森の夜
もう一人の兵士長は、また眠りに就いた。先程まで起きていたのが、不思議な位である。手当てをしていないので、詳しくは分からないが、バージという男、相当の傷を負っていた。どう考えても、クランツの比ではない。何故、その様な傷を負ったのか。そして、どの様にして、この森まで来たのか、知りたくて堪らなかった。
「すみませんが姫、少し頭を冷やしたいので外に出掛けてきます。」
クランツは、そう言って扉を開けて出ていった。余程、男が増えることが嫌なのであろう。
「それにしても、本当に驚きましたよ。俺が街から帰ってきたら、知らない兵士さんが血だらけで放置されてるんですから。」
生憎、私は傷の手当ての術を知らない。クランツの時も、ジグがいたからこそ彼がいる。
姫はあることに気付いた。
「ジグ…、今、街から帰ってきた、と言いましたか…?」
一瞬、あっけらかんと目を点にしていたが、直ぐ様答えた。
「あっ、言ってませんでしたっけ?服だけは、街で調達をしてるんですよ?」
「街って、この森の外ですか?!」
普段は大人しい姫が、この時に限っては生き生きとしていた。その豹変に、ジグも戸惑ってしまった。
「そ、そうですよ。この森を東に抜ければ、アルダナという街に着くんです。って、知らなかったんですか?」
数ヶ月前にこの森に迷い混んでから、一度もここから抜け出したことが無かった。いや、抜け出せると思っていなかった。
初めてここで目覚めた時に感じたこの森の不気味さに、ここが何処か違う世界で、もう二度と抜け出せ無いのだと、勝手に考えていた程である。
ジグの一言に、姫は目を輝かせていた。
「ジグ!私をそのアルダナの街に案内して下さい!」
生まれてこの方、城を出たことが無かった王女様である。初めての外が、この森の家なのである。街という未知の存在に魅力を感じていた。
「良いですけど、後日にしましょうね。木が邪魔で詳しくは分かりませんが、もう日は既に落ちてますよ。」
「えっ、もうその様な時間なのですか?」
「そろそろ、空腹を感じると思いますよ?今日は色々ありましたからね。あっ、俺晩飯作り始めますね。
だから、街に行くのは、後日でお願いしますね、姫。」
その後、一時間たった後、クランツが帰宅し、ジグの手料理が丁度出来たところで、バージを起こし、初めて四人で食卓を囲んだ。
本来なら月明かりが照す時間に、一人の男が剣の素振りをしていた。体にはまだ、包帯が巻かれている。
只ひたすら、男の息遣いと剣が空を切る音だけが、辺りに聞こえていた。
「そんなに動かして、体は大丈夫なのかい、バージ君?」
背後から聞こえる声に、一瞬にして汗が吹き出た。そして、咄嗟に前に飛び込み、対峙する形をとった。
「…、何だ。お前か。確か、ジグと言ったな。」
「そうだよ。それにしても感心だね。その体で鍛練かい?無茶じゃないのかい?」
随分と舐められたものだ。これでも、先日まで一国の兵士を束ねる長であったのだ。剣に錆を付けることが許される筈がない。それよりもだ。
「悪いことは言わないから、寝てた方がいいと思うよ。」
この男、何時から俺の背後にいたのだ。かれこれ一時間はここにいた。けれども、俺以外の音を聞いた覚えは無い。それに、気配が一切感じられなかった。
「ふん、俺はあの男とは違うのでな。」
「バージ君とクランツさんは、仲が悪いんだね。」
やっと分かった、今まで感じていた違和感の意味が。
「なあ、何故お前は俺には尊敬の意を示した話し方ではないんだ。アーネ姫とクランツには、そう話すのに。」
「それは簡単な事だよ。君が、俺よりも年下に見えるからだよ。」
どう見ても、バージの方が年上に見える。
それも仕方が無い事なのかも知れない。ジグは、幼すぎる。その雰囲気、話し方、そして笑顔が。ましてや、ここに住む誰も彼の年を知らない。
「俺には、そうは思えんけどな。」
しかし、先程の背後を取られた失態から学ぶに、有り得ないことでは無いのかもしれない。そう考えもした。
「なら、何故俺をここに住まわす事にした。」
ジグは、またか、そんな風に言いたげな顔を浮かべた。
「バージ君は、姫を追ってここまで来たんでしょ?」
「そうだな。」
「だからだよ。姫を思う人を拒む必要は、何処にも無いからね。」
すると、今まで無音であった空間に一陣の風が吹き抜けた。
「バージ君、ドライフラワーって知ってる。」
「ああ…。」
余りにも、妖しげな顔で聞いてくるものだから、曖昧な回答になってしまった。
「あれはね、綺麗な物をそのままの、本来の美しさを所有したまま、保存出来る方法の一つなんだよ。」
この時、この男の言っている意味が、兵士長には理解出来なかった。
そろそろ伏線を回収していきたいと思います。
そんなにありませんが。




