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【第11話:コウモリ】

今回は、タイトル通りの「コウモリ」的な動きを描いた話です。

ゲームコミュニティというのは、不思議な人間関係の場所だと思っています。顔も本名も知らないのに、長時間行動を共にすることで妙な連帯感が生まれる。その分、信頼が崩れる時も早い。

田所というキャラクターは、そういうコミュニティの構造を、最初から逆算して使っています。前話から続く「何かがおかしい」という違和感が、少しずつ輪郭を持ち始める回です。

 最初に変わったのは、返信の速さだった。

 グループチャットに悠真がメッセージを送ると、

 以前は三十秒も経たないうちに誰かが反応していた。

 それが今は、一時間。二時間。既読だけがついて流れていく。

 気のせいかもしれない。

 そう思って、思い直した。


 木曜の夜、悠真は一人でフリーマッチに入った。

 画面の中、仲間のIDが並んでいる。オフ会の顔ぶれと同じだ。

 誰も声をかけてこない。

 マッチングが終わり、ゲームが始まり、ゲームが終わる。

 チャット欄に「GG」とだけ流れた。それだけだった。

 悠真はヘッドセットを外してデスクに置いた。静かだった。


 翌週、もっとはっきりした形で来た。

 悠真がグループチャットに送ったメッセージに、誰も反応しなかった。

 既読すらつかなかった。

 その三十分後、別のメンバーが投稿した雑談には、すぐに五件の返信がついた。

 悠真は画面を見つめた。

 無視されている。

 はっきりと、そう分かる形で。


 翌日の昼休み、田所が向かいに座った。

「最近、コミュニティの雰囲気が変わってきてるの、気づいてますよね」

 悠真は何も言わなかった。

「実は」と田所は少し声を落とした。

「みんな悠真さんのこと、ちょっと敬遠してて」

「敬遠?」

「管理のやり方がキツいとか、空気読まないとか。そういう声が出てるんです」

 思い当たらなかった。

 思い当たらないから余計に、じわりと気持ち悪い。

「・・・俺が何かやらかした?だったら直接話して謝るよ」

「それは・・・」田所は大きく首を振った。

「やめた方がいいと思います。今の状態で踏み込むと、もっとこじれる」

「じゃあどうすれば?」

「俺に任せてもらえませんか。悠真さんが仲間に入れてくれたので、今度は俺の番です。」

 自然な流れだった。

 あまりに自然すぎて、悠真は「分かった」と言ったその瞬間。


 田所が笑った。


 一瞬だけ。唇の端が、ほんのわずかに上がった。

 それは満足の笑みではなかった。

 もっと違う何かで、悠真には名前がつけられない。

 気づいた時には田所の表情は元に戻っていて、心配そうな顔をしていた。


 田所に任せた、はずだった。だが状況は良くならなかった。

 むしろ悪化した。


 その週末、グループチャットでミズキと永田が衝突した。

 元々はゲーム中に、ミズキが閃光弾を投げて永田の視界を奪った事に対する言い合いだったのに

「お前、裏で俺の悪口言ってんだろ」ミズキがプレイ以外の事でキレ始めた。

「は? 何だそれ?言ってねえよ!」

「とぼけんな。お前が言っていた事は全部知っているからな!」

「誰から聞いたんだよそれ」

「それは言わねえよ!」

 チャットは荒れた。誰かが仲裁に入ろうとして、別の誰かに飛び火した。

「お前もこの前、俺のこと言ってたらしいじゃん」

「は? 誰がそんなこと」

 悠真は画面を見ながら、何が起きているのか分からなかった。

 誰も悪口など言っていない。

 なのに全員が、誰かに何かを言われたと思っている。

 収拾がつかなくなっていた。


 翌週、別のメンバー同士でも同じことが起きた。

 チームプレイの連携も崩れ、コミュニティの中がギスギスする中で

「俺の陰口、お前が広めたんだろ」

「知らねえよ、そんなん」 またプレイとは関係ない事で言い争いになる。

 悠真が間に入ろうとすると、矛先がこちらに向いた。

「だいたいお前が一番イラつくんだよ!管理人ヅラしやがって!」

 悠真は反論しなかった。反論する材料がなかった。


 職場でも、何かが変わり始めていた。

 出社時、事務所に入ると一旦会話が止まる。

 給湯室の前を通ると、女子社員たちが目を逸らす。

 上司との一対一の面談で、やけに探るような質問をされた。

「最近、悠真くんの周り、何かあった?」

「特に何も」

「そうか・・・まぁプライベートには関われないしな。」

 言葉の途中で切られた。何かを知っていて、言わない態度だった。

 悠真は、自分の周りに薄い膜が張られていくのを感じた。


 その夜、永田から個別にDMが来た。

「最近のコミュニティ、おかしくないか」

「おかしい」

「誰かが何か吹き込んでる気がする」

 悠真は少し考えてから返した。

「お前もそう思うか」

「思う。でも誰かは分からない」


 永田と二人だけのチャットを作った。

 ここだけは、互いに疑わない。そう決めた。

 コミュニティ内全員が疑心暗鬼になっており誰も信じられなかった。


 悠真と永田は、手分けしてヒアリングを始めた。

 一人ずつ、それとなく個別に話を聞いた。

 数日後、永田から連絡が来た。

「報告がある」

「何だ?」

「ミズキに誰から聞いたか、ようやく吐かせた」

 悠真は息を止めた。

「田所だった。」

 なんとなく予想はしていた。

 それでも、文字を見た瞬間、胃の底が冷たくなった。

「それだけじゃない」永田の文章が続いた。

「田所、お前の悪口を捏造して全員に吹聴しているぞ」

 悠真の指が止まった。

「リアルはクソな奴だから、せめてゲーム世界に居場所を残してやった恩も忘れ、

 コミュニティで偉そうにしてやがる。とか・・・」

 悠真は、画面を見つめた。

 「ボイチャマイクをミュートにせず、生活音や独り言を垂れ流すその内容が

 超キモオタだから動画に編集して晒してやろうwとか・・・」


 作戦指示通りに動けない無能

 パニックコールばっかで指示の中身がないバカ

 土壇場では必ずビビッて隠れている超使えないヘタレ

 自分の戦績優先で動く承認欲求オバケ

 etc・・・


「俺そんな話は一切した事がない」

「だよな。俺もそう思った」

 永田の文章が、少し間を置いて続いた。

「だとしたら、あいつ何でそんな話作ったんだ?」

 悠真は答えられなかった。代わりに、別の問いが浮かんだ。

 まさか。

 まさか、職場にも何かが・・・。

 その先を、考えたくなかった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

田所が各メンバーに吹き込んでいた「悠真の悪口リスト」、いかがだったでしょうか。一つひとつはありふれた悪口なのに、それが全部、自分が言ったことにされている——この気持ち悪さを丁寧に描きたいと思いながら書きました。

そして最後の永田の報告。コミュニティだけの話では済まないかもしれない、という予感で終わっています。

次話では、職場側の状況が一気に動き始めます。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。ブックマーク・評価、大変励みになります。よろしくお願いいたします。

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