第12話 お仕事
賭け場での対決から9ヶ月後⋯
「…これで朝鮮語の勉強は終了です」
ギョングが言った。
「よっしゃぁああ!!」
「よ、よかったな」
ドヒョンは、少し噛みながらそう言って、拍手した。
賭け場での対決から9か月。
毎日12時間という地獄の授業を乗り越えて、私は朝鮮語を身につけた。
今では、ドヒョンとも、何の障害もなく話せる。
ドヒョンが口を開いた。
「そのよっしゃあ、ってウンソがここに来たときに倭語で言った言葉だよな」
「まぁ、そうだね」
私が日本人だと、この時代の人に悟られないよう、授業開始日に、こちらでの名前を決めた。
朴恩瑞。
それが、私の新しい名前だ。
ドヒョンは、パクという名字に、猛烈に反対していたらしい。
名字をチョンにしろと、譲らなかったそうだ。
「婚姻でも姓は変わりませんのに、何をおっしゃっているのでしょうね」
ギョングは、そう呆れながら、手持ちの銀で、その場を収めたという。
どこか二人らしい喧嘩だな、と思った。
「それでは早速ですが、力試しをしましょう」
「え、何それ」
「今から宮廷に行きます」
「ええええええええええええええええええ!!!」
これまで漢陽にいたとはいえ、宮廷に入ったことはなかった。
やっと、憧れの韓国ドラマの世界に入ることができる。
その夢がいきなり叶ったことに、パニックでうまく言葉が出ない。
「ウンソさんは、薬材商の付き添いとして、ドヒョンさんと一緒に、内医院へ薬を納めに行ってください」
「私は、大臣と会談があります」
ギョングの説明を聞いたドヒョンが激しく顔をしかめた。
「お前、久しぶりに裏取引の会談でもするんだろ。9か月ぶりか」
「この会談は、王様のお耳にも入っている正式なものです。やましいことは何もありません」
「ちえっ」
「残念でしたね」
お互い睨み合っている。
「はいはい二人とも。お互い仕事があるんだから早く行きましょう」
本当は私が早く行きたいからなのだが。
すると二人は納得し、準備を始めた。
本当に朝鮮語を習得できてよかった、と強く実感した。
九か月前は、何を言い合っているのかも分からなかった。
今は、止められる。
私が突っ立っていると、ギョングが話しかけてきた。
「もしかしてあなた、その格好で宮廷に行くつもりですか。さすがに汚いですよ」
「じゃあ何に着替えればいいと言うのよ」
他人の服を借りるのは気が引けて、私は、バスローブみたいな服を、洗っては着てを繰り返していた。
さすがに汚れが目立ってきている。
「はぁ、これを着てください」
そう言ってギョングが投げてきたのは、きれいな緑と青の韓服だった。
ドラマで見たままの服だ。
「ありがとうございます!」
「上等な絹を使っていますので、汚さないでくださいね」
「何その心配性」
「高かったんですから、さすがに心配しますよ」
「ふーん。それじゃあ、あっちで着替えてきます」
そう言って納屋を出ると、二人の話し声が聞こえてきた。
「ドヒョンさん、ウンソさんが『あっちで着替える』って言ったらかなり落胆していましたね」
「してねーよ」
「もしかして、ドヒョンさん、もしかして?」
「あー!やめろやめろ!」
…聞かなかったことにしよう。
◇
私が着替えて外に出ると、二人はすでに準備を終えていた。
「お待たせ」
「それでは、行きましょう」
ギョングが言った。
歩き出すと、ドヒョンがモジモジしていた。
「どうしたの、ドヒョン」
そう言うと、ドヒョンは図星を突かれたように、小さく飛び跳ねた。
肩をビクッとさせるところが、どこか藤井さんに似ている。
藤井さんも、あのとき、こんな感じだった気がする。
…まさかね。
「あ、あの。その服、似合ってるんじゃないか」
「ありがとう」
お世辞でも、嬉しいな。
すると、ギョングがニヤニヤしているのが見えた。
ドヒョンもそれに気づいたらしい。
「何ニヤニヤしてるんだよ」
「別に何でもありませんよ」
そうして歩いていると、宮廷の入口らしきところに到着した。
「ここは昌徳宮です」
「あ、聞いたことがある」
「そうですか。それなら、宮廷や様々な官庁が入っていることもご存知でしょうね」
「もちろん」
「それなら話が早いです。門で、持ち物を改められます。決して例の言葉を話さないように」
「分かってますよ」
順番が回ってくると、門番が話しかけてきた。
「それでは、用件と持ち物を確認する」
「私はこういう者です」
ギョングは、懐から木の札を取り出した。
ドラマで見た号牌だ。
門番は、号牌を見るなり、背筋を伸ばした。
「これは失礼いたしました。どうぞ、お通りください」
「ありがとうございます」
私たちは昌徳宮に入っていった。
門をくぐると、石畳の道と、瓦屋根の建物が、どこまでも続いていた。
ドラマで見た景色が、そのまま、目の前にある。
するとドヒョンが話し始めた。
「あんなにあっさり終わるものじゃないだろ、ギョング」
「これが、大臣とつながっている私の大きな利点です。感謝してください」
「ありがとうございます」
ドヒョンは大げさにそう言った。
「それではここでお別れです。あなたたちはまっすぐ内医院に向かってください」
「分かりました」
私はそう言った。
するとギョングは裏の路地へ入っていった。
路地に入る直前、ギョングの表情が、一瞬、険しくなった気がした。
ドヒョンは、それに気づいていなかった。
こんにちは、ヤサイローリングです。
今回からついに本編からハングルが消え去りました。
圧倒的に作業効率が上がるのでハッピーです。
次回もお楽しみに。
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それではまた次回。




