233話 春の訪れとアスパラガス 3
『ジュリとエレナの森の相談所』がkindle unlimitedに。
全2巻対象です。(いつまで対象かはわからないんです…)
この機会にぜひ。
「なぁ、なんで最近外出に俺を誘うんだよ。ナタリアさんとかと行けばいいんじゃねぇか」
アメリアの言葉を自己流に解釈したリリアは、このところリッキーを度々外出へと誘う。そんなリッキーの言葉に後ろを振り向いたリリアは笑いながら答える。
「んー、お互いに気分転換になればいいかなって。仕事の合間の息抜きも大事でしょ? それにナタリアだって忙しいのよ」
家業を手伝うリッキーだが、リリアが来たのをみた両親はその誘いを快諾したのだ。小さな頃から知り合いだということもあり、リリアに対し、リッキーの両親も好意的だ。
そんなリリアの言葉を聞いたリッキーは肩を竦める。
「俺だって、仕事を抜けてきてるんだけどな」
「だって、最近様子が変だから」
「…………」
「少しでも気分転換になればいいなって」
前を歩くリリアの後姿を見たリッキーはその視線を足元へと下げる。
自分の気持ちを周囲には悟られないように隠していたつもりのリッキーだったが、会話もしていないのにリリアには気付かれていたようだ。
「まぁ、ただのおせっかいかな」
「お前が気にすることじゃねぇよ」
「なのに気にしちゃうのが、おせっかいでしょ」
「ははっ、まあそうだな」
リリアの言葉にリッキーは吹きだしてしまう。
彼女の誘いが自分を気遣うものだということはリッキーもわかっている。
だが、変に気遣われるよりはおせっかいなのだとはっきり言ってくれるほうが、リッキーにとっても気が楽なのだ。
いつもの大通りをゆっくりと歩きながら、リッキーは口を開く。
「――レイが優秀なのは俺だってよく知ってる。一番近くで見てきたんだ。誰よりもよくわかってるよ。才能だけじゃない、努力で今のレイがいるんだ。……なのに、それを素直に喜べない自分もいる。それがどうにも情けないんだよな」
「……そっか」
リッキーの言葉をリリアは否定も肯定もしない。
率直なリッキーの言葉にはレイへの優しさも滲むものだ。
おそらく、リッキーは素直に弟を祝福できない自分を見せたくないため、周囲もレイのことも避けてしまうのだろう。
いつのまにか、リッキーとリリアは隣同士になって歩く。
心配そうなリリアの表情を見て、リッキーは笑いかける。
「ま、大丈夫だよ。自分のことだ。自分でなんとかするさ、ありがとうな」
そう言うとくるりと背を向けて、リッキーは来た道を戻っていく。
去っていく幼馴染を見送っていたリリアだが、重要なことに気付き、突如大きな声を上げる。
「あっ!」
「な、なんだよ! 急に」
その大声に驚いたリッキーが振り向くと、リリアが頬を赤くしながら目を輝かせる。先程まで眉を下げていたリリアの急な変化にリッキーは戸惑う。
だが、そんなリッキーにリリアは嬉しそうに声をかける。
「まだ行ってないところがある!」
「いや、もういいって……」
片手を振って、再び去ろうとするリッキーの耳に予測しない言葉が飛び込む。
「そこは特別! 私が一番好きな人のところだもの!」
「…………は?」
ぴたりとリッキーの動きが止まり、表情は怪訝なものへと変わる。
リッキーの表情の違いに気付かないリリアは嬉しそうに微笑むのだった。
*****
「あら、リリアちゃんとお友達が来るの?」
朝食中に祖母の瑠璃子に尋ねられた恵真は、卵焼きを口に運んだ後、こくりと頷く。一年中手に入る卵だが、その旬は春だ。
ふっくらと焼きあがった出汁巻き卵から、じんわり染みだす鰹節の味わいに恵真は口元を緩める。
「そうなの。昨日、リリアちゃんがそう言っていて、幼馴染の男の子だって。……どんな料理がいいかはまだ考え中なんだけどね」
「やっぱり旬の料理かしらね。若い子だとボリュームがあってもいいのかしら……」
芽吹きの季節である春、マルティアでは冬よりも多く旬の食材を楽しめることだろう。
恵真が住む世界では、ビニールハウスやガラスの温室を使い、季節を問わず、入手できる農産物もマルティアではそうはいかない。
幼馴染の友人を誘う店に、喫茶エニシを選んでくれたことが嬉しいのだろう。
恵真は張り切った様子である。
「そうだよね。リリアちゃんは具体的に言わないんだけど、なんだか事情がありそうなの。せめて料理でリフレッシュしてもらえたらいいよね」
幼馴染と食事に来てよいかと聞いたリリアだが、具体的に幼馴染のことを問うと
口数が減ってしまう。
そんなリリアの様子に、なにか事情があるのだろうと恵真は思っている。
しかし、恵真はリリアのプライベートなことにまで踏み込む気はない。
友人のためになにかしたいと考えたリリアが、喫茶エニシを選んでくれた。
それは恵真への信頼であり、店主としても誇らしい。
「このあいだ、道の駅にアスパラガスがあったの。また、覗いてみようかな」
「いいわね。新鮮じゃないと固くなるし、旬の食材で楽しい時間を過ごしてもらえたらいいわねぇ」
恵真と瑠璃子の会話を聞きながら、小さな魔獣はウトウトとソファーの上で寛ぐ。
冬の木漏れ日も心地のよいものだったが、春の陽気は格別なのだろう。
夢でも見ているのか、ゆらゆらと機嫌良さそうにクロのしっぱは揺れるのだった。
*****
「――ちょっと待て、リリア。本当にここか?」
怪訝そうな表情で固まったリッキーを見て、リリアが不思議そうな表情に変わる。
リリアに誘われたことは何度もあるが、二人で食事は初めてである。
少々緊張しつつも、普段通りの態度を心がけていたリッキーだが、店の前まで来た彼の表情には不安と緊張が滲む。
喫茶エニシ――その名はリッキーも聞いたことがある。
だが、その店がリリアの行きつけであったとは初耳だ。
まして、リリアは先日、「好きな人がいる店」に行くと言っていたではないか。
「うん、ここだよ! すっごく素敵なお店なんだ!」
「…………マジかよ」
小さく呟いたリッキーの言葉はリリアの耳には届かなかったようだ。
幸いにも今日、リッキーは襟のついたシャツを着てきた。
リリアと食事に行くと聞いた母が、ならばこれを着ていくべきだと主張したのだ。あのときは口を挟まれ、うんざりしたリッキーだが、今この状況では母に深く感謝している。
おまけにめずらしく小遣いだと言って多めに持たせてくれたのだ。
「くやしいが、感謝だな」
「ほら、早く!」
ぐいとリリアに手を引かれ、数段の階段を上ると、慣れた手つきでリリアが店のドアを開ける。
リッキーは空けていた一番上のボタンを閉めると、覚悟を決めたようにきゅっと表情を引きしめた。
「リリアちゃん、いらっしゃい!」
店の中から聞こえてきたのはリッキーの緊張を和らげる優しい声だ。
その声に背中を押される思いで、リッキーは店へと足を踏み入れるのだった。
近況ノートでご報告しましたが、
週1更新は4月までで、そのあと不定期更新となります。
どうぞご理解のほど、お願いいたします。
また、いつも読んでくださり、ありがとうございます。




