表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第1部完結】ハズレ聖女四人、辺境の幽霊屋敷でのんびりメイド暮らし〜今日もお茶とお菓子で平和です〜  作者: 浅沼まど
第2章【 お茶とお菓子と、ご近所づきあい 】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/32

第19話『怖がられると、思っていた』

「……壊しちゃったら、どうしよう」


 掲げた桁橋の重みの中で、リリーは固まったまま動けずにいた。

 いつも考える前に動く子が。やってみてから笑う子が。

 今は一歩も踏み出せずにいる。

 崩れた橋、流された橋桁、遠い鐘楼の記憶——それらが、彼女の手を重くしているのが見ているこちらにも伝わってきた。


「リリーさん!」


 私は、できるだけ、いつもの調子で声をかけた。


「あなたは、いつも()()()()()()()()()()()()で川の魚を全部気絶させる人です。その気になれば、橋桁くらい対岸まで軽々と運べてしまうでしょう」

「でも……それでもし……」

「もし、を心配して動けなくなるのは、あなたらしくありません!」

「……ねえ、リリー」


 ふと、ネルがのんびりと口を開いた。橋桁を掲げたリリーのすぐそばで。


「もし壊してもいいよ。また作ればいい。それに——壊れたって、わたしが、その場で全部寝かせてあげるから。誰もけがしないように」

「……橋は寝ないってば」

「うん。でも、リリーが安心するなら」


 リリーが、ぷっとふきだした。

 張りつめていた肩から、ふっと力が抜ける。


「……もー、なにそれ。へんなの」

「ふふ。リリーさんなら、だいじょうぶですよ」シルヴィアも、にこにこと言い添える。

「それに」と、私は付け加えた。「もし本当に壊しても、私が、村長さんに頭を下げに行きます。段取りも、もう一度組み直します。後始末なら、いくらでも引き受けますよ。——だから、あなたは、思いきりやってください」

「……クロエが、後始末してくれんの?」

「ええ。あなたの後始末をするのは、もう慣れています」

「あはは、それもそっか!」

 リリーが、ようやく、いつもの調子で笑った。

 三人の声に、背中を押されるように。

 リリーは、もう一度、橋桁を握り直した。さっきより、ずっと、落ち着いた手つきで。


「……よし。いくよ」


 リリーが息を吸った。

 今度は雷を使わなかった。手のひらに火花を散らすこともなく、ただ自分の体だけを使って——掲げた桁橋を、ゆっくりと対岸へと差し渡していく。

 慎重に。ていねいに。まるで壊れモノのガラス細工でも扱うみたいに。

 あれだけの怪力を、これほど繊細に使うリリーを私は初めて見た。いつもは加減を知らない彼女が、今は、一寸ずつ力を測りながら動いている。

 見守る村人は、誰も言葉を発しなかった。固唾をのんで、リリーの一挙一動を見つめている。私も知らず知らず息を詰めていた。子どもたちでさえ、しんと静かになって、その様子を見守っている。

 桁橋が、谷の上をゆっくりと進んでいく。途中、風にあおられて、わずかに揺れた。村人の誰かがヒッと息をのむ。

 けれど、リリーは慌てなかった。揺れを両手でそっと吸い取るように受け止めて、また慎重に動かしは始める。汗が彼女のこめかみを伝っていた。あの何も恐れずに突っ走る子が、今はこれ以上ないほど丁寧に。

 桁橋の先が、岸の岩場にそっと届いた。

 かちり、とピタリの位置に収まる。


 ――架かった。


 一本目が渡ると、あとは早かった。リリーは次々と桁橋を渡し、村人が組んだ板を力を込めすぎないよう支えながら固定していく。半日もかからなかった。村人が何日もかかると言った難工事が、彼女の手の中でみるみる形になっていく。

 そうして——谷に新しい橋が架かった。

 古いものより、よほど頑丈そうな立派な橋が。


「……できた」


 リリーが、ぽつりと言った。

 自分の手のひらと、架かったばかりの橋とを、交互に見比べている。信じられないという顔で。

 壊さなかった。吹き飛ばさなかった。炭にもしなかった。

 ただ——直した。架けた。誰のことも、傷つけずに。


          ◇


 次の瞬間、リリーの肩が、わずかに強張った。

 私にはその理由が分かった。


 怖がられる、と思ったのだ。


 これだけの力をまざまざと見せてしまった。鐘楼を吹き飛ばした時の様に、城壁を炭にした時の様に。きっとまた、あの目で見られる。危ないから、離れていろ、と。

 リリーは、おそるおそる、村人のほうを振り返った。身構えるように肩をすくめて。


 ——けれど。


 谷に響いたのは、悲鳴でも、後ずさる足音でもなかった。


「うおおおっ、すげえ!」

「架かった! 橋が架かったぞ!」


 わあっ、と歓声が爆発した。

 村人たちが両手を打ち鳴らし、口々に叫んでいる。子どもたちが、われ先にとリリーに駆け寄って、その腕に、足にしがみついた。


「リリー姉ちゃん、すっげー!」

「かっこいい!」


 ニコが興奮して飛び跳ね、ミナが「お姉ちゃん、すごいの!」とキラキラした目で見上げている。

 あの、無骨な村長のゴルドまでが、太い腕でリリーの肩をバンバンと叩いた。


「たいしたもんだ! あんたのおかげで村が助かった! ……ありがとうよ、嬢ちゃん」


 ありがとう。

 その言葉に、リリーは、ぽかんと口を開けた。


「えっ……あたし、こわく、ないの……?」


 思わず、というふうに、こぼれた言葉だった。

「こわい? なんでだよ!」ニコが、きょとんと首をかしげる。「こんなすごい橋、架けてくれたのに!」

「そうだそうだ!」「お嬢さん! あんた、村の恩人だよ!」


 口々に感謝を浴びせられて、リリーは何度も瞬きをした。

 無理もなかった。彼女にとって、自分の力はずっと「謝るもの」だったのだ。何かを壊すたびに「ごめんなさい」と頭を下げ、危ないからと遠ざけられ、最後には国を出された。力を使えば使うほど、人は離れていく。それが、彼女の知っている限りの決まり事だった。


 なのに、ここでは逆だった。


 力を使ったら、人が寄ってくる。

 離れるどころか、しがみついてくる。

 怖がるどころか、笑ってくれる。

 怖がられると思っていた力で、笑顔を向けられている。

 離れていけと言われるはずの力で、しがみつかれている。


 彼女の中で、何かが上手く噛み合わないでいるのが見て取れた。

 ミナが、リリーのスカートをくいくいと引っぱった。


「お姉ちゃん、つよくて、やさしいの。だから、こわくないの」


 強くて、優しい。だから――怖くない。

 子どもの真っ直ぐな理屈だった。けれど、その言葉はリリーの胸のいちばん柔らかいところに、真っ直ぐ届いたようだった。


「……こわく、ないんだ」


 もう一度、確かめるように呟いて。

 リリーは、しがみつく子どもたちを見下ろして、くしゃっと泣き笑いのような顔をした。


          ◇


 その日の帰り道、リリーは()()()()()()()に戻っていた。


「いやー、橋架けるの楽しかったなー! また落ちたら、あたしに言ってよね!」


 子どもたちに手を振り、上機嫌で坂道を上っていく。ケガも、失敗もなかった。村は喜び、橋は架かった。何もかもうまくいった一日だった。


 ——だから、誰も気づかなかった。


 その夜の報告会のお茶の席。

 いつもなら、誰より大きな声で「今日のあたし、すごかったでしょ!」と自慢するはずのリリーが、その夜はめずらしく静かだった。

 焼き菓子をゆっくりとかじりながら。湯気の向こうを、どこか遠くを見るような目で眺めている。

 リリーさん、と声をかけようとして——私はやめた。

 悲しい静けさではなかったから。むしろ、何か大きなものを、そっと胸の中で確かめているような、そんな静けさだった。

 怖がられない場所があった。

 彼女は今日、それを生まれて初めて知ったのかもしれない。

 私は、何も言わずに彼女の湯呑みにお茶をもう一杯注いだ。


 リリーは、「……ありがと」と小さく笑った。


 いつもより、ずっと静かな声で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ