234話 春の訪れとアスパラガス 4
週1更新は4月までで、そのあと不定期更新となります。
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「少々お待ちくださいね」
そう言ったアッシャーとテオがにっこりと微笑む。赤いスカーフと青いスカーフを巻いた二人の姿。可愛らしい出迎えはリッキーの表情をも和らげる。
氷の入ったグラスには綺麗な水が注がれている。
不思議な道具は魔道具であろうかと思うリッキーだが、当分の間は今日ほど驚くことはないだろうという思いだ。
キッチンに立つ店主は黒髪黒目。先程、聖女の証だとも言われるそんな人物に出迎えられ、リッキーは目を丸くした。
「どう? 素敵なお店でしょう?」
隣に座るリリアは嬉しそうにキッチンに立つ店主を見つめている。
どうやら、リリアの好きな人というのは彼女のことらしい。
なぜかほっとしているリッキーだが、今はそれどころではない。
「な? 深い緑の瞳って魔獣なんじゃねぇの?」
「そうだよ、クロ様っていうの」
「そんな簡単に言うなよ……」
喫茶エニシに通い続けたリリアは、いつの間にか感覚がずれてきているようだ。
黒い魔獣はリッキーの不安を気にした様子もなく、くわっと大きなあくびをする。
「料理はほとんど用意してあるの。温かいほうがいいものは今作っているからね」
「ありがとうございます! エマ様!」
気分転換になれば、そんなことを言っていたリリアだが、リッキーより楽しむ余裕がある。
緊張しきりの自分がなんだか気恥ずかしく、もう少ししっかりしたところを見せたいと思うリッキーであった。
*****
「うわぁ! すげぇ旨そう!」
テーブルに並んだ料理に感嘆するリッキーだが、隣に座ったリリアはにやりと笑って首を振る。
「違うわ、リッキー。旨そうじゃなくって、実際に美味しいのよ!」
「へいへい」
リリアを適当にあしらったリッキーだが、先程の言葉に嘘はない。
とろけたチーズが乗ったパン、色鮮やかな野菜が刻まれたスープ、アスパラガスのベーコン巻き、クリーム煮と食欲をそそる香りと見た目の品々ばかりだ。
「どうぞゆっくりとお楽しみくださいね」
「はい! ありがとうございます!」
先程まで緊張していたリッキーだが、店内の柔らかい雰囲気にいつもの調子を取り戻した様子だ。
さっそく、ふっくらしたパンを頬張る。
「うまっ! チーズも濃厚だし、パンの甘みもあってすげぇ旨いな!」
「ふふふ、だから言ったでしょう?」
なぜか得意げになるリリアはアスパラガスのベーコン巻きを口に運ぶ。
塩コショウの風味に負けないベーコンの脂、そこにしゃくりとした食感のアスパラガスの瑞々しさが心地よい。
「んー! これも美味しい!」
「え、俺も食ってみる」
「食べてみる、でしょ? エマ様の前よ?」
幼馴染の二人だけあって、会話もぽんぽんとテンポよく交わされる。
いつもよりくだけたリリアの姿に、恵真はもちろん、アッシャーとテオまでくすくすと笑う。
リッキーはベーコン巻きを口に頬張ると目を輝かせる。
その表情だけで、喜びが十分に伝わるもので、彼の横顔を見ていたリリアも嬉しそうに微笑んだ。
そんな中、リッキーが一つの料理に目を向ける。
牛乳でなにかを煮たものだろうと推測しているが、彼は実際に口にしたことがない料理なのだ。
「これはクリーム煮よ。エマ様は今までマルティアにはなかった料理も色々と作られているのよ!」
「だから、なんでお前が得意げなんだよー……ん! これも旨いな」
「エマ様、これはなんのクリーム煮ですか?」
クリーム煮やクリームシチューは喫茶エニシでもよく定食で出る。
しかし、この細長い具材はリリアも初めて見るものだ。
だが、問いかけに恵真は意味ありげに笑うとリリアに伝える。
「それもアスパラガスだよ」
「へ? だって、色も食感も全然違いますよ?」
クリームの中ではあるが、その具材も白いのがわかる。
ベーコンに巻かれたアスパラガスのほうは緑色で、クリーム煮の具材とは形が似ているくらいだ。
「そう、でもアスパラガスなのよ」
「……似てるのに全然違うのか」
恵真の言葉にリッキーが口を開くが、その響きにはどこか寂しさが感じられる。
隣に座ったリリアがはっとした表情で、リッキーを見つめた。
だが、そんな二人は恵真からの言葉で驚きの表情へと変わる。
「うーん、似てるっていうか同じものなのよね」
当然のような顔をして、恵真がそう言うがリリアもリッキーも目を丸くする。
「へ? だって、色も食感も全然違うんですよ?」
「なぁ? たしかに形は同じだけど……種類が違うんじゃないですか?」
アッシャーもテオも、これは初耳だったようで恵真の言葉に耳を傾ける。
「えっと、育った環境が違うだけなの。日光を当てないように育てたのがホワイトアスパラガス、こっちのクリーム煮のほうね。それで日光にしっかり当てて育てたのがグリーンアスパラガス、こっちのベーコン巻きのほう」
「それで色まで違っちゃうんですね」
リリアも興味深そうに二皿の料理を見比べる。
どちらも美味であったが、その二つのアスパラガスが同じものだと言われてもまだリリア達は不思議に思えるのだ。
「でも、どちらも美味しいし、どちらにも違う良さがあるでしょう?」
恵真が投げかけた言葉にリリアはハッとする。
それはリッキーも同じようできゅっと口元が引きしまった。
その様子を見たリリアが突然立ち上がる。
「そうですよね! どちらにもどちらの良さがある! エマ様のおっしゃる通りです!」
勢いの良さに唖然とするリッキーだが、のんびりとした声がリリアに同意する。
「うん、どっちも美味しいもんねぇ」
「そうだな。どっちもいいもんな」
立ち上がったリリアは兄弟の言葉ににっこりと笑う。
そんな彼女の横で、目を潤ませたリッキーはその表情を見られないように下を向く。口にアスパラガスのクリーム煮を運ぶリッキーは、涙が零れ落ちないようにと食事に集中するのだった。
*****
「――ありがとな」
帰り道でぽつりと呟いたリッキーをリリアは見上げる。
夕日に照らされた表情はいつもより赤いが、訪れる前よりすっきりしている。
「周りじゃない。俺が勝手に自分には価値がないって決めつけてたんだ。レイだって、近所の人だってなんにも悪くないのにさ」
「……そっか」
リリアはまた否定も肯定もしない。
だが、素直に物事を受け取れるリッキーの素直さを好ましくも思う。
なにかあったとき、自分を責めるより、他人を責めたほうが心は楽だろう。
「でもさ、リッキーだって頑張って働いてて凄いじゃない。家の手伝い以外にも果実水を売ってるんでしょ?」
リリアの質問にリッキーは頬をかく。
「……うちは裕福じゃないし、王都に行くのも簡単じゃないからな」
「え! リッキーって王都に行きたいの!?」
今まで聞いたことはなかったが、リッキーが家を継ぐものだとリリアは思っていたのだ。リリアだけではなく、周囲もそう受け止めていることだろう。
周りにそう思わせるくらい、リッキーは家の手伝いに時間を割いているのだ。
「俺じゃない。レイに必要だろ? 進学するにしても、就職するにしても先立つものがないとな」
リッキーの言葉にリリアは驚きで目を見開く。
会う時間が増えたリッキーだが、見た目だけではなく中身まで成長している。
夕日が陰影をつけたせいか、リリアにはリッキーが少し大人びて見えた。
「ふふ、格好いいじゃない」
「うるせぇ」
小さなきっかけが大きな変化を生むこともある。
隣を歩くリッキーの表情はどこか晴れやかで、リリアは口元を緩めるのだった。
「な……なんですか? どうしたんですか、皆さん……」
急に近所のご婦人方に囲まれたリッキーは壁際に追い込まれ、恐る恐るそう口にする。
いつもレイを褒めてくれる人々が、今日はなぜかリッキーを取り囲んでいるのだ。
「――あんた、あたしらに言ってないことがあるだろ?」
「は? え、特にないけど――」
リッキーがそう言い終わる間もなく、皆がはぁっと深いため息を溢し、首を左右に振る。
なにがなんだか、さっぱりわからぬリッキーに痺れを切らした一人が言い放つ。
「あんた! レイに金を貸したね!」
リリアと喫茶エニシに行った後、リッキーは今まで貯めていた金を両親、そしてレイの前に差し出した。
王都に行くつもりならこれを使うといい――そんなリッキーの言葉に家族は涙を流していた。
「あ……あぁ、そのことか。いや、あれは貸したんじゃなくって――」
そもそも、レイのために貯めたもので貸したつもりはないのだが、リッキーがそう言う前にまた婦人たちのため息が聞こえる。
「あんたって子はどうしてそんなに人がいいんだい? いや、弟思いなのはわるいことじゃあないよ。だけどさ、それを周りに言わないってのはお人よしが過ぎるだろ」
「は……はぁ……」
勢いに押され、リッキーは情けない声を出す。
そう、リッキーはこのことを誰にも打ち明けてはいないのだ。
しかし、婦人方はどこからかこの情報を入手しているらしい。
「そうだよ。日頃、あんたが働いてる姿をこっちは見てるんだよ?」
「リッキー、あんたは昔からそういうとこがあるよ。ウチの姪っ子が迷子になったときもさ、家の前まで来て帰っちまっただろ!」
なんでそれを知っているのかと言いそうになったリッキーだが、母親より年上の彼女達の勢いに口を挟むことができない。
「そうだよ。このあいだも倒れた人を助け起こしてたじゃないか」
「もう少し、自分のために欲を張んな。レイが優秀で努力家なのは皆知ってる。けどさ、あんたが日々働く姿だって、あたしらもしっかり見てるんだよ」
「リッキーは昔から褒められるのが苦手だからねぇ」
女性陣の勢いに圧倒されるリッキーだが、彼女達の言葉にじんわりと喜びが込みあげる。
レイだけではない、リッキーの日々の姿も周囲の人々は見ていてくれたのだ。
幼馴染のリリアもそうであったが、何気ない日々の行動に気付いてくれる人がいる。気恥ずかしい思いになりつつも、ありがたさを噛みしめるリッキーであった。
缶詰の印象が強いホワイトアスパラガス、地域によってはそれ以外も入手可能だそうです。
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