【第10話:オフ会の夜】
今回からいよいよ新キャラクター・田所が本格的に物語へ絡んできます。
悠真の日常パートということで、これまでより少し空気の軽い話になっていますが——この「軽さ」こそが、後々効いてくる伏線になります。彼女・美沙樹も初登場です。
オフ会という、ゲーマーなら誰しも一度は経験する独特の緊張感と高揚感を、できるだけリアルに描いたつもりです。お楽しみいただけたら幸いです。
田所がコミュニティに初めて参加したのは、打ち上げの翌週土曜だった。
「よろしくお願いします」というメッセージが来た。
悠真は「おう」とだけ返した。
最初のゲームで、田所はすぐ死んだ。
マップを把握できていない。敵の動きが読めていない。焦って撃って、外して、また死ぬ。
職場では【俺すげぇ。】オーラを全開にしている田所が、画面の中では完全に別人だった。
試合後、田所が「すみません、足を引っ張って」と言った。
「最初はそんなもん」と、コミュニティの誰かが返した。
悠真は何も言わなかった。
翌週、また死んだ。
「あの時、俺は左から回れば良かったんですか?」
試合後、チャットで悠真に聞いてきた。
「そう」 「じゃあ次はそうします」
その翌週、田所は実際に左から回った。死にはしたが、タイミングは悪くなかった。
「成長してんじゃん」と、コミュニティの誰かが言った。
田所は「まだまだです」と返した。
悠真はその返しを見て、少し引っかかった。
職場での田所なら「そうっすよね、伸び代ありますよね」と返すはずだ。
謙遜ではなく、次の自慢への助走として。
「まだまだです」という言葉は、田所らしくなかった。
この場では、そう見せた方が得だと判断したのかもしれない。
そう思ったが、考えすぎかもしれなかった。
オフ会の話が出たのは、田所がコミュニティに参加して一ヶ月経った頃だった。
もともと年に一、二回は集まっていた。今回は田所の加入祝いも兼ねよう、という流れになった。
「俺も行っていいですか?」
田所が真っ先に言った。
「お前のための会だろ」
「そうか。じゃあ、悠真さんから紹介してもらえますか」
「自分でしろ」
「悠真さんから一言あると入りやすいんですけど」
悠真は少し考えた。「……行けば分かる」
グループチャットにオフ会の日程が流れてから二日後、田所が悠真にDMを送ってきた。
「悠真さんって、彼女いるんでしたっけ」
唐突だった。「なんで?」
「いや、会社の女の人に悠真さんのこと聞かれて。確かいると思って答えたんですけど、合ってますか?」
誰に聞かれたのか、それは書いてなかった。
「合ってる」
「同期の美沙樹さんですよね。よくお昼一緒にしてるじゃないですか」
悠真は少し返信を止めた。見ている、と思った。
「それが何か?」
「いや。オフ会、連れてきてあげればいいのにって思って。コミュニティのみんなも喜びますよ、きっと」
翌日、コミュニティのグループチャットに田所が書いた。
「そういえば悠真さんって彼女いるんですよね?オフ会、連れてきてほしいな」
すぐに何人かが乗ってきた。「え、そうなの」「来てよ来てよ」「リア充の罰として全員にお酌しろw」。
悠真は「ゲーマーじゃないから」と返した。
「それでもいいじゃないですか」と田所が書いた。「みんな悠真さんのこと知りたいんだと思います。彼女のこと含めて」
最終的に、美沙樹も来てくれる事になった。断る理由を作れなかった。
それだけのことだ、と悠真は思おうとした。
当日、居酒屋の個室に七人が集まった。
コミュニティのメンバーにとって、田所は「悠真が連れてきた会社の同期」で、美沙樹は「悠真の彼女」だった。
最初の三十分、田所は静かにしていた。
話題に乗ることもなく、ニコニコ笑いながら、全員の顔と発言を交互に見ていた。
測っている、と悠真は思った。
コミュニティには独特のノリがある。誰が中心で、誰が空気を作っていて、何がツボで、何が地雷か。
田所はそれを、三十分かけて把握した。
そして動いた。
話題の振り方が変わった。コミュニティで一番いじられキャラのメンバーの話に乗っかって、
自分の初回の死にっぷりを大げさに語った。笑いが起きた。
その笑いに乗って、次の話を広げた。空気の中心にいる人間に話題を振った。
その人間が乗ってきた瞬間に、さりげなく引いた。
気づけばテーブル全体が、田所のペースで動いていた。
「意外と普通のやつじゃん」と、悠真の隣で誰かが耳打ちした。
悠真は「そうか?」とだけ返した。
普通じゃない、と思っていた。でも、うまく言葉にできなかった。
会の中盤、田所が美沙樹に話しかけた。
「ゲームはやらないんですか」
「全然」と美沙樹が笑った。
「悠真に教えて貰ったんですけど、向いてないって言われて」
「悠真さん、厳しいですよね」田所が悠真に目を向けた。「ゲームになると特に」
「別にそこまでじゃないケド」
「でも美沙樹さん、コミュニティのこと気にしてたんじゃないですか。悠真さんがいつも楽しそうにしてるから」
美沙樹が少し首を傾けた。「そうかな?」
「分かりますよ、なんとなく」田所は笑った。
悠真はその会話を聞きながら、グラスを口に運んだ。何かを言う必要はなかった。
ただ何となく、美沙樹と田所の間に自分がいない気がした。
気のせいだ、と思った。
会の後半、田所が悠真の隣に来た。
「楽しいですね、ここ」
「そうか」
「美沙樹さん、いい人じゃないですか」
「そうだな」
「悠真さんに似てない」悠真は少し田所を見た。
「どういう意味だ?」
「褒めてますよ」田所が笑った。
「悠真さんって感情が顔に出ないじゃないですか。美沙樹さんはすごく出る。バランスがいいと思って」
そう言って、田所は少しだけ声のトーンを落とした。
「……職場、なんか居心地悪いな、って最近思うんですよね」
「そうか?」
「誰かの機嫌を読んで動かないといけない空気があるじゃないですか。ここにはそれがないから」
「ゲームはそういうもんだ」
「いいですよね、それ」
田所が言った。横顔が、しんみりとしていた。
悠真はそれを見て、少し意外だった。意外だった、が。
この話を、今ここで、自分にしてくる理由は何だろう?とも思った。
田所の表情からは、読み取れなかった。
帰り道、美沙樹と二人で駅まで歩いた。
「田所くん、面白い人だね」と美沙樹が言った。
「そうか?」
「悠真が言ってたイメージと違った。もっとチャラいのかと思ってた」
「実際、職場でチャラい時あるし・・・」
「なんか気に入らなさそうだったじゃん、最初」
悠真は少し考えた。
「別に・・・気に入らないワケじゃない」
「じゃあ何?」
「苦手なタイプだったの。」
美沙樹がちらりと悠真を見た。
「でも良かったじゃん、仲間が増えて」
「・・・。」
改札で別れた。
帰りの電車で、悠真はシートに背中を預けた。
田所のことを、最初より嫌いじゃなくなっている自分がいた。
それは事実だ。
ただ同時に、何かが引っかかったままでもあった。
うまく言葉にできない引っかかりだ。
職場での田所と、ゲームの中での田所と、今夜の田所が、少しずつ違う。
どれが本物なのかが、一ヶ月経ってもまだ分からない。
美沙樹の言葉が、脳裏に一度だけ浮かんだ。「面白い人だね」。
それが、なぜか引っかかった。
スマホを開くと、田所からメッセージが来ていた。
「今日はありがとうございました。また呼んでください」
「おう」とだけ返した。
既読がついた。すぐに親指を立てたスタンプが返ってきた。
一拍置いて、もう一件来た。
「美沙樹さんにもよろしくお伝えください」
悠真はスマホを閉じた。
窓の外に、夜の街が流れていく。
引っかかりの正体が何なのか、この時の悠真にはまだ分からなかった。
分かった時には、もう遅かった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
田所というキャラクター、いかがでしたか。「意外と普通のやつじゃん」という周囲の評価と、悠真だけが感じる微かな違和感——このギャップを丁寧に描きたいと思いながら書きました。
美沙樹の「面白い人だね」という一言も、何気ないようでいて、実は物語の中でとても重要な意味を持ってきます。覚えておいていただけると、後の展開がより楽しめるかと思います。
次話では、コミュニティに少しずつ生じる「ぎこちなさ」を描いていきます。引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。
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