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《全3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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238話 重ねる想いと歳月 

いつも読んでくださり、ありがとうございます。


 咲き誇っていた桜も終わったが、相変わらず過ごしやすい気温が続く。

 恵真は庭で瑠璃子と共に、新しく植えた植物の世話をしていた。クロはというと、バッタを追っているのだろうか。ぴょんぴょんと飛び回る。


「苺が実をつけたわね。まだ青い部分があるけれど、あと数日で赤くなるんじゃないかしら」


 瑠璃子はそういうと楽しそうに笑う。

 晴れた空を見上げ、瑠璃子はどこか感慨深そうな表情を浮かべた。


「恵真ちゃんと過ごす春も二回目ね。恵真ちゃんが来てから本当に楽しくなったわ。庭を手入れするのだって、一人より二人よね」

「孫娘は役に立ってる?」

 

 冗談めかして恵真が尋ねると、瑠璃子は当然だというように頷く。


「植物や動物……がいると出かけられないでしょ?」


 動物、というのに瑠璃子が数秒戸惑ったのは、クロが特殊な存在だからだ。

 魔獣であるクロを他の動物と一緒にしてよいのか迷ったのだ。

 しかし、クロは恵真に食事を強請り、今も他の猫と同じようにのびのびと庭を飛び回っている。

 

「でも、外出だって自由にしていいんだよ。お隣の岩間さんと出かけてもいいし……私がいるんだから」


 気遣っているのだろう恵真の言葉に瑠璃子は微笑む。


「そうね、食事も会話もそうよね。一日のうちにあったこと、感じたこと。共有できる人がいるのって素敵なんだってあらためて気付かされたわ」


 瑠璃子の言葉に恵真も同意する。


「それは私も一緒かも。料理だってそうだよね。自分のためだけに作っているときより、今のほうがずっと楽しい」


 そう言って笑う恵真の横顔はすっきりとしたものだ。

 この家に来たことで恵真の生活は一変した。

 クロや裏庭のドア、その扉の向こうから来た人々との出会いを通し、恵真自身の心が変わっていったのだ。

 

「みゃうにゃ!」


 それまで草の上を跳ねていたクロが、抗議するように鳴く。

 どうやら、自分もその一員だと主張しているらしい。

 クロの言葉がわからずとも、恵真にも大体のことはわかるようになった。共に過ごした時間の長さ故だろう。


「もちろん、クロもだよ」

「んみゃう!」


 笑って恵真が抱きよせるとクロは、今度は満足そうに鳴く。

 そんな様子を見守っていた瑠璃子だが、はたと気付く。


「そういえば、喫茶エニシも春に始めたことになるのかしら?」

「うん。初夏の前にはもうお店を開けてたかも」


 アッシャーやテオと出会ったあと、リアムとバートを紹介された恵真は店を開くための協力を仰いだのだ。

 今振り返れば、かなりの無理を言ってしまったのだが、それがなければ今日の恵真の日々はなかっただろう。

 

「開店のお祝いとかはしないの?」

「うーん、特にその予定はないかも」


 確かに周年記念のイベントを行う店などを、恵真も見かけることはある。

 だが、マルティアにも同じ習慣があるかはわからないうえ、恵真自体があまり関心がないのだ。

 そんな恵真に瑠璃子の眉間にはなぜか皺が寄る。


「あら、商売のチャンスよ!」


 恵真よりも瑠璃子のほうがずっと商売上手なようだ。

 心身共に今日も元気な瑠璃子に、恵真は笑ってしまうのであった。

 

 

*****



「そういえばそうっすよね。トーノ様にお会いした頃は春っすもんね」


 バートは今日も紅茶にハチミツを落としながら、そう呟く。

 午前中はバゲットサンドの購入者、昼食をとりたいもので混雑する喫茶エニシだが、昼を過ぎるとゆったりとした時間が流れる。

 アッシャーとテオも昼食を終え、店内にいるのはリアムとバートといったいつもの面々だ。

 

「そうですね。アッシャー君とテオ君があの日、ここに来てくれたから皆さんとも出会えましたし――喫茶エニシを開くきっかけですね。二人が来てくれて本当に良かった」


 口元を緩めながらそう言う恵真に、皿を拭いていたアッシャーとテオも嬉しそうに笑う。だが、バートは困ったような表情を浮かべた。


「本当にそうっすよ? 世の中には悪いやつもいるんすから……」

「まぁ、このドアには防衛魔法がかかっているから大丈夫だったんだろう。それに、ここにはクロ様がいる」

「みゃう」


 リアムの言葉にソファーの上でまどろんでいたクロがすっくと立ちあがる。

 その表情は誇らしげだ。アッシャーとテオがそんなクロを格好いいなどと称賛するので、ますますクロは胸を張る。


「まぁ、トーノ様がアッシャーとテオと知り合ったからこそ、俺達もご縁をいただいたことになるな」

「こうして振り返ると色々あったっすねぇ」


 ホロッホの卵騒動のルイス、薬草を使ったバゲットサンド、熱中症対策のピクルスなど開店当初から様々なことが喫茶エニシでは起こっていたのだ。

 

「……なんだか、不思議です。今はこうして皆さんと過ごすのが、私にとって当たり前なんですから」


 恵真の言葉にリアムは微笑み、バートは照れくさそうに髪を掻く。

 アッシャーとテオはお互いに視線を交わすとくすりと笑った。


「そうっすね。……オレもここでハチミツ入りの紅茶を飲むのが好きっす」

「喫茶エニシに訪れる客もそれぞれに似たような意見だと思いますよ」


 バゲットサンドを買いに来る者、昼食の日替わり定食を仕事の合間の楽しみにしている者と様々であろう。

 食事は日々の事であるが、楽しみや喜びでもあり、恵真が作る料理はこのマルティアで新たな食文化や習慣へと繋がっていくのだ。


 似たような日々だが、同じ日々ではなく、人々の食事を楽しむ姿がそこにはある。喫茶エニシのキッチンに立つ恵真は今、そんな喜びを目の当たりにする日々に満足しているのだった。



「周年イベント……ですか?」


 バートが帰った後、恵真が思い出したのは今朝の祖母の提案だ。

 自分のために祝おうとか、集客のためという思いはなかったため、恵真は周年イベントには積極的ではなかった。

 しかし、先程開店当初を思い起こしたとき、今まで訪れた人々に感謝の意を表すものと考えれば行うべきだと考えなおしたのだ。

 しかし、マルティアでは一般的なのか。それもまた気になるところだ。

 恵真に問われたリアムは少し考えた後、口を開く。


「確かにそういった試みはあまり聞いたことがありませんね」

「そうですか……」


 少し肩を落とした恵真にリアムは気遣うような視線を向ける。

 

「アッシャーやテオはどう思う?」


 リアムに聞かれたアッシャーとテオだが、小首を傾げてしまう。


「ぼく達はお店の人だもん。リアムさんやバートみたいにお客さんとして来ている人の話のほうが役に立つと思うな」

「テオの言うとおりで……。でも、僕としてはお客さんに喜んでもらいたいなっていうエマさんの気持ちは凄くわかります」

「うん! お店のお誕生日、なんでしょ?」


 テオの言葉にリアムははっとした表情を浮かべる。

 店の誕生日というのは言い得て妙な言葉だ。

 周年イベントと聞くと馴染みがないが、誕生日であれば貴族出身のリアムにも記憶にある。店の誕生を祝い、さらなる成長を願う――周年イベントというものがリアムの中で一気に明確なものに変わる。

 

「みゃうにゃーー」


 鳴き声にふと視線を向ければ、窓際のソファーでゆったりと寛ぐクロの姿がある。その眼差し、鳴き声はリアムには「やれやれ、期待外れだな」そう言っているように感じられたのだ。


「……私でよろしければ、他の者の意見も聞いてまいります。それらを参考にお考えになってみてはいかがでしょうか」

「本当ですか! ありがとうございます。リアムさん」


 クロとリアムの静かな戦いに気付かない恵真は相好を崩す。

 小さな魔獣は恵真の喜ぶ様子を見た後、ちらりと視線をリアムに戻す。

 ちゃんとやれよと言わんばかりの魔獣からの圧に流石のリアムも肩を竦めるのだった。




pome村先生が描く『裏庭のドア』もぜひ。

漫画で新たに描かれるキャラも多いんです。

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