231話 春の訪れとアスパラガス
ぐっと暖かくなってきて春を感じますね。
三月を迎え、一気に暖かさも増したせいか、恵真達の家の庭もすっかりと雪が解けた。啓蟄とはよく言ったものだと思う恵真だが、その表情には締まりがない。
「もう、恵真ちゃんたら、にやにやしちゃって」
そう言う祖母の瑠璃子だが、恵真がにやける理由もわからなくはない様子だ。
「今年はなにを植えたい? バジルは絶対でしょう? あとはラディッシュなんかもいいよね。トマトとかきゅうりもういいけどまだ早いし……悩むなぁ」
雪が解けた今、畑や鉢植え用の土の準備にはちょうどいい。
その計画を考えた恵真の頬は緩みっぱなしだ。
クロはというと、久しぶりの土の上を弾むように走る。
魔獣といえども春の訪れは嬉しいものらしい。
「まぁ、わからなくはないわね。雪が降るからこそ、春が来たことをより一層感じるもの」
長い間付き合ってきた雪との時間ももう終わった。
雪は山々に残り、それが大地を潤す恩恵もあるのだが、やはり生活には不自由が多くなる。
厳しい冬を知るからこそ、春の喜びを恵真達はしみじみと感じられるのだろう。
「気持ちも軽くなるし、着る服も軽くなるし、いいよね。どんなものを植えるか、どんな料理を作るか、考えなくちゃいけないことが増えるなぁ」
「その割にはずいぶん楽しそうだわ」
そう言う瑠璃子もまた、恵真と同じように訪れた春をどう楽しむかと考えてしまう。
長い冬が明け、多忙になる春をどう過ごすかと、賑やかに話し合う恵真と瑠璃子であった。
*****
「素晴らしいわ。王都でも通用する優秀さなんじゃない?」
「それは褒めすぎです……。たまたま、良い結果に繋がっただけですよ」
マルティアの街角、近隣に住む女性達の称賛にレイは戸惑った表情を見せる。
色白で薄茶の髪の爽やかな青年は、学力の高さではなかなかに有名なのだ。
「いえいえ、王都の学校に進学するか、職を見つけるべきよ。マルティアも悪い町じゃあないけれど、あなたの能力を活かす場は色々あるんじゃないかしら」
気恥ずかしそうなレイだが、王都に進学できるほどの優秀さを周囲が認めてくれる様子に困ったように微笑む。
子どもの頃から、勉学に秀でているレイには年々、周囲の期待が高まっている。
それ自体は決して不快なものではない。街の皆は、幼い頃からレイのことをよく面倒みてくれているのだ。
そんな彼を離れたところから見つめる視線がある。
レイの兄、リッキーだ。
「――王都か……」
レイとよく似た風貌のリッキーだが、日に焼けた肌は快活そうな印象を与える。
生活のため、外の屋台で果実水をリッキーは売っている。春から秋は果実水、秋冬は果実酒なども扱う小さな屋台はなかなかに好評だ。
数年前から始めた屋台のせいか、レイとリッキーの外見は印象が異なる。
にこやかに対応するレイを眺めていたリッキーは、再び仕事へと精を出すのだった。
「双子、ですか?」
マルティアの街にもすっかり春が訪れたようで、温かい紅茶ではなく、アイスティーの注文も多くなった。
食卓の上でもまた、季節の変化を感じられるものだ。
アイスティーを注ぎながら、恵真はリリアの話に耳を傾ける。
「マルティアでも双子はめずらしいな」
リリアと共に訪れているナタリアがそう言うとリリアがこくりと頷く。
「そう。レイとリッキーは近所に住んでいる双子なの」
「幼馴染というやつだな」
「うーん。そんな気の利いたものじゃないかも」
小さい頃から近くに住んでいても、年齢や気の合う、合わないなど色々あるのだろう。リリアの表情は微妙なものだ。
しかし、それこそが幼馴染というものだ。
「双子だからっていうのもあるかと思うんですが、レイとリッキーは目立つほうなんです。すっごく仲がいいってわけじゃないんですけど、やっぱり近所だからよく会うんですよね」
「そういうものよね。幼馴染って」
恵真には幼馴染といえる関係性の人物はいないが、一般的にはそういうものだろう。家族も含め、良く知る関係性だからこそ、他の友人ともまた違う。
気の利いたものじゃない、というリリアの答えがそれを表している。
「そうなんです。それでなんだか気になることがあって……、兄弟の兄、リッキーなんですけど……なんだか最近、様子がおかしいんですよね」
「様子がおかしいとはどんなふうにだ?」
ナタリアの問いかけにリリアはうーんと言って眉を寄せる。
「いや、特にここがっていうんじゃないの。なんだか、そっけないというか……態度がおかしい気がして……」
「リリアは美少女だからな! 気恥ずかしかったのだろう」
自信満々そう答えるナタリアにリリアのほうが頬を赤くする。
しかし、口にしたナタリアは心底そう思っているようで、納得するように頷く。
「でも、年齢的に話しにくくなるとかあるかもしれませんよ」
「……そういうものでしょうか」
そう呟いたリリアが下を向いたため、恵真は慌てて補足する。
「あの、もちろんリリアちゃんが可愛いっていうのは大前提ですからね!」
「エマさま……!」
成長と共に話しかけにくくなることもあると言ったつもりの恵真だったが、美少女であることを否定したように受け取られてはならないと考えたのだ。
一方、リリアはというと恵真の言葉に先程とは異なり、喜びで頬を赤くする。
「……私も褒めたんだぞ」
「みゃう」
しょんぼりと肩を落としたナタリアを慰めるようにクロが鳴く。
仕事をしつつ、その様子を眺めていたアッシャーとテオもくすくすと笑うのだった。
「リリアちゃんが可愛いのは大前提、私もそんなリリアちゃんが大好き――なんて嬉しいお言葉なのかしら」
赤く染まった頬に手を置き、嬉しそうに歩くリリアの横でナタリアが怪訝な表情になる。
「リリア、エマはそこまでは言っていなかったぞ」
「いいえ! 私には聞こえたわ。心が清らかな人には聞こえるのよ!」
「そ、そうなのか……。私もまだまだ修行が足りないのだな……」
リリアの言葉をすんなり受け入れるだけの清らかな心の持ち主、ナタリアは納得したのかそれ以上は追及しない。
恵真との会話を清らかな心の中で反芻するリリアだが、一人の少年の姿に気付くと歩みを止める。
「あ、リッキーだわ」
弟のレイとよく似た顔立ちのリッキーだが、今日は表情が暗い。
昔は笑顔をよく浮かべていたリッキーの変化に、リリアはやはり気のせいではないのだと思う。
勇気を出し、声をかけようとするリリアだが、こちらへと向かっていたリッキーは角を曲がってしまう。
声をかけようと伸ばした手をゆっくりとリリアは下げた。
「大丈夫か? リリア」
気遣うナタリアの声にもリリアは浮かない表情だ。
「うん、大丈夫だよ。私は」
そう、リリアの表情が優れないのは声をかけられなかったリッキーが気がかりなためだ。
活動的で笑顔が似合う少年、リリアの記憶の中のリッキーはそんな人物であった。
しばらく会わないうちに、印象が変わったリッキーを案じたリリアはため息を溢すのだった。
『看板娘の花言葉』こちらも更新しました。
2月中は毎日更新をしてきたんです。
『裏庭のドア』もありますが、色々書き進めていきますね。




