第10話『お礼に、お料理を返しましょう』
戸口に積まれた野菜の山を前に、私たちは腕を組んで考えこんでいた。
「立派な野菜ですよねぇ」シルヴィアが、大根をひとつ手に取って頬をゆるめる。
「立派なんですけど。問題は、これをどうお返しするか、です」
誰が置いたのか、書きつけもない。
けれど、昨日の村人たちの顔を思えば、お礼のつもりなのは間違いなかった。
ただ、こちらが「ありがとうございます」と村へ持っていったところで、相手は受け取りに困るだろう。なにしろ向こうは、面と向かって渡すのもためらった人たちだ。
「お金を包んで返す、というのも……なんだか他人行儀ですしね」
「あらあら。それなら——」
シルヴィアが、ぽん、と手を打った。台所の話になると、この人の頭の回転は急に速くなる。
「お料理にして、お返ししましょう。いただいた分を、煮物やスープにして。それなら、押しつけがましくないでしょう?」
「料理を、返す……」
なるほど、と私は思った。
品物でも金でもなく、ひと手間かけた料理なら、向こうも気軽に受け取れる。それに、余った分を村で分けてもらう形にすれば「施し」ではなく「お裾分けの返し」になる。
「いいですね。それでいきましょう。ちょうど、いただいた野菜も使いきれます」
「あらあら、一石二鳥ですねぇ」
「ただし、シルヴィアさん。鍋の中で野菜が育ったりは、しませんよね?」
「……たぶん、しないと思います」
「たぶん、ですか」
「お料理は、レシピがありますから。きっと、だいじょうぶです!」
その「きっと」が少し気がかりだったが、まあ、煮込んでしまえば芽は出るまい。
私は段取りを頭の中で組みはじめた。
「よっしゃ、あたし薪割る!」リリーが腕まくりをした。
「……わたし、味見する」とネルが真っ先に立候補した。
「あなたは味見の前に、まず野菜を洗ってください」
◇
その日の台所は、ちょっとした戦場になった。
大鍋を二つ、かまどにかける。シルヴィアが包丁を握ると、大根も芋も見とれるほどの速さで形を変えていく。皮を薄くむき、面取りまで丁寧にして、鍋へすべらせる。その手つきは、お菓子を作るときと同じ慈しむような静けさだった。
「煮物には、大根の下のほうを。甘みが強いんですよ」
「詳しいですね」
「ふふ、好きなものは、いくらでも覚えてしまうんです」
リリーが割った薪が、いつもより景気よく燃える——例によって、少し火力が強すぎたが煮物には好都合ということにした。
「リリーさん、薪はもう十分です。これ以上くべると、鍋ごと吹き飛びます」
「えー、まだ余ってるのに」
「余った薪は、明日の分です。今日の煮物より、明日の朝ごはんのほうが大事でしょう」
「むー、それもそっか」
「ネル、味見ばかりしないでください。出汁が減ります」
「……味見は、料理のうち」
「お茶側の次は、味見側ですか」
「……うん。今日は、味見側」
その横で、私は煮込み用の水を汲んだ。桶の底がうっすら濁っていた。
いつもの手つきで指を沈め、くるりとひとまわり。
「きれいな水に、なってちょうだいね」
濁りの抜けた水で、芋を下ゆでする。母から教わった、ただの願掛けだ。
けれど不思議と、こうして声をかけた水で煮ると、野菜はいつもふっくらと炊き上がる。
気のせいかもしれないが、まあ、悪いことではない。
昼を過ぎる頃には、台所いっぱいに、湯気といい匂いが満ちていた。とろとろに煮えた大根の煮物に、具だくさんの野菜スープ。ネルの味見も無事に合格をもらい、私たちは大鍋を荷車に積んで、丘を下りた。
◇
村の通りに荷車を引き入れると、やはり、人々の視線がさっと集まった。
けれど——昨日までの、得体の知れないものを見る目とは、どこか違っていた。怖がってはいる。
けれど、その奥に何か別のものが混じっている。
「……あの、お屋敷の」
井戸端の女が、おずおずと声をかけてきた。昨日、宿屋で子の看病をしてもらった母親のひとりだ。
「昨日の、お礼に。いただいた野菜を、お料理にしてお持ちしました」私は鍋の蓋を開けた。
「よろしければ、皆さんで」
立ちのぼる湯気と匂いに、女の表情がほどける。
「……いいんですか。こんな、立派な……」
「もとは、皆さんの野菜です。お返ししているだけですよ」
そのやりとりを聞いていたのか、家々の戸が、ひとつ、またひとつと開きはじめた。
器を手にした村人が、おそるおそる近づいてくる。
「おーい、なんか屋敷の連中が飯くれるってよ!」
真っ先に駆けてきたのは、ニコだった。すっかり熱の引いた顔で、図々しく器を突き出す。
昨日の弱々しさはどこへやら、現金なものだ。
「ニコ。あなた、もう起きて大丈夫なんですか?」
「べ、別に、もう元気だし。……それより、おれ、煮物いっぱいちょうだい!」
「強がりは元気な証拠ですね。はい、たくさんありますよ」
ニコが大根を頬張って「うっま!」と叫ぶと、それが合図になった。
子どもらが我先にと寄ってきて、母親たちもつられて器を差し出す。
気づけば、荷車のまわりに、ちょっとした人だかりができていた。
「うちの子、昨日まで熱で寝込んでたのに、もうこんなに……」
ひとりの母親が、煮物を食べる我が子の頭をなでながら、目をうるませた。
私と目が合うと、何か言いかけて——けれど、言葉が見つからないように、ただ深く頭を下げた。
「お礼なら、野菜のほうにどうぞ」と私は言った。
「立派な野菜だったので、料理が引き立ちました」
母親は、ほっとしたように、ふっと笑った。まっすぐ礼を言うのはまだ気恥ずかしくても、こうして料理の話にしてしまえば、向き合いやすいらしい。
「ほう。これは、たいした腕だ」
のっそりと近づいてきたのは、村長のゴルドだった。
岩のような肩で人をかき分け、湯気の立つスープをひと口すする。
厳つい顔が、ふと、ゆるんだ。
「……うまいな」
「ありがとうございます」
「あんたら、料理までできるのか。井戸を掃除して、薪を割って、子らの熱を引かせて、おまけにこれか」
ゴルドは、太い指で顎をなでながら、しげしげと私たちを眺めた。
「変わった連中だとは思っとったが……まあ、悪い変わり方じゃ、ないらしい」
無愛想なりの、精いっぱいの褒め言葉らしかった。私は、ふっと口元がゆるむのをこらえた。
宿屋のほうからは、マレーナが出てきて、スープをすすりながら、にやにや笑っていた。
「あたしの薬より、あんたらの料理のほうが、よっぽど効いとるねえ。——子供たちの、あの顔ったら」
大鍋は、あっという間に空になった。残ったのは、ピカピカに磨かれた鍋底と、村の人たちの少しだけ和らいだ顔。
昨日まで、私たちが通れば道の端へ寄っていた人たちが、今日は、湯気を囲んで同じ鍋を分け合っている。たったそれだけのことが、なんだか、こそばゆかった。
◇
空の荷車を引いて、丘を上る帰り道。
「いやー、喜んでもらえてよかったなー!」リリーが両手を頭の後ろで組む。
「ですねぇ。鍋がからっぽになると、作った甲斐があります」とシルヴィア。
「……ニコ、三杯おかわりしてた」とネル。
「あの子、ほんとうに熱が引いたんでしょうか。あの食欲」
四人で、くすくす笑い合う。
遠巻きにされていた村が、ほんの少しだけ、近くなった。直接「ありがとう」と言える人は、まだそう多くない。それでも、今日、何人かが私たちの料理を笑顔で食べてくれた。それで十分すぎるくらいだった。
屋敷の門が見えてきて、私は何気なく、庭の垣根のほうに目をやった。
——そして、足を止めた。
垣根の向こう。背の高い夏草の陰から、小さな頭が、いくつも、こちらを覗いている。
村の子どもたちだった。ニコと一緒にいた顔ぶれもいる。じっと、屋敷のほうを——いや、私たちのほうを、見つめている。
目が合うと、慌てて草の陰に隠れた。けれど、すぐにまた、ちょこんと顔を出す。
「……あらあら」とシルヴィア。
「なんだ? あいつら」とリリー。
怖がっているのか。気になっているのか。
たぶん――その両方なのだろう。
私は、なんと声をかけたものか分からず、とりあえず小さく手を振ってみた。
子どもたちは、びくっと身をすくめて——けれど、今度は逃げなかった。




