第23話『お祭りの仕込み』
その知らせを持ってきたのは村長のゴルドだった。
めずらしく屋敷まで足を運んだ無骨な村長は、戸口で帽子を脱ぐとぶっきらぼうに切り出した。
「もうじき村の収穫祭でな。毎年、ささやかにやっとるんだが……今年は、あんたらも、何か出してみんか」
「出す、というと?」
「出店だ。屋台を並べて、飲み食いしたり、子らが遊んだりする。……まあ、村の連中もすっかりあんたらに馴染んだしな。仲間外れもなかろう」
無愛想な言い方の裏に、ちゃんと温かいものがあった。
半年前なら考えられないことだった。〝出る屋敷〟のメイドが村の祭りに招かれる。井戸を掃除し、熱を引かせ、橋を架け、薬草を育て——そうして少しずつ積み重ねてきた信頼がここに、ひとつの形になっている。
「ぜひ、やりましょう」私は、迷わず答えた。「お祭りに出すなら、シルヴィアさんのお菓子がいちばんでしょう」
「お菓子! いいですねぇ!」
「やったー、お祭りだ!」
三人も、すっかり乗り気だった。
——出店を出す。となれば、私の出番だ。
頭の中で、もう段取りが組み上がりはじめていた。
◇
その夜から、私は計画づくりに取りかかった。
何をいくつ作るか。材料は足りるか、足りなければ何を仕入れるか。仕込みの手順、当日の動線、釣り銭の用意。羊皮紙を広げて、私はひとつひとつ書き出していく。
——これが、楽しかった。
白状すれば、こういう作業が、私は好きなのだ。先を読んで無駄をなくし、物事をあるべき場所に収めていく。倹約の時は、三人の規格外に悉く計画を崩されたけれど。今度は違う。祭りの段取りなら、私の組んだ手順がちゃんと形になっていく。
「役割を決めます」
翌朝、私は三人に告げた。
「シルヴィアさんは、お菓子の総指揮。焼き菓子とタルトを数を決めて作ってください。ただし——」
「ただし?」
「庭で材料を増やすのは、ほどほどに。仕込みすぎると、当日売り切れずに困りますから」
「あらあら、気をつけますねぇ」
「リリーさんは、屋台の設営と力仕事。重い天板や竈を運んでもらいます。ただし、釘を打つのに雷は使わないこと」
「えー! 一発で打てるのに~」
「屋台が炭になります。金槌を使ってください」
そして、ネルは——と、私は、いちばん難しい配置に頭を悩ませた。
「ネルは……呼び込みを」
「……よびこみ?」
「『いらっしゃいませ』と、お客さんを呼ぶんです。やってみてください」
「…………いらっしゃいませ」
見たこともないほど、やる気のない呼び込みだった。これでは、客が逃げる。
「……却下です。ネルはお茶を淹れる係に。試食のお客にお茶を出してください」
「……お茶なら、まかせて」
お茶の時だけ、この子は急にしゃきっとする。適材適所、とはよく言ったものだ。
「で、クロエは何やるの?」とリリーが聞く。
「私は、全体の進行とお会計です。釣り銭の管理と品物の数の把握。それと——あなたたち三人の監督」
「監督って、それいちばん大変なやつじゃん」
「ええ。いちばん大変です」私は深くうなずいた。「お菓子を焼く人、屋台を建てる人、お茶を淹れる人。それぞれは得意でしょうが、放っておくと、庭が森になり、屋台が炭になり、売り物が消えます。それをすべて未然に防ぐのが私の仕事です」
「あらあら、頼りにしていますよぉ」
「……クロエが、いちばん、聖女っぽい」
「私に力はありませんけどね」
苦笑して、私は計画書に視線を戻した。けれど、不思議と悪い気はしなかった。
◇
その日の午後、私は、ひとり村へ下りて出店の打ち合わせに回った。
ゴルドと祭りの場所割りの相談。どこに屋台を置けば、人の流れがよくなるか。図を描いて説明する。
「ここに置くと、他の店と客がぶつかります。こちらの角なら井戸端からの人通りも拾えますし、子どもたちの遊び場にも近い。お菓子屋台にはこちらが最適です」
「……あんた、こういうの慣れとるな」ゴルドが感心したように唸った。
「昔、色々と仕切る役回りが多かったもので」
聖女になるための勉強漬けの日々。礼儀も、理論も、段取りも、誰よりも完璧にした。——なのに聖具は私を選ばなかった。あの努力は無駄だったのだとずっと思っていた。
けれど。
こうして、村の祭りの段取りを組み、ゴルドに「慣れとるな」と認められると——あの日々も、まるきり無駄ではなかったのかもしれない、と少しだけ思えた。
他の出店者とも品物のかぶらないよう調整し、釣り銭を融通し合う約束を取りつけ、私はテキパキと話をまとめていった。我ながらいい仕事だ。
道々、子どもたちが寄ってきて、「お屋敷のお店、なに出すの?」と目を輝かせた。
「お菓子ですよ」と答えると、ミナがぴょんと飛び跳ねた。
「やった! ミナ、ぜったい買いに行くの! いちばんに!」
「ふふ、お待ちしていますね。……でも、お代は、ちゃんといただきますよ」
「えっ。……おまけ、してくれる?」
「考えておきます」
強気のニコまで、「お、おれも、行ってやるよ! 客として!」とそわそわしている。すっかり、祭りを心待ちにしているらしい。子どもたちのその顔を見ていると、私のほうまで仕込みに身が入った。
「……あんたら、来てくれてよかったよ」
帰り際、ゴルドがぼそりと言った。聞こえないふりをして、私は頭を下げた。耳が少し熱かったけれど。
◇
屋敷に戻ると、もう仕込みが始まっていた。
台所では、シルヴィアが山のように生地をこねている。甘い匂いが屋敷中に満ちていた。リリーは、運んできた天板を磨き、ネルは——味見係を自主的に兼任していた。
「ネル。それは試食ではなく、つまみ食いです」
「……品質確認」
「さっきから五個は確認していますね」
「……まだ、五個目の途中」
「途中で数えるのをやめてください」
四人で夜なべの仕込みにかかる。焼き菓子を焼き、タルトの土台を作り、明日のぶんをせっせと用意していく。クロエが数を数え、シルヴィアが焼き、リリーが運び、ネルがつまみ食い——もとい、味見をする。
途中、シルヴィアが「あらあら、生地が、ちょっと張りきってしまって」とボウルから膨らみすぎた生地を持て余していたので慌てて取り押さえた。気を抜くとお菓子の生地まで暴走する。気が抜けない夜だ。
わいわいとにぎやかな夜だった。
ふと、私は手を止めて、その光景を眺めた。
台所いっぱいに広がる甘い匂い。笑い声。明日、村の人たちにこれを振る舞う。自分たちの作ったものを自分たちの居場所になった村で。
——ああ、これは。
なんだか、すごく楽しみだ。
胸の奥が、そわそわと落ち着かない。こんな気持ちは、ずいぶん、久しぶりだった。
◇
仕込みを終えたのは夜も更けてからだった。
焼きあがった菓子を並べ、明日の支度を整えて、私たちはようやくひと息ついた。
四人でネルの淹れたお茶を囲む。いつもの報告会のはずなのに、今夜は誰もなかなか眠ろうとしなかった。
「明日、晴れるといいなー」リリーが、窓の外を見上げる。
「お菓子、喜んでもらえるでしょうかぁ」とシルヴィア。
「……いっぱい、つまみ食いする」とネル。
「あなたは、売り物を食べないでください」
くすくすと、笑いがこぼれる。
誰かが——たぶん、リリーが湯呑みを両手で包んで、ぽつりと言った。
「明日が、楽しみだね」
その言葉に、私は、ハッとした。
明日が楽しみ。——村の祭りを、こんなふうに待っている。よそ事ではなく、自分たちの行事として。いつのまにか、私たちはこの村の一日を心から待ちわびていた。
「……ええ」
私はうなずいた。
「明日が、楽しみですね」




