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送り狼  作者: セルビス
12/23

のんびり放浪記12

翌朝。


 目を覚ますと、リラが布団の上に座って私を見ていた。


「…………」


「…………」


「何」


「おきた」


「今ね。っていうか、何で見てたの」


「おきるかなって」


「見てなくても起きるよ」


「うん」


 そう言いながらも、リラは動かない。


 昨日までは、朝になれば「今日はどうする」「教会へ戻すのか」という話が必ずついて回った。それが今日はない。


 安全な場所が決まるまで。


 そう決めた。


 期限はない。


 それだけで、妙に朝の感じが違う。


「起きるぞ」


「うん」


「今日は仕事」


「おやかた」


「そう。親方」


「ふくろ」


「それも好きだな、お前」


「さいごまで」


「はいはい」


 布団から起き上がり、伸びをする。


 そこで、部屋の隅に置かれたリラの服が目に入った。


 教会から借りた物と、最初に古着屋で買った一着。


「…………」


 足りないな。


「リラ」


「うん」


「仕事行く前に買い物するぞ」


「かいもの?」


「お前の物」


「りらの?」


「そう」


 リラがぱちぱちと瞬きをする。


「服。一着じゃ足りないだろ」


「ある」


「あるけど少ないの。洗ったら何着るんだよ」


 リラは少し考え、それから私を見る。


「ウバメの」


「着れるか」


 私の服なんて着せたら、裾を引きずるどころか中に丸ごと隠れる。


「だから買う」


「りらの?」


「そうだって」


「ずっと?」


「…………?」


「りらの?」


 同じことをもう一度聞いた。


「うん。買ったらお前の」


「…………」


 リラの耳が少し立つ。


「うれしい」


「服が?」


「りらの」


「…………」


 なるほど。


 服そのものじゃない。


 自分の物が増えることが嬉しいらしい。


 昨日までなら、そこまで考えなかったかもしれない。


「じゃあ飯食ったら行くぞ」


「うん」


「先に仕事場寄って、遅れるって言わないとな」


「おやかた、おこる?」


「怒る」


「ウバメ、また?」


「またって言うな」


     ◇


「遅ぇ!」


 やっぱり怒った。


「まだ遅れてないでしょう!」


「これから遅れるって言いに来た奴が威張るな!」


 朝の城壁工事現場。


 親方はキセルを咥えたまま、こちらを睨んでいる。


「買い物行ってから来ます」


「何の」


「リラの」


「…………」


 親方の目がリラへ向いた。


 リラは昨日の麻袋が置かれている辺りを見ている。


「服とか」


「昨日決めた途端それか」


「何が」


「いや」


「その顔やめて」


「何も言ってねぇだろ」


「絶対何か思ってる」


「勝手に思っとけ」


 親方は煙を吐き、手を振った。


「昼までには来い」


「そんなかからない」


「お前ぇのことだから分からん」


「買い物ですよ?」


「風呂屋見つけたら?」


「…………」


「ほらな」


「朝から入らない!」


「一瞬考えただろ!」


「行ってきます!」


「逃げんな!」


 市場へ向かう。


 横を歩くリラが、小さく私を見上げた。


「ウバメ」


「何」


「ふろ?」


「行かない」


「いかない?」


「今日はね」


「…………」


「何で残念そうなんだよ」


     ◇


 古着屋の老婆は、私たちを見るなり笑った。


「また来たのかい」


「また来ました」


「今度は何だい」


「服」


「この子の?」


「そう」


「二着くらい?」


「そのくらい」


「下着は」


「…………」


「寝間着」


「…………」


「靴下」


「…………」


「替えの靴」


「…………」


「手拭い」


「…………」


「櫛」


「…………」


 ちょっと待って。


「子どもって」


「何だい?」


「金かかるな」


「今さら気づいたのかい」


 知らなかった。


 というか、知る機会がなかった。


「服だけじゃ駄目?」


「じゃあ洗濯してる間、何着せるんだい」


「私の」


 言いかけて、朝のリラとの会話を思い出す。


「……無理だな」


「だろ?」


「くそ」


「何で悪態つくんだい」


「予定外の出費」


「子どもなんて予定通りに金がかかるもんじゃないよ」


「私の子じゃない」


「はいはい」


「本当に違うから」


「分かった分かった」


 絶対分かってない。


 老婆は棚から何着か服を引っ張り出した。


「この辺なら丈夫だよ」


「これ」


「茶色だね」


「丈夫そう」


「こっちは」


「それも」


「また茶色」


「汚れ目立たないし」


「女の子なんだから、もうちょっと可愛いのにしたらどうだい」


「動ければ何でもいいでしょ」


「本人に聞きな」


 老婆がリラを見る。


「嬢ちゃん。どれがいい?」


「…………」


 リラは並べられた服を見た。


 茶色。


 焦げ茶。


 また茶色。


 私としては、どれも悪くない。


 けれど、リラの視線はそのまま横へずれた。


 棚の端に、薄い緑色の服が掛かっている。


「あれかい?」


 老婆が取る。


 リラは少し迷ってから、こくりと頷いた。


 私は値札を見る。


「これ、茶色より高い?」


「銅貨一枚だけね」


「…………」


 丈夫で安い茶色。


 少し高い緑。


 私は財布を見て、それからリラを見た。


 リラは何も言わない。ただ、緑の服を見ている。


「…………」


「どうする?」


「それで」


「毎度」


 老婆が笑う。


「何」


「何も」


「その顔、何か言いたそう」


「何も言ってないよ」


 絶対何か言いたい顔だった。


 リラへ服を渡す。


「ほら」


「りらの?」


「そう」


「ずっと?」


「買ったんだから、ずっとお前の」


「とらない?」


「誰が取るんだよ」


「…………」


「取らないよ」


 そう言うと、リラは服を胸に抱えた。


 その仕草を見て、少しだけ胸の奥が引っかかる。


 自分の物だと言われることが、そんなに珍しいのか。


 聞こうかと思った。


 でも、やめた。


 今じゃない。


「次」


「?」


「靴」


     ◇


 服を二着。


 下着。


 寝間着。


 靴下。


 靴。


 手拭い。


 そこまで揃えたところで、老婆がさらに一本の木櫛を出した。


「これもいるねぇ」


「いる?」


「その髪で櫛なしは無理だよ」


 リラの銀髪は長い。


 風呂では私が洗っているし、乾いた後も手で絡まりを解いていた。確かに、毎回あれをやるのは面倒だ。


「いくら」


「銅貨二枚」


「高い」


「良い木だよ」


「一枚」


「二枚」


「一枚」


「二枚」


「一枚と、次ここで何か買う」


「何を?」


「何か」


「そんな約束あるかい」


「じゃあ一枚」


「二枚」


「戻った」


「最初から二枚だよ」


 負けた。


 銅貨を渡す。


「リラ」


「うん」


「ほら」


 木櫛を差し出す。


「?」


「櫛」


「くし」


「お前の」


「りらの?」


「そう」


 受け取ったリラは、櫛を裏返して眺め、また表へ戻した。


「そんな珍しい?」


「りらの」


「うん」


 胸の前で大切そうに抱える。


「無くすなよ」


「うん」


「風呂に忘れるな」


「うん」


「仕事場にも置いてくるなよ」


「うん」


「本当に」


「ウバメ」


「何」


「ありがと」


「…………」


 ちゃんと言った。


 昨日までより、また一つ。


 言葉が増えた。


「……どういたしまして」


「?」


「そういう時は、それでいい」


「どういたしまして」


「いや、お前は言わなくていい」


「?」


「まぁいいか」


     ◇


 買い物を終えると、当然ながら荷物は増えた。


 重さ自体は大したことがない。石材に比べれば、全部まとめても軽い。


 でも。


 自分一人で旅をしていた頃なら、持つ必要のなかった荷物だ。


「ウバメ」


「何」


「もつ」


「いいよ」


「もつ」


「じゃあ、自分のだけ」


 小さな袋に軽い物をまとめて渡す。


 リラは両手で大事そうに抱えた。


「重い?」


「だいじょうぶ」


「落とすなよ」


「うん」


 市場を抜けて仕事場へ向かう。


 朝の通りは、人も荷車も多い。


 魚。


 肉。


 革。


 汗。


 馬。


 香辛料。


 排水。


 いくつもの臭いが入り混じる。


 鼻の利く私にとって、町というのはいつだって騒がしい。


 そんな中。


「…………」


 ふと。


 誰かに見られたような気がした。


 足を止める。


「ウバメ?」


「ちょっと待って」


 鼻を使う。


 けれど、分からない。


 人が多すぎる。


「リラ」


「うん」


「何か感じる?」


 リラも立ち止まった。


 少しだけ鼻を動かし、周囲を見回す。


「…………」


「どう?」


「いる」


 小さな声。


「どこ」


 リラが通りの向こうを指した。


 人混み。


 荷車。


 露店。


 それらしい黒い外套の男は見当たらない。


「見える?」


 首を振る。


「匂い?」


「うん」


「前のと同じ?」


「うん」


「…………」


 追うか。


 一瞬、そう思った。


 足も前へ出かける。


 けれど、すぐ横にリラがいる。


 昨日、衛兵にも言われた。


 一人で追うな。


 何より、もし相手の狙いがこいつなら、私が離れる方がまずい。


「…………ちっ」


「?」


「行くぞ」


「おわない?」


「追わない」


「なんで?」


「お前がいるから」


「…………」


「ここで置いてくわけにもいかないだろ」


「うん」


「だから今日はやめ」


「めんど?」


「それもある」


「めんど」


「楽しそうに覚えるなよ」


 リラの手を取る。


 背中が気になった。


 追えば、何か分かるかもしれない。


 それでも今日は追わない。


 そう決めた。


 ……一回だけ振り返ったけど。


 そこにはもう、誰もこちらを見ている奴はいなかった。


     ◇


「遅ぇ!」


 仕事場に戻るなり、親方の怒鳴り声が飛んだ。


「昼前には来たでしょう!」


「十分遅ぇ!」


「許可もらった!」


「許可したから怒らねぇとは言ってねぇ!」


「理不尽!」


「で」


 親方がリラを見る。


 それから、私の持つ荷物を見る。


「随分買ったな」


「必要だったんですよ」


「へぇ」


「何、その顔」


「何も言ってねぇ」


「今日それ三人目」


「知らん」


 近くにいた古株の人足も寄ってくる。


「嬢ちゃん、服買ってもらったのか?」


 リラは袋から少し見えている緑色の布を見て、それから私を指した。


「ウバメ」


「あん?」


「かった」


「へぇー」


 今度は人足が私を見る。


「何」


「いやぁ」


「何」


「すっかり保護者だなぁと思って」


「違う」


「即答かよ」


「必要だから買っただけ」


「服も?」


「必要」


「靴も?」


「必要」


「櫛も?」


「何で知ってんの」


 人足がリラを指す。


 見ると、木櫛を手に持ったままだった。


「リラ」


「うん」


「それ仕事中に持つな。無くすぞ」


「りらの」


「分かってるよ。だから大事ならしまっとけって」


「うん」


 大事そうに袋へ入れる。


 それを見ていると、親方が鼻で笑った。


「何です?」


「別に」


「親方までその顔やめて」


「どの顔だよ」


「何か言いたそうな顔」


「お前ぇ、今日は顔に文句つけてばっかだな」


 腹立つ。


     ◇


 午後。


 リラは、また麻袋の前へ座っていた。


「今日はここからだ」


「うん」


「昨日より真っ直ぐ縫ってみろ」


「まっすぐ」


「そう」


 親方から針を受け取り、慎重に布へ刺す。


 抜く。


 糸を引く。


 また刺す。


 手つきはまだ遅いが、最初の日よりかなりましになっている。


「お」


 親方が覗き込む。


「いいじゃねぇか」


「?」


「前より上手くなってる」


「へた?」


「まだ下手」


「親方」


「何だよ。嘘ついてどうすんだ」


 リラの耳が少し下がる。


「でもな」


 親方が縫い目を指でなぞった。


「昨日よりずっといい。ちゃんと使える」


「…………」


 耳が戻る。


「さいごまで」


「おう。最後までやってみろ」


「うん」


 また針を動かす。


 私は少し離れたところで石を運んでいた。


 ちらりと見る。


 針。


 糸。


 麻袋。


 その横に親方。


 昨日までと同じ光景。


 なのに。


 何となく違って見える。


「ウバメ!」


「何!」


「見てねぇで働け!」


「働いてる!」


「石止まってんぞ!」


 見る。


 止まってる。


「今動く!」


「最初から動かせ!」


 くそ。


     ◇


 昼過ぎ。


「できた」


 リラが麻袋を持って親方のところへ行った。


 親方は受け取ると、縫い目を引っ張り、裏返し、もう一度引っ張った。


「お」


「?」


「昨日より真っ直ぐだ」


「うん」


「これなら十分使えるな」


「じょうでき?」


「上出来」


「…………」


「何だ」


「うれしい」


「…………」


 親方が止まった。


「何です?」


「うるせぇ」


「まだ何も言ってない」


「顔が言ってる」


「それ私が今日ずっと言ってたやつ!」


「知らん」


 リラは親方を見上げた。


「おやかた」


「何だ」


「できた」


「ああ」


「さいごまで」


「おう」


 親方は少しだけ笑った。


「よくやった」


「うん」


 リラも笑う。


 ほんの少し。


 それから親方が、今度は私を見る。


「何です」


「お前ぇも」


「何」


「ちゃんと最後までやれよ」


「仕事?」


「それも」


「またそれ?」


「分からんなら、自分で考えろ」


「…………」


 昨日と同じ。


 いや。


 昨日より。


 少しだけ意味が分かる気がする。


「親方」


「何だ」


「面倒なこと言いますね」


「お前ぇにゃそれくらいでちょうどいい」


「めんど」


 リラ。


「お前は覚えなくていい!」


     ◇


 夕方。


 銀鍋亭へ戻り、買った物を部屋に並べる。


 そこで初めて、思ったよりたくさん買っていたことに気づいた。


 私の荷物は少ない。


 着替え。


 手拭い。


 旅道具。


 それくらい。


 必要な物だけ持って、いらなくなったら捨てる。


 ずっとそうしてきた。


 その隣に、小さな服が二着。


 寝間着。


 靴。


 靴下。


 手拭い。


 小さな袋。


 木櫛。


 明らかに、昨日までとは違う。


 一人分だった部屋に。


 いつの間にか。


 二人分の物がある。


「…………」


「ウバメ」


「何」


 リラが木櫛を差し出している。


「くし」


「うん」


「かみ」


「自分でやるんじゃなかったの?」


「うしろ、できない」


「…………」


「ウバメ」


「はいはい」


 床へ座らせ、その後ろに回る。


 長い銀髪へ、買ったばかりの木櫛を通す。


 最初に風呂へ連れていった時は、血と汚れで酷い状態だった。それが今は、随分きれいになった。


「痛い?」


「だいじょうぶ」


「引っかかったら言えよ」


「うん」


 ゆっくり梳く。


 毛先。


 真ん中。


 上。


 力を入れすぎないように。


「ウバメ」


「何」


「きれい?」


「髪?」


「うん」


「綺麗だよ」


「…………」


 耳がぴんと立つ。


「うれしい」


「そう」


 また櫛を通す。


 面倒だ。


 今だって、それは変わらない。


 金はかかる。


 荷物も増えた。


 仕事へ行く前に買い物も必要になった。


 変な奴には狙われているし、飯だって二人分考えなきゃならない。


 今まで一人なら考えなくてよかったことが、毎日少しずつ増えている。


 そのくせ。


「…………」


 リラの髪をもう一度梳く。


 前ほど嫌じゃない。


 むしろ。


 こいつの物が私の隣に並んでいるのを見ても、もう違和感がない。


 それが。


 一番。


 面倒だった。

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