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送り狼  作者: セルビス
11/23

のんびり放浪記11

朝。


 ほとんど眠れなかった。


 別に怖かったわけじゃない。


 廊下に誰かいたくらいで、私が眠れなくなるはずがない。


 ただ。


 少し物音がすると目が覚めた。


 外で馬車が通れば目が覚めた。


 隣でリラが寝返りを打っても目が覚めた。


 そのたびに鼻を使って、扉を見て、窓を見て。


 結局、何もなかった。


「…………」


 朝日が眩しい。


「ウバメ」


「何」


「ねむい?」


「眠くない」


「…………」


「何」


「ねむそう」


「眠くない」


 リラがじっと見る。


「寝ろ」


「あさ」


「知ってる」


 腹立つ。


     ◇


 銀鍋亭の食堂へ降りると、女将が私を見るなり眉を上げた。


「ひどい顔だねぇ」


「朝から失礼」


「寝てないのかい?」


「寝た」


「何時間?」


「知らない」


「それを寝てないって言うんだよ」


 朝食が置かれる。


 パン。


 スープ。


 卵。


「たまご」


 リラ。


 反応早い。


「分けるから待て」


「うん」


 卵を半分に割る。


「……ん?」


 女将が私たちを見る。


「何」


「今日で三日だったね」


「…………」


 そう。


 今日。


 リラを預かると言われてから、三日目。


 本来なら。


 今日で終わり。


「教会行くんだろ?」


「うん」


「そうかい」


 女将がリラを見る。


「寂しくなるねぇ」


「…………」


 リラ。


 卵。


 止まる。


「余計なこと言うなよ」


「何だい。事実だろ」


「まだ決まってない」


「おや」


「…………」


 言ってから気づいた。


「いや」


「決まってないんだねぇ」


「そういう意味じゃない」


「じゃあどういう意味だい」


「……色々」


「便利な言葉だねぇ」


 くそ。


「食べるぞ」


「うん」


 リラはまた卵を食べ始めた。


 でも。


 耳は。


 少し下がったままだった。


     ◇


 教会へ向かう途中。


 リラはいつもより近い。


 服を掴んではいない。


 手も繋いでいない。


 でも。


 半歩。


 いつもより近い。


「リラ」


「うん」


「昨日の夜のこと、マリエラに話すから」


「うん」


「変な匂いのことも」


「うん」


「ちゃんと言える?」


「いえる」


「偉い」


「うん」


 歩く。


 少しして。


「ウバメ」


「何」


「きょうかい」


「うん」


「リラ、いる?」


「…………」


 来た。


「今日から?」


「うん」


 どう答える。


 本当なら。


 そうだった。


 三日だけ。


 今夜だけ。


 そう言って。


 いつの間にか三日になった。


 それが今日で終わる。


「……分からない」


「わからない?」


「昨日、宿に誰か来ただろ」


「うん」


「教会にも前に怪しい奴来た」


「うん」


「だから、どこが安全か相談する」


「…………」


「それだけ」


「ウバメは?」


「何が」


「いる?」


「…………」


 何で。


 そこを聞く。


「私は」


 言葉。


 止まる。


「仕事あるから」


「…………」


 耳。


 下がる。


 違う。


 そうじゃない。


「いや」


 何が違う。


 自分でも分からん。


「とにかく、マリエラに聞いてから」


「うん」


 その後。


 リラは何も言わなかった。


     ◇


 教会。


「昨夜、宿に?」


 マリエラの顔が変わる。


「多分」


「多分?」


「姿は見てない。でも、誰かいた」


 衛兵も来ていた。


 昨日、風呂まで付き添わされた奴。


「またか」


「また」


「見たのか?」


「見てない」


「お前、本当に役に立たねぇな」


「誰のために報告してると思ってんだ」


「俺らだよ!」


「なら感謝しろ」


「何で偉そうなんだよ!」


 マリエラが咳払い。


「お二人とも」


「はい」


「すいません」


 リラが衛兵を見る。


「へんなひと」


「ん?」


「いた」


「宿に?」


「うん」


「昨日と同じ?」


 こく。


「匂いが?」


「うん」


 衛兵が腕を組む。


「仕事場。串焼き屋。宿」


「うん」


「同じ奴がずっと嬢ちゃんを見てるってことか」


「多分ね」


「……面倒だな」


「でしょ」


「お前が言うな」


「何で」


「面倒を持ち込んだ本人だろ」


「私が攫ったわけじゃない」


「それはそうだ」


 衛兵が頭を掻く。


「教会に戻すのも、ちょっと怖ぇな」


 マリエラが頷く。


「私も、同じことを考えていました」


「ですよね」


「以前、旅商人を名乗る男がリラを探しに来ています。この場所は既に知られている可能性があります」


「じゃあ教会駄目じゃん」


「そう簡単な話ではありません」


「何で」


「だからといって、宿が安全とも言えないでしょう」


「…………」


 それもそう。


「衛兵詰所」


「子ども預かる場所じゃねぇ」


「牢屋」


「もっと駄目だ!」


「冗談」


「お前の冗談分かりにくいんだよ!」


 困った。


 本当に。


「じゃあどうするの」


 衛兵とマリエラ。


 お互いを見る。


「…………」


 嫌な予感。


「何」


 マリエラが少し困ったように笑う。


「ウバメさん」


「嫌」


「まだ何も言ってません」


「顔が言ってる」


「では、少しだけ聞いてください」


「嫌」


「ウバメ」


 リラ。


「…………」


「聞くだけ」


 誰に教わった。


「……はい」


 マリエラは椅子へ座るよう勧めた。


「まず、教会で預かること自体は可能です」


「じゃあそれで」


「ただし、今まで通りにはいきません」


「何が」


「警備を増やします。リラも外へ自由には出せません」


「…………」


「そして、こちらを探っている人物が誰なのか分かるまでは」


「ずっと?」


「分かりません」


 リラを見る。


 教会。


 安全。


 多分。


 でも。


 ずっと中。


「もう一つ」


 衛兵。


「宿も変えた方がいいかもしれん」


「銀鍋亭?」


「あそこはもう知られてる」


「…………」


「嬢ちゃんを連れて泊まるならな」


「じゃあ」


「別の宿に移る。ただ、それもいつまで持つか分からん」


「…………」


 選択肢。


 どれも。


 微妙。


「ウバメさん」


「何」


「あなたは、どうしたいですか?」


「…………」


 最悪。


「それ、私に聞く?」


「はい」


「専門家で決めてよ」


「私たちは安全面の提案はできます。でも」


 マリエラ。


 リラ。


 見る。


「この子が、誰となら安心して過ごせるかは別の話です」


「…………」


 リラ。


 私を見る。


 やめて。


 そういう。


 顔。


「ウバメ」


「何」


「いっしょ?」


「…………」


 来た。


 どうする。


 簡単。


 教会。


 置いてく。


 元々。


 その予定。


 私が助けたのは偶然。


 私が親じゃない。


 面倒を見る義務もない。


 仕事もある。


 旅もする。


 いつまでこの町にいるかも決めてない。


 だから。


 教会。


 それが一番。


 なのに。


「…………」


 昨日。


 宿の前。


 誰かいた。


 仕事場にも。


 串焼き屋にも。


 教会にも。


「…………」


 分かってる。


 安全じゃない。


 それだけ。


「…………」


「ウバメ?」


「……ちょっと考える」


     ◇


 結論。


 出ない。


 だから。


「何でここ来た」


 親方。


 煙。


 吐く。


「相談」


「珍しいな」


「失礼」


 仕事場。


 まだ始業前。


 リラはいつもの木箱の近くで、昨日直した麻袋を眺めている。


 親方には。


 一応。


 全部話した。


「で?」


「で、って」


「お前ぇどうすんだ」


「それ聞きに来た」


「俺が決めることじゃねぇだろ」


「冷たい」


「当たり前だ」


 親方。


 キセル。


 指で回す。


「三日って話だったな」


「はい」


「今日で終わり」


「はい」


「なら教会に置いてけばいい」


「…………」


「何だ」


「いや」


「嫌なのか」


「嫌っていうか」


「じゃあ連れてけばいい」


「簡単に言うな」


「簡単だろ」


「簡単じゃない」


「じゃあ何が問題だ」


「全部」


「分からん」


「金かかる。仕事増える。荷物増える。狙われてる。何歳か分からない。家も分からない。いつまでかかるかも分からない」


「そうか」


「そうかって」


「大変だな」


「他人事!」


「他人事だろ」


「…………」


 正しい。


「でも」


 親方。


 少し。


 真面目。


「お前ぇ、そこまで分かってて悩んでんだろ」


「…………」


「置いてくのが嫌だから」


「違う」


「じゃあ何で悩む」


「危ないから」


「それを嫌って言うんじゃねぇのか」


「…………」


 腹立つ。


「親方」


「何だ」


「性格悪いですね」


「今さらか」


 リラ。


 こっち。


 見る。


「さいごまで」


「…………」


 何。


 その言葉。


 今。


 出す?


「嬢ちゃん」


 親方。


「それ覚えすぎだろ」


「さいごまで」


「誰に教わった」


「おやかた」


「俺か」


 私。


 親方。


 見る。


「責任取ってください」


「知るか」


「じゃあ教えんな」


「良い言葉だろ」


「使いどころ考えろ!」


 親方が笑う。


「まぁ」


 キセル。


 しまう。


「途中で放っぽり出された仕事は、次にやる奴が困る」


「前も聞いた」


「でも、人は仕事じゃねぇ」


「…………」


「だから」


 親方。


 私を見る。


「最後までってのは、ずっと背負えって意味じゃねぇ」


「じゃあ」


「自分で決めたところまではやれってことだ」


「…………」


「教会に置くと決めるなら、それでいい。連れてくと決めるなら、それもいい」


「どっちでも?」


「どっちでも」


「適当」


「違ぇよ」


 親方。


 少し。


 目。


 細める。


「決めた後で、誰かのせいにすんなってことだ」


「…………」


「俺が言ったから。教会が言ったから。衛兵が言ったから。嬢ちゃんが泣いたから」


「…………」


「そういう決め方だけはすんな」


 言葉。


 残る。


「……面倒」


「それは知ってる」


「本当に」


「知ってる」


「私、こういうの向いてない」


「それも知ってる」


「じゃあ」


「でも、今一番嬢ちゃんがついてく相手はお前ぇだ」


「…………」


「それも事実だ」


 嫌だ。


 こういう。


 正論。


「ウバメ」


「何」


 リラ。


 小さい麻袋。


 持ってる。


「これ」


「昨日の?」


「うん」


「何」


「さいごまで」


「…………」


 渡してくる。


 直した袋。


 縫い目。


 まだ曲がってる。


 でも。


 使える。


「親方」


「何だ」


「この子に変なこと教えすぎ」


「良いことしか教えてねぇ」


「それが一番困る」


     ◇


 教会。


 戻る。


 衛兵。


 マリエラ。


 待ってる。


「決まりました?」


「多分」


「多分?」


「うるさい」


 リラ。


 私の横。


「教会には」


 言葉。


 出す。


「今は置いてかない」


 マリエラ。


 少し。


 驚く。


 衛兵。


 眉。


 上げる。


「お前が連れてくのか?」


「しばらく」


「三日追加?」


「違う」


「一週間?」


「違う」


「じゃあいつまで」


「…………」


 分からない。


 それが。


 今までと違う。


「安全な預け先が決まるまで」


「どこが安全か分かるまで、ってことか」


「うん」


「いつになるか分からんぞ」


「知ってる」


「お前、旅人だろ」


「知ってる」


「仕事」


「する」


「嬢ちゃん連れて?」


「……何とかする」


「大丈夫か?」


「知らん」


「おい」


「でも」


 リラ。


 見る。


「危ないって分かってて置いてくのも、後味悪い」


「…………」


「だから」


 仕方ない。


 言う。


「それまで、一緒」


 リラ。


 固まる。


「…………」


「何」


「いっしょ?」


「そう」


「いつまで?」


「分からん」


「ずっと?」


「違う」


「…………」


「多分」


「ウバメさん」


 マリエラ。


 笑う。


「何」


「何でもありません」


「絶対何かある」


「ありません」


 絶対ある。


「リラ」


「うん」


「勘違いするなよ」


「?」


「ずっとじゃない」


「うん」


「家が見つかるか、安全な場所決まるまで」


「うん」


「その後は」


「…………」


「その後考える」


「うん」


 また。


 逃げた。


 でも。


 今度は。


 少し違う。


「それと」


 衛兵。


「昨日の奴の件」


「うん」


「今日は宿の周り見とく」


「頼む」


「あと一人で追うな」


「分かってる」


「本当に?」


「…………」


「おい」


「努力する」


「変わってねぇ!」


     ◇


 仕事場。


「戻りました」


「遅ぇ」


「相談してた」


「結果は?」


「しばらく一緒」


「そうか」


「それだけ?」


「何言ってほしい」


「いや」


「じゃあ働け」


「はいはい」


「はいは一回」


「はい」


 リラ。


 木箱。


「おやかた」


「おう」


「きょうも」


「袋か?」


「うん」


「なら昨日の続きだ」


「うん」


「さいごまで」


「さいごまで」


 親方。


 笑う。


 私は。


 石。


 持つ。


「ウバメ」


「何」


「はたらけ」


「今持ってるだろ!」


 人足。


 笑う。


 いつもの。


 仕事場。


 でも。


 昨日までと。


 少し。


 違う。


     ◇


 昼前。


 リラ。


 また麻袋。


 縫ってる。


 親方。


 横。


 教える。


「そこ。間隔広ぇ」


「ここ?」


「そう。もうちょい詰めろ」


「うん」


 針。


 糸。


 少し。


 上手くなった。


「…………」


 見る。


「ウバメ」


「何」


「見てないで働け」


「親方まで!」


「石止まってる」


「今やる!」


 くそ。


 運ぶ。


 置く。


 戻る。


 また。


 ちら。


「…………」


 リラ。


 真剣。


 親方。


 真剣。


「…………」


 何だ。


 これ。


 普通。


 みたい。


「お前ぇも」


 親方。


 声。


「何」


「最後までやれよ」


「仕事?」


「それも」


「他は?」


「自分で考えろ」


「…………」


 リラ。


 麻袋。


 縫う。


「さいごまで」


「……分かったよ」


「うん」


「途中で投げ出したら」


 親方。


 にやり。


「次の奴が困る」


「分かってるって」


「ならいい」


 私。


 ため息。


「面倒だなぁ」


「ウバメ」


「何」


「めんど」


「それは覚えなくていい!」


 笑い声。


 響く。


 城壁。


 石。


 槌。


 汗。


 仕事。


 そして。


 小さい。


 銀色。


 いつの間にか。


 そこにいる。


「…………」


 まぁ。


 しばらく。


 だけ。


 そう。


 しばらく。


 最後まで。


 それがどこまでかは。


 まだ。


 知らない。

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