【第9話:ニワカ判定】
第8話では、篤志の物語がひとつの頂点を迎えました。
今話から、新しい人物が登場します。
悠真、25歳。
朝は遅く、努力は嫌いで、スキルは隠す。
実家に住み、給料は使い切り、ゲームだけが本物の居場所。
篤志とは、何もかもが違います。
でも、この二人はいつか交わります。
今話では、その「きっかけ」となる夜を描きます。
たった一言の「まぁ、いいか」が、どこへ繋がっていくのか。
この時の悠真には、まだ分かっていません。
悠真の朝は、いつも遅い。
目が覚めると十時を過ぎている。
カーテンの隙間から光が差し込んでいるのを確認して、また目を閉じる。急ぐ理由が、どこにもない。
実家の二階、六畳の自分の部屋。
ベッドの横にはゲーミングチェアとデスク。モニターが二枚。スペックだけは無駄に高い。
階下から母の声がする。
「悠真、ご飯できてるよ」 「あとで」 「冷めるよ」 「あとでー。」
しばらくして、また声がする。「会社は?」 「リモートだから」
嘘ではない。今日は午後から在宅で作業がある。午前中は、自由だ。
悠真は天井を見上げた。
別に、不満はない。実家は快適だ。食事は出てくる。光熱費もかからない。IT系の会社に就職して三年、給料はそこそこ入ってくる。同期の彼女もいる。FPSのコミュニティも持っている。
これで何が不満なんだ、と自分に言い聞かせる日が、たまにある。
そういう日は、たいてい何もなかった日だ。
会社は、地元の中堅IT企業だ。
特にやりたいことがあって入ったわけではない。
大学でプログラミングをかじっていたら、そういう会社に流れ込んだ、という感じだ。
仕事は、できる。自分でも分かっている。ただ、それを積極的に見せようとは思わない。
できると思われると、仕事が増える。仕事が増えると、時間が減る。ゲームができなくなる。
だから悠真は、ほどほどにこなす。
目立たない範囲で、ミスをしない範囲で、ちょうどいいところを維持している。
同期の中に、一人だけ苦手なやつがいる。 田所という男だ。
背が高くて、声が大きくて、【俺すげぇ。】オーラを常に全開にしている。
飲み会のたびに武勇伝を語る。
会議のたびに自分の意見を押し込んでくる。
話が薄い。すぐ分かる。でも、その薄さに気づかない人間が意外と多い。
悠真は、そういうやつが一番苦手だ。
深く関わらないようにしていた。
その夜の飲み会は、プロジェクトの打ち上げだった。居酒屋の座敷に、十人ほど。
悠真は端の席を確保して、ビールを飲みながら、スマホでFPSコミュニティのチャットを流し見していた。
「悠真くんってさ、ゲームやるんだっけ」
声をかけてきたのは、田所だった。
「まあ」
「何やってんの」
「FPS」
「あー、俺もやるよ。スカーミッシュとか」
悠真は一瞬だけ画面から目を上げた。スカーミッシュ。名前だけは知っている。
二年前に流行って、半年でユーザーが半分に減った、あのゲームだ。
今もやっているやつは、ほぼいない。
「今も?」
「まあ、ちょくちょく」
「サーバー、まだ生きてる?」
「え、あ、まあ……」
田所の目が、わずかに泳いだ。
悠真は何も言わなかった。スマホに視線を戻した。
ニワカだ、と思った。ゲームに限らず、こういうやつは一定数いる。
知ったかぶりをして、場に溶け込もうとする。悪意はない。ただ、薄い。
終わった話だと思っていた。
「もっと教えてほしいんだけど」
二次会のバーで、田所が隣に座ってきた。
「FPS、ちゃんとやりたいんだよね。子供の頃から、親が厳しくてゲームを全然やらせてもらえなかったから」
声のトーンが、さっきと違った。
「中学の時、クラスで自分だけゲームの話についていけなくて。それでずっと輪に入れなかった。だから大人になってから自分でやろうとしてるんだけど、どこから入ればいいか分からなくて」
悠真は田所の顔を見た。
さっきまでの【俺すげぇ。】オーラが、すっかり消えていた。
「コミュニティ、入れてくれないかな。ちゃんと一から教えてもらえたら、絶対真剣にやるから」
田所が頭を下げた。
悠真は少しの間、黙っていた。
苦手なやつだ。今も変わらない。あの薄っぺらいオーラも、武勇伝も、全部うっとうしかった。
でも、子供の頃に輪に入れなかった話は、作り話には聞こえなかった。
「……まぁ、いいか」
軽く言った。深く考えた末の決断ではなかった。ただの気まぐれだった。
田所が顔を上げた。「本当に?」と言った。表情が、急に子供みたいになった。
悠真はビールを飲んだ。
「試用期間ありだけどな」
「なんですか、それ」
「ニワカは一発でバレるから」
田所が笑った。
悠真も、少しだけ笑った。
家に帰る電車の中、悠真はコミュニティのグループチャットを開いた。
「新しいやつ入れていい?」と打った。
すぐに返信が来た。「誰?」「どんなやつ?」「ガチ勢?」
「ニワカ。でも根性はありそう」
「まじか」「育てる気あんの?」「悠真がそう言うなら」
悠真はスマホを閉じた。
窓の外に、夜の街が流れていく。
別に大した話じゃない。コミュニティに一人増えるだけだ。
それだけのことだと、この時は思っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
「ニワカは一発でバレるから」
この台詞を書いた時、悠真というキャラクターが自分の中で動き出した気がしました。
軽くて、鋭くて、人を傷つけたくない。
そういう人間が、次話から少しずつ試されていきます。
田所という男のことを、悠真はまだ「苦手なやつ」としか思っていません。
次話では、その認識が少しずつ、取り返しのつかない方向に動き始めます。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。
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