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【第23話:河川敷】

前話の最終行の通りです。

この章で最も重い一話になります。人の死と、その死の扱われ方を書きました。

どうか、静かな場所でお読みください。

 議員会館の夜は、眠れなかった。

 思い出は、止めたい場所で止まってくれない。

 五日後の朝から、勝手に続きが流れ出す。


 一報は、朝のニュース速報だった。

《隣県の河川敷で男性の遺体 元政党関係者か》

 テロップが出た時、誠一郎は歯を磨いていた。

 ブラシを持ったまま、動けなくなった。

 秘書からの電話は、その三分後に鳴った。

 「先生。——真山です」

 現場は、車で二時間離れた川だった。

 縁もゆかりもない土地。

 土手の上に、靴が揃えて置いてあったという。

 誠一郎は、自宅の玄関を思い出した。

 靴を揃え直してから、頭を下げた男。

 揃えたのか。揃えさせられたのか。

 どちらでも、胸が潰れることに変わりはなかった。


 処理は、速かった。

 発見が、火曜の朝。

 水曜の昼には「事件性なし」の見出しが出た。

 遺書は、ない。

 なのに「悲観していた」という関係者の証言だけが、先に揃っていた。

 金曜には、書類の上ですべてが終わっていた。

 一人の人間の死が、三日で閉じられた。

 誠一郎は思った。

 俺の音源は、九日かけて焼かれた。

 あいつの死は、三日で畳まれた。

 速さの向きが、どちらも同じ方を向いている。


 葬儀の代わりに、報道が育っていった。

 あの会見の涙が、繰り返し流れる。


 《もう、政治が、怖いんです》


 三秒の間ごと、何百回も。

 河川敷に、花が並び始めた。花を置く人の列が、ニュースになった。

 ニュースが、また列を長くした。

 そして木曜の夜、ひとつの言葉が画面に載った。


 「追い込んだのは、誰なんでしょうね」


 コメンテーターは、名前を言わなかった。

 言う必要が、なかった。


 翌朝、事務所の前に中継車が三台並んだ。

 声明を出した。

 哀悼と、捜査への協力と、音源の再調査の要望。

 一行ずつ、削りに削った文章だった。

 《他人事のような声明》と見出しがついた。

 黙っていた二日間は《説明責任を果たせ》と書かれた。


 喋れば燃え、黙れば燃えた。


 言葉が、全部薪だった。

 党の会合で、隣の席が空くようになった。

 廊下で、目が合う前に逸らされる。

 「離党も選択肢では」という党内の匿名の声が、記事になった。

 匿名の声には、反論できない。

 殴り返す相手の、顔がない。


 日曜の深夜、誠一郎は一人で車を出した。

 河川敷の駐車場に、車を停める。

 土手の下に、花束の列が白く見えた。

 ドアに手をかけて、止まった。

 今ここを撮られたら、明日の見出しは決まっている。


 《深夜の謝罪パフォーマンス》。


 花のひとつも、置きに行けない。手を合わせることすら、演技と呼ばれる。

 誠一郎はハンドルの上で手を組み、頭を下げた。

 フロントガラス越しの、弔いだった。

 ——先生みたいになりたいんです。

 あの言葉だけは、本物だったと思いたい。

 思いたいという弱さも、もう誰にも言えない。


 自宅に着いたのは、二時過ぎだった。

 パジャマ姿の妻が、起きて待っていた。

 「起きてたのか」

 「……うん」

 それだけだった。

 廊下の奥、娘の部屋のドアが細く開いている。そっと覗いた。

 娘は、寝入っていた。常夜灯の薄あかりの中、頬に、乾いた涙の跡。

 枕元には、スマホが伏せて置いてあった。

 「学校で、何かあったのか」

 振り返って聞いた。妻は、黙り込んだ。

 黙ったまま、先に寝室へ入っていった。

 誠一郎は、娘の頬の跡をもう一度見た。

 拭いてやることは、しなかった。

 触れたら、起こしてしまう。

 起きたら、この子は何を見るのだろう。

お読みいただきありがとうございます。

真山が何者だったのか、あの朝をどう迎えたのか——作者は答えを書きませんでした。土手の上の揃えられた靴を、どう読むかは読者の皆さまにお預けします。ただ、彼の死すら「弾」として装填されていく速さだけは、事実として書きました。九日かけて焼かれる名誉と、三日で畳まれる死。

車から降りられない弔いの場面が、この話のすべてです。花のひとつも置きに行けない男の祈りを、書かせてもらいました。

次話「もう、終わってるよ日本」——章の底です。あの投稿の全文が、ようやく明かされます。明日更新予定です。

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