閑話 倒れた美女
今回は番外編。
青年視点で、転生した沙絵里に起きた出来事を描きます。
俺の名前は鄭道賢。薬屋をもうじき継ぐ26歳だ。
うちの薬屋の売りは、朝鮮全土から集めた様々な薬だ。
去年の冬まで、父が各地を旅しては、薬の素材を集めて帰ってきた。
だが体調が急変し、そのまま亡くなってしまった。
それで、俺が父の代わりに旅に出ることになり、店は母が切り盛りしている。
今は釜山からの帰路についていて、もうすぐ都の漢陽に着く。
大きな街道を歩いているが、俺は父が教えてくれた秘密の近道を知っている。
俺は街道を外れ、その近道に入った。
しばらく歩くと、道の先にカラスが何羽も降りて、群がっていた。
嫌な予感がした。
人が倒れているのかもしれない。
俺は駆け足で道を急いだ。
すぐに原因が分かった。
人が倒れていた。
周りに群がっているカラスを手で追い払って、顔を覗き込んだ。
え。
か。
かわいい。
(おいおいドヒョン。倒れている人に見惚れていてどうする)
俺は彼女の鼻先に手をかざした。
息はあるようだ。
だが、彼女はぼろぼろの韓服を着ていた。
誰かに襲われたのだろうか。
ここでは何もできない。店に運ぼう。
俺は彼女を担いで、道を急いだ。
驚くほど軽い。でこぼこの近道でも、苦にならなかった。
◇
近道を抜けて、賑やかな商店街に出ると、人々の視線は俺に向いた。
酒屋のおじさんが冷やかしてきた。
「おぉドヒョン!釜山でできた彼女を連れてきたのかい?」
うぉっ!その言葉が胸に深く突き刺さった。
確かにそうだったら嬉しいんだが…
「冗談言ってる暇ねぇんだよ。んじゃ」
こっちは人の命がかかってるんだ、冷やかしには付き合えない。
商店街を通り過ぎ、林に差しかかるところに、少し古びた家が見えた。
そこがうちの薬屋だ。
走る音が聞こえたのか、白髪の母、恵淑が出てきた。
「久しぶりねドヒョン。ってどうしたの、何かあったの?」
「人が倒れてたんだ、早く様子を見ないと」
「分かった、じゃあその子を中へ入れて寝かせて」
◇
母は倒れていた人の脈を取り、まぶたを軽く持ち上げて見た。
「これは気絶してるだけよ。気絶にしては脈がやけにゆっくりだけどね」
母は首をかしげたが、すぐに言った。
「少し匂いのきついお香を焚けば、自然と起きるわ」
そう言って母は薬草の準備を始めた。
「あ、そういえば頼んでた例の薬草は取ってきたでしょうね」
「ありますよ」
少々呆れ気味に言った。
「ちょうどよかったわ。このお香には、それが欠かせないのよ」
俺は薬草を入れた籠をあさり、頼まれた薬草を母に渡した。
◇
母は薬草を調合し、お香を焚き始めた。
「匂いがきついから、あんたは早く出なさい」
そう言われて、部屋から追い出されてしまった。
俺だって、あれぐらいの匂いは耐えられる。
本音は、彼女のそばにいたかっただけなのだが。
納屋で一人、考えた。
彼女は、どこの出身なんだろう。
あのぼろぼろの服からすると、主人の家から逃げ出した奴婢かもしれない。
いや、そんなことは考えたくない。
賭け事で多額の借金を負い、そのかたに売り飛ばされたのかもしれない。
…いや、どうでもいい。
無事に起きてくれれば、それでいい。
俺は藁の上に寝転んだ。
◇
しばらくすると、母が納屋に入ってきた。
「あんた、その藁の上で寝転ぶ癖、どうにかならないのかしら」
「いいだろ、別に。俺の行動は俺が決める」
「汚いからやめなさい。それじゃあ倭兵みたいよ」
「俺はあんな連中よりはマシだよ」
「いい勝負かもね…あの子、そろそろ起きると思うわよ」
部屋の戸を開けると、そこには背伸びして窓の外を眺める彼女がいた。
ぼろぼろの韓服から着替え、白いきれいな服を着ていて、見違えるようだった。
彼女はこちらに気づくと、朗らかな笑顔を向けてきた。
ほ、惚れてしまう。…もう惚れているけれど。
「あぁ、起きたの」
母はそう言った。
彼女は少しパニックになっているようで、硬直して突っ立っていた。
「さ、座って、座って」
母は彼女にそう促した。
彼女は一瞬とぼけた顔をしたが、すぐに座った。
母は飲み薬の準備を始めた。
なんだろう、さっきの違和感は。
母は飲み薬を作り終えると、瓶に入れて彼女に手渡した。
彼女はしばらく瓶を凝視していた。
その瓶に恨みでもあるのか?
すると彼女が上目遣いで俺を見てきた。
まじまじと見つめてくるその目。
うおぉぉぉっ!
まずい、顔の筋肉が緩みそうだ。
ここで気持ち悪いと思われたらおしまいだぁっ!
真顔、真顔。
真顔を意識するんだ。
必死に真顔を保っているうちに、彼女はすでに薬を飲み干していた。
彼女は瓶を母に渡した後、肩を回し始めた。
急に元気がみなぎり始めたのか?
「ヨッシャア」
…はい?ヨッシャア?聞いたことがあるような、ないような。
だが全くもって意味不明だ。
俺は母と顔を見合わせた。
「この子は、いったい何を言っているんだい?」
母はそう言った。
「よく分かりませんね」
俺は冷静を装って、そう答えた。
彼女の顔が赤くなっていく。
…かわいい。
真顔、真顔。
こんにちは、ヤサイローリングです。
次回は、沙絵里の転生先の名前が決まったり、救世主が現れたりと、いろいろ起こる回なのでお楽しみに。
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それではまた次回。




