ドライフラワー
空が木々で覆う森での、男女の生活の最後です。
男と女の一つ屋根の下での生活の末路を、御覧ください。
満月の夜空の下、一人の青年が荒れ果てた町を歩いている。何年も放置されているのであろうその町は、瓦礫に植物の蔓が巻き付いていた。人の気配も、動物の気配も無い。あるのは、隣接する海の波の音と、風に吹かれる森の木々の音だけである。
布で出来た質素な服を身に纏った青年は、ゆっくりとゆっくりと歩いている。左の胸には紋章の刺繍が目に入る。
「皆…。」
青年は迷うことなく、廃墟に着いた。しかし、そこはよく見ると小さなお城に見える。長年雨風に晒されたせいか、色んな所が壊れている。天井は崩落し、星空がよく見える。
「父さん…。」
元城だったのであろう廃墟の奥に、夥しい数の骸が山積みになっているのが見える。青年はそれを恐れることなく、むしろ受け入れるように優しく触れた。
「皆の恨みは晴らしたから…。」
青年は、近くの水溜まりに映った自らの顔を眺める。本来ならもっと老けている筈の自分なのに、映るのは若々しい自分の顔だけである。もう、何年も同じ顔をしている気がする。
「あの時、ちゃんと皆の言う通り、飲んでいなければ俺は大人になれてたのかな…。」
誰に聞くでもなく、青年は一人呟いた。
最後に水面に向かって笑ってみせた。その顔は、まるで子供の様な笑顔だった。
森での共同生活は、ジグが持ってきたお酒のおかげで楽しく過ごせていた。姫もお酒を気に入ったのか、ジグが注いだディリティスを美味しそうに飲んでいる。それを男三人が眺めながら、笑い合う日々だった。
「なあ、ジグ。本当にお前の言っていることが可能なのか?」
ある日の夜、家の外で男三人が話をしている。勿論クランツとバージも会話に参加しているが、酔いが覚めている為か、特別会話を交わしたりはしない。
「勿論だよ。何回も言っているだろ、あのお酒の秘密を。」
「しかしジグ。そんな魔法の様な事が実際に起きるのか…。」
バージもクランツも、ジグの話が信用できないのか、疑いの念があるようだ。
「それでも、君達は俺の提案に賛成したじゃないか。」
「それは、そうだが…。」
「いいかい?人は何時かは、老いて死んでしまうんだ。それを阻止できる方法がこれなんだよ。皆、姫さんには美しいままでいて欲しいんだろ?」
ジグを除く二人の表情は、複雑なものになっている。
「このディリティスの酒は、本来女性が飲むことは出来ないんだ。理由は前にも話したよね。これを飲むと、死んでしまうんだよ。でも、ただ死ぬ訳じゃない。これを飲むと、腐敗することなく、そのままの姿で死ねるんだ。これを使えば、姫さんもあの美しい姿のまま永遠に、愛される事が出来るんだよ。」
森での生活は、私にとって最高の喜びである。三人の男が私を愛してくれている。昼でも夜でも、私は彼らの愛を受け止めて生きている。これに勝る幸福は無いだろう。
最近では、ジグが持ってきたお酒を皆で飲むのも、また楽しみの一つである。クランツとバージがこの時は仲が良くなるので、私としても嬉しい。しかし、いくら飲んでもジグが酔うところを見たことが無い。いつも、眠った私をベットまで運んで一緒に寝てくれる。
私はもう、王女ではない。祖国は滅んだのだ。王女を名乗ることが出来ない。なら、私は何者なのか。
私は、一人の女である。誰からも愛される。世界で最も美しい女である。
「ね、見てごらん。綺麗だろ?」
冷たくなった頬を指でなぞる。唇からは、体温は感じられない。
「本当に、死んでしまったのか…。まるで眠ったままに見えるのだが……。」
「これで、姫さんの望まれるがままに、誰からも愛される人でいられるね。」
「なあ、ジグ。俺達は本当にこれで良かったのか…。」
「体が腐ることは無いんですよ。もう、彼女は俺達の物です。」
姫を囲うようにして、男達は彼女を見つめる。
「これでも、二人は姫さんを愛せますか?」
「あぁ。」
「勿論だ。」
その返事を聞いてジグは、にありと笑った。そう、子供の様な笑みで。
「貴方はもう、枯れることは無い。美しいままです。言ってしまえば、貴方は誰からも愛でられる永遠の花、ドライフラワーなのです。」
誰からも愛されていると思ったまま死んでいった、美しい王女様のお話。
最後まで読んで下さった方、この話だけでも読んで下さった方、本当にありがとうございました。
自分の表現力の無さで、上手く表現できなかった部分もございますが、意図するところが少しでも読者の皆さんに分かってもらえたら幸いです。
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