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【第1部完結】ハズレ聖女四人、辺境の幽霊屋敷でのんびりメイド暮らし〜今日もお茶とお菓子で平和です〜  作者: 浅沼まど
第1章【 ハズレ聖女、勢ぞろい 】

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第6話『この屋敷、やっぱり誰かいます』


「……あんたら、新しいメイドさん、かい」


 強張った顔の村人を前に、私は身構えた。なにか、よほどの用件かもしれない。

 ところが。


「これ、旦那(だんな)さまに。畑の、お裾分(すそわ)けでさ」


 男の人が差し出したのは、カゴいっぱいのツヤツヤした野菜だった。


「……お裾分け、ですか」

「ああ。前の取り決めで、毎月いくらか、こうして届けることになってて……。旦那さまは、いなさるかい?」

「あいにく、ご主人さまは留守でして」

「そうか」


 そう答えると、男の人は、あからさまにほっとした顔をした。それから、屋敷の奥のほうをチラチラと盗み見て声をひそめる。


「……あんたら、こんな〝出る〟屋敷で、平気なのかい」

「出る、というと?」

幽霊(ゆうれい)だよ、幽霊! 夜な夜な灯りがついて、ひとりでに物が動くって……みんな、怖がって近寄らねえんだ」


 ああ、それのことか。私は思わず、口元がゆるみそうになるのをこらえた。

 たしかに、夜のケトルは温かいし、掃除も勝手に手伝ってくれる。

 けれど、それを「怖い」と言われると、なんだか少し心外な気がした。


「……ええ。今のところ、たいへん住み心地がいいですよ」

「へ、平気なのか……あんたら、(きも)がすわってんなあ……」


 男の人は、私たちの顔を順にもう一度確かめた。

 特に、夜目にも明るいリリーの金髪やネルの眠たげな半目を、おそるおそる見比べて、ぶるりと身震いする。


(うわさ)の……変わったメイドさんってのは、あんたらか。なるほど、出る屋敷に、変わり者が住みついた、ってわけだ……」

「変わり者とは失礼な。ごく普通のメイドですが」


 私はむっとして言い返したが、男の人はもう聞いていなかった。

 野菜の籠を押しつけるように渡すと、逃げるように帰っていった。

 残された私たちは、籠を囲んで顔を見合わせる。


「いい野菜だなー」とリリーが大根をつまみ上げる。

「立派ですねぇ。今晩、煮物にしましょうか」とシルヴィア。


 平和な反応だった。誰ひとり、幽霊の話を気にしていない。


 けれど、ひとつ、引っかかったことがある。


「……私たち、まだ一度も、ご主人さまにお会いしていませんよね」


 言われて、三人がきょとんとした。


「あっ、ほんとだ」とリリー。

「求人の手紙のやりとりだけで、来ちゃったもんなー」

「どんな方なんでしょうねぇ」とシルヴィア。


 雇い主の顔も知らないまま、私たちはこの屋敷で寝起きしている。

 考えてみれば、ずいぶん奇妙な話だ。


「この野菜も、ご主人さまあての物ですし。お部屋に置いておきましょう。……まあ、その部屋がどこかも、知らないのですが」


 というわけで、私たちは野菜の籠を口実に、まだ足を踏み入れていない屋敷の奥を、探検することにしたのだった。


          ◇


 屋敷は、思っていたよりずっと広かった。

 使っている部屋は、ほんの一握り。奥へ進むほど、扉は重くなり、空気は古びていく。

 白い埃をかぶった廊下(ろうか)を、ろうそくの灯りを頼りに進んでいく。


「うわー、すごい部屋数。あたしらの故郷のお屋敷より広いかも」


 リリーが目を輝かせる。

 そのまま廊下を駆け出そうとしたので、私は慌てて襟首(えりくび)をつかんだ。


「走らないでください。床が抜けます。それと、勝手に扉を開けて回らないこと。何が出てくるか分かりません」

「えー、宝物とかあったりしてさ!」

「あるとしたら、ご主人さまの私物です。勝手に触ったら、ただの泥棒ですよ」

「あらあら、こちらのお部屋、素敵な暖炉がありますねぇ」

「……ここ、昼寝によさそう」


 ネルが早速、古いソファに沈み込もうとした。


「埃まみれですよ。あとで掃除する場所が増えるだけです、起きてください」


 布のかかった家具。色あせたカーテン。使われなくなった食器棚。

 どれも上等な品で、かつてこの屋敷が、たいそう栄えていたことを物語っていた。

 けれど、人の暮らしの匂いだけが、すっぽりと抜け落ちている。

 長いあいだ、誰も住んでいなかったのだ。——あの、優しい気配を除いては。

 途中、ある小部屋の前で、私は足を止めた。

 そこだけ、妙に空気が違ったのだ。棚には、古いお茶の道具が、まるで今しがた使われたかのように、きちんと並んでいた。ティーポット、揃いのカップ、いくつもの茶葉の缶。よく見れば、ほかの部屋とちがって、埃ひとつかぶっていない。


「……ここだけ、不思議と綺麗ですね」

「気配の子、ここでお茶してるのかも」と、ネルがのんびり言う。

「幽霊も、お茶を飲むんですか」

「……飲むよ。たぶん。いい香りのする部屋は、落ち着くもん」


 誰よりお茶を愛するネルが言うと、妙な説得力があった。

 そういえば、夜のケトルがいつも温かいのも——と、私はふと思った。


          ◇


 奥まった一室の扉を開けたとき、私は思わず足を止めた。

 書斎のような部屋だった。古い書物が壁一面に並び、大きな机が中央に置かれている。

 そして、その机の向こうの壁に——1枚の、肖像画が掛かっていた。


 色褪せた古い絵。額には品のいい銀の縁取り。描かれているのは、ひとりの女性だった。


 ゆったりとした古い時代の衣装に身を包み、手には一輪の花を持っている。聖職者のような、それでいて、ちっとも気取らない佇まい。背景には、見覚えのある景色——この屋敷の、庭らしきものが描かれていた。今より、ずっと若い木々の庭が。

 つまりこの人は、かつて、この屋敷に住んでいた人なのだ。

 はっきりとした顔立ちは、年月のせいでぼやけている。けれど、その目もとだけは、不思議と優しかった。こちらを見つめて、今にも微笑みかけてきそうな——そんな、あたたかいまなざし。


「綺麗な人ですねぇ」シルヴィアがうっとりと見上げる。

「ご主人さまの、ご先祖さまかな?」とリリー。


 誰だろう。いつの時代の人だろう。絵の下に名を記した札があったはずの場所は、すっかり剥がれ落ちていて読み取れなかった。

 その時だった。

 ネルが、つかつかと肖像画の前まで歩いていって、じっと見上げた。眠たげな半目を、めずらしく、まんまるに開いて。


「……この人だ」

「えっ?」

「お屋敷の子。ずっと、ここにいる子。……この絵の人と、おんなじ気配がする」


 しん、と部屋が静まった。

 ネルは肖像画に向かって、小さく首をかしげる。

 まるで、絵の中の人と、目で会話しているみたいに。


「……うん。ずっと、待ってたんだって。誰か来てくれるの。さみしかったんだって。でも、もう、さみしくないって」


 その言葉に、私の胸の奥が、きゅう、と鳴った。

 誰か来てくれるのを、ずっと待っていた。さみしかった。

 ——それは、なんだか、他人事とは思えない言葉だった。

 居場所をなくして、ここへ流れ着いた私たちと、どこか似ている気がして。

 ろうそくの炎が、ふいに、ふわりと揺れた。風もないのに。

 けれど、こわくはなかった。

 むしろ——絵の中の優しいまなざしが、ほんの少し、やわらいだような気さえした。


「ありがとうございます」


 気がつけば、私はまた、頭を下げていた。

 誰にともなく。この屋敷を、私たちのために、ずっと整えてくれていた、誰かに向かって。


          ◇


 その夜、村人がくれた野菜は、見事な煮物になった。

 大根はとろとろに味が染みて、リリーは三杯おかわりし、ネルでさえ珍しく(はし)が進んでいた。

 お腹が満ちて、報告会のお茶になった頃、私はみんなに切り出した。


「あの肖像画の方が、どなたなのか。それに、屋敷の〝気配〟のこと。一度、ご主人さまに伺ってみたいですね」

「だねー。気配の子も、ご主人さまのこと、知ってそうだし」

「でも、その肝心のご主人さまが、いついらっしゃるのか……」


 誰も答えを持っていなかった。

 手紙の主は、いつ帰るとも書いていなかった。村人ですら、めったに姿を見ないという。

 私たちが今いるこの屋敷の、本当の主は——どうやら、ずいぶんと、つかまえどころのない人物らしい。


「……まあ、いっか」と、ネルがあくびをした。

「いつか、帰ってくるでしょ。気配の子も、待ってるみたいだし」


 いつか。

 その「いつか」がいつ訪れるのかは、誰にも分からない。


 顔も知らない主と、肖像画の優しい人。

 ——この屋敷が、まだたくさんの謎を抱えていることを、このときの私は、まだ知らなかった。

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