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【第13話:闇に堕ちた一年】

今回は、悠真編の実質的な最終話です。

会議室の後、悠真に何が起きたか。一年間、何と戦い、何にたどり着いたか。この話は、ある意味でこの作品全体のテーマが最も直接的に語られる章になっています。

重たい内容が続きますが、最後まで付き合っていただけると幸いです。

 正式に会社を辞めたのは、その三週間後だった。

 退職代行を使って、出社すること無く辞めた。

 全く引き止められなかった。それが、すべてを物語っていた。


 カーテンを閉め切った部屋に閉じこもる日々が始まった。

 時間の感覚がなくなった。

 もう、家族以外は、通りすがりの他人でも、

 全員ヒソヒソと自分の悪口を言っている気がしてならない。

 動悸と・冷や汗と・吐き気 が同時に悠真を襲う。 

 そして過呼吸になって倒れた。

 もう外に出たくても出られない体になっていた。


 田所の目。

 あの、にやついた目。勝ち誇っていた目。

 眠ろうとすると、その目が浮かんだ。

 眠れなかった。

 【憎らしい。 殺してやりたい。】


 美沙樹の声。

 俺の彼女だった。本当に大好きだった。

 天真爛漫で、小さな事も幸せに感じ、自然な色気があった。

 大好きな彼女を、田所の奴に弄ばれ滅茶苦茶にされた。

 あの時の声が耳から離れない。

 【悔しい。 寂しい。 悲しい。】


 コミュニティは、もう存在しなかった。

 悠真が抜けた後、誰かが解散を提案した。反対する者はいなかった。

 最後のメッセージは、誰のものだったか覚えていない。

 ただ、グループのアイコンがグレーアウトしたことだけ覚えている。

 すべてが、終わった。


 永田からDMが来たのは、退職して一ヶ月後だった。

 「生きてるかー?」

 悠真は長い間、返信できなかった。

 三日後、ようやく一言返した。

 「生きてる」


 永田は、悠真が抜けた後に分かったことを、すべて話してくれた。

 田所が、悠真の不在をいいことに、最後の仕上げをしていたこと。

 悠真が「精神的に不安定で、被害妄想がひどかった」という話を、

 コミュニティの残党に流していたこと。

 悠真が抜けたのは「自業自得」だという空気を、最後に作っていったこと。


 「あいつ、最後まで自分は悪くないって顔して終わらせやがった」

 永田の文字が、画面の中で揺れて見えた。

 悠真は、その文章を何度も読んだ。

 【よくも俺の大切な居場所をブッ壊してくれたな。】


 半年が経った頃、美沙樹の先輩の椎名から連絡が来た。

 SMSだった。文面は短かった。

 「突然ごめん。美沙樹が退職した。田所とも別れたって聞いた。

  DV受けてたみたい。一応伝えとこうと思って。ホントごめん。」

 悠真はそのメッセージを、何度も読み返した。

 ざまあみろ、とも思わなかった。

 可哀想だ、とも思わなかった。

 ただ、当然だ、と思った。

 あの男が、誰かを永遠に大事にできるはずがない。

 

 【あいつの噂を信じた奴ら全員同罪だ。】

 永田だけは別だ。

 でも、それ以外の全員。

 簡単に田所の言葉を信じて、悠真を疑った全員。

 検証もせず、想像で悠真を悪者にした全員。

 あいつらが、田所を生かした。

 あいつらが、田所に力を与えた。


 キッチンの引き出しにナイフを見つけ、悠真はそれを手に取った。

 もし今、目の前に田所がいたら、何の躊躇も無く刺すだろう。

 気合も、恐怖も、怒りも無い

 無感情で刺せる自信が、何故か有るのだ。

 【ああ、殺人はこうやって生まれるのか。】

 悠真はナイフを引き出しに戻した。

 心を亡くしている自分に驚き、少し手が震えていた。


 なぜ俺なのか?

 なぜ田所は俺をターゲットにした?

 なぜコミュニティを乗っ取った上で、わざわざ壊した?

 なぜ彼女を奪うだけでなく、会議室であんな見せ方をした?

 なぜ後で全部バレる様な嘘をつく?

 なぜ?なぜ?なぜ?・・・

 こんな事をして一体田所は何を得た?

 その問いが、二十四時間頭から離れなかった。


 眠れない夜、悠真はその問いだけを繰り返した。

 答えは出なかった。

 答えが出ないことが、悠真をさらに眠れなくした。


 ある夜、衝動的にパソコンを開いた。

 検索バーに、ばらばらの言葉を打ち込んだ。

 「息を吐く様に嘘をつく人」

 「人を孤立させる 心理」

 「組織 乗っ取り 手口」

 検索結果の中に、自分とよく似た体験を語る掲示板の書き込みがあった。

 また別のサイトを開いた。

 似たような事件のニュースを読んだ。

 被害者のブログを読んだ。

 夜が明けるまで、貪るように読み続けた。

 それから毎晩、同じことを繰り返した。

 検索して、読んで、また検索する。

 今の自分はPTSDだろう。


 共通点が、少しずつ見えてきた。被害者は皆、加害者を

 ・親切な人

 ・味方になってくれる人

 ・自分を持上げて気持ち良くする人

 と感じていた。共通するのは

 初対面なのにおかしいと思う位、距離感が近すぎる事。

 それが気づかぬうちに孤立させられていく。

 最後に、加害者は何の罪悪感もなく、同じ様な事を繰り返す。


 パターンがあった。偶然ではなかった。

 悠真は、専門的な資料を読み、論文を読み、当事者の手記を読んだ。

 そして共通する思考・行動パターンが理解できた。


 何で俺?

 =目の前に都合良く居たからサンドバックにした。それだけ。


 何で後でバレる様な嘘をつく?

 =思い付き・その場凌ぎだから嘘が嘘を呼ぶ。言葉に意味は無い。


 何でマウントを取り勝ち誇る?

 =他人を貶めることで、自分の優位性を常に確認し続けなければならないから。


 悪女が、男達を手玉に取って弄ぶ、そんな悦に浸るための贅沢な行為 ではない。


 誰かを下に置かなければ、底無しの孤独に飲み込まれる。


 誰かを貶め優位性を確かめて居ないと、虚無の自己肯定感に圧し殺される。


 悠真は、ようやくその答えにたどり着いた。


 マウントを取ることは、彼らのぶっ壊れた生存本能なのだ。

 

 被害者からすれば全く同意できない。理不尽極まりない本能だ。

 その夜、悠真は初めて、少しだけ眠れた。

 形が見えたからだ。

 形の見えない恐怖は、人を狂わせる。

 形が見えた恐怖は、まだ、扱いようがある。


 翌朝、悠真はパソコンの前に座った。 検索履歴を見返した。

 自分と同じような被害に遭った人間が、想像以上に多いことに気づいた。


 誰も、声を上げられずにいた。

 誰も、証拠を集める方法を知らなかった。

 誰も、自分が壊されたことに名前をつけられずにいた。


 悠真は、自分がやられた手口を、すべて文章にまとめた。

 個別接触。

 嘘の使い分け。

 被害者同士を疑わせる構造。

 最後に表に出てくる、本人の決して揺るがない勝ち誇る笑顔。


 一週間後、悠真は小さなサイトを立ち上げた。

 名前は「闇祓い」とした。

 最初の投稿は、自分の体験談だった。包み隠さず、すべてを書いた。

 コミュニティのこと。

 職場のこと。

 会議室のこと。

 投稿した後、悠真はしばらく画面を見つめていた。


 三日後、最初のコメントがついた。

 「私も同じことをされました」

 次の日、また別の人間から連絡が来た。

 「うちの職場にも、似たような人がいます」

 悠真は、その一つひとつに返信した。

 経験を聞き、手口を整理し、共通点を記録していった。

 誰かの相談に答え、誰かの証言を記録し、誰かに「あなたは悪くない」と伝えた。

 それが、今の悠真にできる唯一のことだった。


 人の痛みに寄り添い、

 再起する為の手助けをする。


 救済する事で、悠真自身が救われて行った。

 それだけが、悠真をこちら側に繋ぎ止めていた。


 【よくも地獄に突き落としてくれたな。】


この恨みを、冷静に手放せる様になるまで1年かかった。

手放せたらPTSDの症状も徐々に改善されていった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

「なぜ田所はあそこまでしたのか」——悠真が一年かけてたどり着いた答えを、この話に込めました。

悪意には、必ずしも合理的な目的があるわけではない。誰かを貶め、踏みにじり、勝ち誇ることが、彼らにとっての「生きる手段」になっている。それは被害者からすれば理不尽極まりない話ですが、構造が見えた瞬間に、恐怖の質が変わります。

悠真が「闇祓いサイト」を立ち上げるまでの一年は、怒りと絶望と、そして少しずつの回復の記録でした。

この経験が、物語の後半で悠真を「情報ハブ」として機能させる原点になっていきます。

次話からは、篤志・葵・誠一郎それぞれの物語が、より大きな渦へと引き込まれていきます。引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

ブックマーク・応援・レビュー、全て執筆の糧になっています。よろしくお願いいたします。

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