【第25話:特定班、始動】
前話の最終行から、そのまま続きます。
視点は悠真へ。時間は、現在へ。
《噂ではなく、記録を。感情ではなく、日付を。》——闇払いネット、再始動です。
スクロールの途中で、手が止まった。
国会議員の実名アカウント。
誠一郎、という名前が、そこにあった。
悠真は投稿を、三度読んだ。
現職の議員が、実名で、AIに政治を委ねろと書いている。
「……前代未聞だろ、これ」
その夜のうちに、解説動画を作った。
ボコーダーで声を変え、投稿文を一行ずつ読み上げる。
タイトルは迷った末、こうした。
《【実名】現職議員「もうAIに委ねるべき」全文を読む》
ネタ半分だった。
半分は、なぜか笑えなかった。
文面のどこにも、勢いがなかったからだ。
絶望は、書き慣れた者ほど静かに書く。
サイトの相談窓口で、嫌というほど見てきた筆跡だった。
動画は、一晩で跳ねた。
コメント欄が、二つに割れて燃える。
その中に、一つの指摘が刺さっていた。
《この議員が引用してる「死ねよ日本」の人、調べた方がよくない?》
特定班が、動き出した。
差し押さえの貼り紙の写真から、弁護士名。
弁護士名から、破産管財の記録。
会社名から、取引先。
取引先の川上に、あの買い占め企業。
公開されている需給統計と、報道の「足りている」の矛盾。
誰かが、ママ友SNSのスクリーンショットを掘り出した。
日付が、全部並んだ。
息子の障害発覚。妻の入院。買い占めの開始。倒産。投稿。
一本の線になった。
悠真は、公開ボタンの前で指を止めた。
他人の家の不幸を、並べていいのか。
三十秒、迷った。
個人が特定できる部分を全部削り、日付と構造だけを残した。
《噂ではなく、記録を。感情ではなく、日付を。》
それが、このサイトの看板だった。
空気は、一晩で反転した。
《失業、乙》と書いた連中が、《オヤジ、頑張れ!》と書いていた。
同じIDで。
悠真は、その速さに祝杯を上げる気になれなかった。
手のひらは、返る。どちら向きにも、同じ速さで。
月日が流れ、サイトは別の火を追いかけていた。
全国の水源で、同じ手口の土地買収。
長野の保護官から届いた、一枚の擦り出し。
《AX-Θ07》
あの型番が、机の上の景色を変えてから、まだ日は浅い。
その夜、永田が画面を三枚並べた。
「面白いもの見つけた。というか、嫌なもの」
一枚目。誠一郎叩きの拡散ログ。
音源流出の直後、初動六十四分で四百十二アカウントが一斉に動いていた。
文面は、ほぼ同一。
「で、これが二枚目」
同じ四百十二アカウントの、現在。
全部、消えていた。
削除日は——三月九日。同じ日に、一斉に。
「三枚目は、例の保護官さんの件」
葵の動画の初期拡散ログ。
初動五十八分、三百八十七アカウント。
削除日、十一月二日。一斉に。
悠真は、三枚を長い間見比べた。
片方は、持ち上げる風だった。片方は、燃やす風だった。
向きは逆なのに、羽根の回り方が同じだ。
「……風向きは、どうでもいいらしいな」
声が、少しかすれた。
火が付く前に、薪を組む誰かがいる。
燃やす薪も、担ぎ上げる神輿も、同じ手が組んでいる。
感情ではなく、日付を。その日付が、静かに悲鳴を上げていた。
永田が、モニターの灯りの中で言った。
「誰の仕事だと思う?」
「わからん。ただ——」
悠真はログの端の、削除時刻の列を見た。 秒まで、揃っている。
「人間の手つきじゃ、ない気がする」
言ってから、自分の言葉に鳥肌が立った。
メールは、その週末に届いた。
差出人の名前を見て、悠真は椅子に座り直した。
誠一郎。本人のドメインからだった。
《突然のご連絡を失礼します。
桧山葵さんから、あなたのサイトのことを伺いました。
まず、あの投稿の真意をお伝えしたい。
あれは主張ではありません。敗北です。
利権の都合で政治もメディアも動く現実に、
あの夜の私は、白旗を上げました。
いま、それを恥じています。
私に関する音源について、弁明はしません。
ただ、未編集の記録が残っている可能性のある場所と、
当時の日程の一切を、お渡しできます。
調べるかどうかは、あなたが決めてください。
噂ではなく、記録を。
貴サイトの言葉に、賭けてみたくなりました。》
悠真は返信を打った。
長い文章を書いて、全部消した。
一行だけ残した。
《日付をください。全部の。》
深夜、作業机。
スピーカーから、例の音源が流れる。
《おまえのためにやってるんだぞ! わかってんのか!》
波形が、画面いっぱいに広がった。山と、谷。人の声のかたち。
悠真は袖をまくった。
部屋の隅で、外付けドライブの灯が点滅している。
解析進捗、ゼロのまま。
開かない箱と、これから開く音。
夜は、まだ長かった。
お読みいただきありがとうございます。
悠真編から追ってくださっている方には、二重の再会だったと思います。
特定班の仕事ぶりと、あのサイトの信条。
そして篤志の投稿が、ようやく「日付の線」として結ばれました。
第8話の冷笑が同じIDで手のひらを返す場面は、書いていて一番苦い箇所でした。
永田が並べた三枚の画面について、作者から言えることはまだありません。
持ち上げる風と燃やす風、羽根の回り方が同じ——悠真の鳥肌を、皆さまと共有できていれば幸いです。
悠真の返信《日付をください。全部の。》は、この章で一番書きたかった一行かもしれません。
次話「サーバーダウン」——誠一郎編、最終話です。
音源検証の全貌と、その先に待つもの。明日更新予定です。
ブックマーク・下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、連載の大きな励みになります。




