【第24話:もう、終わってるよ日本】
誠一郎編、章の底です。
第14話「暗号化されたファイル」の最終行を覚えている方は、思い出しながらお読みください。
あの夜、悠真が見た投稿の中身を、今夜初めてお見せします。
国会の委員会室で、週刊誌が掲げられた。
「ここに、詳細な証言が載っております」
質問者は、表紙をカメラに向けたまま言った。
誠一郎は答弁に立った。
「委員にお尋ねします。週刊誌の記事が、エビデンスですか?」
「答えになっていない!疑惑は深まりました」
深まった、の一言で質疑は終わった。
何が深まったのか、誰も説明しなかった。
夜のニュースは、答弁を八秒だけ使った。
「エビデンスですか?」の語気の部分だけ。
テロップは《逆ギレ答弁》。
削られたのは、前後の全部だった。
その中継の裏で、事故が起きていた。
委員会後の囲み取材。
マイクが、切り忘れられていた。
「——表情悪いやつだけでいいっすよ、どうせ」
「ですよね。支持率下げる様な画像しか載せないし。」
笑い声。機材を畳む音。
その音声が、切り抜かれてSNSに流れた。
三十秒のクリップは、その夜のうちに百万回再生された。
テレビは、一秒も報じなかった。検証番組も、訂正も、なかった。
なかったことに、なった。
誠一郎は深夜、そのクリップを三度再生した。
怒りは、湧かなかった。
世界の仕組みが一瞬だけ素顔を見せて、また面を着けた。
それを見た。それだけだった。
党の外でも、歯車が噛み合い始めていた。
解消を宣言したはずの旧派閥。
その領袖たちが料亭に集まったと、新聞のベタ記事が三行で伝えた。
「あれは、もう終わりだろう」
誰かの一言が、コラムに漏れた。
三日後、各局の論調が揃った。
同じ日に、同じ言葉で。
《けじめ》《説明責任》《党運営の限界》
号令は、聞こえない。揃った足音だけが、聞こえる。
同じ頃、SNSに妙な流れができていた。
党の副代表を、次の代表に推す投稿。
《もう彼しか勝たん》《一皮むけたな。ハクが付いた》
言い回しまで同じ文面が、何百と並んでいた。
作られた追い風は、匂いでわかる。
自分に吹いたことが、一度もない風だからだ。
誠一郎はスマホを伏せた。伏せても、風は止まなかった。
自宅のテーブルに、封筒が散らばっていた。
宛名の筆跡は、全部違う。中身は、全部同じだった。
[おまえを殺す。][娘の学校は知っている。]
妻が、向かいに座った。
「あの子、三日、学校に行ってない」
「……そうか」
「ねえ」
妻は、封筒の一つを指先で押しやった。
「もう、やめない?」
「ここで踏ん張らないと——」
言いかけた言葉の先を、妻は待たなかった。
「……そう」
静かだった。
「なら、別れましょう」
怒鳴られた方が、まだ楽だった。
妻の声には、温度の残りがなかった。燃え尽きた後の、灰の色をしていた。
朝、目が覚めると、家の中の音が違った。
玄関に、キャリーケースが二つ。妻と娘は、それを持って出て行った。
娘は、最後まで目を合わせなかった。ドアが閉まる音は、驚くほど小さかった。
誠一郎は、しばらく玄関に立っていた。
涙は、出なかった。
夜。
テレビを点けた。自分を叩く番組だった。すぐ消した。
スマホが光る。
着信履歴四十七件。未読メール三百通超。
開かずに、ニュースサイトを流し見た。
うつろな目に、急上昇の見出しが引っかかった。
《「死ねよ日本!!」倒産男の絶叫投稿が拡散》
指が、勝手に開いていた。
差し押さえの貼り紙。施錠された会社の玄関。
息子の障害。壊れた妻。買い占めで潰された会社。
——強欲と、マウントの取り合いと、嘘ばっかの大義。
コメント欄が、下に続いていた。
《うはwwwオッサンぶっ壊れた》
《何コレ》
《ナフサショックで倒産ポイ》
《失業、乙》
冷笑が、何百と積まれている。
燃える男の下で、手を叩く群衆。どこかで見た構図だった。
毎日、鏡の中で見ている構図だった。
気づいたら、指が動いていた。
《困窮する国民を救えないのは、政治のせいだ。
三十年間、救えてこなかったじゃないか。
それを変えたくて政治家になり、今日まで戦ってきた。
だが、それじゃ都合の悪い者が多いらしい。徒党を組んでの袋叩きだ。
政治も、経済も、メディアも、利権の都合で動いている。
もう、終わってるよ。日本。
いっそ、一切の不正も汚職もないAIに、政治も委ねるべきだ。》
読み返さなかった。
投稿ボタンを、押した。
送信完了の表示が、静かに点って消えた。
誰もいない部屋で、スマホの光だけが顔を照らしていた。
その夜。
画面をスクロールしていた一人の男の、手が止まった。
国会議員の実名アカウント。
誠一郎、という名前が、そこにあった。
お読みいただきありがとうございます。
第8話で篤志が投げた「死ねよ日本!!」に、守る側の人間が返した言葉が、この投稿です。
二つの絶望は、十六話を隔てて対になっています。
国会でもテレビでも派閥でもSNSでも、この話に書いた「構図」に、
思い当たる景色があるかもしれません。
作中の人物・政党・事件はすべて架空ですが、構図だけは、私たちの現実から借りてきました。
そして最終行。第14話の夜と、ようやく時間が繋がりました。ここから物語は現在へ戻ります。
次話「特定班、始動」——視点は悠真へ。
《噂ではなく、記録を。感情ではなく、日付を。》の男たちが、動き出します。明日更新予定です。
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