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【第1部完結】ハズレ聖女四人、辺境の幽霊屋敷でのんびりメイド暮らし〜今日もお茶とお菓子で平和です〜  作者: 浅沼まど
第2章【 お茶とお菓子と、ご近所づきあい 】

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第18話『橋が落ちても任せてください!』

 三日続いた大雨が、ようやく上がった朝だった。

 久しぶりの晴れ間に洗濯物を干していると、丘の下からニコが転がるように駆けてきた。


「たいへんだ! 橋が落ちた!!」

「橋、ですか?」

「村の外につながる橋だよ! 夕べの水で真ん中からどばーって!」


 息を切らすニコから事情を聞くうち、私は事の大きさを理解した。

 カムナ村と外の土地をつなぐ道は谷にかかった一本の橋だけ。その橋が増水した川に押し流されて、落ちてしまったのだという。

 大事というほどではない。村は元から自給自足でやっている。けれど、橋がなければ行商も来られない。塩や薬が切れても、町へは買い出しに行けない。もし急な病人が出ても、町の医者のところへは運べない。じわじわと暮らしの首が絞まる。


「父ちゃんたちが何とかしようとしてるけど……あの谷に橋を架けるのは、何日もかかるって……」


 ニコはいつもの強がりも忘れて、心配そうに眉を寄せていた。橋がないと町から薬も来ないし、行商のおじさんも来られない——子どもなりに事の重さは分かっているらしい。


「マレーナばあちゃんも薬草がもうすぐ切れるって困ってた。山の向こうのやつは町でしか買えないやつだから」


 なるほど、と私はうなずいた。村の暮らしは、細い一本の橋に思っていた以上にぶら下がっている。

 困り果てた顔のニコを見て、私は振り返った。


「リリーさん」

「よっしゃ、聞こえてた!」


 もう腕まくりをしている。


          ◇


 四人で現場へ向かった。

 谷は思っていたより深かった。底を流れる川は、まだ雨の濁りを残してごうごうと音を立てている。両岸を結んでいたはずの木の橋は無残にも中央から折れ、半分が濁流に飲まれて消えていた。残った桁橋(けたばし)もいつ崩れてもおかしくない。


「うわ、けっこう派手にいったなー」


 リリーが崖っぷちから身を乗り出して、谷底を覗き込む。


「リリーさん、落ちないでください。あなたが落ちたら橋より先にあなたを引き上げる羽目になります」

「だいじょうぶだって!」


 すでに村人が何人か集まって、難しい顔で相談していた。村長のゴルドも太い腕を組んで(うな)っている。


「材木を切り出して組み直すしかねえが……あの谷幅だ。桁橋を渡すだけで何日かかるか」

「人手も足りねえな」

「だいたい谷の真ん中に足場を組めねえんじゃあ、どうにもならん。前の橋だって三年がかりで架けたんだ」


 大人たちの会話を聞きながら、私は素早く頭の中で算段した。必要な材木の量、運ぶ人手、組む手順。どれをとっても、村人だけでは相当な日数がかかる。何より谷が深すぎて足場が組めない。そこが、いちばんの難所だった。


 ——けれど、私たちには、ひとり、規格外の戦力がいる。


 足場が組めないなら、足場なしで桁橋を渡せる者がいれば良い。重い丸太を、対岸まで、ひと息に。

 そんな芸当ができる人間は普通はいない。けれど――ここにはいる。


「ゴルドさん」


 私は村長に声をかけた。


「材木さえ用意できれば、桁橋を渡す力仕事はこちらで引き受けます」

「引き受けるって……あんたら、メイドだろう。あの谷に、どうやって——」

「はい! あたしがやります!!」


 リリーが、ぴしっと手を挙げた。明るい声が谷に響く。


「力仕事なら任せて! 重い橋桁くらい、ひょいって渡してみせるから!」


 村人たちが顔を見合わせた。

 その目に、一瞬、奇妙な間が生まれたのを私は見逃さなかった。


 ——あの屋敷のメイドが。城壁を炭にしたとか、両軍を眠らせたとか、噂されている、あの。


 感謝より先に、ほんのわずか不安がよぎる。そういう間だった。誰かが言ったわけではない。けれど、橋を「直す」のに橋を吹き飛ばしかねない力を借りることへの躊躇(ためら)い。それは薄く、確かにそこにあった。


「……まあ、ほかに手もねえしな」


 ゴルドがぼそりと言って、その場を収めた。村人たちもそれ以上は何も言わなかった。

 けれど。

 その一瞬の間に、誰より早く気づいたのは、ほかでもない、リリーだった。

 明るく手を挙げたまま、その表情が、ほんのわずか——気付くか気付かれないかの(かげ)りがあった。

 すぐに、いつもの笑顔に戻ったけれど。

 私は、いつか川辺で聞いたリリーの言葉を思い出していた。鐘楼を吹き飛ばした時は誰も笑ってくれなかった。

 ——危ないから、動くな、触るな。

 この明るい子がずっと向けられてきた目。それと同じ気配を、彼女は、たった今、敏感に嗅ぎ取ってしまったのだ。


          ◇


 その日は、材木の切り出しと運搬で終わった。

 リリーは相変わらず元気に働いた。大人が二人がかりで運ぶ丸太をひょいと肩に担ぎ、何往復もする。村人が目を丸くするほどの働きぶりだった。シルヴィアは、怪我をした村人の手当てをし、ついでに切り出した木の切り株から芽が出そうになるのを「あらあら、今は伸びないでくださいね」とこっそり押さえていた。ネルは——例によって、運んだ丸太の上で昼寝をして、リリーに「枕じゃないって!」と転がされていた。


「リリー姉ちゃん、すげー!!」


 子どもたちは、無邪気にはしゃいでいる。けれど、その後ろで、大人たちが感心とほんの少しの気後れの混じった顔でリリーを見ていた。

 夜、屋敷に戻ってからも、リリーはいつもより少しだけ口数が少なかった。

 お茶の時間、めずらしく焼き菓子のおかわりもせず、ぼんやりと湯気を見ている。シルヴィアが「リリーさん、お疲れですか?」と気遣うと、「んー、ちょっとね」と、らしくない曖昧な返事をした。

 ネルが、ふと湯呑みから顔を上げて、リリーをじっと見た。


「……リリー。明日、いやなら、やめてもいいんだよ?」

「えっ……やだよ、やるって決めたもん!」

「……うん。でも、こわかったら、わたしが橋を寝かせてあげる」

「橋は寝ないでしょ」


 リリーは笑ったけれど、その笑い方は、いつもより少しほっとしたようでもあった。ネルの的外れな優しさは、ときどき、誰かの肩の力をそっと抜く。

 明日いよいよ橋桁を渡す。

 リリーの力があれば、難工事も半日で片づくだろう。それくらいの力が彼女にはある。

 ——あるからこそ、なのかもしれない。

 私は何も言わなかった。ただ、いつもより少しだけ濃く淹れたお茶を彼女の前にそっと置いた。


          ◇


 翌朝。

 谷には村人が総出で集まっていた。子どもたちも固唾をのんで見守っている。ニコもミナも、一番前で目をキラキラさせていた。リリー姉ちゃんが橋を直すところを、ひと目見ようというのだ。

 切り出した太い橋桁。これを対岸まで渡し組み上げる。村人だけなら滑車を組んで何日もかかる作業だ。それをリリーがひとりで持ち上げて渡す。


「リリーさん、準備はいいですか」

「……うん!」


 リリーが橋桁の前に立った。両手をかけぐっと持ち上げる。丸太は、彼女の手の中で羽のように軽々と持ち上がった。歓声があがる。

 あとは、これを対岸へ。

 リリーが力を込めようと、息を吸った——その瞬間だった。

 彼女の手が、ふと、止まった。

 いつも考える前に動く子が。やってみてから考える子が。

 桁橋を掲げたまま、めずらしく動けずにいる。

 その横顔を私は見た。

 崩れ落ちた橋。流された橋桁。吹き飛んだ鐘楼の遠い記憶。

 それらが、今、彼女の中で重なっているのが見えるようだった。

 リリーは掲げた橋桁の重みの中で、ぽつりとつぶやいた。


「……壊しちゃったら、どうしよう」

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