【第14話:暗号化されたファイル】
悠真編、最終話です。
今回は「闇祓いサイト」の運営が始まる中で、悠真がダークウェブという場所に足を踏み入れる話になっています。
田所という一人の人間の闇を見つめ続けた悠真が、もっと深い場所で見たものは何か。そして、そこで「拾ってしまった」データが、後の物語にどう絡んでくるか——今は伏線としてそっと置いておきます。
次話からは、新たな視点人物・森林保護管の葵の章へと移ります。引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
闇祓いサイトの運営は、思ったより地味な作業だった。
相談が来る。話を聞く。手口を整理する。似た事例と照合する。
それを毎日繰り返す。
派手なことは何もない。ただ、誰かの「自分だけじゃなかったんだ」という一言が、
悠真を机の前に繋ぎ止めていた。
情報収集の範囲は、少しずつ広がっていった。
表のSNS、掲示板、被害者コミュニティ。
そこで得た手口や事例をデータベース化していく作業が、悠真の日課になった。
その延長で、ダークウェブにも手を伸ばした。
怪しいものを探していたわけではない。
表に出てこない被害事例が、あちらに流れていることがあるからだ。
最初に目に入るのは、いつも売買の話だった。
盗まれたカード情報、偽造書類、マルウェア。
値段と品質のレビューが並ぶ様子は、普通のECサイトと大して変わらない。
人間の悪意が、こんなにも事務的な顔をしているのか、と思った。
だがもっと深く潜ると、様子が変わった。
金の匂いがしない場所があった。
殺傷の記録を「作品」として投稿する掲示板。
閲覧者が評価とコメントをつけている。
淡々とした独白が並ぶスレッド。
「誰にも言えないことを書く場所」という説明書きがある。
人を傷つけた体験、衝動、欲求。文体が、驚くほど冷静で饒舌だった。
大量殺傷犯を英雄視するコミュニティ。
実行前と思われる人間が「同志」を求めている。
悠真はそれらを、感情を殺して流し見た。
田所を研究する過程で、人間の暗部にはある程度免疫がついていた。
それでも、これらに共通するものに気づいた時、少し手が止まった。
誰もが、承認を求めていた。
金でも快楽でもなく、ただ「分かってくれる場所」を探して、ここに来ていた。
表の世界では絶対に言えない自分を、肯定してほしくて。
田所と、構造が同じだ、と思った。
規模と形が違うだけで、根っこは同じだった。
それを見つけたのは、特に何でもない夜だった。
深部のフォーラムを流し読みしていると、
場違いなファイルが添付されたままの投稿があった。
投稿者のアカウントは削除されていた。
残ったのはファイルだけだ。
拡張子がない。サイズは三十二メガバイト。
周囲のコメントが、断片的に残っていた。
「彼は研究所の人間だったらしい」
「本当のことを書いたんじゃないか」
「だから消された」
ダウンロードした。
念のため隔離環境で開こうとした。
開かなかった。
解析ツールをかけた。
弾かれた。
別のツールを試した。
同じだった。
暗号化されている。それも、悠真が見たことのない形式だった。
真偽は分からない。ダークウェブの書き込みなど、九割は嘘か誇張だ。
悠真はファイルを外付けドライブに移した。
バックグラウンドで解析を走らせたまま、別の作業に戻った。
それだけのことだった。
月日が流れた。 相談件数は増えた。
似た手口の事例が、地域も年代も関係なく積み上がっていった。
人を孤立させ、壊し、次に移る。
どこにでもいた。いつの時代にもいた。
ただ、SNSとスマートフォンが、その速度と規模を変えていた。
解析は、進まなかった。
バックグラウンドで回り続けているのは確認できる。
進捗ゼロのまま、外付けドライブはデスクの端に置かれ続けた。
忘れていたわけではない。
ただ、優先順位が上がらなかった。
ある夜、悠真はいつものようにSNSを流していた。
闇祓いサイトへの言及を追うためだ。
スクロールの途中で、手が止まった。
国会議員の実名アカウントからの投稿だった。
内容は短かった。
それなのに、画面から目が離せなかった。
誠一郎、という名前が、そこにあった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回、悠真がダークウェブの深部で気づいたこと——金でも快楽でもなく、ただ「分かってくれる場所」を求めて人間の暗部に集まってくる人たちの構造が、田所と根っこで同じだという洞察。これが悠真というキャラクターの到達点だと思っています。
壊された側の人間が、壊す側の人間の構造を理解して、初めて本当の意味で「闇祓い」ができる。その逆説を、さりげなく込めたつもりです。
暗号化されたファイルの中身は、もう少し先でお見せします。
次話からは森林保護官・葵の章が始まります。篤志編・悠真編とはまた違う温度の物語になる予定です。
ブックマーク・応援・レビュー、全て執筆の力になっています。よろしくお願いいたします。




