ディリティスの酒
舞台は戻って、森での生活です。そろそろ、終わりになるのでもう少しお付き合いください。
三人が町に出掛けた数日後、いつもと変わらない女一人、男三人という奇妙な共同生活を送っていた。変わった事と言えば、クランツとバージの仲がいっそう悪くなったくらいだ。そんな事を気にしないジグは、普段通り二人に接する。
しかし、姫には気掛かりな事があった。街で出会った隻眼の老人。彼は、何かを知っている様な雰囲気があった。姫達がいつも着ている服の刺繍を見て、眼光が鋭くなったところを見ると、この刺繍がジグと何か関連があるのかもしれない。そう考えて見るが、詳しいところは分からない。それに、この家に住む男達を疑ったり、嫌ったりするような事は出来ない。
何故なら、皆が私を愛してくれているからだ。
ある日の夜、夕食を済ませた食卓にジグがあるものを持ってきた。
「皆さん、これ良かったら飲んでみてください!」
そう言って、ジグがテーブルに置いたのは、瓶に入った液体だった。
「おい、ジグ。これは、何だ酒か?」
バージが瓶を持ち、まじまじと見つめながら彼に問う。その質問に、ジグもご機嫌な表情で答える。
「流石バージ君、正解だよ!これは、俺の村の名産品で、ディリティスというお酒なんだ。」
「変わった名前だな。聞いたことが無いぞ。」
反応したのは、クランツ。
「このお酒は、とっても美味しいんですよ!村で育つ薬草を原料で造っているので、自慢のお酒なんです!そこらのお酒には、負けませんよ!」
そう言って、ジグはコルクを開けた。そして、人数分のグラスにお酒を注いで、皆に渡した。
「まあ、皆さん一度飲んでみてください!味の保証はしますから。姫さんも、さあ!」
ジグにそう言われ、男二人は眉に皺を寄せながらも口にする。口に含んだそれを味わいながら飲み込むと、たちまち笑顔になっている。
「旨い!!」
二人して同じ事を口にしている。二人の声が重なったのが可笑しかったのか、二人は笑い合っている。仲の悪い二人が、笑い合える程にその酒は旨いようだ。
姫も少し口にする。
「美味しいです!」
「ですよね?今年のディリティスも、出来が良いんですよ!」
あまりの美味しさに、グラスに入った酒を飲み干してしまった。お酒など今まで口にしたことが無かったが、こんなにも美味しいものなのか。姫はとても心地の良い気分になっていた。男達もお酒を酌み交わし、とても楽しそうである。
こんな日々が続いて欲しい。姫は純粋にそう思った。
その日の夜は、お酒の勢いもあってか、皆が愛してくれた。
朝早く、目を覚ましたのはクランツだった。昨晩あれほど飲んだのに不思議と、体調は万全だ。上質な酒は違うのだな、そんな事を考えているとジグの姿が見当たらない。姫もバージもまだ眠ったままである。
不思議に思った彼は、服に着替え家の外に出た。相変わらず暗い森である。今が朝なのは何となく分かるが、正確な時間や月日は、もう随分前から分からない。
少し家の周りを歩くと、ジグが何かをしているのが見えた。
「おはようジグ。いったい何をしているのだ?」
背中を向けたまま、ジグは応える。
「あっ、クランツさん。おはようございます。昨晩は楽しかっですね。」
ぴくりとも動かず、こちらに顔を向けないまま話を続ける彼に、クランツも不審に思い始めた。
「確かに…、楽しかったな。」
「また、今度も皆さんでディリティスを飲みましょうね。姫も一緒に。」
姫は毎日家にいるのだから、わざわざ強調する必要があるのだろうか。クランツはそう思っていた。
「ところで、クランツさん。貴方は、姫さんの事を愛していますか?」
突然の質問に驚きを隠せなかった。まさか、ジグからこの様な事を聞かれるなんて思ってもいなかった。
「…、勿論愛しているぞ…。」
照れながらも、本音を話す。未だに背を向けたままのジグはなお続ける。
「そうですか、それは良かった。俺も同じですよ、クランツさん。」
どこか変だ。あまりの彼の異変に、冷や汗さへ流れていた。
すると、遂にこちらに向き直ったジグはとんでもない事を言ってきた。
「でも、このままではハルベール王女が誰かの物にはなりませんね。クランツさん、貴方も心のどこかで思ってるんですよね。彼女を独占したいと、けれど、この様な状況では独占なんて出来ない。それもそうですよ。彼女は、愛されたい人間なのですから。それも、特定の誰かの愛じゃない。とても曖昧な不特定な愛を、彼女は望んでいるんですよ。そこで、クランツさん。彼女を、俺達の物にしませんか。俺達三人の物に。」
次で完結させます。




