表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第1部完結】ハズレ聖女四人、辺境の幽霊屋敷でのんびりメイド暮らし〜今日もお茶とお菓子で平和です〜  作者: 浅沼まど
第1章【 ハズレ聖女、勢ぞろい 】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/32

第7話『村のみなさんに遠巻きにされています』


 屋敷の暮らしが回りはじめると、当然、足りないものが出てくる。

 小麦粉も、塩も、保存のきく食料も底をつきかけていた。畑のお裾分けと井戸の水だけでは、さすがに立ちゆかない。


「買い出しに行きましょう。村まで」


 家計簿とにらめっこしていた私が言うと、三人は思い思いに返事をした。


「よっしゃ、荷物持ちはまかせて!」リリーが腕まくりをする。

「お醤油(しょうゆ)と、お砂糖も切れていましたねぇ」とシルヴィア。

「……村まで、歩くの?」ネルが、早くもげんなりした顔をした。

「歩きます。荷車を引いてくれるなら、おんぶしてあげてもいいですが」

「……歩く」


 こうして四人そろって、私たちははじめて、丘を下りて村へ向かったのだった。

 丘を下りる道は、思っていたより長かった。ネルは案の定、途中で何度も「……休憩(きゅうけい)」と座り込もうとし、そのたびにシルヴィアが飴玉(あめだま)で釣って歩かせた。リリーは荷車がわりの大きなカゴを軽々と担ぎ、鼻歌まじりに先頭を行く。のどかな道行きだった。


          ◇


 カムナ村は、屋敷の丘の(ふもと)にある、小さな村だった。

 石を積んだ低い(へい)、土を踏み固めた道、畑のあいだに点々と建つ素朴(そぼく)な家々。中央から見捨てられた辺境、と聞いていたとおり、豊かとは言えない。けれど、よく手入れされた畑と、洗濯物のはためく軒先(のきさき)には、地に足のついた暮らしの匂いがあった。


 ——その、はずだったのだが。


 私たちが村の通りに足を踏み入れたとたん、空気が、がらりと変わった。

 井戸端で話していた女たちが、ぴたりと口を閉ざす。畑仕事の手を止めて、こちらを見る。家の窓から、子どもがそっと顔をのぞかせ——リリーがにっと笑って手を振ると、ひっ、と引っ込んで、奥から母親らしき人が子をかばうように抱き上げ、戸を閉めてしまった。


「……えっ。あたし、なんかした?」リリーが、しょんぼりと手を下ろす。

「いえ。たぶん、手を振っただけで、十分に怖かったんでしょう」

「ひどくない!?」


 そして、ひそひそと、さざめきが広がっていく。


「あれが、例の……」

「出る屋敷の、メイドだとさ」

「幽霊と一緒に暮らしてるって……」


 あからさまに、遠巻きにされていた。

 道を歩けば、人がさりげなく端へ寄る。目が合えば、慌ててそらされる。

 まるで、得体の知れない何かが通りかかった、とでもいうように。


「……なんか、すごい見られてるね」リリーが小声で言う。

「ですねぇ。歓迎、という感じではありませんねぇ」

「……ねむ」ネルは相変わらずだった。


 私は、こっそりとため息をついた。

 幽霊と暮らしている、というのは、まあ、否定はできない。けれど、こちらはごくごく真っ当に、井戸を掃除して、薪を割って、お茶を淹れているだけの、ただのメイドである。なぜこうも警戒されなければならないのか。

 ……まあ、城壁を炭にしたり、両軍を眠らせたりした過去は、ひとまず脇に置くとして。

 とはいえ、この四人の中でただ一人、何の力もない私まで、ひとまとめに〝規格外〟扱いされるのは、少しばかり釈然(しゃくぜん)としない。一番まともなのは、どう考えても私のはずなのに。


          ◇


 村の中ほどに、よろず屋を兼ねた一軒の家があった。

 店先で帳面をつけていたのは、白髪まじりの、がっしりとした年配の男だった。岩のように厚い肩と、日に焼けた厳つい顔。太い指でちびた鉛筆を握り、帳面の数字をにらんでいる。その鋭い目が、ふいに上がって、私たちをじろりと見た。


「……あんたらが、例の屋敷の連中か」

「はい。先日からあちらでお世話になっております。買い出しに(うかが)いました」


 私が丁寧に頭を下げると、男はしばらく値踏みするように私たちを眺めてから、ぶっきらぼうに名乗った。


「村長のゴルドだ。……まあ、買いに来たんなら、売るがな。ここは店だ」


 無愛想だが、追い返すわけではないらしい。

 聞けば、この村には医者も、まともな行商も、めったに来ないという。

 役人にいたっては、もう何年も顔を見ていないそうだ。

 だからゴルドが、店も、もめごとの仲裁も、村のことは何でもひとりで引き受けている。見捨てられた土地で、自分たちのことは自分たちで——そういう、気の張った暮らしが、この無骨さの裏にはあるのだろう。私は内心ほっとして、買い物の品を並べはじめた。

 小麦粉に塩、砂糖、油、保存のきく豆。会計をしながら、村長はちらりと私を見た。


「あんたら、あの屋敷で……ほんとに、何ともないのか」

「何とも、とは」

「夜中に灯りがついたり、物が動いたりする、って噂だ。気味悪くて、村の者は誰も近寄らん」

「ああ」私はうなずいた。

「灯りはつきますし、物も動きます。でも、悪さはしませんよ。むしろ、掃除を手伝ってくれるくらいで」


 村長は、ぽかんとした。それから、毒気を抜かれたように、ふん、と鼻を鳴らす。


「……変わった連中だ」

「ごく普通のメイドですが」


 その返しに、村長は今度こそ、何とも言えない顔をした。


          ◇


 買い物を終えて店を出ると、隣の宿屋から、しわがれた、けれど張りのある声がかかった。


「おやおや。新顔さんかい。ちょいと寄っておいき」


 声の主は、腰の曲がった小柄な老婆だった。宿屋の戸口で、たくさんの干した薬草を軒に吊るしている。鋭い目が、好奇心できらきらと光っていた。

 断る理由もないので、私たちは宿屋の土間に通された。老婆は手早く湯を沸かし、何種類かの干した葉を急須に放り込んで、香りのいいお茶を淹れてくれた。


「あたしはマレーナだ。この村で、薬草と茶葉の面倒を見とる」


 ひと口飲んで、ネルの半目が、ぱちりと開いた。


「……このお茶、いい。からだが、ほどける感じ」

「ほう。わかるかい、お嬢ちゃん」マレーナが、にやりと笑う。

「眠りを助ける草を混ぜとる。あんた、根を詰めすぎる質だろう」

「……逆。ゆるめすぎる質」

「ははっ、こりゃ一本取られたね」


 私もひと口いただくと、ほろ苦さのあとに、ふわりと優しい甘みが広がった。井戸の水とはまた違う、滋味のあるお茶だ。張りつめていた肩から、すっと力が抜けていく。なるほど、ネルが気に入るわけだ。

 マレーナは愉快そうに笑った。

 シルヴィアが、軒に吊るされた薬草に目を留めた。


「あらあら、これは熱冷ましの草ですねぇ。こちらは、お腹の痛みに効くもので……あ、この二つを一緒に煎じると、喉にとてもいいんですよ」

「ほう……あんた、薬草に詳しいねえ」マレーナが目を見張る。

「ふふ、昔、少しだけ。育てるのも、好きなんです」

「育てる、ねえ。……今度、見せてもらおうかね。あたしの薬草畑をさ」


 二人はそれから、すっかり話し込んでしまった。

 村人たちの遠巻きとは打って変わって、この人は、私たちを少しも怖がっていないようだった。


「あんたら、なかなか面白い娘たちだねえ。あの屋敷に、よく居着けたもんだ」


 その口ぶりに、私はふと、引っかかりを覚えた。


「あの屋敷のこと、何かご存じなんですか?」

「さあてね。昔から〝出る〟と言われとるだけさ。……ただ、あそこは、悪い場所じゃない。あたしは、そう思っとるよ」


 マレーナは、遠い目をして、丘の上の屋敷をちらりと見やった。何か知っていそうな口ぶりだったが、それ以上は語らなかった。


 帰り支度をして、土間を出ようとしたときだった。

 マレーナが、ふいに、言いにくそうに口を開いた。


「……なあ、あんたら」

「はい?」

「いや……よその、しかも〝あの屋敷〟の人に、こんなこと頼むのもお門違いなんだが……」


 マレーナは、しわだらけの手で、湯呑みをぎゅっと握りしめた。

 さっきまでの快活さが、ふっと陰る。

 医者もいない辺境で、薬草の心得があるのは自分ひとり。

 その自分の手に、負えなくなりかけている——そんな、思いつめた顔だった。


「最近、村の子らの間で……たちの悪い熱が、はやりはじめててね……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ