握る。


 少しだけ。


「これでいい?」


「うん」


「痛かったら言えよ」


「うん」


 歩く。


     ◇


 銀鍋亭。


 部屋。


「今日は外出るなよ」


「ふろ」


「…………」


「ふろ」


「…………」


 風呂。


 行きたい。


 ものすごく。


「ウバメ」


「何」


「いく?」


「…………」


 衛兵。


『今日は出るな』


 親方。


『嬢ちゃん連れて宿戻れ』


 不審者。


 現場。


 煙。


「…………」


「今日は」


 言う。


「我慢する」


「…………」


 リラ。


 目。


 大きい。


「何その顔」


「ふろ」


「行かない」


「ウバメが?」


「そう」


「ほんと?」


「本当」


「…………」


「何でそんな驚くんだよ」


「びっくり」


「私だってびっくりだよ!」


 自分でも。


 信じられない。


 風呂を諦めた。


 私が。


「…………」


 でも。


 今日は。


 仕方ない。


 部屋。


 閉める。


 鍵。


 掛ける。


 窓。


 確認。


「リラ」


「うん」


「櫛」


「うん」


 出す。


「髪やるぞ」


「うん」


 昨日と同じ。


 座らせる。


 銀髪。


 梳く。


「…………」


「ウバメ」


「何」


「ふろ、あした?」


「明日は絶対行く」


「うん」


「何があっても」


「うん」


「……多分」


「?」


「いや」


 櫛。


 通す。


 今日は。


 外。


 出ない。


 追わない。


 風呂も。


 諦めた。


「…………」


 面倒。


 本当に。


 面倒。


 でも。


 もし。


 あの男が。


 リラを連れていったら。


「…………」


 嫌だ。


 はっきり。


 そう思った。


 それが。


 今日。


 一番。


 嫌だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。