232話 春の訪れとアスパラガス 2
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「今日の昼食はアスパラガスをたくさん使ってるの。これも春の旬で美味しいんだよ」
喫茶エニシの休憩時間、アッシャーとテオの前にはアスパラガスを使った料理が並ぶ。
道の駅で購入した朝採れのアスパラガスで、恵真が作ったのはドライトマトのスープ、新玉ねぎのサラダ、アスパラガスとベーコンを使ったパスタだ。
ベーコンの旨味とアスパラガスの甘みに、口をつけたアッシャーとテオの表情も自然に緩む。
「美味しい! な、テオ?」
そう兄のアッシャーに聞かれたテオの口にはまだパスタが入っているようで、もぐもぐ口を動かしながら頷く。
「アスパラガスを茹でてサラダにしてもいいんだよ」
「つけるドレッシングは前に教えてもらったものでも大丈夫ですか?」
アッシャーが言っているドレッシングとは、以前恵真が教えたフレンチドレッシングのことだ。
油と酢、塩コショウといったシンプルな食材で作られるドレッシング、きっとアスパラガスの味を引き立てるだろう。
香辛料であるコショウはなくとも作れると前に話したことがあるのだ。
恵真はアッシャーににっこりと微笑む。
「うん。きっと、美味しいと思うよ。アッシャー君は料理に興味あるんだもんね」
そう恵真に問われたアッシャーは気恥ずかしそうにこくりと頷く。
父ゲイルも料理人であったと恵真も聞いている。そんなアッシャーが喫茶エニシで働くことをきっかけに料理により一層関心を持ったことを恵真もまた、嬉しく思っているのだ。
「うん! お兄ちゃん、家でも色々お手伝いしてるから! ……あ、ぼくもしてるよ?」
「もう、テオ!」
「ん?」
口をもぐもぐさせていたテオがこくりと麦茶を飲んで、会話に参加する。
どうやら、テオは兄の頑張りを伝えたかったようだが、その隣のアッシャーは少々頬を赤くする。
くすくすと笑う恵真だが、そのとき、喫茶エニシのドアが開く。
「大ニュースっよ! トーノ様!」
慌てた様子のバート、その後ろにはリアムもいる。
二人が訪れることには驚きはないが、今は休憩中だ。それを知る二人がこの時間に現れることはめずらしい。
恵真は立ち上がり、ドアのほうを振り向いたアッシャーとテオもきょとんとした表情を浮かべる。
「どうしたの? バート。すっごい慌ててるけど……」
アッシャーの問いかけに答えたのはバートではなく、リアムだ。
「すまないな。食事中だとはわかっていたんだが、朗報を耳にしたんだ」
「ろーほう……。どんなお話?」
朗報、どうやら大ニュースというのは良い話題のようで恵真はほっと胸を撫で下ろす。三人の視線が集まる中、バートは胸を張って告げる。
「卵の価格が下がってきてるんすよ!」
「へ? 卵がですか?」
「えぇ。ホロッホの家畜化に成功した結果、クラッタの卵の価格が落ち着いてきているんです。貴族はホロッホの卵を購入するようになったためですね」
ホロッホの家畜化に成功しているという話題を恵真は以前、リアムから告げられている。
かつて喫茶エニシに訪れたルイスという男の功績だ。
息子のためにと大事に抱えてきた卵であったが、その色合いからリアム達から無精卵だと告げられ、肩を落としていたルイス。
しかし、なぜか卵は有精卵となり、その卵が育った結果、ホロッホの家畜化に成功したという。
そのため、ホロッホの卵が貴族を中心に流通し、クラッタの卵の価格が安定してきたのだ。
「……でも、それではクラッタの卵で生計を立てている方が困るのでは」
「いえ、ホロッホの家畜化が成功したのは皆が知っております。そのため、対策を彼らも練っているでしょう。販路が一般にも広がっていくことで、安定した売り上げが望めるかと」
恵真らしい考えだが、商売にはこうした事柄がつきものだ。
クラッタの卵、ホロッホの卵、それぞれに販路が確立されれば、需要も高まる。
一般の人々にもクラッタの卵が広がる――確かに価格は下がるかもしれないが、今後も安定して販売していける保証はあるのだ。
「そうなんですね……。うん? じゃあ、これから卵が街の人にも入手しやすくなるってことですか? うわぁ! 凄い!」
「だから、大ニュースなんすよ」
やっと、リアム達が慌てて告げにきた理由がわかったのだろう。
恵真は喜びの表情へと変わる。
「これもクロ様のおかげだね」
「うん。こうなることをそのときからクロ様は予測してたんだよな、きっと」
「みゃう?」
窓際のソファー席で、毛づくろいをしていたクロは突然話を振られ、一瞬不思議そうに鳴く。
しかし、次の瞬間にはすっと座り直し、胸を張る。
「みゃうにゃん!」
誇らしげなクロをぎゅっと恵真が抱き寄せる。
「クロ! ありがとうね!」
「んみゃ!」
無精卵を有精卵に変えたのは魔獣であるクロだ。
それは事実であるのだが、実際のところどこまでクロが想定していたのかは不明だ。魔獣であるクロは気まぐれであり、大事なものも限られている。
偶然、訪れたルイスに肩入れする理由もないのだ。
しかし、クロはそんなことをおくびにも出さず、皆の称賛を受けて誇らしげにしっぽを揺らすのだった。
*****
「おや、リリアじゃないか。……うちは未成年を入れないよ?」
ホロッホ亭の入り口、買い出しに行っていたアメリアはリリアの姿を見つめ、険しい表情を浮かべる。
父のポールとも知り合いであり、幼い頃から見ているリリア。その成長を好ましく思うアメリアは、時として親戚のような思いになるのだ。
アメリアの言葉にリリアは慌てて、ぶんぶんと手を振る。
「ち、違います! そりゃ、ホロッホ亭で出してる料理は気になりますけど、大人になるまで入りません!」
「じゃあ、なんだってうちに来たのさ」
アメリアの疑問は当然のものだが、リリアは困ったように眉を下げる。
「あの……アメリアさんはレイとリッキーを知ってますよね」
「あぁ、あの双子の子達だろ? 昔からよく見かけてるけど……どうかしたのかい?」
「このあいだ、リッキーを見かけたんですけど、なんか様子がおかしくって」
リリアの言葉に少し考えたアメリアだが、彼女にも思い当たるふしがあるようで頷く。リリアもそうだが、幼い頃からみている子ども達をアメリアは気にかけているのだ。
「そういや、この間リッキーを見かけたけど、表情が暗い気がしたね。レイのほうは相変わらず、勉強で忙しいみたいだし……なんかあったのかねぇ」
「そうですよね! 気になっているんですけど、どうしたらいいかなって……」
「なるほど。それでうちに訪ねてきたってわけかい。でも、困ったねぇ……」
リリアがここに来た理由はわかったアメリアだが、レイとリッキーを見守る周囲の人々の状況を知るため、なんとこたえるべきか迷う。
同じ環境に育ち、外見もよく似ていた二人。しかし、得意なことはそれぞれに違う。レイの優秀さに街の皆の期待が自然と高まってしまう状況も、アメリアは把握している。
アメリアの気性もあるが、ホロッホ亭はマルティアの様々な情報が集まる側面もあるのだ。
「いいかい。兄弟だろうが、双子だろうが、それぞれに違うのは当然なんだ。たとえ、同じ環境で育っていようとね。それぞれの在り方を周りが認めるだけで、案外解決することもある。もし、変わる必要があるなら、あの子らじゃなく周囲の人間かもしれないねぇ」
「……なるほど」
アメリアの言葉に、リリアは神妙な顔をして呟く。
どうすることが良いのかはアメリアにもわからない。
だが、余計な口出しをするのもどうかとアメリアは考えたのだ。
リリアはそんなアメリアの言葉を聞いて、納得したように頷く。
「わかりました! 私、自分にできることを探してみます!」
力強くそう宣言したリリアは、踵を返し、通りを駆けていく。
「……あたしの話、ちゃんと聞いてたのかね」
声をかける間もなく、遠ざかっていくリリアの背中を見てぽつりとアメリアは呟くのだった。
もう3月、春ですね。
風はまだまだ冷たい日もあり…お気をつけください。




