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【第1部完結】ハズレ聖女四人、辺境の幽霊屋敷でのんびりメイド暮らし〜今日もお茶とお菓子で平和です〜  作者: 浅沼まど
第2章【 お茶とお菓子と、ご近所づきあい 】

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第20話『今日は、動かない日』

 その朝は、雲ひとつない、絶好の働き日和だった。

 洗濯物はよく乾くだろうし、庭の手入れにも、薪の補充にもうってつけ。

 私は、朝食の席でいつものように一日の予定を読み上げようとした。


 ——その、出鼻をくじいたのがネルだった。


「……今日は、動かない日」


 毛布にくるまったまま、ネルが低い声で宣言した。


「はっ?」

「……今日は、一日、なんにもしない。そう決めた」

「決めなくていいです。今日はいい天気なんですから、洗濯も庭仕事も——」

「……いい天気だから、こそ」


 ネルが、もぞ、と毛布から半目だけ出した。


「あったかくて、気持ちいい。こういう日は無理にがんばらないで、ぼーっとするのがいちばん正しい。働くのは、雨の日とか寒い日でいい。今日は、休む日」

「理屈がめちゃくちゃです」

「……でも、なんか、納得できるでしょ」


 できません、と言いかけて、私は口をつぐんだ。

 何故だかできてしまった。少しだけ。それが悔しい。


「だいたい」と、ネルは、毛布の中からぼそぼそ続けた。「みんな、働きすぎ。シルヴィアは庭を育てすぎるし、リリーは薪を割りすぎるし、クロエは全部やりすぎ。……たまに、ぜんぶ止めないと、いつか、ぱきっと折れる」

「人を枯れ枝みたいに言わないでください」

「……枯れる前に休むの。それが、わたしのお仕事」


 休むのが仕事、とは。そんな仕事があってたまるか、と思う。

 けれど、荒ぶるものを鎮めて休ませるのがこの子の力だと思えば——案外、的を射ているのかもしれなかった。


          ◇


「動かない日、いいねー!」


 まっさきに賛同したのは、もちろんリリーだった。


「あたし、さーんせい! 今日はだらだらしよーぜ!」

「リリーさん、あなたはじっとしていられない人でしょう」

「だからこそ、たまにはダラダラする練習が必要なんだって!」


 言うが早いか、リリーは床にごろんと寝転がった。三秒後には「うー、暇!」と転がり回りはじめたが本人はだらけているつもりらしい。


「リリーさん、だらだらするのと転がり回るのは別物ですよ」

「だって、暇なんだもん! ……ネル、どうやったら、そんなにじっとしてられるの?」

「……才能」

「才能なんだ!?」

「……あと、修行。十年くらい」

「十年も修行したくないよ!」


 ネルは、もう答えるのも面倒になったのか、「ふわぁ」とあくびをして毛布の奥へ引っ込んでしまった。リリーは、しばらく一人で転がっていたが、やがて疲れたのか大の字になって動かなくなった。図らずもだらける事に成功している。

 シルヴィアはというと、「あらあら、それなら、お茶請けだけ用意しておきますねぇ」とのんびり台所へ立ち、お菓子を皿に盛って戻ってきた。あとはもう、何もしない。窓辺の椅子に腰かけて、日向ぼっこをしている猫のような顔でゆったりと目を細めている。


 ——気づけば、私だけが、ほうきを持って立っていた。


「……みなさん。私は、掃除を」

「……クロエも、おいで」


 ネルが、毛布の隙間からぽんぽんと隣の床を叩いた。


「ここ、あったかい」

「私は、やることが」

「……やることは、明日もある。でも、今日のいい天気は、今日しかない」


 その一言が、妙に、胸に刺さった。

 やることは、明日もある。けれど、今日という日は今日しかない。

 ……ずるい人だ。脱力しているだけのくせに、ときどき、こういうはっとすることを言う。

 私は、しばらくほうきを握ったまま立ち尽くし——やがて、ため息をついて、それを壁に立てかけた。


「……今日だけですからね」

「……うん。今日だけ」


 そうして、私もだらける側に回ったのだった。


          ◇


 何もしない午後、というのは、思いのほか長かった。

 四人で暖炉の前にめいめい寝転がってぼんやりと過ごす。シルヴィアの焼き菓子をつまみ、ネルの淹れたお茶を飲み、とりとめのない話をしてまた黙る。窓から差し込む日が、ゆっくりと床の上を移っていく。

 ネルは、お茶を淹れるときだけ、すっと起き上がる。誰に頼まれたわけでもないのに、湯の頃合いを見て葉を蒸らし、四人ぶんを淹れて、また寝転がる。「動かない日」のはずなのに、お茶のためなら動くのが、この子らしかった。


「ネル、それは動いていますよ」

「……お茶は、別腹」

「前にも、それを聞いた気がします」


 たわいないやりとりが、ぽつぽつと続いては途切れる。沈黙すら心地よかった。

 不思議と退屈ではなかった。

 リリーは、さすがにじっとしていられず、途中で何度か起き上がってはまた寝転がるのを繰り返していた。そんな彼女を、ネルが半目で眺めていた。

 そして、ふいに、なんでもないことのように口を開いた。


「……リリー。橋のこと、まだ考えてる?」


 リリーの動きが、ぴたりと止まった。

 私は、内心ではっとした。昨夜の、あの静けさのことだ。ネルは、ちゃんと見ていたのだ。


「……別に、考えてないよ」

「……うそ」

「うそじゃないって」

「……怖がられないの、うれしかった?」


 ネルは、毛布にくるまったまま、ぽつりとそれだけを聞いた。

 責めるでも、慰めるでもない。ただ、天気の話でもするみたいな、いつもの気の抜けた調子で。

 リリーは、しばらく黙っていた。

 それから、ごろんと仰向けになって、天井を見上げたまま小さく言った。


「……うん。うれしかった」


 ぽつり、ぽつりと、言葉がこぼれる。


「あたしさ、ずっと怖がられてばっかりだったんだ。雷出すたびに、みんな逃げてさ。危ないから来るなって。……だから、橋架けたときも、『ああ、また逃げられる』って思ったんだよ」

「……でも、逃げなかった」

「うん。みんな、笑ってくれた。ありがとうって言ってくれた。あんなの初めてで……なんか、どうしたらいいか分かんなくなっちゃって」


 リリーは、ぐしゃと前髪をかき上げて、照れたように笑った。


「ずっとさ、力なんて無いほうがいいって思ってたんだ。こんな雷、持って生まれなきゃ、誰にも怖がられなかったのにって。……でも、昨日、ちょっとだけ思っちゃった。この力でも良かったのかなって。誰かの役に立てたのかなって……へへ、変だろ。嬉しいのに泣きそうになってさ」

「……変じゃないよ」


 ネルは、あくびをひとつして、それから、いつもの調子で言った。


「うれしいときに泣きそうになるのは、ふつう。……ためてた分が出ていくだけ。だから、出しちゃえばいい」


 その、なんでもない一言に。

 リリーが、ふっと息を吐いた。胸の奥につかえていた何かが、すとんと軽くなったみたいに。


「……そっか。出しちゃえばいいのか」

「……うん。寝て、出すのもあり」

「それはネルだけだって!」


 リリーが、けらけらと笑った。

 いつもの明るい笑い声だった。昨夜の静かな影は、もう、どこにもなかった。


          ◇


 夕暮れになっても、私たちは、結局、何もしなかった。

 洗濯物は溜まったままだし、庭も手つかず。家計簿も今日は一行も書いていない。


 なのに——不思議と満ち足りた一日だった。


 日が傾いて、窓が茜色に染まる頃、私はだらけきった三人を眺めながら思った。

 毎日がこれでは、さすがに屋敷は回らない。

 けれど、たまには——本当に、たまにはなら。こういう、何もしない一日も悪くないのかもしれない。

 思えば、今日は誰も何もしでかさなかった。庭はジャングルにならず、魚は気絶せず、橋も落ちなかった。ただ、四人でぼんやりと日を浴びていただけ。けれど、その何でもない時間の中でリリーの胸の重しがひとつ軽くなった。

 いちばん力の抜けた宣言で、いちばん肩の凝った子の荷物をそっと下ろしてみせる。

 この脱力した藤色の髪の子は、ときどき、誰よりも優しいのだ。本人は、ただ眠いだけというような顔をしているけれど。


「……ネル」

「……ん?」

「明日は、ちゃんと働いてくださいね」

「……善処する」


 どこかで聞いた、頼りない返事だった。

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