↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/43

【第24話:もう、終わってるよ日本】

誠一郎編、章の底です。

第14話「暗号化されたファイル」の最終行を覚えている方は、思い出しながらお読みください。

あの夜、悠真が見た投稿の中身を、今夜初めてお見せします。

 国会の委員会室で、週刊誌が掲げられた。

 「ここに、詳細な証言が載っております」

 質問者は、表紙をカメラに向けたまま言った。

 誠一郎は答弁に立った。

 「委員にお尋ねします。週刊誌の記事が、エビデンスですか?」

 「答えになっていない!疑惑は深まりました」

 深まった、の一言で質疑は終わった。

 何が深まったのか、誰も説明しなかった。


 夜のニュースは、答弁を八秒だけ使った。

 「エビデンスですか?」の語気の部分だけ。

 テロップは《逆ギレ答弁》。

 削られたのは、前後の全部だった。


 その中継の裏で、事故が起きていた。

 委員会後の囲み取材。

 マイクが、切り忘れられていた。

 「——表情悪いやつだけでいいっすよ、どうせ」

 「ですよね。支持率下げる様な画像しか載せないし。」

 笑い声。機材を畳む音。

 その音声が、切り抜かれてSNSに流れた。

 三十秒のクリップは、その夜のうちに百万回再生された。

 テレビは、一秒も報じなかった。検証番組も、訂正も、なかった。

 なかったことに、なった。

 誠一郎は深夜、そのクリップを三度再生した。

 怒りは、湧かなかった。


 世界の仕組みが一瞬だけ素顔を見せて、また面を着けた。

 それを見た。それだけだった。


 党の外でも、歯車が噛み合い始めていた。

 解消を宣言したはずの旧派閥。

 その領袖たちが料亭に集まったと、新聞のベタ記事が三行で伝えた。

 「あれは、もう終わりだろう」

 誰かの一言が、コラムに漏れた。

 三日後、各局の論調が揃った。

 同じ日に、同じ言葉で。

 《けじめ》《説明責任》《党運営の限界》

 号令は、聞こえない。揃った足音だけが、聞こえる。


 同じ頃、SNSに妙な流れができていた。

 党の副代表を、次の代表に推す投稿。

 《もう彼しか勝たん》《一皮むけたな。ハクが付いた》

 言い回しまで同じ文面が、何百と並んでいた。

 作られた追い風は、匂いでわかる。

 自分に吹いたことが、一度もない風だからだ。

 誠一郎はスマホを伏せた。伏せても、風は止まなかった。


 自宅のテーブルに、封筒が散らばっていた。

 宛名の筆跡は、全部違う。中身は、全部同じだった。


 [おまえを殺す。][娘の学校は知っている。]


 妻が、向かいに座った。

 「あの子、三日、学校に行ってない」

 「……そうか」

 「ねえ」

 妻は、封筒の一つを指先で押しやった。

 「もう、やめない?」

 「ここで踏ん張らないと——」

 言いかけた言葉の先を、妻は待たなかった。

 「……そう」

 静かだった。


 「なら、別れましょう」


 怒鳴られた方が、まだ楽だった。

 妻の声には、温度の残りがなかった。燃え尽きた後の、灰の色をしていた。


 朝、目が覚めると、家の中の音が違った。

 玄関に、キャリーケースが二つ。妻と娘は、それを持って出て行った。

 娘は、最後まで目を合わせなかった。ドアが閉まる音は、驚くほど小さかった。

 誠一郎は、しばらく玄関に立っていた。

 涙は、出なかった。


 夜。

 テレビを点けた。自分を叩く番組だった。すぐ消した。

 スマホが光る。

 着信履歴四十七件。未読メール三百通超。

 開かずに、ニュースサイトを流し見た。

 うつろな目に、急上昇の見出しが引っかかった。


 《「死ねよ日本!!」倒産男の絶叫投稿が拡散》


 指が、勝手に開いていた。

 差し押さえの貼り紙。施錠された会社の玄関。

 息子の障害。壊れた妻。買い占めで潰された会社。

 ——強欲と、マウントの取り合いと、嘘ばっかの大義。

 コメント欄が、下に続いていた。


 《うはwwwオッサンぶっ壊れた》

 《何コレ》

 《ナフサショックで倒産ポイ》

 《失業、乙》

 冷笑が、何百と積まれている。


 燃える男の下で、手を叩く群衆。どこかで見た構図だった。

 毎日、鏡の中で見ている構図だった。

 気づいたら、指が動いていた。


 《困窮する国民を救えないのは、政治のせいだ。

  三十年間、救えてこなかったじゃないか。

  それを変えたくて政治家になり、今日まで戦ってきた。

  だが、それじゃ都合の悪い者が多いらしい。徒党を組んでの袋叩きだ。

  政治も、経済も、メディアも、利権の都合で動いている。

  もう、終わってるよ。日本。

  いっそ、一切の不正も汚職もないAIに、政治も委ねるべきだ。》


 読み返さなかった。

 投稿ボタンを、押した。

 送信完了の表示が、静かに点って消えた。

 誰もいない部屋で、スマホの光だけが顔を照らしていた。


 その夜。

 画面をスクロールしていた一人の男の、手が止まった。

 国会議員の実名アカウント。

 誠一郎、という名前が、そこにあった。

お読みいただきありがとうございます。

第8話で篤志が投げた「死ねよ日本!!」に、守る側の人間が返した言葉が、この投稿です。

二つの絶望は、十六話を隔てて対になっています。

国会でもテレビでも派閥でもSNSでも、この話に書いた「構図」に、

思い当たる景色があるかもしれません。

作中の人物・政党・事件はすべて架空ですが、構図だけは、私たちの現実から借りてきました。

そして最終行。第14話の夜と、ようやく時間が繋がりました。ここから物語は現在へ戻ります。

次話「特定班、始動」——視点は悠真へ。

《噂ではなく、記録を。感情ではなく、日付を。》の男たちが、動き出します。明日更新予定です。

ブックマーク・下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、連載の大きな励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。