のんびり放浪記11
朝。
ほとんど眠れなかった。
別に怖かったわけじゃない。
廊下に誰かいたくらいで、私が眠れなくなるはずがない。
ただ。
少し物音がすると目が覚めた。
外で馬車が通れば目が覚めた。
隣でリラが寝返りを打っても目が覚めた。
そのたびに鼻を使って、扉を見て、窓を見て。
結局、何もなかった。
「…………」
朝日が眩しい。
「ウバメ」
「何」
「ねむい?」
「眠くない」
「…………」
「何」
「ねむそう」
「眠くない」
リラがじっと見る。
「寝ろ」
「あさ」
「知ってる」
腹立つ。
◇
銀鍋亭の食堂へ降りると、女将が私を見るなり眉を上げた。
「ひどい顔だねぇ」
「朝から失礼」
「寝てないのかい?」
「寝た」
「何時間?」
「知らない」
「それを寝てないって言うんだよ」
朝食が置かれる。
パン。
スープ。
卵。
「たまご」
リラ。
反応早い。
「分けるから待て」
「うん」
卵を半分に割る。
「……ん?」
女将が私たちを見る。
「何」
「今日で三日だったね」
「…………」
そう。
今日。
リラを預かると言われてから、三日目。
本来なら。
今日で終わり。
「教会行くんだろ?」
「うん」
「そうかい」
女将がリラを見る。
「寂しくなるねぇ」
「…………」
リラ。
卵。
止まる。
「余計なこと言うなよ」
「何だい。事実だろ」
「まだ決まってない」
「おや」
「…………」
言ってから気づいた。
「いや」
「決まってないんだねぇ」
「そういう意味じゃない」
「じゃあどういう意味だい」
「……色々」
「便利な言葉だねぇ」
くそ。
「食べるぞ」
「うん」
リラはまた卵を食べ始めた。
でも。
耳は。
少し下がったままだった。
◇
教会へ向かう途中。
リラはいつもより近い。
服を掴んではいない。
手も繋いでいない。
でも。
半歩。
いつもより近い。
「リラ」
「うん」
「昨日の夜のこと、マリエラに話すから」
「うん」
「変な匂いのことも」
「うん」
「ちゃんと言える?」
「いえる」
「偉い」
「うん」
歩く。
少しして。
「ウバメ」
「何」
「きょうかい」
「うん」
「リラ、いる?」
「…………」
来た。
「今日から?」
「うん」
どう答える。
本当なら。
そうだった。
三日だけ。
今夜だけ。
そう言って。
いつの間にか三日になった。
それが今日で終わる。
「……分からない」
「わからない?」
「昨日、宿に誰か来ただろ」
「うん」
「教会にも前に怪しい奴来た」
「うん」
「だから、どこが安全か相談する」
「…………」
「それだけ」
「ウバメは?」
「何が」
「いる?」
「…………」
何で。
そこを聞く。
「私は」
言葉。
止まる。
「仕事あるから」
「…………」
耳。
下がる。
違う。
そうじゃない。
「いや」
何が違う。
自分でも分からん。
「とにかく、マリエラに聞いてから」
「うん」
その後。
リラは何も言わなかった。
◇
教会。
「昨夜、宿に?」
マリエラの顔が変わる。
「多分」
「多分?」
「姿は見てない。でも、誰かいた」
衛兵も来ていた。
昨日、風呂まで付き添わされた奴。
「またか」
「また」
「見たのか?」
「見てない」
「お前、本当に役に立たねぇな」
「誰のために報告してると思ってんだ」
「俺らだよ!」
「なら感謝しろ」
「何で偉そうなんだよ!」
マリエラが咳払い。
「お二人とも」
「はい」
「すいません」
リラが衛兵を見る。
「へんなひと」
「ん?」
「いた」
「宿に?」
「うん」
「昨日と同じ?」
こく。
「匂いが?」
「うん」
衛兵が腕を組む。
「仕事場。串焼き屋。宿」
「うん」
「同じ奴がずっと嬢ちゃんを見てるってことか」
「多分ね」
「……面倒だな」
「でしょ」
「お前が言うな」
「何で」
「面倒を持ち込んだ本人だろ」
「私が攫ったわけじゃない」
「それはそうだ」
衛兵が頭を掻く。
「教会に戻すのも、ちょっと怖ぇな」
マリエラが頷く。
「私も、同じことを考えていました」
「ですよね」
「以前、旅商人を名乗る男がリラを探しに来ています。この場所は既に知られている可能性があります」
「じゃあ教会駄目じゃん」
「そう簡単な話ではありません」
「何で」
「だからといって、宿が安全とも言えないでしょう」
「…………」
それもそう。
「衛兵詰所」
「子ども預かる場所じゃねぇ」
「牢屋」
「もっと駄目だ!」
「冗談」
「お前の冗談分かりにくいんだよ!」
困った。
本当に。
「じゃあどうするの」
衛兵とマリエラ。
お互いを見る。
「…………」
嫌な予感。
「何」
マリエラが少し困ったように笑う。
「ウバメさん」
「嫌」
「まだ何も言ってません」
「顔が言ってる」
「では、少しだけ聞いてください」
「嫌」
「ウバメ」
リラ。
「…………」
「聞くだけ」
誰に教わった。
「……はい」
マリエラは椅子へ座るよう勧めた。
「まず、教会で預かること自体は可能です」
「じゃあそれで」
「ただし、今まで通りにはいきません」
「何が」
「警備を増やします。リラも外へ自由には出せません」
「…………」
「そして、こちらを探っている人物が誰なのか分かるまでは」
「ずっと?」
「分かりません」
リラを見る。
教会。
安全。
多分。
でも。
ずっと中。
「もう一つ」
衛兵。
「宿も変えた方がいいかもしれん」
「銀鍋亭?」
「あそこはもう知られてる」
「…………」
「嬢ちゃんを連れて泊まるならな」
「じゃあ」
「別の宿に移る。ただ、それもいつまで持つか分からん」
「…………」
選択肢。
どれも。
微妙。
「ウバメさん」
「何」
「あなたは、どうしたいですか?」
「…………」
最悪。
「それ、私に聞く?」
「はい」
「専門家で決めてよ」
「私たちは安全面の提案はできます。でも」
マリエラ。
リラ。
見る。
「この子が、誰となら安心して過ごせるかは別の話です」
「…………」
リラ。
私を見る。
やめて。
そういう。
顔。
「ウバメ」
「何」
「いっしょ?」
「…………」
来た。
どうする。
簡単。
教会。
置いてく。
元々。
その予定。
私が助けたのは偶然。
私が親じゃない。
面倒を見る義務もない。
仕事もある。
旅もする。
いつまでこの町にいるかも決めてない。
だから。
教会。
それが一番。
なのに。
「…………」
昨日。
宿の前。
誰かいた。
仕事場にも。
串焼き屋にも。
教会にも。
「…………」
分かってる。
安全じゃない。
それだけ。
「…………」
「ウバメ?」
「……ちょっと考える」
◇
結論。
出ない。
だから。
「何でここ来た」
親方。
煙。
吐く。
「相談」
「珍しいな」
「失礼」
仕事場。
まだ始業前。
リラはいつもの木箱の近くで、昨日直した麻袋を眺めている。
親方には。
一応。
全部話した。
「で?」
「で、って」
「お前ぇどうすんだ」
「それ聞きに来た」
「俺が決めることじゃねぇだろ」
「冷たい」
「当たり前だ」
親方。
キセル。
指で回す。
「三日って話だったな」
「はい」
「今日で終わり」
「はい」
「なら教会に置いてけばいい」
「…………」
「何だ」
「いや」
「嫌なのか」
「嫌っていうか」
「じゃあ連れてけばいい」
「簡単に言うな」
「簡単だろ」
「簡単じゃない」
「じゃあ何が問題だ」
「全部」
「分からん」
「金かかる。仕事増える。荷物増える。狙われてる。何歳か分からない。家も分からない。いつまでかかるかも分からない」
「そうか」
「そうかって」
「大変だな」
「他人事!」
「他人事だろ」
「…………」
正しい。
「でも」
親方。
少し。
真面目。
「お前ぇ、そこまで分かってて悩んでんだろ」
「…………」
「置いてくのが嫌だから」
「違う」
「じゃあ何で悩む」
「危ないから」
「それを嫌って言うんじゃねぇのか」
「…………」
腹立つ。
「親方」
「何だ」
「性格悪いですね」
「今さらか」
リラ。
こっち。
見る。
「さいごまで」
「…………」
何。
その言葉。
今。
出す?
「嬢ちゃん」
親方。
「それ覚えすぎだろ」
「さいごまで」
「誰に教わった」
「おやかた」
「俺か」
私。
親方。
見る。
「責任取ってください」
「知るか」
「じゃあ教えんな」
「良い言葉だろ」
「使いどころ考えろ!」
親方が笑う。
「まぁ」
キセル。
しまう。
「途中で放っぽり出された仕事は、次にやる奴が困る」
「前も聞いた」
「でも、人は仕事じゃねぇ」
「…………」
「だから」
親方。
私を見る。
「最後までってのは、ずっと背負えって意味じゃねぇ」
「じゃあ」
「自分で決めたところまではやれってことだ」
「…………」
「教会に置くと決めるなら、それでいい。連れてくと決めるなら、それもいい」
「どっちでも?」
「どっちでも」
「適当」
「違ぇよ」
親方。
少し。
目。
細める。
「決めた後で、誰かのせいにすんなってことだ」
「…………」
「俺が言ったから。教会が言ったから。衛兵が言ったから。嬢ちゃんが泣いたから」
「…………」
「そういう決め方だけはすんな」
言葉。
残る。
「……面倒」
「それは知ってる」
「本当に」
「知ってる」
「私、こういうの向いてない」
「それも知ってる」
「じゃあ」
「でも、今一番嬢ちゃんがついてく相手はお前ぇだ」
「…………」
「それも事実だ」
嫌だ。
こういう。
正論。
「ウバメ」
「何」
リラ。
小さい麻袋。
持ってる。
「これ」
「昨日の?」
「うん」
「何」
「さいごまで」
「…………」
渡してくる。
直した袋。
縫い目。
まだ曲がってる。
でも。
使える。
「親方」
「何だ」
「この子に変なこと教えすぎ」
「良いことしか教えてねぇ」
「それが一番困る」
◇
教会。
戻る。
衛兵。
マリエラ。
待ってる。
「決まりました?」
「多分」
「多分?」
「うるさい」
リラ。
私の横。
「教会には」
言葉。
出す。
「今は置いてかない」
マリエラ。
少し。
驚く。
衛兵。
眉。
上げる。
「お前が連れてくのか?」
「しばらく」
「三日追加?」
「違う」
「一週間?」
「違う」
「じゃあいつまで」
「…………」
分からない。
それが。
今までと違う。
「安全な預け先が決まるまで」
「どこが安全か分かるまで、ってことか」
「うん」
「いつになるか分からんぞ」
「知ってる」
「お前、旅人だろ」
「知ってる」
「仕事」
「する」
「嬢ちゃん連れて?」
「……何とかする」
「大丈夫か?」
「知らん」
「おい」
「でも」
リラ。
見る。
「危ないって分かってて置いてくのも、後味悪い」
「…………」
「だから」
仕方ない。
言う。
「それまで、一緒」
リラ。
固まる。
「…………」
「何」
「いっしょ?」
「そう」
「いつまで?」
「分からん」
「ずっと?」
「違う」
「…………」
「多分」
「ウバメさん」
マリエラ。
笑う。
「何」
「何でもありません」
「絶対何かある」
「ありません」
絶対ある。
「リラ」
「うん」
「勘違いするなよ」
「?」
「ずっとじゃない」
「うん」
「家が見つかるか、安全な場所決まるまで」
「うん」
「その後は」
「…………」
「その後考える」
「うん」
また。
逃げた。
でも。
今度は。
少し違う。
「それと」
衛兵。
「昨日の奴の件」
「うん」
「今日は宿の周り見とく」
「頼む」
「あと一人で追うな」
「分かってる」
「本当に?」
「…………」
「おい」
「努力する」
「変わってねぇ!」
◇
仕事場。
「戻りました」
「遅ぇ」
「相談してた」
「結果は?」
「しばらく一緒」
「そうか」
「それだけ?」
「何言ってほしい」
「いや」
「じゃあ働け」
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
リラ。
木箱。
「おやかた」
「おう」
「きょうも」
「袋か?」
「うん」
「なら昨日の続きだ」
「うん」
「さいごまで」
「さいごまで」
親方。
笑う。
私は。
石。
持つ。
「ウバメ」
「何」
「はたらけ」
「今持ってるだろ!」
人足。
笑う。
いつもの。
仕事場。
でも。
昨日までと。
少し。
違う。
◇
昼前。
リラ。
また麻袋。
縫ってる。
親方。
横。
教える。
「そこ。間隔広ぇ」
「ここ?」
「そう。もうちょい詰めろ」
「うん」
針。
糸。
少し。
上手くなった。
「…………」
見る。
「ウバメ」
「何」
「見てないで働け」
「親方まで!」
「石止まってる」
「今やる!」
くそ。
運ぶ。
置く。
戻る。
また。
ちら。
「…………」
リラ。
真剣。
親方。
真剣。
「…………」
何だ。
これ。
普通。
みたい。
「お前ぇも」
親方。
声。
「何」
「最後までやれよ」
「仕事?」
「それも」
「他は?」
「自分で考えろ」
「…………」
リラ。
麻袋。
縫う。
「さいごまで」
「……分かったよ」
「うん」
「途中で投げ出したら」
親方。
にやり。
「次の奴が困る」
「分かってるって」
「ならいい」
私。
ため息。
「面倒だなぁ」
「ウバメ」
「何」
「めんど」
「それは覚えなくていい!」
笑い声。
響く。
城壁。
石。
槌。
汗。
仕事。
そして。
小さい。
銀色。
いつの間にか。
そこにいる。
「…………」
まぁ。
しばらく。
だけ。
そう。
しばらく。
最後まで。
それがどこまでかは。
まだ。
知らない。




